愛憎編55話 炎の河



「サプライズゲストがレアンドロに接敵エンゲージ。交戦を開始しました。」


リストバンドから左翼の状況がもたらされる。ビロン師団をテコ入れする為に、アレックス大佐を連れてきといて良かったぜ。兄に比べると戦闘能力が一枚落ちるマヌエラは、いっちー達に任せてしまって問題ない。


「全軍、反転攻勢を開始!戦線を押し上げるぞ!」


うまごろし♡を両手に構えて前進する。ナバスクエスを始末する為に、念真力は温存しておきたい。狼眼ナシで多数を殲滅するなら、紅蓮正宗より"うまごろし♡二刀流"だ。


「亀みたいに丸まってないでかかってこい!おまえらはジャガーを標榜してんだろうが!」


超重武器を振り回し、ガードの上から複数の敵兵を撲殺していると、少し離れた場所で勇躍する元帥閣下の姿が目に映った。


「皆、私に続け!邪智暴虐な機構軍に、正義の鉄槌を下すのだ!」


心にもない台詞を信じ込ませる才能を持つ元帥閣下は、爪に仕込んだ単分子モノフィラメントウィップでたぐり寄せた敵兵の頭蓋をジェットブーツで蹴り砕く。


"そこらの異名兵士に負けるつもりはない"と言うだけあって、かなりの腕だ。日和見と揶揄された派閥のトップが先頭に立って戦えば、麾下の兵士も奮い立つ。後退から一転、カプラン師団の兵士達は戦線を押し戻し始めた。


「風見鶏が勢いづきおって!この"豹頭ジャガーヘッド"ハビエルがその首を頂く!」


豹を模したド派手なヘルメットを被った兵士がカプラン元帥の前に立ちはだかった。アイツはジャガー戦士団・第四大隊のエースだったはず。


「閣下が出るまでもない。アタシが相手だ。」


ピーコックが前に出ようとしたが、カプラン元帥が魔爪で制する。


「その意気や良し。遠慮なくかかってきたまえ。」


糸で手招きされたハビエルは二本のマカナを構えて疾走し、挨拶代わりの斬擊を見舞ったが、カプラン元帥は屈んで躱して腕を左右に振るう。


「……やるな。昨日今日の特訓で得た技ではない。今まで実力を隠していたのか……」


飛び退ったハビエルの下腹部に赤い染みが浮き上がる。手練れの兵でも魔爪を躱し切れなかったのだ。カプラン元帥は※流殿手るでんての回し受けのように流麗に両腕を回転させながら構えを取る。


「南フラム地方には"※ショソン"という足技主体の格闘術がある。私はショソンに央夏の暗器術と龍ノ島の流殿手を組み合わせた我流闘技を編み出した。本邦初公開となるこの技に、キミは対応出来るかな?」


カプラン元帥が両手を振ると、燦めく糸がハビエルを襲う。極細の糸をマカナで斬り払いながら距離を詰めたハビエルはキックを繰り出し、カプラン元帥もキックで応戦する。蹴りの威力は重量級とおぼしきハビエルが優ったが、カプラン元帥は弾かれた足を素早く畳み、反動と軸足を上手く使って体を回転。後ろ回し蹴りを顔面に浴びせる。


「小癪な!だがパワーは俺が上のようだな!」


上体を仰け反らせたハビエルは折れた鼻も意に介さず、至近距離で二本のマカナを豪快に振り回した。中距離での差し合いなら単分子鞭に分があると見て、二刀を活かせるクロスレンジで勝負する気だ。


多少のダメージはモノともしないタフさと一撃必倒の豪腕。ジャガー戦士団でも名を知られた兵士だけだって、相当な猛者だ。劣勢に立たされ、いくつか手傷を負わされたカプラン元帥だったが、ピーコックは動かない。テレパス通信で"動くな"と命令されたのだろう。


「ハビエル君、言い忘れていたが、私が闘技に取り込んだのは暗器術と流殿手だけではない。最も参考にしたのは次元流合気柔術なのだよ。」


手傷と引き換えに爪から伸びる糸で二本のマカナを巻き取ったカプラン元帥は、合気の技を活かして刃先をハビエル自身に向かわせる。力の方向を捻じ曲げられたマカナは、ハビエルの足を斬りつける事になった。


「ぬおっ!パ、パワーは俺が上のはずなのに何故だ!」


「驚くには値しない。合気とは相手の力を利用する術だ。まず機動を封じ、それから全身を封じる。人形使いパペットマスターの妙技は気に入ったかね?」


両腕を体の前で交差したまま糸でがんじがらめにされたハビエルの頭頂部に、跳躍しながら前転したカプラン元帥の浴びせ踵落としが直撃する。ド派手なヘルメットに助けられたのか、ハビエルは倒れずに踏み堪えたが、着地と同時にカプラン元帥は飛び膝蹴りを顎に食らわせた。


「…まだだ!まだ……倒れんぞ!」


上下から強烈な打撃を喰らったハビエルはよろめきながらも頭突きで反撃を試みたが、カプラン元帥は最後の足掻きを躱しながら背後に回って糸を首に巻き付け、背中合わせに腰を落としながら切って落とした。


Au revoirさようなら。」


ド派手な兜を被った首が地面に転がり、勝敗を敵と味方に見せつける。ターキーズからは歓声が上がり、ジャガー戦士団からは悲鳴が上がった。


何でも出来るが道を極めるには至らない男は、多芸さを活かしてショソンの足技に流殿手の手技、さらに央夏の暗器縄術に次元流合気柔術の理合を組み合わせるという我流戦闘術を編み出した。これ程の腕を今まで隠していたんだから、人が悪いぜ。煮ても焼いても食えない男ってのは、ジョルジュ・カプランの為にある言葉だな。


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後退していた同盟軍は踏み止まり、戦況は膠着状態に陥った。烈震アレックスはまだレアンドロを仕留められずにいる。邪眼の力だけで凌げる相手じゃない、思ったよりもやるようだな。


「敵の半数が渡河を終えました!」


リストバンドからの報告を受け、重要事項を確認する。


「ナバスクエスは河を渡ったか?」


「イエッサー!中軍中衛に位置する敵軍旗艦"テスカトリポカ"は渡河を完了しています。」


ノゾミから必要な答えを引き出したオレは、リストバンドに暗号文を打ち込む。"ファング1、FRファイアリバー作戦を開始せよ"っと。


戦線を維持しながら援軍を待つ。リリスの計算では24分で戦場に到達するはずだが……


もう来たか!おそらく艦橋にいるリリスが気を利かせて、ケリーに作戦開始を指示していたな。リストバンドに浮かぶ暗号文。


"ビッグタスク、デビル1からの指示で既に作戦は発動されている"


よし。作戦の発動権をリリスにも与えておいて正解だったな。さてナバスクエスさん、どうするね?


オレが呼び寄せた援軍は、剣でも銃でも殺せないんだぜ。


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※ナバスクエス・サイド


「陛下!上流から炎が……炎が流れてきます!!」


テスカトリポカの索敵士官は我が目を疑い、目を擦って現実である事を確認して驚愕した。


「なんだと!? メインスクリーンに映せ!」


上空から送られて来る映像は、燃え盛る炎の接近を告げている。戦場の中央を流れる河は、水深は浅いが河幅は広い。猛火の壁は、5分もしない内に戦場の西端に到達するだろう。


河を堰き止め、濁流で敵軍を押し流すのは、古来からよく使われる戦法だけにナバスクエスも警戒していた。偵察部隊を上流に送って堰がないかを確かめ、トガ師団と戦った時と水深に変化がない事も判明したので、"河を使った罠はない"と安心したのだ。


だが、仕掛けが施されていたのは河縁ではなく河底だった。本隊とは別行動を取っていたケリコフ・クルーガー率いる御門グループ企業傭兵部隊"マスカレイダーズ"はトガ師団が敗北した翌々日に戦地に入り、火計用に精製された特殊油の入った樽を河底に埋設しておいたのである。


剣狼はナバスクエス師団がトガ師団に勝利した場合は、東雲師団をオトリに使って南下を促し、ジャブール平原で撃破するプランを描いていた。現実には、ナバスクエス師団は東雲刑部を討ち取る為に北東へ進軍し、オトリには引っかからなかったのだが、南北が入れ替わっただけでジャブール平原での決戦は実現した。


ナバスクエス師団の索敵部隊にも優秀な者はいて、河底に違和感を感じて調査しようと試みたのだが、彼らは待ち構えていたケリコフと三羽烏に捕まってしまい、擬態能力なら同盟随一の"琴鳥ライヤーバード"、こだまコトネになりすまされてしまった。


かくして、最後の安全装置も不発に終わり、ナバスクエス師団は罠の張られた平原で決戦に臨む事となったのである。炎の壁は戦場を横断し、後続部隊との連携は断ち切られた。



戦の前に剣狼が予言した通り、ナバスクエス師団の戦力は半分に削られたのだ。


※流殿手

惑星テラにおける空手。


※ショソン

南フランス地方に伝わる格闘術。足技を主体とする。

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