愛憎編41話 モヒカンゴリラ、爆誕する



※マードック・サイド


Kが戦線を離脱しても、戦闘が終わる訳ではない。終わるどころか、小康状態であった中央での戦闘が再開され、一騎打ちが始まる前より激化する。


「逃げるな色白!テメエを殺すまで終わりじゃねえぞ!」


狂犬の咆哮はKの耳にも届いていたが、そんなものに耳を貸す男ではない。ノーブルホワイト連隊とSESの援護を受けながら一目散に後退。脇目も振らず、旗艦を目指して遁走する。


「狂犬を討ち取れば無条件で昇進!さらに1億Crの報奨金も出る!奴は手負いだ、このチャンスを逃すな!」


マードックの腕と胸から噴き出す鮮血は、同盟兵を強気にさせた。いくら強かろうが、深手を負っていればなんとかなると思えたのである。


「雑兵が群れたところで何が出来る!消え失せろ!」


出血を省みず大戦斧を振るう狂犬。刃先から放たれる特大の念真衝撃破は、ローラーダッシュで肉薄した機械化兵士を外骨格ごと粉砕する。肉片と化した兵士を踏み付けながら前進する狂犬の暴勇に、同盟兵は戦慄した。


「マードック、ここまでにしましょう。船に戻って傷の手当てを。」


制圧前進を続けるマードックの前に、ヒラリと舞い降りたユエルンは自制を促した。狂奔慣れしているお目付役は、暴君に物怖じしない。


「引っ込んでろユエルン!あの色白はぶっ殺す!」


「もう追い付けませんよ。マードック、傷は心臓まで届いています。このまま暴れ続けたら敵兵云々ではなく、失血死するでしょう。色白に負わされた傷が原因で戦死なんて、匹夫の死に様だと思いますが?」


止血パッチを分厚い胸板に貼り付けながら、ユエルンは忠告を重ねる。これからもエクスタシーを得る為に、マードックに死んでもらっては困るのだった。


「マードック、後はアタシとコットスでやっとくから。」


「ここは任せてくださいよ。俺もちっとは暴れてえ。」


ユエルンより脚力の劣るコットスと、その肩に座ったドーラが到着し、狂犬の慰撫に加わった。歪んだ性癖を満足させたいユエルン、暴君に蹂躙されたいドーラ、無二の忠誠を捧げるコットス、理由は三者三様であったが、マードックの身を案じる点では一致している。


「……ユエルン、狙撃させたのはおまえか?」


「疑うんですか? 私の性癖は知っているでしょう。極上のフカヒレスープに塩コショウをぶちまけて台無しにする訳がない。」


最も疑わしかったユエルンが明確に否定したので、暴君の視線はドーラとコットスに向いた。


「だったらドーラ、おまえが…」


「アタシでもコットスでもない。アンタが負けるなんて思っちゃいないんだから。」


「そうですよ。そもそも、連れてきた手下テカにそんな器用な真似が出来る奴なんざいやしねえ。」


「だったらナバスクエスが命じたって事だな。あの野郎、勝負に水を差しやがって。」


マードックの怒りはナバスクエスに向かいかけたが、ユエルンが軌道を修正する。


「マードック、狙撃させたのはKですよ。正確には"狙撃されて負傷したフリ"をしただけですが。」


「なにィ!?」 「どういう事だい?」 「オメエは何を言ってるんだ!?」


ユエルンは呆気にとられた三人に、Kの奸計を解説する。


「あの痛がり屋は、隙あらばシールドを張る習性が身についています。三重のシールドを破壊されながらも奥義を繰り出し、全力離脱の最中に背中を守る余裕はなかったようですが、狙撃を喰らった時には距離が開いていたじゃないですか。念真力が枯渇した訳でもないのに、なぜシールドを張らないんですか? 強がりを言う暇はあったのにです。」


念真力が枯渇した訳ではないのはハッキリしていた。Kはメリアドネと共に後退する時、背後を三重のシールドで守っていたからだ。


「ユエルン、あの虚弱野郎は、負けを誤魔化す為に小細工したってのかい?」 「クソ野郎め!セコすぎだろうが!」


「ええ、私はそう考えています。そして"ヘル・ホーンズならやりかねない"と世間が思っているのも事実なんですよねえ。」


ユエルンは嘆息したが、演技である。ここにいる四人は、世間の評判など屁とも思っていないのだ。悪評を気にするどころか、"悪名は無名に勝る"を地でゆくカルテットである。


「そんな小細工して何になる!負けた事はテメエ自身がわかってるだろうが!勝利を盗むぐらいなら死んだ方がマシだ!」


マードックは実に彼らしい哲学を吐いたが、Kとマードックは精神的には別世界の生物である。マードックは自分を誤魔化した事がない男だが、Kは自己欺瞞の塊なのだ。


「プライドを何よりも重んじながら、実はプライドのない男。誇りは己が胸の内に秘めるのが壮士ですが、Kのそれは外だけに向いている。見栄えが全ての偽物なんですよ。」


技巧も能力も申し分がないはずの戦いに物足りなさを感じたのは、それが原因だ。ユエルンは"画竜点睛を欠く"という諺を思い出していた。


「奴は虚構の世界の住人って事か。……おまえらを疑ったのはすまなかった。詫びに何でも願い事を叶えてやろう。」


極一部の部下しか知らない事だが、暴君と恐れられるマードックにも、気遣いが皆無ではない。骨があると認められるまでは大変だが、認めてもらえれば相応の扱いをしてもらえるのだ。軍刑務所に収監されていた※"戦象エレファント"D・Dのように"敵兵よりも先にマードックに殺される"と考え、逃げ出す者もいる一方で、コットスのように絶対の忠誠を捧げる者もいる。


"詫び"を提示された三人は、最大級の評価をされていると言っていい。


「願い事なんてありませんよ。私は趣味でここにいるんですから。」


「アタシもだ。強いて言えば暴君様と一緒に面白可笑しく生きるってのが願い事だけど、それはもう叶ってるからねえ。コットス、アンタは何かないのかい?」


ユエルンとドーラはそう答え、コットスも"ドーラと同じだ"と言おうとしたが、言葉を飲み込んで考え込んだ。


「マードック様、どんな願い事でも構わないんで?」


「俺に二言はねえ。巨大都市が欲しいと言っても叶えてやる。」


「そんなものは要りません。じゃあお言葉に甘えて一つだけ。マードック様も俺と同じ髪型にしてください!」


「ああん? 俺にそのニワトリのトサカみてえな頭にしろってのか!」


コットスは自慢の髪を櫛で撫でつけながら胸を張った。


「コイツはアトラス大陸で有名を馳せた"モヒート族"って連中が好んだ髪型なんでさぁ。今は一部のマニアだけがやってますが、マードック様がトレードマークにしてくれりゃあ、アウトローのスタンダードになりますぜ!」


コットスは理屈をこねたが、本音は"気に入ってる髪型をお揃いにしたいだけ"である。


「髪型に拘りなんぞねえが、その髪型は…」


渋るマードックを、目配せしたドーラとユエルンが説得にかかった。もちろん、面白がってである。


「コットスの言う通りにしておやりよ。トサカみたいに髪を立てれば、人間要塞の身長を抜けるだろ。」


自分より背が高い兵士の登場を面白く思わなかったマードックだったが、髪を立ててまで抜く気はない。


「そんな姑息な事までにして一番になる気はねえ!」


「マードック、貴方は"法は破るが、自分が納得して交わした約束"を違えた事はないはずです。今になって宗旨替えするのは感心しませんね。」


「……むう。」


「お願いします!俺の願い事はこれが最後でいいですから!」


マードックは言質を与えた事を後悔したが、ここで生き方を曲げれば一時の後悔では済まない。


「わかったわかった!イカれたニワトリみたいな頭にすればいいんだろうが!だがすぐには無理だぞ。髪を伸ばさないといけねえ。」


あらゆる意味で軍人らしくないマードックだったが、唯一の例外はクールカットにした髪型だった。


(ドーラ、マードックにモヒカンが似合うと思いますか?)


(クールカットよりはね。他隊の連中は"短髪ゴリラ"なんて陰口を叩いてるけど、"モヒカンゴリラ"に変更するだろうねえ。)


(そんな仇名を私達の前で言えば、殺しますけどね。ドーラ、申し訳が立つ程度に戦ったら、船に戻ってください。マードックの傷なんですが、思ったより重傷かもしれません。)


(わかった。あの軟弱野郎、セラミックブレードに何か仕込んでやがったんだね!)


テレパス通信で密談した二人は、各々の仕事に取り掛かった。


──────────────────────


「ユエルン、戻ったよ。マードックの具合はどうだい?」


巡洋艦に戻ったドーラとコットスを手術着姿のユエルンが出迎える。"天才"の異名を持つ男は武術だけではなく、針治療から最新の術式までこなせる腕利きの軍医でもあるのだ。


「おや、駒を使い切りましたか。申し訳が立つ程度でいいと言ったでしょう?」


戻って来たのは二人だけで、囚人兵は一人もいない。先に船に戻っていたユエルン隊を除けば、数合わせの雑魚ばかりだったにしても、全滅は想定外である。


「申し訳が立つ程度に戦ってたら、こうなったのさ。中軍のスケルトンは侮れないよ。」


「ユエルン、なんで手術着なんざ着てるんだ?」


コットスの質問には、揶揄で答える。それがユエルンの日常である。


「賢者の対極に鎮座ましますコットスさん、エプロンの代わりにしてるとでも思ったんですか? 聞くまでもなく、マードックを手当てしていたに決まってるでしょう。」


口喧嘩では勝てないと知っているコットスは無言で拳を繰り出したが、ユエルンは回し受けの模範演技とも言える精緻な技巧で受け流す。


「コットス、喧嘩は後にしとくれ。ユエルン、虚弱王子はどんな仕掛けを施してたんだい?」


「切り離した剣先が体内で爆発し、毒と破片を撒き散らすようにしてありました。毒は血小板の効果を弱めるものですが、マードックは"毒無効アンチポイズン"の戦術アプリを搭載していますから、さほど問題ではありません。ですが、破片がいくつか心臓に刺さっていましてね。よくあれだけ動けたと感心してるところですよ。」


摘出手術を終えたばかりのユエルンは額の汗を拭い、銀皿の上に置かれたセラミックの破片を見た巨漢は床を踏み鳴らして怒り狂った。


「悪党の俺らから見ても反吐が出る野郎だ!汚えにも程があるだろうが!」


純粋な暴力のみで相手を叩きのめすのが信条のコットスは吠えたが、ユエルンは冷静だった。


「虚弱王子は悪党ではなく外道だった、それだけの事ですよ。標的を殺す事は叶いませんでしたが、リタイアはさせました。元帥閣下と交渉して、戦域を離脱しましょう。マードックは"まだ戦える!"なんて言い出しそうですから、薬で眠らせています。」


「標的を殺せずに帰投したら、高慢ちきの少将様が煩そうだよ?」


懸念を口にしたドーラにユエルンが答える。


「そっちの申し開きも私がやります。ダメージを抱えた状態で、剣狼と遭遇したら危ない。」


「フン!オメエにとっちゃ"望むところ"だろうが!」


「マードックが万全の状態なら、そうなるように仕向けたでしょう。ですが、勝敗の見えた決闘では興が削がれます。」


「なんだと!負傷を抱えていようがマードック様は無敵だ!」


また掴み合いが始まりそうになったので、ドーラが割って入る。


「お止しよ!ユエルン、剣狼のいる戦域とは距離がある。マードックなら、遭遇前に回復するかもしれないよ?」


「ええ。向かわなければ、時間はあると思います。朧月少将は"カプラン師団とは交戦を避け、再奪還した都市で籠城するように"とアドバイスしていますが、元帥が助言を聞き入れるかは不分明です。助言は命令ではありませんからね。」


「勝利に驕るのはトガ師団だけとは限らない、か。生え抜きのワルどもは偽装で高慢ちきが連れて行ってるし、戦艦ワルプルギスもない。アタシらとユエルン隊だけじゃあ、案山子カカシどもとやり合うのはヤバすぎるねえ。」


ユエルンの言う事は素直に聞けないコットスだったが、ドーラの言う事なら素直に聞き入れる。


「退役間際の巡洋艦が足だってんなら、トンズラするのは今のウチだな。ユエルン、サッサと話をつけてこい。俺は機関室でエンジンの調子を見てくる。」


「アタシは撤退ルートの選定でもしとくよ。雑用係ハモンドの代わりを早いトコ見つけないとねえ。」


「では私は師団旗艦テスカトポリカに行ってきます。交渉が不調に終わっても戦域離脱に変更はないので、ルートの選定と炎素エンジンの整備は進めておいてください。」


「あいよ。得意の口八丁で頑張っとくれ。」 「しくじりやがったらぶっ殺すぞ!」


ドーラの声援とコットスの罵声を背中に浴びながら、ユエルンは船を後にした。


「剣狼と狂犬の対決は、魂を質に入れてでも見てみたいですねえ。魂どころか、我が身を死地に送ってでも、ですかね。おっと、狼の目と豹の目の対決もあり得るんでした。撮影チームに謝礼を弾んで、居残りさせないと。」


自分の手が届かない領域の戦いでしか性的興奮を得られない因果な男は、巡洋艦の航行に最低限必要な人数を計算し始めた。お宝映像を撮影出来ても、持ち帰れなければ意味がない。ユエルン隊から護衛を同行させるのは必要不可欠である。



S級上位の実力を隠していたかつての同僚、ハモンド・クリシュナーダが"自分と同等"と評価していた"天才"煌月龍。そのユエルンを以てしても、ホレイショ・ナバスクエスは"格上の存在"らしかった。


※戦象D・D

前作の争奪編35,36話に登場した異名兵士。ヘル・ホーンズに所属していたと語っています。

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