愛憎編43話 死にゆく兵



※トガ・サイド


リング、サム、ミドルはインデックスこと栗落花一葉がエバーグレイス学園在学中に結成した"新戦術研究会"のメンバーで同期生だったが、リトルだけは一年後輩で後から研究会に入った。小柄で運動能力が高いとは言えないリトルだったが、剣術は努力で身に付け、抜群の記憶力を活かしてデータ分析官も務めている。


「ま、まだだ!まだ僕は戦える!」


利き腕を斬り落とされたリトルは痛みを堪えながら止血帯を上腕に巻き付ける。


「リトル、下がるのよっ!ミドル、リトルを援護して!」


一葉はナバスクエスと斬り結びながら命令したが、リトルは首を振った。


「まだネイルガンがある!僕は射撃の方が得意なんだ!ミドル、僕はいいから、早くインデックスの援護を!」


「わかった!射撃支援を頼むぞ!」


ミドルはインデックスの命令ではなく、リトルの懇願を聞き入れた。切り札を使っているのにインデックスは優位に立てていない。自分達の計算は甘かったらしいが、とにかく今を生き残らなければ、改良を施す事も叶わないのだ。


インデックスとミドルが薬物で高めた反射神経で繰り出す多彩な技、しかしどの流派のどの技も、ナバスクエスの体を捉えられない。速さはそれほどでもないというSES共通の弱点は、エースもアルティメットも克服出来ていないのだ。


「クッ!邪眼か!」


緑光を放つ目で睨まれたミドルは咄嗟にバイザーを下ろしたが、ナバスクエスはせせら笑った。目を合わせるのは危険だとわかっているが、これ程の達人を相手に目を切って戦えるような修練をミドルは積んでいない。


「心配するな。余のジェイドアイは相手と目を合わせなければ発動しないような不完全な代物ではない。自己を強化する能力こそが至高、余に言わせれば他の邪眼など全てまがい物だ。……例外は死神ぐらいなものか。彼奴の邪眼も強化系のようだからな。」


一葉とミドルは講釈を垂れながら戦うナバスクエスをなんとか捉えようと懸命に連携攻撃を仕掛けるが、余裕で躱されかすりもしない。離れた位置からネイルガンで援護するリトルは弱点探しに躍起になったが弱点らしきものは見つからず、唇を噛んだ。だがリトルは、ある事に気付く。弱点ではなく、強味を発見したのだ。


「コイツの能力がわかりました!見えているんです!」


リトルは助言したが、ミドルは怒鳴り返す。


「技を見切られてるのはわかっている!」


「見切りじゃない!インデックス、ミドル、死角から攻撃してください!」


リトルは戦闘の最中でも分析官である事を忘れていなかった。


「リトル、詳しく説明して!」


身体能力を疑問視し、研究会に入りに懸念を示す同期生を説得して、リトルを入会させたのはインデックスだった。彼女だけは、候補生の頃からリトルの記憶力と分析力を認めていたのである。


「ジェイドアイの能力は認識力の強化だと思われます!この男には、僕達の動きがスローモーションのように見えているんだ!だけど視界の外からの攻撃なら通じるはずです!」


死角に回り込みながら射撃していたリトルはネイルガンへの反応と、近接戦を挑んでいる二人への反応の違いに気付き、ジェイドアイの能力を推測した。


「なかなか頭の回るチビではないか。答えがわからぬまま死ぬのも口惜しいだろうから真偽を教えてやろう。いかにも、余のジェイドアイは弾丸を紙飛行機のように見る事が出来る。」


「タネがわかればコッチのもんだぜ!」 「リトル、お手柄よ!」


インデックスが正面、ミドルは側面に回り込み、リトルは背後を取った。三方向からの攻撃なら、ジェイドアイが通じるのは正面にいるインデックスだけのはずである。


「愚かな。さっき余が"貴様ら如きに使う必要もあるまいが"と言ったのをもう忘れたのか?」


視界に入っていないミドルの斬擊に、ナバスクエスは正確無比なカウンターを合わせた。ドーピングで反射神経が強化されたミドルはなんとか扇盾でガードしたが、玄武鉄の刃に盾ごと首を刎ねられる。


「ミドル!よくも仲間を!」


ミドルを仕留めながらインデックスの刀を蹴り上げ、背後から飛んできた大釘は左手の中盾を背中に回して受け止める。右手と左手、さらに左足を同時に使う手練の技は、経験と訓練によって培われたのだ。


「視界に入らなければどうにかなるとでも思ったのか。貴様らのようななど、特殊能力を使うまでもなく圧倒出来る。次なる戦いに備えて、ジェイドアイの慣らし運転をしていただけだ。」


「クッ!一角兎連隊、総攻撃よ!」


遊ばれていただけだと察したインデックスはジェットローラーで高速離脱を試みたが、ナバスクエスの追い足の方が速い。参戦を命じられた一角兎連隊だったが、彼らより遥かに敏捷性に勝り、参戦も予期していたジャガー戦士団に阻まれ、誰もインデックスの元へ駆け付ける事は出来なかった。しかも連隊の半数近くが、捨て駒にされたくないとSESを除装し、逃げ出し始めている。


逃亡兵の判断は正しい。インデックスは子機化したスケルトンをしがみつかせて自爆させる戦術を用いるつもりだったからだ。だが、ソリス師団との戦いで除装封印装置と自爆装置の存在を知った一部の隊員は、ミドルが倒された瞬間に先手を打って、死に装束を脱ぎ捨てた。勝っている間は露見しなかった"信頼関係の欠如"は、敗色が濃厚になった瞬間に現れるものである。


「栗落花先輩!逃げてください!」


コードネームで呼ぶ余裕もなくなったリトルはネイルガンを乱射したが、発射音と空気の振動で弾道を察知したナバスクエスは、振り返る事もなくジグザグダッシュで背後からの射撃を躱してのけた。


「このままでは追い付かれる!ならば…」


ブースターを噴射して宙に逃れようとしたインデックスだったが、飛ぶよりも早くナバスクエスの蹴りを脛に喰らって一回転させられ、地面に激突する。まだ生きているブースターに望みを賭け、うつ伏せに倒れたままスライディング移動しようとするインデックスの背中を、ナバスクエスは思い切り踏み付けた。


「あがっ!!」


強烈なストンピングの威力を背面装甲は吸収し切れず、インデックスの肋は何本も折れ、地面に血反吐を吐いた。


「女よ、人間を舐めすぎたな。」


勝利宣言と、弾切れを起こしたネイルガンの駆動音が聞こえる。インデックスは歯軋りしながら立ち上がろうとするが、ナバスクエスの脚力はアルティメットを凌駕し、身動きが出来ない。


「……わ、私を殺しても終わりじゃないわ!サムとリングがさらなる改良を施し、きっと貴方を倒してくれる!」


肋を粉々に砕かれ、蹴られた足もおそらく折れている。負けを悟ったインデックスに出来る事は仲間を信じ、強がりを言う事だけだった。


「サムとリング? 此奴らの事か?」


ナバスクエスはリストバンド型の戦術タブレットを操作し、地面に立体映像を投影する。ヘソから下で両断され、臓物を撒き散らすサムと、胸に大穴が空き、膝立ちで息絶えるリングの死体を見せられたインデックスは絶叫した。


「きゃああああぁぁぁーー!!……そ、そんな……サム……リング……」


「砂と敗北を噛み締めて満足したようだな。では死ね。」


ナバスクエスは左手で彼女の髪を掴んで顔を上げさせ、右手で細首を掴んで背後から高々と吊り上げた。絞首刑のような有様となったインデックスは、吐血しながら後輩に最後の命令を下す。


「…小…小酒部こさかべ……あなただけでも……逃げる……のよ……」


「この化け物め!栗落花先輩を離せーー!」


ローラーダッシュで特攻を仕掛ける小酒部リトルは最後の武器、拳に搭載された排撃拳リジェクトナックルで殴り掛かったが、振り向いたナバスクエスのカウンターパンチが顔面にヒットし、衝撃で飛び出した眼球を除いて頭部を粉々に粉砕される。


首から上がなくなったリトルの体が地面に崩れ落ち、頚椎を握り潰されながらインデックスは叫ぶ。


「K!私の仇を討って!」


栗落花一葉は負傷したKが戦いの行方を見届けずに戦域の離脱を開始した事も、彼女の仇を討つ気などない事も知らぬまま、息絶えた。


───────────────────────


「撤退じゃ!全軍、退却せい!」


忠冬に撤退を転進と言い換える悪癖はない。だが、撤退戦の経験もなかった。実は負け戦を何度も経験しているトガ師団には、撤退慣れした指揮官もいたのだが、"負け犬根性の払拭"という美名の下に、五本指によって指揮官の任を解かれている。


こんな時こそ捨て駒のノーブルホワイト連隊を使うべきじゃと忠冬は考えたが、Kはメリアドネに命じて連隊を離脱に適した場所に移動させ、撤退命令が出る前に後退を開始していた。戦局を見渡す目を持っていない忠冬の裏をかくなど、Kには容易い事だったのである。


「お、お祖父様!敵軍が目の前まで迫って来ました!ぼ、僕はどうすれば……」


中陣手前に配置された戦艦"赤兎"に搭乗する孫からの通信に、忠冬は苛立ちをぶつける。


「自分で考えんか!おまえは中佐で指揮官じゃぞ!」


うつろな目をしていた忠春だったが、何かに取り憑かれたかのように目が据わる。


「……ぼ、僕がここに残って敵を足留めします!お祖父様は早く撤退してください!」


「馬鹿を言え!おまえも早く撤退するのじゃ!」


「お祖父様が健在なら兎我家は再興出来ます!ぼ、僕は兎我忠冬の孫、そして"一角兎"兎我忠秋の息子だ!」


「待て忠春!これは五本指を重用した儂の手落ちじゃ!早う逃げんか!」


付け鼻を引き千切って床に投げ捨てた忠春は、祖父に向かって敬礼した。


「……お父様の声が聞こえたような気がしたんです。僕は……死にゆく兵の気持ちがわかりました。お祖父様、"幻影"修理ノ介を侮辱してすまなかったと剣狼に伝えてください。父の愛した船、兎足王のクルーに告ぐ!必ず元帥閣下を無事に脱出させてくれ!」


「待て、待たんか!早まるでない!」


鼻がなく、一重瞼の忠春は醜男の極みであったはずだが、燃え尽きる前の蝋燭のように、その姿は輝いて見えた。


「他に手はないのです。最後にお祖父様、実は僕には息…」


砲撃音と共にスクリーンに映った忠春の姿が歪み、一瞬の間を置いて画面を砂嵐のようなノイズが埋め尽くす。


「忠春!!」


「閣下、赤兎は通信アンテナに被弾したか、敵の電波欺瞞の範囲に入ったものと思われます!忠春様の仰る通り、我々は撤退すべきです!」


兎我忠秋の育てた"兎足王"艦長・伊奈波用将いなばもちまさは、忠冬の返答を聞かずにクルーに針路を指示する。


「孫を盾にして逃げろと言うのか!」


「赤兎は足の速い艦です!殿を務めながら離脱に成功する可能性はある!」


「し、しかし…」


「閣下が撤退しなければ、忠春様も退けないのです!それから指揮官の器にあらずと任を解いた者を復帰させてください!指揮系統は混乱するかもしれませんが、机上でしか戦争をやった事がない者よりマシだ!」


煙たがられ、聞く耳を持ってもらえないとしても、たとえ軍から追われる事になったとしても、忠告を差し上げて、いや、繰り返すべきだったと用将は悔やんでいた。


「……無念だ。"息子を死なせた無能ども"と冷遇され、他派閥へ移籍するか軍を去った旧一角兎連隊の仲間がいてくれれば、こんな事には……」


現在のトガ師団に、忠秋の薫陶を受けた旧一角兎連隊出身の士官は伊奈波用将しかいない。その用将にしても敬愛する忠秋の遺命、"これからは母の指示を仰げ。父さんと忠春を頼む"を守ってきただけなのだ。


トガ師団は壊滅的な被害を被ったが、用将の巧みな操艦と指揮で、兎足王と護衛艦はなんとか戦域の離脱に成功した。執拗な追撃戦を開始したナバスクエス師団からの逃避行を開始した兎足王に、戦艦"赤兎"が機構軍艦艇の集中放火を浴び、轟沈したとの報がもたらされる。



赤兎の艦橋は跡形もなく吹き飛び、ブリッジクルーの生存は絶望的と告げられた忠冬は椅子から崩れ落ち、床に突っ伏して嗚咽した。老人には号泣する気力も体力も残っていなかったのだ。


※作者より

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

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