愛憎編42話 カタログスペックを信じるな
※トガ・サイド
Kとマードックが戦場から去り、本格的な戦術比べが始まった。トガ師団の指揮を執るのは五本指、対するナバスクエス師団は、ホレイショ・ナバスクエス自らがタクトを振るう。
「レアン、マヌエラ、引き延ばしはもういい。ありったけの新鮮ゾンビを後衛にぶち込んでから部隊を前進させろ。」
ジャガーを模したヘルメットを被った元帥は、右翼と左翼にいる兄妹に命令を下し、ハンドサインで旗艦にも前進を命じる。
「その命令を待ってたぜ!」 「了解よ、パパ!」
練度と装備の質に劣る右翼と左翼の敵を押し切り、左右から中軍に挟撃を仕掛ける。王道にして手堅い戦術をナバスクエスは考えていた。
5万近くの混成師団は中小派閥の合従連衡で形成されているが、トガ師団を撃破すればソリス師団が領有していた都市群を我が物に出来る。目の前にエサがチラついていれば、"利害の一致"が結束材となり、組織が綻ぶ事はない。ナバスクエスには"自派閥の分け前を控え目にしてでも、合従連衡の盟主であり続ける"ぐらいの知恵はあった。盟主の座を維持すれば、最終的な見返りと取り分は一番大きくなるからだ。
メクス閥を割って出たかつてのライバル、ヒメネス・デ・ソリスは死んだ。ホレイショが現地人との混血である事を嫌ってソリスに付いた者にも服属を誓わせ、生き残ったソリス師団中核部隊はゾンビにして粛清した。
ナバスクエスとソリスの違い、それは"挫折の有無"にあるのかもしれない。強力な邪眼を持って生まれたナバスクエスは、開戦と同時に"力による勢力拡大"を旗印に戦ったが、"軍神"アスラに敗れた。手も足も出ない完敗は、才能だけの強者であったナバスクエスにジャガーのような狡猾さを身に付けさせたのである。
「長きに渡る雌伏の時は終わった!今の余なら、軍神アスラにも負けぬ!」
艦長席から立ち上がって抜剣したナバスクエスに、王を支える親衛隊"ジャガー戦士団"が歓声で応える。兵は士気高く、地歩は固まり、追い風も吹いた。豹王を自称するナバスクエスは勝利を確信する。
──────────────────
「右翼第一陣、突破されました!」 「左翼後衛部隊もゾンビソルジャーに苦戦!救援を求めています!」
トガ師団旗艦"
「ど、どうする!一葉、どうするのじゃ!」
忠冬は浮き足立ったが、一葉はまだ落ち着きを失っていない。メインスクリーンに映る敵味方のマーカーを見ながら、戦況を分析する。
「閣下、落ち着いてください。総大将が浮き足立っては、全軍が動揺しますわ。敵の狙いは一目瞭然、両翼を押し上げてから、本陣を挟撃するつもりです。」
「な、なればどうする!」
それを考えているのよ、と怒鳴りつけたい一葉だったが、今はお飾りに構っている場合ではない。戦況が逼迫しているのは確かだからだ。
"挟撃を阻止するには救援部隊を派遣し、両翼に厚みを持たせるしかない。だけど、中央が手薄になるのをナバスクエスは待っているのかもしれないわね。両翼に多くの戦力を割いた敵軍中央はこちらよりも薄い。我々が中央突破、背面展開を成功させれば、両翼の敵を前後から挟み撃ち出来る。いえ、それ以前に敵軍の総大将、ナバスクエスを討ち取れば、それで勝ちだわ"
「みんな、出撃するわよ!」
一葉は早期の決着を狙って積極策を決断した。消耗戦で勝ったとしても、後の展望が開けない。これは"SESこそ次世代の兵士"だと証明する戦いでもあるのだ。一葉と思いを同じくする四人の男は椅子から立ち上がって敬礼する。
「「「「ラジャー!」」」」
「サムは左翼、リングは右翼で敵軍の前進を妨害!二人が時間を稼いでる間に私が中央を突破し、背面に展開する!ミドルとリトルは私を援護!ナバスクエスが出て来たら、三人掛かりで討ち取るわよ!」
「「「「イエス、マム!」」」」
ラビットフットから出撃した五本指は戦況を覆すべく、各々の任務を開始する。
─────────────────
最前線に降り立ったインデックス、ミドル、リトルは品質の安定した二期型SESを装備する一角兎連隊を率い、敵軍の切り崩しを試みる。
その試みは成功し、機構兵は川縁まで押し戻されたが、背水の陣を敷いて待っていた部隊がいた。
「ジャガー戦士団!やっとお出ましね!」
トガ師団最強の一角兎連隊、ナバスクエス師団最強のジャガー戦士団。最精鋭同士の戦いの結果がこの会戦の帰趨を定める。奮い立った一葉はアルティメットスケルトンの出力を80%まで上げた。
「おまえが骸骨どものリーダーだな?……はて、名はなんと言ったか……」
ジャガー戦士団は左右に分かれ、剣をかざして王に敬意を表する。
「元帥の癖に記憶力が悪いようね。私は"次世代最強の兵"栗落花…」
「名乗らずともよい。次世代だの最強だの、笑わせてくれおる。」
ナバスクエスは愛用のマカナを抜きながら含み笑い漏らした。本来、※マカナは木剣だが、ナバスクエスの得物は本体がセラミック、両側に取り付けられた刃は玄武鉄の特注品である。
「さあ、お望み通りに出てきてやったぞ。己が最強だと自負するなら、余と一騎打ちでもやってみるか?」
ホレイショ・ナバスクエスを討ち取れば、会戦の勝利が確定する。好機を逃す手はないが、自信満々の態度が一葉の警戒心を刺激した。
「臆せずに出て来た事は褒めてあげるわ。だけど勇ではなく知を競うのが近代戦…」
「ガタガタ抜かすな。余が怖いなら三人掛かりでもよい。」
言質を取った一葉はほくそ笑んだ。
"バカね。いくら腕に自信があっても、準適合者ではアルティメットとエース二体を相手に勝てる訳がない"、合理主義者の一葉は勝利のカタチにはこだわらない。中世じみた美学や矜持など、それこそ"前時代の遺物"に過ぎないのだから。
「ではお言葉に甘えて。ミドル、リトル、行くわよ!」
「「おう!!」」
敗色濃厚になったらジャガー戦士団が動くに違いない。警戒すべきはそこだけだ。一葉は一角兎連隊に"ジャガー戦士団の動きを注視せよ。奴らが動いたら即応し、ブロックしなさい"と命じ、三対一の戦いに臨んだ。
「余が不利になったらジャガー戦士団が動くと警戒しておるのだろう? そんな心配はせずともよい。」
内心を見透かされた一葉はギクリとした。自身が繰り出した銘刀はマカナで受けられ、ミドルとリトルの刀もアーモンド型の中盾に止められている。
「大言壮語するだけあって、なかなかのパワーね。だけど、今のは小手調べ。SESの全力はこんなものではなくってよ!」
ジェットローラーで後退した三体のスケルトンは出力を限界まで上げ、もう一度ダッシュ攻撃を仕掛ける。
「さっきのは全力ではなかった、か。……それは余もだ。貴様ら如きに使う必要があるとは思えんが、冥土の土産に見せてやろう。」
ナバスクエスの目が緑色に輝くと同時に、ミドルとリトルは吹き飛ばされていた。中盾を装備した腕で二人まとめて殴られたのだと気付いたのは、地を這ってからである。同時に飛び掛かった一葉は凄まじい速さのマカナを広げた扇盾でなんとか受けたが、反撃は出来なかった。若干薄いとはいえマグナムスチール製の扇盾を切り裂かれ、全力で回避しなければ首を刎ねられそうだったからだ。
「な、なんてパワーだ……」 「……しかも速い……」
立ち上がったミドルとリトルの額に大粒の汗が滲む。緑色のオーラを纏ったナバスクエスから"強者の風格"を感じ、焦りが汗となって流れ出たのである。
「ミドル、リトル、この男は準適合者最強の男だと考えましょう。炎素エンジン限界突破……薬も使って。」
出力を限界以上に上げれば、さらなる運動性能を得られるが、当然長くは保たない。限界を超えた外骨格をドーピングした兵士が操る"オーバーリミットスタイル"は多用出来ないが、最強最後の切り札でもあった。
瞳孔が開き、血管の浮き出した三人の様子を見たナバスクエスは、緑に光る瞳に嘲りの色を浮かべる。
「なんだ、貴様らもゾンビの仲間だったか。しかし、ガリ勉なんて人種は救えないものだな。カタログスペックがこの世の全てだと思うておる。直に体験しても感じ取れぬ鈍感さにも驚くばかりだ。」
「どういう意味かしら? 成績は知らないけれど、確か貴方も士官学校出身でしょう?」
一葉はエバーグレイス学園を首席卒業したものの、在学中から"御堂イスカに比べれば小粒も小粒"という教官達の評価に劣等感を抱き続けていた。だからアスラ派に入らず、トガ閥で"軍制の革新者"として自分の優秀さを証明したかったのだ。
「入学はしたが卒業はしておらん。聞け、頭でっかち。ソルジャーブックの記載が盛られているなんて、よくある事だろう。盛るのがありなら、逆もあるとは思わんのか?」
「……ま、まさか!!」
「そう、過小表記も当然ありだ。とはいえ、適合率98%は虚偽ではない……二年前までなら、な。」
「ミドル、リトル、気をつけて!この男は…」
風のように疾走するナバスクエスにリトルは反応出来ず、刀を持ったままの右腕がボトリと地面に落ちる。
「やっとわかったか。余が完全適合者、ホレイショ・ナバスクエスである。」
※マカナ
木剣の両サイドに黒曜石の刃が取り付けられた剣。アステカで使用されていました。
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