愛憎編35話 蜘蛛と蛇
照京に通信を入れて、戦役後に有志連合軍が司令を表敬訪問する段取りをつけ、次はタンタン&ピーコックと話してデンスケ一党の受け入れを
司令の分析によると、北部戦線はいつもの出来レースになる可能性が高く、"全ては南部戦線の戦局次第だ。機構軍が登場したばかりのスケルトンにどこまで対応出来るかが鍵になるだろう"と締め括った。時間を与えれば攻略されるが、トガの旧領を奪還するまでぐらいなら通用する可能性もある、と見ているようだな。
ただ、その可能性は低いと思っているようで、神楼&龍尾大島の有志軍を出撃させ、トガ師団が出払った都市を守らせる策も講じる事にしたようだ。照京有志軍は自分に断りなく動いたのだから、これでおあいこと言ったところか。
カプラン師団の背後よりトガ師団の背後の方が危険なのだから合理的な判断で、オレに異論はない。コンセンサスを得てから連邦議会を通すというやり方は次回からだ。そもそも、緊急出動の場合は議会を通してる暇はなく、今回のケースはそれに近い。
「フラム領とトガの残領は東西に長く分布している。ウタシロ大佐ではなく、叔父上に後方を仕切ってもらった方が良いかもしれん。だが叔父上がグラドサルから動けば、マウタウに駐屯する薔薇十字に"シュガーポットからの侵攻はない"と教えてやるようなものだな。カナタ、どう思う?」
司令の言う通り、東雲中将が戦地に向かえば、薔薇十字はグラドサル方面からの侵略はないと確信するだろう。とはいえ…
「ほぼないと思っている者が、ないと確信するだけだ。八岐大蛇が入った砂糖壺にヒンクリー師団が駐屯している以上、マウタウからの侵攻もない。」
「だが侵攻されないとなれば、剣聖や守護神を迷う事なく動かせるようになるだろう?」
「迷いがあろうがなかろうが、野薔薇の姫は籠城するフー元帥の支援に自ら赴く。当然、剣と盾も一緒だ。守将は"ボルケニック"バーンズがいるから問題ない。北部戦線だけではなく、グラドサル方面でも出来レースが可能だろう。」
侵略しないしされないとわかっている、これは一種の談合だ。薔薇十字もアスラ派も、グラドサル方面で激突する愚を知っている。同盟からすれば一個師団で盤石の守りが可能な砂糖壺から、戦線を伸ばす意味がない。伸ばすとすれば、マウタウから西の地方都市全てを制圧&維持が可能になった時だ。
「小娘を若干迷わせるのに"軍神の右腕"を留め置くのは人材の浪費だな。龍尾大島有志軍の編成が終わり次第、タイミングを合わせて出撃してもらうか。」
トガ師団としては迂回しながら支援に向かう薔薇十字が到着する前に、フー師団も撃破してしまいたいだろうな。まずはナバスクエス師団を撃破しなければ話にならないが。
機嫌の直った司令から、何人か部隊長をつけてやろうと申し出があったが、気持ちだけ受け取っておく。アスラ部隊を手薄にすると、兵団が色気を出すかもしれない。別行動を取る前提は、"薔薇園の仲間が無事である事"だ。
部隊長会議を終えて階下に下りると、司令棟のエントランスでビーチャムが待っていた。
「ビーチャム、何かあったのか?」
薄べったい胸を張ったビーチャムは元気よく敬礼する。
「隊舎に
客人ならぬ、厄人ね。デンスケ一党が到着したのか。
「そうか。手荒い挨拶はしてないだろうな?」
「殊勝な態度でしたので、ガーデン流の挨拶は自重したのであります!隊長殿が相手では為す術がなかったようですが、まあまあデキる連中のようでもあります。」
「心貫流の中目録と切紙だ。皆伝位のサクヤや"百舌鳥"シーグラムほどではなくても、腕は立つさ。」
シグレさんはそろそろビーチャムにも大目録をって言ってたな。入門して一年ちょいで中目録をもらったんだから、そばかす娘も天才の部類だ。次元流本部道場の皆伝位は、他流派とは重みが違う。
ビーチャムを伴って隊舎に戻ると、入り口前に兎場デンスケと十二人の切紙が佇立していた。
「久しいな。なんだその頭は? みんなで仲良く出家でもするのか?」
デンスケと部下達は丸坊主だった。敬礼してから一歩前に出たデンスケは坊主頭を思い切り下げ、用向きを切り出す。
「龍弟公、統合作戦本部では無礼千万な振る舞いに及び、誠に申し訳ありません!」
「おまえ達はもう代償を払った。ピーコックとペリエ少佐には話をつけてある。デンスケ、いい師匠を持って良かったな。」
上官には恵まれなかったが、師には恵まれた。今度の上官は同門の先輩だ。真っ当にやれるだろう。
「……話が出来すぎだとは思ってたんだ。やっぱり、兄弟子に俺らの事を頼んでくれたのは先生だったのか……」
察しのいい男のようだな。仰ぐ旗を間違えたのが、一生の不覚って事か。
「トキサダ先生にもな。オレも大師匠の顔は立てにゃならん。という訳で、綺麗さっぱりなかった事にする。」
「すまねえ。本当にすまねえ。」
「新しい上官の上官、コンスタンタン・ペリエ少佐から辞令と命令が出ている。"兎場デンスケと兎場隊十二名は第三師団に配属される。速やかに師団に合流せよ"だとさ。」
「了解した。カッペ、水と食料を買い込んで来い。南エイジアにUターンする。」
丸めた紙幣を手渡されたずんぐり男は、ビシッと敬礼した。
「さっそく、汚名挽回のチャンスが巡ってきたんだべ!」
「挽回するのは名誉だ。汚名は返上するぞ。コンビーフと缶ビールも忘れんなよ?」
「おでの無学は愛嬌だべ。デンスケどんはコンビーフが好き過ぎだべさ。んだらば、全員で先生に、お礼ば言うだよ!」
兎場隊は東に向かってお辞儀をしながら、めいめいに師への感謝の言葉を述べた。
「師への感謝が終わったところで、買い出し係のカッペ君、だっけな。」
「剣狼どん、じゃねえべさ。公爵様、おでは
カッペの勝平ってところか。どの部隊にもムードメーカーがいるもんだな。
「ニックネームな? 買うのは嗜好品だけでいい。案山子軍団も同じ戦地に向かうから、ソードフィッシュに乗せてってやる。道中の退屈しのぎに、ウチの中隊長連が稽古をつけるそうだ。ああそれから、オレの事は剣狼でいい。敬語もナシだ。」
血反吐を吐く光景が容易に想像出来たのだろう、デンスケが言わずもがなな事を言った。
「……剣狼、それは稽古と言う名の制裁じゃないのか?」
「オレは水に流したが、仲間はそうでもないかもな。なに、戦地に着くまでには治る程度のシゴキだよ。」
黙って話を聞いていたビーチャムの目がキラリと輝く。いや……ギラリ、かな……
「同じ中目録の自分が相手を務めるのであります。」
「怖いねえ。だが、心の錆を落としとかなきゃ、名誉を挽回するまでに死にかねん。拒否権もなさそうだし、生き残る為の特訓と考えるか。じゃあ赤毛の先生、荷物を搬入するからソードフィッシュまで案内してくれ。」
「了解であります。では隊長殿、兎場隊は自分が引率するのであります。カッペ殿、戦術タブに眼旗魚の位置情報と購買区画の地図を送りますので、自分のタブとリンクをよろしくであります。」
「ラジャーだべ。せっかく薔薇園さ来たんだし、先生に土産ば送らねえと!」
ビーチャムと兎場隊はドックへ、カッペ君は購買区画に向かった。オレもリリスと※シオシズを呼んで、出撃の準備を始めるか。
───────────────────
※同時深夜・ダーツバー「スネークアイズ」にて
歓楽区画の片隅にある古びたバーは、正体不明のマスターが営む不思議な店だった。いくつもある不思議の一つに"程良い客入りの日がない"がある。満員御礼か閑古鳥が鳴くかの両極端、この夜は後者であったらしく、客はカウンター席に座る隻腕だけ。静かに飲みたい客がやって来た時は、なぜか他の客が来ないのだ。
「…………」
卓上のキャンドルでスルメを炙る人蛇に、マスターは無言でカップ酒を差し出す。
「相変わらず愛想のねえ野郎だ。そんなんでよく客商売なんざやってやがんな。」
「…………」
糊の利いた白シャツに黒の蝶ネクタイ。いつもの服装でカウンター内に立つマスターは、いつものように何も言わずに、スライスサラミの載った小皿をトゼンの前に置いた。しかし今夜は人払いの結界が弱かったのか、カランコロンとドアベルが鳴り、新しい客が現れる。
「今夜は閑古鳥だろうと思って来てみたンだが、トゼンがいやがったか。」
緋色の瞳を持つ女は、蛇の目をした男の隣に腰掛けた。
「いちゃ悪いのか、ええおい?」
「悪いなんて言っちゃいないだろ。マスター、アタイには"ルビーアイ"を。」
オーダーを受ける前に、マスターはシェーカーを振り始めていた。愛想がないという点を除けば完璧なマスター兼バーテンダーは、鮮やかな手付きで素早くオリジナルカクテルを提供する。肴はローストビーフ、マリカが好むニンニクとショウガをベースにした醤油ソースが添えられている。
「相も変わらず、ワンカップ小結かい。たまには"スネークアイズ"でもオーダーしたらどうなんだ? 市販の安酒なんざ、幽霊長屋でも飲めるだろう。」
「ほっとけ。俺ぁ、安酒が性に合ってんだ。ったく、ハクがウロコんトコに行ってっから、静かに飲めると思った矢先に邪魔が入るたぁな。」
炎の女はズボンのポケットから煙草を取り出したが、人蛇がヤニの匂いを嫌っているのを思い出し、箱を開けずにそのまま仕舞い込んだ。代わりに、心に仕舞い込んでいた台詞を開封する。
「……トゼン、さっきは助かったよ。」
「ああ? 何の話だ?」
「カナタの背中を押してやっただろ。おまえみたいな人でなしの人斬りでも、やっぱり弟分は可愛いのかい?」
「ケッ!野郎と
真っ赤になったマリカは、着流しの胸ぐらを掴んで怒鳴った。
「おまえどうしてそれを!!マスター、この事は…」
「マネキン野郎に口止めなんざ必要あるかよ。ただの一言も喋った事がねえんだからな。おいマリカ、手ぇ離せって。俺も言い触らしたりしねえからよ。」
マネキンに例えられた男は表情を変える事なく、黙々とグラスを磨いている。ごく稀に微笑か冷笑を浮かべる事はあっても、驚愕する姿を見た者はいない。静謐を保つ事を極意とする鏡水次元流の前継承者、"達人"トキサダに"完璧な静謐"と言わしめた所作は今夜も健在であった。
「無言のマスターに喋らせられンなら、秘め事が漏れても釣りがくるかもねえ。トゼン、なんで知ってたのか教えたら離してやる。」
「匂いだ。オメエから雌の匂いがするようになったんでな。となりゃあ、相手はカナタしかいねえだろ。大方、あんにゃろが部隊長になった時に、祝儀で男にしてやったってとこか。ええおい?」
「この変態嗅覚め。正解の褒美に、アタイらの挙式に呼ンでやンよ。門出に招くにゃ縁起の悪い男だが、カナタにとっては兄貴分だしねえ。」
着流しから手を離した女は、カクテルグラスをカップ酒に合わせ、乾いた音を響かせた。
「気の早え女だ。俺が式まで生きてるワキャねえだろ。」
「憎まれっ子は世に憚る。忌み子だって似たようなもんだろ。人はいずれくたばるように出来てンだから、死に急ぐ必要なんざないさ。」
「死に急ぎは趣味の問題だが……生き急ぐのは感心しねえな。」
「……イスカの事かい?」
トゼンは頷きながら答えた。
「天才児と異端児は同居出来ねえのかもしれねえなぁ。計算尽くで事を運ぶ塩辛女と、計算外を巻き起こすお砂糖男の歯車が噛み合えばいいが……フン!俺もお節介になったもんだぜ。」
「そうなったら……おまえはどっちにつくンだ?」
「決まってんだろ。面白え方よ。」
マスターはグラスを磨いていた手を止め、ガラス製の砂糖壺と塩壺をカウンターに置いた。そして冷蔵庫から地鶏の卵を二つ取り出し、塩と砂糖を混ぜて卵焼きを作り始める。
「…………」
出来たての卵焼きを口にした二人の完全適合者はシンプルだが奥深く、塩と砂糖の調和する滋味に感嘆する。無言の男は無味乾燥の男ではない。意志を言葉にするのではなく、グラスか皿に載せるだけなのだ。
"言いたい事はこれだけです"とばかりにグラス磨きに戻ったマスターを、天窓から降り注ぐ月明かりが照らしていた。
※シオシズ
シオン・イグナチェフと八乙女静流。副長と筆頭家人頭なので、役割がよく似ている。
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