愛憎編34話 おまえは何者だ?



円卓の間と司令室は同じフロアにある。入室の許可が出る訳ないので、安普請のドアを蹴り破ろうと足を上げた瞬間に、内からドアが開かれた。


アルミ机に足を乗せ、パイプ椅子に腰掛けた司令が台詞と紫煙を吐く。


「足でノックする習慣があるのか?」


「気分によってはな。」


「その顔は入るなと言っても押し入る顔だな。完全適合者同士の一騎打ちをやるにはこの部屋は狭すぎる。クランド、円卓の間に戻って北部戦線の状況説明をしておけ。話が終わったら戻る。」


「ハッ!」


ドアノブから手を離した大佐はオレを軽く睨んでから、円卓の間へ向かった。司令室に入ったオレはサイコキネシスでパイプ椅子を操り、足を組んで着座する。司令はデスクの上の紙束を、こっち側に蹴り寄せながら呟いた。


「照京、神難、尾羽刕軍に、龍足大島の連合軍も合流するらしい。有志連合のコーディネーターは小判鮫だな。」


報告書には有志連合軍結成までの経緯と陣容が記されている。雲水代表が麒麟児、尾長鶏、小判鮫に声をかけて流れを作った。帝の威光と教授のサポートがあれば、雲水代表は政治的に司令と渡り合えるのだ。


「状況は司令が把握している通りだ。雲水代表にはオレから意見しておこう。」


同じ※葛紋かずらもんの血を引く者でありながら、司令と雲水代表の間には深い溝がある。司令は雲水代表を"我龍の悪政の片棒を担いだ腰巾着"と見做しているし、雲水代表は司令を"有能さに胡座をかいて帝をないがしろにする野心家"と思っている。この対立は不幸しか生まない。


雲水代表は我龍政権でも宰相を務めていたが、今と違って歯止め役だった。宰相としてここまで有能だとは誰も思っていなかったし、司令にとっても誤算だったに違いない。


「そうしろ。頭越しに物事を決められるのは不愉快だ。考えてみれば、根回し上手のおまえが先に軍を動かす筈がない。手順が前後するだけで、事態が複雑化する事を知っているからな。」


「雲水代表も手順は知っている。気付かなかったのではなく、意図的にやったのが問題だ。帝と司令の間で主導権争いをさせる為に奪還したんじゃない。司令は昔のイメージで御鏡雲水を見ているようだが…」


「過小評価していた事は認めよう。だが、誰かが雲水の影に潜んでいる。おまえの影にもだ。その影の男は信用出来るのか? 黒幕として実権を握ろうとしているのかもしれんぞ。」


「誘導尋問に引っ掛かっておこう。そう、影のは存在する。彼は行動で信頼を勝ち取った。理屈でも直感でも、裏切りはないと確信している。」


教授の存在は以前から察知されている。性別ぐらい教えても問題ない。ケリーが仲間になったお陰で、教授自身が動く必要はなくなった。徹頭徹尾、脇役に徹する黒子にして黒幕、司令がいくら有能でも教授に辿り着く事は出来ない。


「興味深い話だな。ここで込み入った話をするのもなんだ。奥の間の、座り心地の悪い椅子にでも座って話そうか。」


司令が席を立ち、チープな司令室から豪奢なプライベートルームに向かったので後に続く。バーカウンターに陣取った司令がキャビネットを指差したので、サイコキネシスでグラスと酒を引き寄せながら豪華な椅子に腰掛けた。


「ここなら防音も完璧だ。カナタ、おまえに聞きたい事がある。戦後の楽しみに取っておこうかと思ったのだが、どうしても知りたくなった。」


まさか……アスラ元帥暗殺事件の真相に気付いたんじゃないだろうな!


「聞きたい事とは?」


「おまえは何者だ? 複製兵士培養計画の産物だなんて答えるなよ。おまえがクローン兵士ではないのはわかっている。何らかのアクシデントがあった事は推察出来るが、紛れもなく人間だ。何者かの魂が実験体に宿った、そうだろう?」


「…………」


やはり気付いていたのか。この顔、おそらくかなり早い段階で、オレが人間だと確信していたな。


「どうした? 答えたくないのか?」


「答えるまでもなく、もう正体もわかっているはずだ。」


司令なら天狼の目の秘密も探り当てているだろう。であれば、答えは一つしかない。


「見当はついている。だが、おまえの口から聞きたい。どうしてもだ。」


バレてるなら隠す必要もない。いくら見当はついていると言っても"得体の知れない者"とは本音で話せまい。司令はそういう世界で生きてきたのだ。


「お察しの通り、オレは八熾羚厳の孫、八熾彼方だ。照京政府の公式発表は二点を除けば全て本当の事だ。伏せられた事実と、隠された真実があるだけさ。」


イナホちゃんの鏡眼は邪眼を跳ね返す能力しか持たないが、自分の鏡眼は邪眼のコピーも出来る。当主のみに、いや、血族最強の術者にのみ、御三家の守護鳥獣は宿る。ヒントを与えられれば、司令は必ず答えに辿り着く。そういう人だ。


「伏せられた事実とは複製兵士培養計画だな。隠された真実とは何だ?」


「隠れ里の場所だ。俺はこの星によく似た異世界からやって来た。八熾の変で死んだはずの"天狼"羚厳は、地球という星に魂を転移させて生きていたんだ。オレはこの星に来るまで、爺ちゃんの本名も素性も知らなかった。」


期待通りの顔が見れたな。司令を驚かせるってのは、超がつく高難易度ミッションだ。


「……冗談、ではなさそうだな。突拍子もない話だが、納得も出来るのが困りものだ。」


「信じてもらえたようで何よりだよ。」


ケリーに話した時は、アカペラで地球の歌を熱唱する羽目になったからな。工作兵ってのは、たいてい実証主義者だ。


「私は初めて会った時から違和感を感じていた。研究所からこの基地に向かうヘリの機内でおまえは"人は城、人は石垣"などと言ったが、そんな言葉が載った本は研究所の図書館にはなかった。おまえは語彙が豊富だが感覚は現代人だ。私の先祖、阿門入道も"※乱波素波らっぱすっぱは名刀に勝る"と言ったらしいが、おそらく地球とやらの偉人が吐いた台詞なのだろう。」


自我に目覚めた期間から考えると、物事を知り過ぎている。あの時点で疑われていたのか。流石だぜ。


「武田信玄という名将の名言だ。人の歴史は戦争の歴史ってのは地球でも同じでな。三流私大に通ってたオレは、マンガと歴史書ばっかり読んでいたんだ。」


「なるほど。歴史オタクが学んだ知識を活かしていた。この星にはない、戦争の歴史をな。おまえは二つの星の戦史を知る男という訳だ。余人の倍ほど小賢しいのも頷ける。」


「イスカ、地球への進出なんて考えるなよ。肉体の移動は出来ないから、どちらかの世界でしか生きられないんだ。」


「おまえはこの星で生きる事を選んだ、という訳か。魂の転移にも条件がありそうだな。八熾家の……いや、心に龍を宿す御門家の血統秘伝と考えるべきだろう。八熾羚厳は御門家の血も引いているからな。」


鋭いったらありゃしねえ。勘も頭もいいんだから、参っちまうぜ。


「ノーコメントだ。オレの正体については話しただろう。」


「フフッ、読めたぞ。ミコト姫がさほど面識のないおまえにあれほどの信頼を寄せていたのは、八熾彼方の存在を知っていたからだ。地球人になった八熾羚厳は何らかの方法で、ミコト姫とコンタクトを取っていた。違うか?」


疑問が氷解するのが快感なのはわかるが、クッソ楽しそうな顔しやがって。推理小説の謎解きパートみたいなもんだな。


「その通りだ。天掛翔平になった爺ちゃんは、姉さんと連絡を取り合っていた。これは推測だが、大昔に流刑になった天継姫は、地球で人身御供にされた少女の体に転移し、神懸かりの力を持つ巫女として崇められていたようだ。天掛家は"神祖の再来"と謳われた天継姫の末裔らしい。」


「龍の系譜に狼の系譜が重なった。強い訳だ。」


「血の力だけじゃない。今のオレがあるのは、アスラの先輩方のお陰だ。あ、ダミアンは別な。」


ダミアンだけは"自分より強い奴に教える事などない。能力が違い過ぎて、学べる事もない"だそうで、一度も手合わせした事がない。


「見て盗んだ技もあるのだから、ダミアンも入れてやれ。地球の歴史や血統秘伝については、いずれ詳しく聞かせてもらうとして、過去から現在に話を戻すぞ。ザラゾフと手を組んだのは、複製兵士培養計画をネタに脅されていた訳ではないのだな?」


やはりそれを疑っていたか。閣下はともかく、夫人ならやりかねないと思っているな?


「災害ザラゾフは強さを背景にした威圧は好きだが、弱味を握っての脅迫は嫌いだ。夫人も夫の流儀を尊重している。」


「単細胞は単純におまえを気に入ったという事か。ではカプランはどうなのだ?」


「心境に変化があったのか、それとも戦争に飽きたのか、論客だけに内心は読めない。だが、戦争を終わらせようという意志は本物だと思っている。利害が一致すれば、信用出来る男だ。そして両元帥にとって、御堂アスラは特別だった。暗殺とは無関係だと判断している。」


判断しているんじゃなく、潔白だと知っているんだけどな。


「100%、シロとは言えまい? あくまでおまえの印象だろう。」


真実を話すべきなのだろうか?……ダメだ、司令と中将の関係がおかしくなったらアスラ派は瓦解する。二年もいたから内状がわかってきたが、ウタシロ大佐のように温厚な人格者である東雲刑部に付き従っている軍人も多いんだ。中将が司令を支えるスタンスを徹底しているから、統率が取れている面もある。


「……犯人が見つかるまでは100%のシロなどない。犯人捜しは戦争が終わってからでいいはずだ。」


戦争が終われば、犯人は自ら名乗り出る。娘同然に育てた女の審判を仰ぐ為に……


「いいだろう。で、おまえは私にもあの二人と手を組めと言いたいのだな?」


「組めるかどうかは自分で判断すればいい。骸骨戦役が終わったら、オレが両元帥との会合をセッティングする。雲水代表と近隣都市の要人との会合もだ。」


司令は両元帥や帝派要人との会合を避けている。オレに出来るかはわからないが、橋渡しをやってみるしかない。なんでオレみたいな小市民が、そんな重要な役割をやらなきゃならないんだ……


「わかった、考えておこう。……カナタ、さっきは少し言い過ぎ…」


「よせよ。オレの根回し不足だ。カプラン師団に増援を送るのはいいが、司令に話を通してから、連邦議会で決定すべき事柄だった。」


龍ノ島を奪還出来たのは、司令の全面協力があったからこそだ。どうも雲水代表は姉さんとオレにだけ、恩義を感じているフシがある。このままでは、最高権威と最高権力の分離共存というオレの構想に支障を来す。なにより、司令と雲水代表にいがみ合って欲しくない。どちらも大切な仲間だ。


「ではお互い様という事にしておこう。それでいいな?」


「もちろんだ。」


オレと司令はグラスを合わせて手打ちを済ませた。なんとか決裂は回避したな。まったく、胃薬が欲しくなってきたぜ。


「ああ、そうだ。カナタ、私から一つ要望がある。」


年代物の椅子から立ち上がったオレの背中に声がかけられた。


「無理難題なら、もうお腹いっぱいだぞ。」


確執のあった両元帥と手を組ませ、冷え切った関係の雲水代表とも和解させる。本当に難題が山積みなんだ。


「なに、簡単な事だ。これから私の事はイスカと呼べ。部隊長は皆、そう呼んでいるだろう。」


武士道精神を体現する壬生親子だけは"司令"だけどな。司令にしては珍しく、イージーな要望だぜ。


「わかった。イスカ、オレはアンタに天下を取らせる。」


肩越しに敬礼しながら出口に向かって歩く。部隊長会議が再開されるまでに雲水代表と話し合って、司令の顔が立つように取り計らわないといけない。


「いいだろう。私が天下を取ってやる。手始めはトガ閥の吸収合併からだな。」


教授のレポートによると、総人口では機構軍が依然優位だが、生産力では同盟軍が追い付きつつある。司令がトガ閥を取り込み、予算編成に辣腕を振るえば逆転も可能だ。



物量の優位性を失えば、利に敏いゴッドハルトは停戦を決断するかもしれない。微かにではあるが、ゴールが見えてきたぞ。


※葛紋

御鏡家の家紋。鏡の周りを蔦が囲う紋様の為、葛紋と呼ばれている。八熾家は二つの勾玉が円を描いているので巴紋。叢雲家は翼の柄を持つ直剣が家紋で、通称は剣紋つるぎもん。御門家は日輪を背負う龍の紋章、龍紋を家紋にしています。


※乱波素波

地方によっては忍者の事をそう呼んでいます。

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