愛憎編36話 屍は地中に潜む


※トガ・サイド


五本指が率いるトガ師団は無人の野を征くが如く、快進撃を続けていた。散発的な抵抗はあったものの、脅威となるような事もなく、順調に旧領を奪還してゆく。降伏した都市で休息する師団本隊に、各地から集結して来た志願兵を束ねたトガ元帥が合流し、軍団の士気は最高潮に達した。


出撃した時には24000だった兵数は50000を越え、支給するSESが足りなくなる程の活況ぶりに、数十年ぶりに最前線に出張った兎我忠冬はご満悦だった。興奮冷めやらぬ元帥閣下は、高齢と強行軍による疲れも忘れ、総督府のバルコニーから機械化師団に演説をぶつ。


「艱難辛苦に耐えて付き従ってくれた諸君!新たな時代を築こうと各地から馳せ参じてくれた諸君!儂が同盟軍元帥、兎我忠冬である!」


第一声を発した忠冬はあえて間を起き、聴衆である兵士の反応を窺った。期待した通りの、割れんばかりの大歓声を確認した忠冬は、演説を続ける。


「門閥家ばかりが羽振りを利かせる機構軍は悪の帝国である!じゃが、近年の同盟軍にも彼奴らと同様の憂慮すべき傾向が見られる!儂は身分血筋に関係なく、能力が正当に評価される世界を創る事を約束しよう!それが自由都市同盟軍を創設した偉大なる同志、アスラ元帥の意志でもあるのじゃ!」


トガ元帥はザラゾフ元帥のように堂々たる偉丈夫でもなければ、カプラン元帥のように洗練された論客でもない。吊り目で団子鼻の顔は見栄えがせず、胴長短足の小男で、滑舌も悪い。ゆえに演説は控えてきたのだが、この日ばかりは輝いて見えた。


自分こそが御堂アスラの後継者である、言いたくても言えなかった台詞をようやく言えた達成感が老人を輝かせていたのかもしれない。


「正義と情熱を燃やす諸君らこそ、新時代の尖兵に相応しい!泰平の世を築かんとする我が精鋭達に告ぐ!機構軍を打倒し、同盟軍を変革せよ!」


短い演説を締め括った忠冬は拍手と歓声に包まれながら、兵士達に敬礼した。同盟の躍進を支えた功労者でありながら表舞台を知らなかった男が、ついに日の当たる場所に躍り出たのだ。兎我忠冬は人生の絶頂期にあった。


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進撃を再開したトガ師団の旗艦"兎足王ラビットフット"の艦長席には忠春に代わって忠冬が座った。五本指筆頭の一葉は、これ幸いと付け鼻のお飾り上官を他艦に押し付けたのだ。どちらも軍人としてはアテにならないが、短気な忠春より、陰気な忠冬の方がマシである。少なくとも、五月蝿くはないからだ。


「閣下、索敵班から報告が。"ナバスクエス師団が街から出撃、兵数は4万以上と思われる"だそうですわ。」


戦術デスクの中央に陣取る一葉が忠冬に敵師団の動向を伝える。


「フン、やっと動きおったか。しかし4万もの兵をよう集めおったな。いくら時間を与えてやったとはいえ、1万5千は数を増やしたという事じゃろう?」


破竹の勢いで旧領を奪還していたトガ師団本隊が進軍を停止し、小休止したのは募兵によって誕生した後続部隊と合流する為である。師団の司令塔である五本指は"戦力の集中運用"という軍学における常識を守ったまでだが、"分散した敵軍の各個撃破"を狙いたいはずのナバスクエス師団も何故か、同時に進軍を停止したのだ。


「閣下、"獣人"ナバスクエスが兵力拡充に成功した理由は簡単ですわ。先だって撃破したソリス同様、自領の防衛部隊どころか、武装警官まで駆り出しただけに過ぎません。」


一葉はナバスクエス領に斥候を放っており、1,5個師団にあたる兵力をどこから連れて来たかを把握していた。


「つまり野戦で勝利すれば、もうナバスクエス領を守る者はいない。ソリス領と同じ事が起きる訳じゃのう。」


小さな体を艦長席に収めた忠冬は、奪還する領土の復興プランを考え始めた。現在のナバスクエス領は、かなりの都市が旧ビロン侯爵領なのだが、返還する気など毛頭ない。領土を失ったシモン・ド・ビロン少将はトガ閥を脱退し、かつて在籍していたフラム閥に身を寄せているからだ。もっとも彼が自派閥にいたところで、旧領を返す気などなかったのだが……


「ビロンの阿呆めが。今頃、儂の下にいれば良かったと歯軋りしておるじゃろうのう。カプランと仲違いした時に拾ってやった恩を忘れて、ようも逆縁なんぞ叩き付けおったな。」


忠冬はビロンから派閥を脱退すると宣言された事を根に持っていたが、ビロンからすれば筋違いもいいところである。薔薇十字に惨敗した挙げ句に領土を失い、半個師団を維持するのがやっとになった彼を援助するどころか冷遇したのは忠冬であり、"貴族なき世を創る"という大義名分の為にビロン派の放逐をも考えてもいたのだから。


「閣下、ビロン少将のような戦歴だけが取り柄の男など、新たな世には必要ありません。自主脱退は渡りに船、放逐する手間が省けただけですわ。」


一葉は冷たく言い放ち、忠冬は大きく頷いた。元より嫌いな男だったのである。


忠冬が気が合わない上に名門貴族出身のビロンと手を組んでいたのには理由がある。名将の誉れ高き嫡男、"一角兎"忠秋を失ったトガ閥は軍閥としての体裁を整える必要があった。そこでやむなく、カプラン大将(当時)と意見が合わないビロン少将に目を付け、破格の待遇で派閥に招き入れたのだ。SESの開発に成功し、名参謀だった妻が戦死してからは碌な戦果を上げられなくなったビロン師団など、もはや用済みであった。


「一葉…ゴホン!ツユリ特務大尉、獣人はなぜ進軍を止めたのじゃと思う? いくら近隣都市から兵隊をかき集めたかったというても、儂が増援を引き連れて合流してしまっては元も子もあるまい。」


戦力比だけで言えば、師団本隊だけの時に戦った方が良かったのだから、忠冬が訝しがるのは当然であった。実際、五本指による戦前の想定では、ソリス師団とナバスクエス師団を各個撃破した後に合流する予定だったのだ。


「向こうも時間が欲しかったのだと思われます。付け焼き刃の対策でSESを何とかしようだなんて、笑止千万ですけれど。」


ナバスクエスは罠にかかる、SESの発案者で開発者でもある一葉はそう確信していた。ソリス師団の敗残兵が持ち帰ったデータを綿密に分析すれば、選択する技とコンビネーションに一定のパターンがある事に必ず気付く。ナバスクエスは兵をかき集めながら、パターンの裏を取る訓練を兵士に積ませ、自信満々で野戦を挑んで来るだろう。


……だけどそれは、罠なのよ。見抜かれる事を承知の上で、埋伏しておいた毒……


一葉は心中でほくそ笑む。SESのアルゴリズムは既に変更済み、付け焼き刃の特訓は徒労に終わり、ナバスクエスは師団ごと服毒死するだろう。全てのアルゴリズムが解析される頃には、リリージェンは陥落している。そもそも、5つの基本アルゴリズムに8つの派生アルゴリズムを自在に組み合わせる事が可能なSESは、解析で対応する事など不可能なはずなのだ。


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「進軍を停止!この先に地雷原がある。処理班は除去作業を開始せよ。」


実質上の総指揮官である一葉の命令で、師団は前進を停止した。ナバスクエス師団工作部隊が埋設した地雷原は、トガ師団索敵班によって察知されていた。士官学校を首席で卒業した彼女は、索敵の重要性を知っている。ナバスクエス師団工作部隊は、街を出る前からマークされていたのである。


処理班はマニュアル通りに地雷を除去し、5個師団もの大軍は進軍を再開する。だが、一時間もしない内に進軍を再度停止する事になった。後背から、突如敵軍が出現したのである。


「背後から敵だと!レーダー手は何をしていた!」


一葉は怒鳴ったが、レーダー手に瑕疵はない。敵は地中から現れたのだ。戦艦や索敵車両のレーダーは金属や生体反応を探知する。では、硬性樹脂とプラスチックで作られたケースに仮死状態の兵士を潜ませ、地中に埋めておいたらどうなるのか? 経験を積んだ索敵手の目に頼るしかない。だが、トガ師団にそんな戦歴豊富な人員はいなかった。実戦経験の乏しい弱兵と、経験そのものがない新兵の寄せ集めなのだから、当然である。


もし、師団にクリスタルウィドウ級の精鋭クルーがいれば、地面に空いた穴を隠蔽した痕跡に気付き、奇襲は失敗に終わっていただろう。もちろん、奇襲部隊を潜ませた男は、栗落花一葉の戦歴軽視を見越して策を弄したのである。


進軍は通常、索敵車両やソナーを強化した軽巡が先行し、次いで装甲の厚い重巡、戦艦が続く。つまり軽車両は最後尾、SESに充電を行うアーマーキューブも同様である。電源を失えばSESが無力化する事を知る忠冬は焦った。


「一葉、なんとかせい!後方には電源車がおるのじゃぞ!」


剣術だけではなく兵法も学び、トガ師団随一の実戦経験を積んだ兎場田佑がいれば、あるいは罠に気付いていたかも知れなかったが、もう師団を去ってしまっていた。実戦経験のない忠冬と戦歴軽視の一葉は、熟練兵を軽んじたツケを払う事になったのである。


「総員迎撃準備!出られる者からすぐに出撃よ!」


レーダー手を咎めるのを後回しにした一葉は迎撃を命じたが、兵士達は得物を抜いて車両から飛び出る訳にはいかない。まず、SESを装着しなくてはならないのだ。即応性の低さ、奇襲部隊はSESの弱点を看破していたのである。いや、正確には死兵を送り込んだ者が、であるが……


そう、奇襲を仕掛けて来たのは文字通り、"死兵の軍団"だったのだ。仮死状態で地中に潜んでいたのは屍人兵の群れ。墓場から這い出たゾンビの如く、殺戮衝動と破壊衝動のみで動く死兵達は、装甲で守られていない兵員輸送トラックに殺到した。急激な師団の肥大化に、装甲輸送車アーマーキューブの台数が追い付かなかったのだ。


「ほらほらほら!グズグズしてるとみんな殺しちゃうよ? グズグズしなくても殺すんだけどさぁ!」


1000名ものゾンビソルジャーを使役する"不死身の"ザハトは、慌てふためく兵士達をサイコキネシスで引き千切りながら哄笑した。SESを装着していれば手足をもがれる事もなかったはずだが、外骨格抜きでは念真強度も適合率も低いただの弱兵。両軍屈指の強度を誇るザハトのサイコキネシスに耐えられるはずもない。



こうしてスケルトンソルジャーVSゾンビソルジャーの血戦の火蓋が切られたのである。

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