愛憎編38話 進むべきか、退くべきか



※トガ・サイド(奇襲部隊殲滅から2時間後)


「戦死及び戦闘不能の重傷を負った兵はどれぐらいおる?」


忠冬の質問には分析官を兼任するリトルが答えた。


「戦死者約1700名、重傷者は1100名です。まだ治療中の兵士もいますので、損失実数は3000名を超えるでしょう。」


忠春なら容易に騙せるが、忠冬は統計学に滅法強い。過小報告をすれば疑り深い小男は、自分で各隊から確認を取る危険性があると判断したリトルは、上がってきた数字をそのまま伝えた。


「寡兵によるたった一度の奇襲で師団の6%が失われた計算じゃな。アーマーキューブの損害はどうなっておる?」


「全1000台の内、走行不能の台数は約100台です。」


二つ目の質問にもリトルは正確に答えたが、忠冬は納得しなかった。


「リトル、儂が知りたいのは走行の可否ではなく、電源車として使用不可能な台数じゃ!充電機能を失ったアーマーキューブなど、輸送トラックと大差ないじゃろうが!」


「は、はい!充電機能を損傷した台数は約110台。ですが技術班の報告では"半数以上は修理可能"との事です。」


「半数が直ったとしても55台。走行不能の車両と合わせて155台じゃな。電源車の受けた損害は15,5%か。……ううむ、このまま進むべきか、それとも退くべきか……」


ゾンビソルジャーの奇襲に慌てふためき、為す術もなく斃されてゆくスケルトンソルジャーの姿を目の当たりにした忠冬の心には、猜疑心が芽生えていた。


「閣下、あんな手は一度しか通じませんわ。機構軍が非人道的どころか、鬼畜の所業に及んだ事を公表し、我々の手で正義の鉄槌を下すべきだと思います。我々はこれ以上ない大義名分を得たのです。」


一葉は主戦論を唱えたが、忠冬は迷っていた。


「確かにナバスクエスのやった事は許せん。ゾンビにされた者はほとんどが同盟兵士か、もしくは政治犯じゃろう。じゃが、善悪は勝敗に直結せぬものじゃ。」


善悪は勝敗に繋がらない、忠冬らしからぬ哲学は、アスラ元帥からの受け売りであった。


「先ほどの戦闘でSESに懐疑心を抱かれたようですが、杞憂ですわ。為す術もなく斃された兵士のほとんどは、募兵に応じた新兵か食い詰め傭兵ですもの。SESに習熟していない兵士が装着前に斃されただけであって、準備万端で戦うナバスクエス師団との決戦には影響ありません。」


「し、しかしのう……」


ただの部下なら叱責して終わりだが、栗落花一葉は後継者を産む予定の女であり、忠冬亡き後、兎我家の天下を守る指導者でもある。忠冬とて、配慮せねばならない相手であった。


「閣下は私が最後の兵団十三人衆"不死身の"ザハトに無傷の完勝を収めたところもご覧になったはずです。機構軍はSESのデータを得たつもりでしょうが、我々もゾンビソルジャーのデータを得ました。奴らはやはり、フェイントに弱い。今、対ゾンビソルジャー用にアルゴリズムを組み替えておりますからご心配なく。ナバスクエス師団との決戦には必要ないと思いますけれど。」


「……対ゾンビソルジャー用のアルゴリズムが上手く機能するとは限るまい。待て、ナバスクエス師団との決戦には必要ないとはどういう意味じゃ?」


SESに絶対の自信を持つ一葉は強気であったが、忠冬は決断を下せないでいた。最高の参謀だと信じていた栗落花一葉が、奇襲を予期出来なかった事は事実だからだ。捨て駒のKとノーブルホワイト連隊を殿に、一端退くべきではないかと考えていたのである。


「閣下が一度撤退して、様子を窺おうとお考えなら従います。ですが、ナバスクエス師団を撃破するなら今が好機!あの外道どもは"ゾンビを使い切った"のですから。」


「なぜそんな事がわかるのじゃ!」


「オツムの軽いガキがうっかり口を滑らせたからですわ。"ゾンビを使役した"とね。死に際の台詞が気になって、録画を確認させたのですが、奇襲直後のザハトは小声でボヤいていました。"獣人の奴、鮮度が落ちるから連れていけなんて、無茶言うよ"とね。」


「音声が拾えたのか?」


「いえ、読唇術で判明しました。放浪民の言語でしたから"ラマ族か、ラマ族に育てられた"という噂は事実だったのでしょう。ザハトの出自はさておき、ナバスクエスは警官まで動員して兵力をかき集めましたが、捕虜や囚人を集めてはいません。新たにゾンビを作るにしても、駐屯都市の囚人ぐらいしか材料がないはずです。」


「なるほどのう。詐欺だの横領だので投獄された囚人では、ドーピングしてもSESの敵ではあるまい。」


スケルトンソルジャーと違い、ゾンビソルジャーの強さは"素体になった人間の能力"に左右される。ド素人がどんなにドーピングしようと、プロアスリートには勝てないのと理屈は同じ。それぐらいは、兵事に疎い忠冬でもわかる。しかも、時間が経てば弱体化するナマモノだけに運用も難しい。


「閣下、先程の奇襲を逆手に取りましょう。撤退するフリをすれば、ナバスクエスは目論見通りに"電源車が甚大な被害を被った"と考えて追撃しようと考えるでしょう。我々は走行不能の電源車を爆破してから偽装情報を流し、無傷の車両200台をダミーとして牽引しながら後退するのです。」


「奴らを十分引き付けたら反転し、迎え撃つのじゃな?」


「はい。後退するなら奴らも戦地に小細工は出来ません。仮に奇襲を仕掛けてきたところで、三交代制でSESの着用を義務付けましたから対応出来ますわ。私とした事が、その点は見落としておりました。」


「授業料を払った甲斐はあったか。……よし、ナバスクエス師団を撃滅するぞ!」


忠冬は賭けを続行する決断を下した。一葉の立てた策略に理があると考えた事も決断を後押ししたのだが、最大の要因は"奪還した都市まで撤退しても、展望が開けない"と気付いたからだ。


孫のやらかしで不仲だったアスラ派のみならず、それなりに協調してきたルシア閥とフラム閥までが敵対姿勢に転じた。他派閥と共闘する道は、閉ざされていたのである。


現在までに挙げた戦果を財貨に変え、派閥の引き締めを図ろうにも、同盟内で孤立している現状では、目端が利く者の離反は避けられない。派閥に巣くう日和見主義者どもは、残留と移籍を天秤にかけながら、北エイジアでの戦況を見守っているに違いないのだ。


"……カプランめがあそこまで剣狼に入れ込んでおるとは思わなかったのう。儂とした事が、千慮の一失じゃったかもしれん。……いや、後悔先に立たずじゃな。兎にも角にもじゃ、ナバスクエス師団とフー師団を連破し、旧領を全て奪還すれば、関係修復の糸口にもなろう。ええい、この期に及んでそんな弱腰でどうする!予定通りに事が進めば、儂は天下人!奴らの上に立てば、対話など必要ない!"


天下を取り、派閥を維持する為にも勝ち続け、圧倒的な戦果を上げなければならない。もし、あのやらかしがなければ、根っからの慎重屋である兎我忠冬は、万全を期して安全策を取っていたかもしれなかったのだが……


───────────────────


一葉の描いた策略通り、ナバスクエス師団は撤退するトガ師団を猛追してきた。進軍速度を落としたトガ師団は、決戦場に定めた平原にナバスクエス師団をおびき寄せ、迎撃態勢を取る。


平原の中心を流れる浅い河川を挟んで対峙するのは、5個師団を構成する大軍同士。長きに渡って軍に所属してきたが、これまでは会戦記録でしか見た事のなかった壮観。その当事者となった忠冬の心は高揚していた。


「ナバスクエスめ、罠とも知らずに飛び込んできおったわ。"獣人"の異名通り、知能も獣並みじゃのう。一葉、兵数は互角、敵に増援はないじゃろうな?」


「ありません。北端都市群のフー師団は籠城を続行中で動きなし。機構軍の主立った師団は、各地で侵攻の構えを見せる同盟軍の牽制にあたっている事も確認済みです。」


栗落花一葉はSESで補える戦歴は軽視していたが、数的優位は重んじている。ゆえに増援の有無は徹底的に調べさせていた。


"中原から出撃したテムル師団も快進撃を続けていたが、薔薇十字の"守護神"が前線となった都市に来援し、足留めを余儀なくされた。ここでナバスクエス師団を撃破すれば、別方面から進軍中のカプラン師団よりも早く旧領の大半を奪還出来る。そこから先には二つの道があるわね。籠城するフー師団をカプランに任せ、私達はさらに進軍するか、軍制改革を行ってSESを同盟軍の中核に据えさせるか。持久策を用いるには政治力が必要だけれど、狒々爺ィにそれを望むのは酷かもしれない"


ナバスクエス師団の先鋒隊が動き出したのを見た一葉は、この先の戦略を考えるのを止め、目の前の戦場に意識を集中する。


「敵軍が動きました!車両部隊と軽巡が渡河を開始した模様!」


オペレーターの緊迫した声の報告に、一葉は落ち着き払って答える。


「ナバスクエスは兵法のイロハも知らないようね。河を挟んで対峙した場合、先に渡河する側が不利な事は明白。全部隊、SESを戦闘起動!ブロッカーは川縁まで前進!重砲支援部隊は砲撃を開始せよ!奴らに河を渡らせるな!」


ランチャーユニットを装着したスケルトンの砲撃でナバスクエス師団の軽車両が爆発、炎上する。だが、計算通りだったのは、ここまでであった。軽巡から射手された鋼鉄の棺桶が対岸に着弾し、中から死兵が現れる。


「ゾンビソルジャー!し、しかもさっきの奇襲より数が多い!」


一葉は驚愕のあまり、固まってしまっていた。元より機敏ではないスケルトンが、重装備でさらに機動力を欠いている。屍人兵にとっては格好のカモであった。瞬く間に与えた被害より被る損害が勝る状況が作り出される。


フー・リンミンは政治力で元帥杖を手にした女だったが、ホレイショ・ナバスクエスは戦闘力で元帥杖を手にした男であった。戦慣れした指揮官でもある彼は、"どうせマニュアル通りに対応してくる"と見切っていたのだ。


「あいつは!インデックス、ゾンビの材料がわかった!ナバスクエスは"ソリス師団の敗残兵"を使ったんだ!」


五本指で最も記憶力に優れたリトルが、先だっての会戦で見た兵士の顔を思い出した。しかし、原材料がわかっても状況が打開出来る訳ではない。


「なんて事を!捕虜でも犯罪者でもなく、友軍兵士をゾンビ化させるだなんて!」


一葉はようやく自分が指揮官である事を思い出し、命令を下す。


「総員、ランチャーユニットを解除!リング、ゾンビと接敵した部隊のアルゴリズムを試作型に変更よ!」


一葉は、初動の早い防御技とフェイント技を多く組み入れた試作アルゴリズムの使用を命じたが、急変更に上手く対応出来ない兵士もいる。研鑽によって身に付けた技ではなく、"実戦に投入可能な付け焼き刃"がスケルトンソルジャーの実態だからだ。天才ならいざ知らず、凡人の対応力は訓練と経験で養われるものである。


「一葉、Kを使え!こんな時の為に飼っておるのじゃろうが!」


士官学校を首席で卒業した一葉よりも、実戦をほとんど経験していない忠冬が適切な対策を講じた。一葉にとってSESは"己の全てを賭けた革新技術"であったが、忠冬にとっては"手段の一つ"だ。この場においての客観性では、忠冬が勝っていたのである。


「ノーブルホワイト連隊前進!ゾンビどもを駆逐して!」


一葉より遥かに暴力に慣れているKは、命令を待たずに前進を開始していた。もちろん、スクリーン越しに嫌味を言うのも忘れない。


「だからSESを過信するなと言ったんだ。あんなゴテゴテしたハリボテには優美さも高貴さもない。トガ元帥、僕がこの戦いに勝たせてあげる。見返りはなんだい?」


高貴な血筋に限りない憧れを抱くKと、貴族を唾棄すべきものとして嫌悪する忠冬が同じ陣営にいるのは皮肉としか言い様がないが、こういう運命の悪戯はしばしば起こるものである。


「金でも領地でもくれてやる!見合うだけの働きを見せい!」


王国への第一歩を踏み出したKは満足げに頷き、ゾンビの群れのド真ん中へと跳躍した。目の前の敵に襲い掛かる習性のあるゾンビは、絶対に崩せぬ分厚い念真障壁に挑みながら、竹トンボドラゴンフライの放つ念真砲によって頭部を粉砕されてゆく。


「屍如きに高貴なる刃を振るうまでもない。ノーブルホワイトの諸君、僕に相応しい戦士は誰なのかを見定めさせてもらうよ。昇格も降格もあるから、頑張りたまえ。」


飴と鞭をチラつかされた隊員達は、我先にとゾンビの駆逐を開始する。重犯罪者で構成されたノーブルホワイト連隊は、ゾンビに対して恐れなど抱かない。ジャンキーにも、凄惨な暴力にも、慣れっこだからだ。未熟な隊員から戦死者は出しつつも、戦い自体は優位に進めている。デメリットと引き換えに普通の兵士にはないメリットを与えられた超人兵士作製計画の被験者だけに、相応の強さを持っていた。


腕組みしたままゾンビを始末し、戦況を眺めていたKだったが、整形で得た高い鼻梁に皺を寄せる事になった。渡河を終えた軽巡から、身の丈240センチの大男が降りてきたからだ。


身長250センチの"人間要塞マンフォートレス"イワザルが現れるまで、男は両軍一の巨漢だった。しかしその名は人間要塞よりも遥かに轟いている。完全適合者"狂犬マッドドッグ"マードックの凶暴さを知らぬ兵などいない。


「まさかこの僕に挑むつもりじゃないだろうね?」


狂犬は筋肉隆々の手下が両手で捧げた特大の戦槌を手に取り、無造作に投げ付ける。貴公子の第一の障壁を破砕した戦槌は、第二の障壁に亀裂を入れて止まった。


「勘違いするな、色白。貴様が俺に挑むんだ。及第点だが資格があるのは認めてやろう。」


コットスから愛用の大戦斧バルディッシュを受け取った狂犬は、行く手に立ちはだかった重量級兵士5人を横薙ぎの一振りで屠り去る。


「皆、下がっていろ。僕じゃないと無理だ。」


Kは鞘から抜いた長剣の切っ先をマードックに向けた。


「……整形を施した顔に厚底靴か。中身はつまらん男のようだな。」


ナチュラルな強者に痛い所を突かれたアンナチュラルな強者は、怒りで顔を紅潮させる。



狂った時代が生んだ男と、狂った時代を体現する男は相見えた。それは念真強度過剰体質を持って生まれた男と、植え付けられた男の対決でもあった。


※作者からのお知らせ

友達がクリスタルウィドウのエンブレムをデザインしてくれました。近況ノートに載せていますので、是非御覧になってください。

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