愛憎編45話 列侯会議



中原風の天幕の中に五人の男が集まった。同盟軍元帥ジョルジュ・カプラン侯爵、同盟軍少将シモン・ド・ビロン侯爵、機構軍少将サイラス・アリングハム公爵、機構軍大佐ブランドン・ヘインズ男爵。そこに混じってるのが同盟軍特務少尉のオレって訳だ。爵位はともかく階級は場違い過ぎるな。


「待たせてしまったね。心配性の部下を説得するのに少々手こずってしまった。」


カプラン元帥が苦笑しながら切り出すと、サイラスも笑って答えた。


「お気にならさず。私もブランドンを説き伏せるのは一苦労でした。」


「ハハハッ、心配されているうちが花だ。アリングハム公、お望みの品を二本持って来たよ。一本は手土産、もう一本は話がまとまってから、皆で祝杯を上げようじゃないか。」


カプラン元帥は上機嫌で木箱をヘインズ男爵に手渡し、もう一つの木箱から馬乳酒の瓶を取り出して卓上に置いた。


「ブランドン、元帥閣下に返礼の品を渡してくれ。」


頷いたヘインズ男爵はアタッシュケースから古びた木箱を取り出して、うやうやしくカプラン元帥に捧げる。


「ノルドウィスキーの銘品とはありがたい。間接貿易では入手するのも手間なのだよ。」


早えとこ停戦して、直接貿易を始めたいねえ。間接貿易で利ざやを稼いでる中立都市は困るだろうけどな。


庶民の大多数が平和を望んでいる。だが、大多数が望んだ方針転換であっても一部の人間や組織は不利益を被るのだ。官僚だった親父はこう言っていた。


"100%支持される政策などない。どんな政策も必ず既得権益を侵害するからだ。一流の政治家とは清濁を併せ呑む者だが、国の未来に関わる政策に関しては清道を貫かねばならん。既得権益に固執する者を排してでも、国の針路を定める政治家が今こそ求められている"


内憂外患を抱えてはいたが、表向きは平和な日本でさえそうだった。この星は表向きの平和すら、実現出来ていない。オレの任務は戦乱の星を表向きは平和な状態に……そう、スタート地点に立たせる事だ。


「閣下、茶はオレが淹れますから…」


元帥閣下が野営セットを使ってお茶の準備を始めたので、若輩がやるべきだと提案したが、即座に却下される。


「カナタ君、誰もマズい茶など飲みたくないのだよ。アリングハム公とシモン少将は紅茶、カナタ君は珈琲、ヘインズ大佐は何が良いかね? 央夏や龍ノ島の銘品も揃えてきたから、遠慮なくリクエストしてくれたまえ。」


「カプラン元帥のオススメを頂きましょう。元帥閣下に茶を振る舞われるのは光栄ですな。」


「ではカプラン家がマリノマリア地方に伝えたとされるカプチーノを淹れてみよう。」


カプチーノって地球じゃイタリアのカプチン僧が由来らしいけど、こっちじゃカプラン家が由来なのか。さすが由緒正しき名門貴族だと、感心するところかねえ。


「……カプラン元帥、アリングハム公は敵の首魁の一角ですぞ。どんな話をされるおつもりですかな?」


所在なさげに折り畳み式の椅子に座っていたビロン少将が紅茶で喉を潤してから問い質し、問われた男は笑顔で答える。


「シモン少将、今は敵でも未来永劫、敵とは限らない。仮に敵のままであったとしてもだ、双方に実りのある話なら、対話するのはやぶさかではないよ。」


出戻りの将官を同席させたのは、"私はキミを信頼している"というメッセージだ。論客は敵との交渉の場を利用して、味方の結束も高めようとしている。この政治センスがカプラン元帥を三英傑の一人に押し上げたのだ。


「Good!So,Good!それでこそ論客と名高きカプラン元帥。私も足を運んだ甲斐があるというものです。では早速、本題に入らせて頂く。我々アリングハム派は、カプラン師団との交戦を望んでいない。不毛な戦いを避ける為に話し合いたいと思っています。」


智将の申し出に論客は直裁的な返答を避け、オレに話を振ってきた。


「アリングハム公はこう仰っているが、カナタ君なら戦っても勝てるのではないかね?」


「時間をかければ、おそらく。アリングハム派は当然、各都市で籠城するでしょうから、攻城兵器の補充は必須でしょう。」


アリングハム派の泣き所は、サイラスの指揮能力の高さに依存している事だ。ノルド兵は決して弱兵ではないが、異名兵士も少なく、個の力には劣る。ダムダラス平原でサイラスが喫した敗北は、"指揮能力が互角なら、兵質に勝る側が勝つ"の典型だった。この男の麾下に剣聖や守護神のような勇将がいれば、敗走させるのは難しかっただろう。


「その時間が問題だ、キミはそう考えているのだろう? 違うかな?」


サイラスは戦況を把握した上で会談に臨んでいる。オレと分析が一致しているはずだと考え、交渉を決断したのだ。


「その通りだ。元帥、トガ師団がナバスクエス師団に敗れた場合、アリングハム師団とナバスクエス師団に挟撃される恐れがあります。」


そうなった場合は、アリングハム領の攻略どころではない。


「耳寄りな情報を教えてあげよう。ホレイショ・ナバスクエスは完全適合者、息子と娘は準適合者だ。ナバスクエス家が邪眼持ちの家系である事は言わずとも知っているはずだね。」


「ナバスクエス元帥が完全適合者だったとは初耳だね。なぜ隠していたのかな。格好の士気高揚になったはずだが?」


カプラン元帥がハッタリではないかとカマをかけたが、サイラスは微笑しながらハンディコムを卓上に載せ、映像を流した。


ハンディコムは目隠しをしたまま荒野の無法者どもを蹂躙する獣人の姿を映している。


「ある時は目隠し、ある時は両手を拘束したまま、ナバスクエス元帥は、少将だった頃からありとあらゆるハンデをつけて、無法者を相手に秘密特訓を積み重ねてきた。十数年にわたって頭のおかしいハンデ戦を繰り返していれば、戦の女神も根負けする。完全適合に至っても、政治力に欠ける元帥は自力で足場を築く事が出来ず、機が熟すのを待つしかなかったのだが……」


あえて言葉を切ったサイラスに応じるように、カプラン元帥はまるで表情を変えずに呟いた。


「……機は熟した。合従連衡ながらも元帥に昇進し、他派閥に利益を与える前提ではあるが、大軍を指揮出来る立場となった。さらに派閥を割ったソリス中将は戦死し、メクス人勢力の一本化にも成功。いま動かずしていつ動くのか、といったところか。」


「私やピエールでは、到底この男には勝てん。剣狼、キミなら勝てそうか?」


武闘派のビロン少将が映像を見ただけで勝てないと認める強者。厄介な野郎が出てきやがったな。精神的にもネヴィルの従兄弟だろうから、停戦の障害になる事、受け合いだ。


「やってみない事にはなんとも。サイラス、ナバスクエスが完全適合者である事をトガ師団に教えて構わないか?」


「いいとも。徒労に終わるとわかっていても、義理は通す必要があるだろう。ただし、情報の出所が私である事は隠してもらいたいね。」


智将は同盟の内部対立も、トガ師団が負けるまで止まらない事もご存知のようだな。


だが、事態は智将の予測よりも深刻だ。トガ師団からは"二次目標を達成するまで通信を断絶する。我々の快進撃が面白くないのはわかるが、度重なる帰投要請で猛る戦意に水を差すな。旧領を全て回復してからであれば、再度の三者会談に応じてもいい"との通信を最後に、連絡が取れなくなった。


他派閥からの要請など聞く耳を持たんという事なんだろうが、通信を断絶してしまうあたりに、トガと五本指の軍事センスのなさが現れている。予期せぬ強兵が出現したら痛がり屋を捨て駒に使うつもりなんだろうが、黙って使い捨てにされる男じゃない。だいたい、他の戦地で事態が急変したらどうするつもりなんだ?


「ロベールは"トガ師団が敗北しても、奪還したソリス領に展開するウタシロ大佐と僕達で共同戦線を張れば、ナバスクエス師団に勝てる。それを阻止出来る位置にいるのは智将サイラスだけだけど、彼は動かない。三度も自分を負かしたカナタ君と戦いたくないからだ"と言っていた。息子の言が正しいなら、ナバスクエス師団を撃滅した後に北上するのが良いだろう。」


ビロン少将、自軍の有利さを主張したいのはわかるが"ロベールは"と"三度も自分を負かした"は余計だ。情報を与えればサイラスはギャバン少尉の有能さに気付くぞ。それに主を貶められたと感じたヘインズ大佐が怒りを露わにしてる。主の方はいたって冷静だがな。


「ダムダラス平原の野戦とザインジャルガ攻防戦における奇襲、さらに捕虜になってからの情報戦。確かに私は剣狼カナタに三度も負けているね。相手が悪かったにせよ、二度ある事は三度あった訳だ。四度目はないと言いたいところだけれど、勝てる自信は正直……ない。」


「我々の優位を認識してもらえたようで何よりだ。」


ビロン少将は得意気になったが、言葉の戦争ならサイラスが一枚も二枚も上手だ。


「これはフー元帥を援護しに来た薔薇十字に要請して、城塞都市を囲むテムル師団を撃破してもらうしかないかな。そうすればアリングハム師団&フー師団&薔薇十字VSカプラン師団&アスラ派&ドラグラント連邦の対決になる。これなら勝機を見出せるからね。」


それがオレの最も避けたいシナリオで、テムル総督には"薔薇十字が野戦を挑んできたら戦わずに撤退して欲しい"と要請してある。野戦に滅法強い遊牧騎兵でも、攻防を巧みに分担する剣聖と守護神が相手では苦戦は必至。何より薔薇十字は"無敗の死神"を擁している。蒼狼テムルには悪いが、死神トーマが相手では勝てないだろう。


「シモン少将、いたずらに対立を煽るのはよろしくない。交渉相手を貶めるかのような言動もだ。」


カプラン元帥が穏やかに取りなし、ビロン少将は素直に非を認めた。


「はい。我々が有利とばかりは言えませんな。アリングハム公、言葉が過ぎたのはお許し頂きたい。」


以前のビロン少将なら肩肘を張ったに違いないが、今のビロン少将は物分かりが良くなった。戦略眼の欠如は相変わらずだが、圭角が取れつつある。


「詫びるに値しないよ。侯爵は事実を述べたまでだ。名参謀と謳われたロズリーヌ・ド・ビロン侯爵夫人の才能は、実子のロベール・ギャバン少尉に受け継がれているようだね。」


「※麒麟も老いては駑馬に劣る、ましてや私如きは麒麟でもない。ならば"老いては子に従え"を実践すべきだろう。」


サイラスのビロン少将を見る目が変わった。若かりし日のように"派手さはないが堅実に結果を出す男"へ回帰しつつあるのを感じ取ったな。


「麒麟も老いては駑馬に劣る、か。トガ元帥に贈りたい言葉だね。カプラン元帥、私もフー元帥も薔薇十字総帥も、貴公達との交戦は望んでいない。だが、攻め掛かられれば受けて立たざるを得ないのだ。」


「よくわかるよ。卿は北エイジアの領土を失う訳にはいかない。ノルド地方の独立と引き換えにロッキンダム王国にくれてやるつもりなのだからね。」


論客らしく、思い切り踏み込んだな。いや、探りを入れたのかもしれん。サイラスがノルド地方の自主独立を志向しているのは間違いないが、本気度は不明だからな。


この探り針は、思わぬ大魚を釣り上げた。


「……二人の侯爵と二人の公爵が集った秘密会談を、局地戦の帰趨を話し合うだけの場に留めるのは惜しい。この"列侯会議"に相応しいテーマを供しよう。いかにも私は、ノルド地方の自主独立を目指している。カプラン元帥もビロン少将も、リングヴォルト帝国に奪われたフラム地方を奪還したいはずだ。故郷の独立と奪還を目指し、相互に協力する秘密協定を結びたいが如何?」


「それはいい。格好の立会人もいるからね。」


四つの視線がこちらに向いたが、まさかオレに立会人をやれってんじゃないだろうな?


「カプラン元帥、お待ちください。帝の許諾を得ない事には…」


「ノルド人でもフラム人でもない龍弟公ならうってつけだろう。実は協定書を持って来ているのだ。」


カプラン元帥が野営セットに手をかざすと、二重底が開いて協定書が現れる。部下の説得に手こずっていたんじゃなく、これの準備に時間が必要だったのか。


「……素晴らしい。寸鉄帯びずに要塞に乗り込み、退去させるどころか味方に引き入れた逸話は伺っていたが、ここまで用意周到とはね。」


協定書に目を通したサイラスは、お世辞ではない感嘆の言葉を述べた。用意されていた協定書には、修正の余地がなかったのだろう。


ここまでお膳立てされたんじゃ嫌とは言えない。立会人に名を連ねるしかないだろう。戦後の話ではあるが、帝国が領有するフラム地方の帰属を巡る調停は、難航が予想されるんだけどなぁ。ま、それは雲水代表と教授にぶん投げるとしてだ。巻き込み事故は狙っておくべきだろう。


「帝から事後承認を得るカタチになりますが、立会人に名を連ねます。ですがもう一人、立会人に加えたい男がいます。」


「カナタ君、混成師団に列侯と呼ぶに相応しい者は我々だけだろう。鯉沼少将がいれば別だが、犬飼大佐ではいささか格落ち感が拭えない。孤児から成り上がり、爵位を得た大佐を軽んじている訳ではないから、誤解しないでくれたまえ。連邦を代表するのは、天掛公爵だけで十分だと言いたいのだ。」


「呼びたいのは誰もが認める列侯の一人……みたいなものですよ。その男を見れば納得するはずです。」


ハンディコムでソードフィッシュに通信を入れ、極秘にサプライズゲストを連れて来る手筈を整える。天幕の中で待つこと暫し、バイクの音が聞こえてきて、ナツメを伴ったフード男が登場した。


「まったく、絶対に部屋から出るなと押し込めたかと思えば、急に顔を貸せとはな。カナタ、いささか勝手が過ぎるぞ。」


ボヤきながら外套を脱いだ男の顔を見て一同は驚き、同時に納得する。サプライズゲストの存在を知っていたのは案山子軍団の幹部だけで、敵のサイラスはもちろん、カプラン元帥とビロン少将にも内緒にしていたのだ。


「すいませんね。列侯会議からハブったら、後から何を言われるかわからないんで。」


「雁首揃えて密談していたようだが、俺にも混ざれって事か。仕方あるまい。」


折り畳み椅子を軋ませながらゲストは席に付き、面倒くさそうに卓上の協定書を読み始めた。気の早い事に、もう親指を噛んで血判の準備まで始めている。認印みたいな気軽さだが、血判を同じレベルで考えちゃいないだろうな?


五人の列侯は協定書に署名してから血判を押し、サイラスとビロン少将の悲願は一歩前進した。秘密協定樹立後にカプラン元帥とサイラスは、北エイジア各都市の領有権を話し合い、既に降伏した都市の保全と緩衝地帯の担保で合意に至る。これでアリングハム派や薔薇十字との交戦は回避された訳だ。



会談後にカプラン元帥は奪取した都市の半分をビロン少将に与え、残りは立会人二人で折半する事を決定し、こちらの顔を立ててくれた。……後はトガ師団の結果待ちだな。


※麒麟も老いては駑馬に劣る

日に千里を走るという麒麟も、老いてはしまってはそこら辺の平凡な馬にも劣ってしまう。いかなる俊才も歳を取れば凡人にも及ばない、の意。

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