愛憎編53話 甘美極まる猛毒



「……カナタ、イスカ様は"誰とも話したくない"と仰せじゃ。」


作戦会議を終え、眼旗魚に戻ったオレは艦長室から白蓮に通信を入れてみたが、司令と話す事は出来なかった。


「クランド大佐、ローター音が聞こえますがヘリに乗っているんですか? まさか司令は病院に行かなきゃいけないほど衰弱してるんじゃないでしょうね!」


兵団と対峙してんのに指揮官不在はマズい!煉獄が司令の不調を知れば、仕掛けて来るかもしれないぞ!


「心配するでない。兵団に動きはないし、彼我の距離も十分に離れておる。いつもの睨み合いが続いておるから、他の戦域にいるアスラ派の視察に赴き、戻る途中じゃ。もし兵団が動けば、イスカ様が迎撃する。」


「誰とも話したくない状態で、ですか?」


「事態が動けば心を切り替えられる。カナタよ、こちらの心配をしている余裕はあるまいが。ナバスクエスは本気で仕掛けて来るぞ。」


「司令に伝えてくれ。"落とし前はオレが取る"とな。」


ナバスクエスがカプラン師団をも撃破すれば、奴を一人勝ちさせまいと、各地に展開する機構軍も動き出す。エイジア地方の戦役で終わらせるか、世界全土の大戦役に発展させてしまうかは、オレ達に懸かっている。


「伝えておこう。蛇足かもしれんが、第二師団分隊の生存者が、"ナバスクエスが非武装の支援要員を虐殺した証拠映像"を持ち帰ってくれた。」


「奴にパーム協定は適用されない。友軍兵士をゾンビ化させただけでもお釣りが来るってのにな。」


「そういう事じゃ。あの外道を生かして帰すな。以上オーバー。」


固い表情のクランド大佐の姿がスクリーンから消えた。


始末する理由は十分過ぎる。どう始末するかの算段もついている。ナバスクエス、得意満面で進軍して来やがれ。神様気取りでいられるのもあと僅かだぞ。


───────────────────


艦長室で最後のシミュレーションを行っていると、始末する算段、その決定打になるキーパーソンから通信が入った。


「ファング1からビッグタスクへ。やはりお客さんが現れたぞ。」


「どうもてなしたんだ?」


「予定通り、バード1が饗応した。噂には聞いていたが、大した芸だよ。」


「その手の工作ならバード1の右に出る者はいない。」


ナバスクエスの送り込んで来た偵察部隊を捕らえ、なりすましにも成功。過去の記録とトガ師団との会戦を分析した結果、ホレイショ・ナバスクエスの戦術能力は極めて高いとわかった。だが、前哨戦はオレの勝ちだな。


戦端が開かれる前に勝利を決定する、奴には出来ないが、オレには出来る。王家の末裔として大戦力の運用しかしてこなかったナバスクエスと、威力偵察部隊の一兵卒を経験したオレとの差だ。


「ビッグタスク、ここまで来れば問題ない。俺だけでもそちらに合流した方が良くないか?」


一騎当千のファング1を会戦に使いたいのは山々だが、仕込みが完了しただけで、策が成功した訳じゃない。順調に見えても、途中で何が起こるかわからないのが戦場だ。


「いや、FR作戦の成功が勝利の鍵だ。ファングチームはそっちに注力してくれ。」


「了解。幸運を。」


そう。オレには運がある。人運という最高の運がな。適所があっても適材がいなくてはどうにもならん。人に恵まれるってのは、どんなおまじないよりも強力な力だ。


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※ナバスクエス・サイド


「カプラン師団がジャブール平原に布陣しただと!? マヌエラ、それは本当か?」


「ええ、間違いない。今から映像を送るわ。」


娘からの報告を聞いたホレイショは半信半疑であったが、送られてきた映像で平原の様子を確認する。


「なるほど。河を外堀に使って余を食い止めるつもりか……」


映像の中のカプラン師団は、トガ師団が大惨敗を喫した平原に布陣し、大慌てで渡河を防ぐ防塁を築こうとしていた。モニター会議に参加している息子、レアンドロが鼻で笑う。


「アイツら馬鹿じゃないのか? あの河は浅すぎて堀には使えん。それに急拵えの防塁を築くぐらいなら、しっかりした外堀と防壁があるガルガランダに籠城する方がいいだろうに。」


「レアン、それが剣狼の甘いところだ。余が大量の移動式曲射砲を持っている事を知った奴は、籠城すれば下民に多数の犠牲者が出ると考えた。可能な限り、市街戦を避けようとする傾向があるとは思っておったが、ここまで甘いと反吐が出る。マヌエラ、第二師団の現在位置は掴めたか?」


「はい、お父様。足の速い部隊だけでジャブール平原に急行しています。」


スクリーンが分割され、最大戦速で行軍する第二師団の姿が映し出される。


「どれだけ急ごうが間に合わん。軍事において、戦力の逐次投入は禁忌である事も知らぬのか。全軍、最大戦速だ!ジャブール平原でカプラン師団を蹴散らし、その後に第二師団を師団長の待つ冥府へ送ってやろう!」


敵が戦力の逐次投入という愚を犯したのなら、分散した戦力を各個撃破するのが理であり王道。しかし、マヌエラの心には疑問が生じる。"疑問"ではなく"恐れ"と言った方が良いのかもしれない。


「お父様、あのペテン師が、わざわざ不利な場所に布陣するのは妙ではありませんか?」


剣狼カナタは戦術で遅れを取った事はなく、輝かしい戦果の中には、奇跡に近い逆転勝利も多分に含まれている。王道と詭道を自在に操るあの男は、何をやってくるかわからない。


「マヌエラよ、戦場において重視すべきは事実のみだ。どんな手を使おうとも、第二師団は開戦に間に合わない。3万余りの敵軍は、5万を超える我が軍を迎え撃たねばならぬのだ。この事実に揺らぎはあるか?」


「ありません。」


「敵の狙いは見えておる。河と防塁を駆使して我が軍を足止めし、消耗を強いながら第二師団の来援まで時間を稼ぐ。復讐に燃える第二師団が戦場に到着し、味方の士気が上がったら決戦を挑む。こういうシナリオであろう。」


お父様の仰る通り、第二師団は開戦には間に合わない。その日の内に勝敗を決してしまえば、ただの遊兵と化す。マヌエラは父親の説く理は正しく、数の差を活かして勝利すべきだと迷いを振り払った。


勝ったと思わせ、驕る心の間隙を突く。剣狼カナタが過去にそうして勝利してきた事を知りながら、親も子も誘惑に抗えない。有利さとは、甘美極まる猛毒なのだ。


──────────────────


「防塁の設営を中止せよ!工作兵は後方で小休止!即応部隊は配置につけ!」


中軍にカプラン師団、右翼に連邦有志軍、左翼にビロン師団を配置した。ナバスクエスはいつも通り、中軍に自分が鎮座し、右翼に息子を、左翼に娘を配置するだろう。カプラン師団VS本隊、連邦有志軍VSマヌエラ、ビロン師団VSレアンドロのマッチアップだ。


ナバスクエスは、最も兵質の高い連邦有志軍を遊撃戦が得意なマヌエラ隊で引き付けておいて、ここのところ負け続きだったビロン師団を突破力に秀でたレアンドロ隊で打ち破ろうとするはずだ。マヌエラも相当な強者で、配下に多数の異名兵士を擁しているから、状況次第では個の力で突破を図ろうとするかもしれんがな。ケチ兎には悪いが、屍人兵の投入や狂犬の来援といった予想外の事態がなくても、骸骨軍団は敗れていただろう。


SESが通じるのは一般兵までで、古参兵やエリート兵には分が悪い。トガ師団のエース、痛がり屋の奇行子では、人の皮を被った獣には勝てん。外道の戦略と狂犬の乱入で、惨敗が大惨敗になっただけだ。


「剣狼、お出でなさったよ。」


ピーコックが戦闘前の儀式ルーティーン、口紅を濃く塗りながら、空いた手で指を差した。地平線の向こうから土煙が近付いて来る。いよいよお出ましだな。


「ピーコック、オレの予想通りに事が動けば、カプラン師団の戦死者が一番多くなるはずだ。……生き残ってくれよ。」


知己であるかどうかで優劣をつけてはいけない。だけど、友達になった兵士に死んで欲しくないってのが本音だ。


「私に死体袋は似合わない。匂い袋サシェなら私室に吊してるけどね。」


香水や香料に凝るのが趣味ってタンタンが言ってたな。


「3万強と5万ちょいの戦争か。カナタ君、詳細は聞いていないが、本当に勝てるのだろうね?」


背後からカプラン元帥に声をかけられたので振り向くと、顔より先に脚部に目を取られた。元帥閣下は重厚なレッグアーマーを装備している。


「カプラン元帥、まさか…」


「前線に立つ。勢いに乗る大軍を相手に戦うのだ。ナバスクエスは自ら戦い、士気を高めた。ならば私も戦う姿を見せないとね。」


「危険です!閣下は総大将ですよ!」


「私とて、そこらの異名兵士に遅れは取らないし、分が悪い相手と見れば案山子軍団やターキーズに任せる。それよりも、そろそろ聞かせてくれたまえ。河は浅く、防塁はないよりマシ程度。この状況を覆す策とはなんだね?」


止めても無駄だな。カプラン元帥はリスクを負い、戦う姿勢を兵士に見せようとしている。やってる事は中世の戦争と変わらないのだから、士気高揚の効果は大きい。今まで最前線で戦った事がない総大将の出撃なら特にだ。閣下に心おきなく戦ってもらう為にも、何が起こるかを話しておこう。



「渡河を防ぐフリをしながら、徐々に後退してください。敵軍の兵士をして御覧に入れます。」

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