愛憎編37話 ゾンビVSスケルトン
ゾンビとスケルトンの戦いは、勝敗そのものは最初から決していた。多勢に無勢、寡兵(1千)と大軍(5万)の戦いなのだから、当然である。機構軍の狙いは勝敗ではなく、別なところにあった。
「やっと出て来たね!それを待っていたんだよぉ♪」
アーマーキューブのハッチが開いた瞬間をザハトは見逃さなかった。過負荷で脳細胞を損傷させながらではあったが、限界を超えてゾンビソルジャーを使役し、電源車の中に飛び込ませる。
"視界に入った兵士を殺せ"といった殺戮衝動に基づく簡単な命令なら1000体のゾンビソルジャーでも使役可能なザハトだったが、"電源車のハッチに飛び込め"となれば、簡単ではない。
命令に従い、ハッチに飛び込めたゾンビソルジャーは100体に満たなかったが、十分である。飛び込ませてしまえばコントロールを切って、殺戮衝動と破壊衝動に任せてしまえばいい。ザハトは次のゾンビを飛び込ませるべく、守りの手薄な電源車を探す。
「馬鹿だねえ。大事な大事な
1台でも多くのミミックを破壊し、ゾンビソルジャーと一緒に死ぬ。それが"不死身の"ザハトに与えられた
五本指もザハトの狙いに直ぐ気が付いたが、だからと言って"ハッチを開けるな"とは言えない。兵員輸送トラックには着脱装置が搭載されていないので、手早くSESを装着出来るのはアーマーキューブに乗り込んでいる兵士だけなのだ。
SESは手作業による着脱も可能ではあったが、経験者である師団本隊の兵士でも数分はかかる。募兵に応じた兵士に至っては、数度の訓練を受けただけの状態。とてもではないが奇襲の真っ只中でテキパキと外骨格を纏えるはずもない。
そして、無事にSESを装着してゾンビソルジャーに対峙したスケルトンソルジャーにも試練が待っていた。SESの持つ構造的欠陥、言わば"もう一つの弱点"が露わになったのである。限界以上のドーピングが施された屍人兵は、当然ながら身体能力が高い。動きも速ければ、繰り出す剣も速く、SESが指示する防御行動を取る前に斃される兵士が続出する。
為す術もなく斃される理由にはSESの欠陥だけではなく、心理的な問題もあった。人格が破壊されたゾンビソルジャーは何も恐れないが、スケルトンソルジャーは恐怖を感じるのだ。そして実戦経験の浅い彼らは、いとも容易く恐怖に飲み込まれる。身が竦んでいては、勝てる相手にも勝てなくなるのだ。
「一葉!奴らは電源車を狙っておるぞ!は、早く何とかせい!」
忠冬は喚いたが、具体的な策がある訳ではなかった。
「私が出ます!みんな、五本指でザハトを討ち取るわよ!」
先鋒隊にいるKとノーブルホワイト連隊がゾンビ部隊に接敵するのを待っていたら兵士の…いや、電源車の被害が甚大になると考えた一葉は、中陣にいる自分達の手で司令塔を潰すべく緊急出撃を決意した。戦術机の下にある緊急出撃ボタンを押すと、着座する椅子が艦橋の下にある格納庫に移動する。
サム、ミドル、リング、リトルはスケルトンエースを装着、そしてインデックスは彼女専用の"アルティメットスケルトン"を身に纏った。対ハンドレッドを想定して設計されたアルティメットスケルトンこそ、SESの完成形とも言える最強、最新鋭のモデルなのだ。
「ブースターユニット点火!出るわよ!」
「「「「ラジャー!」」」」
旗艦から射出された5人は、ゾンビ部隊を操るザハトの元へ急行する。阿鼻叫喚の地獄の最中にいたスケルトンソルジャー達は、飛来するエース達の姿を見て、歓声を上げた。
─────────────────────
「四人は子機とリンクして、奴らを突き崩して!突破口が開いたら私がザハトを仕留める!リング、指揮は任せたわよ!」
ナンバー1のインデックスは、ナンバー2のリングにスケルトンの統率を命じたが、リングはインデックスの身を案じる。
「インデックス、奴らは寡兵だ。混乱が収まれば数と火力で殲滅出来る。慌ててザハトとサシ勝負する必要はない。」
「奴らの狙いは自爆特攻よ。こんな小細工でこれ以上、アーマーキューブを失う訳にはいかないの。私達は泥沼を塗り固める速乾材、この戦争を勝利に導く使命がある!」
「わかった。ゾンビに反応出来る兵だけを前に出し、他は重砲支援に回らせる!あんな本能任せの狂兵、寄せ付けなければどうという事はない!」
リングは稼働しているスケルトンを使って陣形を組み直し、友軍誤射をも覚悟して、大胆な重砲支援を開始する。速さに勝るゾンビソルジャーにも弱点があった。本能で動く彼らは"敵の意図が読めない"のだ。誰かが射撃支援を行うスケルトンを潰しに行かねば、火砲の餌食になるだけなのだが、彼らには取捨選択が出来ない。
オトリになったスケルトンに夢中になったゾンビ部隊は、味方ごと撃つガトリングガンを浴びて数を減らしてゆく。
「よしっ!ザハトを守るゾンビが減ったわ!サム、リトル、援護を!私が奴を討ち取るまで邪魔をさせないで!」
命令してからブースターユニットを吹かし、一葉はゾンビ部隊へ突撃した。サムとリトルはリーダーを援護すべく、子機を率いて後に続く。
「やっと来たねえ、お姉さん♪ 僕が遊んであげるよぉ!」
奇襲部隊で唯一、敵の意図を読めるザハトだったが、射撃支援を行うスケルトンにゾンビ部隊をけしかけようとはしなかった。インデックスは自分とサシで勝負しようとしているのだから、これ以上、脳を損傷させたくなかったのだ。
雑魚骸骨の犠牲者を増やすよりも、彼らのリーダーを討ち取った方が、敵師団に与えるダメージは大きいという合理的判断ではない。ラシャ・ザハトは栗落花一葉のような、高慢女を嬲り殺すのが大好きだった。つまり、自分の趣味を優先したのである。
「おイタが過ぎるわよ、クソ餓鬼!ここで死になさい!」
一葉は見た目のまま"クソ餓鬼"と評したが、ザハトは一葉より年上である。幼いのは体だけで、中身は中年なのだ。
「アハッ♪怖い怖い!般若みたいな形相だよ、お姉さん♪」
残り僅かな燃料を使い切りながらブースターユニットを吹かし、加速と同時にユニットを切り離す一葉。迫るスケルトンに向かって、マントに仕込んだ無数の念動ナイフを飛ばしたザハトだったが、一葉は左腕に搭載された扇盾を広げ、ナイフを弾く。
「そんな児戯でこのアルティメットスケルトンを倒せると思って?」
スケルトンエースよりも出力の高いアルティメットスケルトンの繰り出す斬擊を、念動力で加速し避けるザハト。パワーに差があり、受け切れないと判断したのだ。
「ヒュウ♪危ない危ない。へえ、雑魚骸骨と違って動力はバッテリーじゃないんだ。貴重な高純度緋水晶を、そんなオモチャに使うのはどうかなぁ?」
エースやアルティメットが量産出来ないのは、動力に極めて希少な高純度緋水晶を使用しているからである。特にアルティメットには、10年に一度産出するかどうかという逸品が搭載されている。超大型の高純度緋結晶が見つかる度に陸上戦艦が建造されるのと同じで、アルティメットやエースの生産は、超小型の高純度緋結晶待ちなのであった。
「アルティメットスケルトンがオモチャですって? バカね、これこそが"次世代の兵士"の究極形。兵士の頂点なのよ!」
豪語するだけあって、パワーも硬度も量産型とは桁違いであり、エースと比較しても頭一つ上回る。しかもアルティメットは専用のアルゴリズムを用いており、ド素人では使えない技、連携をガイドするのだ。七つの流派の切紙を持つ一葉は、アシストがあれば七つの流派の中~大目録に(計算上は)なれる。
「汚いなぁ。兵士だったら鍛えた技で勝負しようよ。」
ザハトはそんな事を言いながら、ゾンビを使役し自分を守らせようと試みる。しかし、サムとリトルにブロックされ、なんとか一葉に近付けたゾンビも、フェイントに弱いという弱点を突かれ、多彩な技で葬られる。
「アルティメットは叡智の技、先進技術の結晶よ。貴方は"自分の力"で勝負したら?」
劣勢のザハトはなんとか距離を保とうと立ち回ったが、一葉は脚部に搭載されたローラーダッシュを駆使して距離を詰めてくる。サイコキネシスによる捻じ切り攻撃も、一葉は適合率と念真強度がそれなりに高く、高精製マグナムスチールの外骨格にも阻まれて、動きを鈍らせる以上の効果がない。
「ここまでおいで♪べろべろばぁ♪」
やむなく空中に逃れて舌を出したザハトだったが、余裕を見せる事は出来なかった。アルティメットスケルトンは、バックパックから飛ばした円盤を足場に使って追って来たのである。
「念動力使いは空中に逃げる。その程度は想定の範囲内よ!」
虎の子の内蔵ブースターを使って急加速した一葉の剣がザハトの左腕を捉え、斬り飛ばした。さらに追撃の蹴りまで食らって地面に叩き付けられる。ザハトの近接戦闘能力は高いとは言えず、体術の達人でもないのだ。
「やってくれるじゃないか。……そろそろブチ切れてもいいよね?」
本来なら撤退を考えるべき局面なのだが、しこたま砂を噛まされたザハトにそんな考えはない。"不死身の"ザハトにとって、戦いはゲーム。無限に残機のあるシューティングゲームで遊んでいるようなものなのである。
「キレたら何をするかわかんないぞって、貴方は田舎の中学生かしら?」
倒れたザハトに向かって急降下する一葉。間一髪で転がって躱し、身を起こしたザハトだったが、至近距離から渾身のサイコキネシスを見舞う前に、外骨格の肘から飛び出た長針がその体に突き刺さっていた。ザハトの次の行動は、SESに予想されていたのだ。エースとアルティメットには"戦いながらデータを蓄積し、先読みする機能"も搭載されているのである。
「グハッ!……こ、これで僕に勝っただなんて思わない事だね。
一葉の剣がザハトの首を刎ね、生首がコロコロと地面に転がる。
「フン、負け惜しみを。万全の状態であったとしても、貴方如きはアルティメットの敵ではない。完全適合者のKと互角に戦える性能なのよ?」
一葉がKを認めたのは、アルティメットスケルトンを装着した自分と引き分けたからであった。一葉はKが籠絡の手段として手加減していた事を知らなかったが、Kも一葉が切り札を温存していた事を知らない。その切り札を温存したまま倒されたザハトは、確かにアルティメットの敵ではなかった。
司令塔を始末した一葉は駆け付けてきたKと協力して、無闇矢鱈に暴れ出したゾンビの殲滅を開始する。
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丘陵に身を潜め、ザハトと一葉の戦いを観察していた男女がいる。
「本当によく死ぬ男です事。どうせ負けるなら、逃げ回ってミミックの破壊に専念すれば良いものを。」
女は嘆息したが、男は嘆きも喜びもしなかった。
「ザハトにしては上出来でしょう。
「最低限、ですか?」
「ええ。打ち合わせ通りに、ね。実証実験がてら、継戦能力も減衰させました。データも取れたし、引き揚げますよ。」
奇襲部隊を埋伏させた"魔術師"アルハンブラは立ち上がり、踵を返した。テラーサーカス副長、ハートのクィーンも後に続く。
「アルハンブラ様……その……こんな事をしてまで、
おずおずと問いかけたクィーンに、アルハンブラは自分自身に言い聞かせるかのように答えた。
「……言いたい事はわかります。ですが、手段を選んでいる余裕はありません。モランのような人非人を生まない世界とは"人類の業に
「……そうですね。私達はテラーサーカスを結成した時に"共に地獄へ落ちよう"と誓いました。復讐を果たし、気が緩んでいたのかもしれません。あんな蛮行を、ガルシアパーラサーカス団のような悲劇を決して繰り返させない世界を創る為に、必要な事だと割り切ります。」
前を歩くアルハンブラは背中越しに頷いたが、割り切れない思いを抱いているのは彼も同じだった。
"……皆、志を同じくしてここまでやってきました。ですが、本当にこれで良かったのでしょうか?"
アルハンブラは※母の死を悲しむ幼子の顔を思い出していた。あの子の涙は、私が流させたものだ。罪もない者が死ぬとわかっていて、起爆スイッチを押したのだから。
"……もう引き返す道はない、どんな犠牲を払おうとも"永遠の平和"を実現させなければ……"
迷いを振り切ったアルハンブラの脳裏に、恩人と恋人の姿が浮かぶ。足を止めた魔術師は空を見上げて呟いた。
「……たとえ永遠の平和を実現したとしても、私は団長達のいる所へは行けません。団長、アリシア、どうか安らかに……」
※母の死を悲しむ幼子
前作の幕間編5話を参照
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