愛憎編56話 豹将VS烈震



※アレックス・サイド


「炎の河……だと!?」


背後の風景に驚きながらも、"豹将"レアンドロはアレックスの繰り出すシャシュカを屈んで躱し、間髪を入れずに飛んできたキックは中盾で受ける。しかし、重量級最強クラスのパワーを持つ"烈震"アレックスの蹴りの威力を受け止め切る事は出来ず、数メートル後退させられた。


「背水の陣ならぬ、背炎の陣だ。これで逃げ場はなくなったな。」


剣の技量が互角の二人は、もう数百合は打ち合っている。勝負が長引いたのには、もう一つ理由があった。豹眼を持つレアンドロはアレックスの剣筋を見極める事が出来る。だが、父親譲りの"念真強度過剰体質"を持つアレックスの念真強度は400万n。全身を覆う分厚い念真重量壁は、生来のタフさも相俟って、レアンドロの攻撃を阻んでいた。どちらも有効打を与えられなければ、当然ながら戦いは長丁場になる。


アレックスほどではないが十分に高い念真強度、生まれ持ったスタミナを訓練で磨き上げた持久力、さらに豹眼の持続力はあらゆる邪眼の中でも最長最高。長期戦に絶対の自信を持っていたレアンドロは勝負を焦らず、好機が訪れるのを虎視眈々と待っていた。しかし、後続部隊との連携を断たれ、率いる部隊が動揺している以上は、早期に決着を図らねばならない。


「俺はかすり傷がいくつかあるだけ、貴様はそこそこ手傷を負っている。逃げたいのは貴様の方だろう。」


互いに有効打は一発もないが、ダメージ状況は自分が有利。レアンドロは傷の多さと深さを指摘したが、アレックスは平然と答えた。


「おまえにとっては手傷だろうが、俺からすればかすり傷だ。おい、見物してる仔猫ども。陸上戦艦に乗れば炎の河を渡れるぞ。」


「耳を貸すな!あんな炎はじき消える!これは剣狼得意のハッタリだ!」


索敵部隊に発見されないように仕掛けておいた油だ。何時間も燃え続ける程の量はあるまい。レアンドロの推測は、希望的観測も混じっているかもしれなかったが、あながち的外れでもない。カナタはレアンドロのように考える兵士も出るだろうと予測していたが、"それでも問題ない"と踏んでいた。


五万を超える兵士の内、論理を考え、その上で腹を括れる者など数パーセントしかいないからである。そうではない兵士が動揺、混乱してくれればそれで十分。短時間とはいえ後続部隊との連携を断てるのは事実であり、炎が消える前に算を乱した先行部隊を撃滅すれば勝ち。剣狼カナタは敵兵の心理を読み、操る事に長けた指揮官だった。


「燃えてるのは御門ケミカルが開発した特殊油だぞ。あの島の科学力を甘くみない方がいい。」


熱のこもっていない忠告をしたアレックスが長丁場に付き合ったのは、レアンドロの焦る姿を見物してやろうという底意地の悪さと、逃亡を困難にさせる為だった。烈震は、敵兵が混乱するのを待っていたのである。


「黙れ!貴様を討ち取りビロン師団を粉砕、余勢を駆ってカプラン師団に横撃を喰らわせる!それで俺達の勝ちだ!」


「逆に言えば、もうそれしか勝ち目がないって事だな。」


一気に決着をつけるべく距離を詰めた豹は、雄叫びを上げた。


「俺の奥の手を見せてやろう!オーバードライブシステム起動!さらに……サイキックバーストォ!」


豹眼が輝き、レアンドロの体を覆うように念真力の奔流が巻き起こる。荒れ狂う念真力を纏った刃は念真重力壁をも砕き、アレックスに有効打を浴びせた。


「……なるほど。アスラ元帥が使ったとされるサイキックバーストがおまえの切り札か……」


「そうだ!おまえも零式を搭載しているようだが、オーバードライブシステムは使えてもサイキックバーストは使えまい!これは、選ばれし邪眼を持つ者のみに許される絶技なのだ!」


盾を投げ捨て、マカナを両手持ちで振るうレアンドロ。通常は剣と盾を駆使し、攻防のバランスが取れた闘法を用いる彼だったが、勝負を賭ける時は、防御は豹眼による見切りのみという攻撃重視の最終形態を使う。


「囀るな。剣狼の"無双の至玉"と同系統の能力らしいが、威力は同等ではないようだな。二度も見た能力のに敗れるようでは、獅子の名が廃る。」


「名が廃るで済むものか!遅い!温い!脆い!獅子よ、落ちるがいい!」


猛る豹の三連撃に追い詰められたかに見えたアレックスだったが、トドメの一撃は空を切った。


「な…ん…だと!?」


「おまえは俺の"結界"に入った。重力磁場が発生するのは地表からだけだと思っていたのか? 俺が巨岩を操る姿は見ていただろう。」


アレックスとレアンドロの周囲にはコーナーポストのように四つの巨岩が置かれていた。四方からの重力磁場の交差する位置に、レアンドロは踏み込んでしまったのである。


「……おまえは俺の動きをスローで見る事が出来る。だが俺は、おまえの動きそのものをスローに出来る。」


厳かな台詞と共に繰り出されるシャシュカ、豹眼の力でレアンドロにはその太刀筋がハッキリと見えていた。


「ぐあっ!見えている!見えているのに!」


四方と足元から見えない鎖で縛られているかのように体が重く、躱せるはずの攻撃が躱せない。


「ああ、見えているんだろうな。だが動きが追い付かねば意味はない。」


「クソがぁ!」


レアンドロは毒づきながら反撃したが、いくら念真力の奔流を纏っていても、攻撃速度が落ちていてはアレックスには当たらない。スッと下がって躱され、心臓目がけてシャシュカが迫って来る。サイキックバーストの効果で豹眼の威力も上がっている為、微風で転がる空き缶のような速さに見えているのだが、自分の動きがそれ以上に遅い。


「うおおおおぉぉーーー!」


懸命に体を捩りながら、マカナで叩いて軌道を逸らそうと試みる。懸命の努力が実って心臓への直撃は避けられたが、逸れた刃に左脇腹を深く抉られた。


"何としてでも、重力結界から逃れなければ!いくら動きが見えていても、こちらがそれ以上に鈍っていたのではどうにもならん!"


レアンドロは無傷の足に全てを賭け、力を溜める。五方向からの重力磁場放出はアレックスにも過大な負荷をかけているのは、充血した目から流れる血でわかる。だが、この我慢比べは明らかにレアンドロに分が悪かった。


「とりゃああぁーー!!」


大きく屈伸してから足に纏わせた念真力の奔流を推進剤に跳躍するレアンドロ。巨岩より高い位置に飛んでしまえば、体を縛る重力は足元からの一点のみになる。間髪を入れずに形成した念真皿を蹴って真横に飛べば脱出完了、のはずであった。だが、地上にアレックスの姿がない。


「奴はどこだ!?」


「ここだ。」


地表を見ていたレアンドロは上空を振り返った。頭上で拳を握り合わせたアレックスの打ち下ろし、プロレス技で言う"ダブルスレッジハンマー"を脳天に喰らったレアンドロは、堕天使のように地上に叩き落とされる。


重力磁場を操る能力を持つアレックスは、跳躍した瞬間に自分の周囲だけ無重力状態にする事で、重量級ではあり得ないほど速く、高く跳ぶ事が可能であったのだ。


「跳ぶなら横っ跳びすべきだったのか!」


地上に叩き付けられたレアンドロだったが重力磁場に抗しながら態勢を立て直し、上空から襲って来るであろう敵に備える。だが腕組みしたアレックスは、宙に浮いたままだった。


「アレクサンドルヴィチ・ザラゾフ!戦いはまだ終わっていないぞ!」


「もう終わった。さらばだ、レアンドロ・ナバスクエス。」


便利な邪眼に頼り過ぎて、気配や空気の振動を察知する能力を磨いてこなかった男は、ワンテンポ遅れて四方から迫る巨岩の兵に気付いた。自重を超える重力を付与され、互いに引き付けられた巨岩は、もう眼前まで到達している。


「見事だ!!」


敗者は勝者を称え、石棺の中へ姿を消した。生贄を飲み込んだ岩の下から夥しい血が流れ出す。


地上にゆっくりと降り立ったアレックスは、疲労と負傷から片膝をつきたい誘惑に駆られたが、獅子の誇りがそれを許さなかった。


「大佐、お疲れ様でした。本当に強い男でしたね。」


小太りの小男からウォッカの小瓶を差し出されたアレックスは、石の墓標を酒で清めてから勝利の美酒を味わう。


「ああ。豹将の名に恥じぬ腕前だった。」


「ジャガー戦士団は主君の仇討ちをやる気のようですね。父さん、ピエール!」


異名兵士"インテリデブ"は指を鳴らして父と弟に前進の合図を送った。


「うむ!大佐、後はワシらに任せてもらおう!」 「おう!野郎ども、俺について来い!」


ジャガー戦士団と筋肉防御隊が激突し、集団戦が始まる。


「強堅はもう回復したのか。戦技はまだ一流半だが、継戦能力は超一流だな。」


「自慢の弟ですから。では僕も援護に回ります。後を考えずに全力で行くべき時ですね。」


右翼軍の最精鋭部隊を撃破してしまえば、ここでの勝ちは揺るがない。長男は戦機を見る目に優れているようだ、とアレックスは思った。


「インテリデブ、念真力を空っ穴にして構わんから誰も死なせるな!掃討戦に移行したら、俺が実地で攻勢戦術のなんたるかを教えてやる。」


「ありがとうございます。念真障壁の多重展開を開始!ピエールを起点にフォーメーションβ!父さんとギデオンは横っ面からジャガー戦士を張り倒すんだ!」


危ないようなら手を貸そうと思ったが、その必要はなさそうだ。まあ指揮官を失った精鋭部隊ぐらいは撃破してみせないと、ビロン師団の再興は難しい。けんに回ったアレックスだったが、"知恵豚インテリデブ"ロベールの指揮能力を見て、複雑な気持ちになった。


"戦術は父親、戦略は長男、武勇は次男で役割分担をしていると思ったが、長男の戦術能力は親父以上だ"


武勇は実母のロズリーヌ・ド・ビロン伯爵夫人に及ばないロベール・ギャバン少尉だったが、支援型兵士としての才幹は同盟軍でも最上位クラスだった。今までその手腕が目立たなかったのは、"最強の支援型兵士"と評価されている"悪魔の子"が同じ部隊にいたからである。



生まれた時から"戦場の伝説"という高すぎる壁を見上げて育ったアレックスにとって、"父を超えるに違いない"小太りの青年の姿は、羨ましくもあった。

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