愛憎編44話 思考は慎重に、行動は大胆に



※このエピソードはトガ師団惨敗の数日前のお話です。


「小都市とはいえ、戦わずに済むのはいい事ね。少尉もそう思うでしょ?」


艦長シートの隣に設えられた補助席で足をブラブラさせていたリリスから話題を振られたので、重々しく頷いて見せる。


「最良の兵法とは"戦わずして勝つ事"だ。カプラン元帥はそれを最も得意としている。」


「言葉は正しく使いなさいよ。最も得意としているじゃなくて、それしか出来ないって言うべきでしょ。」


相変わらずリリスは辛口だな。


「おまえと同じで、多芸多才な元帥閣下は他にも出来る事はあるさ。突出してるのが交渉術ってだけだ。」


抵抗の予想される都市もあったのだが、カプラン元帥の巧みな交渉術で無血開城に成功している。誰に、どんな条件で、どのタイミングで交渉を持ち掛けるべきかを知り尽くした男の面目躍如だな。


「戦死者が出ないに越した事はありませんし、市民が犠牲になりかねない市街戦は誰だって避けたい。今のところ私達は、カプラン師団に同行しているだけですね。」


シオンはそんな軽口を叩いたが、シズルさんは生真面目に意見する。


「シオン殿、我々は同行するだけで役に立っている。元帥殿はお館様と案山子軍団を交渉のカードに使っているのだからな。」


硬軟織り交ぜた交渉の、硬の部分にオレとビロン少将を使ってる訳だ。


「シズルさん、私に"殿"を付けるのはやめてください。」


「先々に備えておくのが筆頭家人頭、今はそれだけ言っておこう。お館様は執務がアレだから…コホン。いささか不得手な御様子ゆえ、私とシオン殿でお家を切り盛りしてゆかねばなるまい。」


いささか不得手ではなく、めちゃくちゃ苦手なんだよ。執務がアレだからで合ってるんだ。


で、シズルさんや天羽の爺様を始めとして、八熾家家人衆はシオンを気に入っていて、もう奥方様扱いし始めてるんだよな。しかし艦橋でそんな話をされたら……


「シズル!言っておくけど正妻は私なんだからね!」


ほーら、リリスが噛み付いたよ。


「私は愛人!」


そしてナツメがお気楽な事を言う、と。気のせいかもしれんが、ブリッジクルー(特に男)の目が冷たい。


「ふむ。ではこうしてはどうだろう。天掛家と八熾家は現在、お館様が当主を兼任されておられるが、いずれは分割するのが理想。公爵家の正夫人は銀髪、侯爵家の正夫人は金髪、これなら問題あるまい。」


シズルさん、オレの意向も聞かずに勝手な事を決めないで頂きたい。しかも何気なくリリスを八熾家から遠ざけようとしていやがる。自分が番頭役としてすこぶる有能だから、天才秘書が必要不可欠じゃないんだよな。リリスがいないと生活が成り立たないオレとは違う。


「む~、位は御門の一門に属する天掛家のが高いのよね。でも実権は領地と領民を有する八熾家の方が高い。……世間的にはどっちが正妻と見做されるのか、悩ましいわね……」


悩むな悩むな。気が早すぎるぞ。


「贅沢税をたっぷり支払う予定の軍団長、ハンマーシャークから通信が入っています。」


オペレーターのノゾミが、要らん枕詞を付けて報告してくる。話題を変えたかったから丁度いいがな。


「繋いでくれ。」


同盟軍最高のソナーを装備したハンマーシャークは、師団の先頭に配置している。何か見つけたのかもしれんな。


スクリーンに映った老け顔は、無精ヒゲの目立つ顎を撫でながら報告を行う。


「大将、数キロ先で狼煙が上がってるぜ。」


「ここらは草木も水も乏しい。キャンパーがいるとは思えんな。」


カプラン師団とビロン師団にドラグラント連邦軍を加えた混成師団の兵力は3万を超える。大軍相手に何かを仕掛けるにはそれなりの兵力が必要だが、近隣都市がリスクを覚悟で動員するとは思えない。罠だとすれば、様子を見に来た偵察部隊の撃滅だろう。


「だろうな。どうする?」


「ロブ、インセクターで現地を確認しろ。慎重にな。」


交戦か降伏かで揺れる近隣都市に罠を仕掛ける余裕はないはずだが、強硬派が交戦不可避な状況を作る為に無謀な挑発を行う可能性はある。交渉の余地がなくなってしまえば、帰順派も戦わざるを得ないからだ。


「もうやってる。何かわかったらまた連絡するから、大将は日和見閣下に打電して、進軍速度を落とさせてくれ。」


「わかった。ノゾミ、人狼ルー・ガルーに"ハンマーシャークが狼煙を発見。微速前進に切り替えたし"と打電だ。」


藪は突いた。さて、何が出て来るかな?


────────────────────


「大将、誰かが焚き火に発煙筒を混ぜて遊んでたらしい。画像を送る。」


メインスクリーンにインセクターからの映像が映った。岩場の間にある開けた平地で焚き火が燻っている。酒でも飲んでいたのか、焚き火の傍には紙コップとグラスが置いてあった。


「ノゾミ、映像を拡大。まず足跡、その後に紙コップとグラスだ。」


「イエッサー。」


足跡から推察すればキャンパーは二人、軍用ブーツを履いた奴はかなり体格が良く、足形の深さから見ておそらく重量級。もう一人は場を弁えずに革靴なんか履いてやがったのか。歩幅の長さは平均よりやや広いから、背はそこそこ高いが体重は軽い。兵士じゃないのかもな。


「紙コップとグラスを拡大します。」


……プレート部分を金の装飾で覆ったグラスか。見るからにお高そうだな。待てよ? 草原を駆ける馬の装飾が施された高そうなグラス……どこかで見覚えがあるような……思い出したぞ!


「そういう事か。ノゾミ、格納庫のウォッカに連絡してステルス車両をスタンバイさせてくれ。オレが様子を見てくる。」


「隊長、随員は誰が…」


「一人で行く。シオン、そんな心配そうな顔をしなくていい。」


「ですが!」


「相手が誰かも、その目的もわかってる。万が一、予測が外れていたとしても、オレをどうにかするなんて不可能だ。おそらく場違いなキャンパーを連れてルー・ガルーに赴く事になるだろう。ここの指揮を頼む。」


ダーはい。隊長、気を付けてください。」


心配性の副長の肩を叩いてからブリッジを後にする。格納庫に移動したオレは、準備されていたステルス車両で荒野を駆け抜けた。


───────────────────


目的地に到着した頃には焚き火は消えかけ、燻っていた。バイオセンサーをオンにしたオレは、岩場に隠れている二人の位置を特定し、声をかける。


「アリングハム公、いるんだろ? お供はやっぱり、ヘインズ男爵かな?」


「キミならグラスに込めたメッセージに気付いてくれると思っていたよ。久しぶりだね、公爵。」


岩場から姿を現したのは予測通り、サイラスとヘインズだった。


「オレの記憶力を当てにしない方がいい。気付いたのはたまたまだ。収監されたゲストハウスのグラスをくすねて帰るとは、身分があるってのに手癖が悪いんだな。」


「私は捕虜にされたのだよ? 戦利品の一つぐらいないと寂しいじゃないか。」


「じゃあお望みの密談をしに、ルー・ガルーへ行こうか。」


このままカプラン師団が進撃を続けたら、サイラスがこの地方に領有する都市群にブチ当たる。そうなる前に交渉を持ち掛けてくるかもしれないとは考えていたが、まさか本人が出張って来るとは思わなかった。ずいぶん、大胆になったモンだ。


「カプラン師団の旗艦とはいえ、クルーが全員信用出来るとは限らない。可能ならば、ここにカプラン元帥を呼ぶ方がいいだろう。」


「わかった、やってみよう。しかしアリングハム公、俺が卿らを捕らえる可能性は考慮しなかったのか?」


二度も虜囚になりたくはあるまい。ヘインズは腕が立つが、オレの敵じゃない事はわかってるはずだ。


「キミがいるから、直接話そうと思ったのさ。私が機構軍にいた方が、キミにとっては都合がいいはずだ。第一、私をここで捕らえたら、アリングハム家と友好関係にある"野薔薇の姫"がいい顔をすまい。」


「その通りだ。」


薔薇十字と協力関係にあり、ネヴィルの足元を脅かすアンタにゃ健在でいてもらった方がいい。サイラスはその辺りをキッチリ計算出来る頭脳を持っている。カプラン元帥が自分を捕らえようとしても、オレが止めるに違いないと、わかっておいでだ。


ステルス車両からルー・ガルーに秘匿通信を入れたが、付帯事項を一つ付けられた。


「アリングハム公、カプラン元帥から…」


「私の事は"サイラス"でいい。貴重な学びの場を提供してくれたキミに私は一目置いているし、公爵同士で身分も釣り合っている。ついでに奥歯に物が挟まったような物言いもナシ、というのはどうかな?」


アンタのが5つか6つ、年上なんだがな。


そして"貴重な学びの場"ってのは強がりじゃないな。アリングハム公サイラスは、あの敗北を糧に成長している。以前のサイラスなら、頭で"安全だ"と算盤を弾けていても、ここまで大胆になれなかったはずだ。


この切れ者と引き換えに取り戻した雲水代表も、別人のように生まれ変わったから、収支はトントンってところか。


「お言葉に甘えよう。オレの事も"カナタ"と呼んでくれ。ではサイラス、カプラン元帥は"ビロン少将も同席させるなら"と条件をつけた。飲むかい?」


「もちろんだ。私からも条件を一つ。カプラン元帥の愛娘、ジゼルジーヌ・カプラン少尉はテムル少将ととても仲が良いと聞いた。となれば少将は、カプラン元帥に秘蔵の馬乳酒を贈っているだろう。是非、御相伴に預かりたいね。」


耳敏い男だぜ、まったく。もうそんな内部事情を嗅ぎ付けてやがるのか。


「ゲストハウスで供された馬乳酒を気に入ったようだな。」


「とても、ね。帰国してから色々と取り寄せてみたのだが、どれもあの時の酒には及ばない。市販品ではなかったのだろうね。」


捕虜とはいえ、帰国する可能性が濃厚だった要人だ。テムル少将は舌の肥えた公爵様の為に、秘蔵の酒をゲストハウスに置いておいたのだろう。


「気分も出せるぞ。ステルス車両に積んであるテントは、ザインジャルガで生産されたものだ。中原風の天幕の中で、密談と洒落込もうか。」


「So,Good。良い会合になりそうだ。ブランドンもそう思うだろう?」


「そう願いたいものですな。」


サイラスほど大胆になれてない腹心は心配そうに主を見やった。ここにも心配性がいたらしい。


大軍の真っ只中に二人で乗り込むんだから、そりゃ心配にもなるか。


「ヘインズ男爵、ザインジャルガでは重傷を負わせてすまなかったな。」


「戦場の習いゆえ、気になされるな。殺す気で戦ったのはこちらも同じ。命があっただけ幸運と言えよう。」


「龍ノ島には"武士は相身互い"という言葉がある。洋の東西に違いはあれど、騎士も士である事に変わりなし、という理解でいいかな?」


「貴公と私は相身ではない。我が主も貴公も、時代を切り拓く者だ。私は先駆者に続く従者に過ぎん。」


主が一目置いてるからって、そこまで過大評価しなくてもよさそうなモンだが。ブランドン・ヘインズ男爵は古風な感覚の忠義者なんだろうな。そうじゃなきゃ、極秘会談に同行させないか。



カプラン元帥が到着する前に、考えをまとめておこう。交渉上手の元帥閣下に任せてしまってもいいんだが、オレの読み違えじゃなきゃ軍事も絡んだ話になる。となれば、オレとビロン少将の助言は必要になるはずだ。


※作者より

友達がアスラ部隊第四番隊「羅候」のエンブレムをデザインしてくれました。近況ノートに上げてありますので、是非御覧下さい。


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