愛憎編33話 信念の激突
画面に映ったカプラン元帥の顔を見れば、聞かずとも答えはわかる。カプラン元帥、東雲中将、アレクシス侯爵夫人はトガと四者会談を行い、戦線の拡大を自重するよう説得にあたったが、不調に終わったのだ。
「……そうですか。やはりトガ師団は進軍を止める気はないんですね。」
カプラン元帥がいくら論客でも、信頼関係が破綻した相手を説き伏せるのは不可能だろう。なにせ手のひら返しの張本人で、トガ閥が窮地に陥った主因でもある。吝嗇兎は、司令に派閥幹部をゴボウ抜きされる前に、派手な戦果を上げて求心力を回復する必要に駆られた訳だ。
「うむ。実際、北エイジアのかなりの領土を取り返せそうな状況だからね。防波堤だったソリス師団が完膚なきまで撃滅された以上、機構軍は防衛ラインを下げざるを得ない。フー元帥は残存領土の守りを固め、ナバスクエス元帥は野戦の準備を始めているようだから、迎撃に出て来るのはナバスクエス師団だろう。おそらく、フー元帥が失った領土を奪還したら、自分の物にしていいという話し合いがまとまったのだと思われる。」
フー元帥は安全策、ナバスクエス元帥はギャンブルを選んだか。性格からすりゃそうなるだろうな。
「ナバスクエス元帥はソリス中将の上位互換です。兵団から入れ知恵もされているでしょうから、初戦のようにはいかないでしょうね。」
フー元帥は薔薇十字の手を借りて、ナバスクエス元帥は兵団の力を借りて、北エイジアに版図を獲得した。ナバスクエス師団がソリス師団と同じ末路を辿ったのでは、朧月セツナにとって都合が悪い。必ず何らかのテコ入れを行うはずだ。
「そうかもしれないが、現時点では快進撃を続けているだけに、援護しない訳にはいかない。旧トガ領を奪還した時点で、また改めて会談する事になったが、負けるまでトガ元帥は止まるまいね。」
「独断で作戦を行ってからの援護要請なら、災害閣下もウチの司令も前科がありますからね。ブレーキをかけるのは難しい。一般兵の理解は得られないでしょう。」
龍ノ島奪還戦だって、事後承諾の典型だ。計画を知っていたのは司令とアスラ派の要人だけで、他派閥と調整する事なく独断で作戦を決行した。ルシア閥は途中から島での戦いに加わり、フラム閥とトガ閥は勝ってる間は援護しようと、大陸で陽動や後方支援は行った。
トガ元帥からしてみれば、"これまでおまえらがやってきた事じゃろうが。今度は儂を援護せい"といったところで、それは我が儘でもない。アスラ派やルシア閥には独断作戦が許されて、トガ閥はダメというのは理屈に合わない。
「勝ち馬に乗る主義の私としては、北エイジアに侵攻しようと思う。中原のテムル総督も出撃してくれるそうだから南北から挟み撃ちだ。もちろん、深追いはしないし、トガ師団とも合流しない。トガ元帥の負け戦に巻き込まれるのは御免だからね。」
南からトガ師団とカプラン師団が別ルートで北上し、テムル師団は南下する。北エイジアを奪還するなら合理的な戦略だな。勝ち馬に相乗りし、一人勝ちさせないのがカプラン元帥の処世術だから、今回もそうするつもりだろう。
「カプラン師団が出撃するのはいいとして、拠点の守りはどうするんですか?」
「東雲中将が師団を回してくれるそうだ。アスラ部隊は最後の兵団を、ザラゾフはネヴィルを牽制するといういつものパターンだね。帝国は例によって様子見だ。出て来るとすれば、自軍の優位が明らかになった時か、北エイジアが陥落してからだろう。」
薔薇十字は、残存都市に籠城するフー元帥の支援に回るだろう。トガ師団の進撃はそこで止まるはずだ。願わくは大敗でなければいいんだがな。
「今回の戦いの当事者は、フー元帥とナバスクエス元帥ですからね。帝国も王国も、"一応、援護はしてやるか"といったスタンスでしょう。両軍ともに団結力に問題がありますね。」
共通の目的より個々の利益。軍の指導者が個利個略に走った結果、戦争が長期化し、泥沼化している。
「耳に痛い事を言わないでくれたまえ。だが同盟軍にはやっと団結らしきものが見えてきた。カナタ君と私、それにザラゾフは協力出来る。そうだろう?」
「ええ。勝つのはオレ達です。」
「そう、勝つのは私達だ。そこでカナタ君に頼みがある。連邦軍を率いて、私の師団と共闘して欲しい。戦力増強に努めてきたつもりだが、トガ元帥の先走りで準備が整っていない上に、師団級戦術の名手がフラム閥にはいない。だから"戦上手の龍弟公"に指揮を委ねたいのだよ。」
「ビロン少将は師団級戦力の指揮に慣れていますから、問題あり…」
論客はオレに皆まで言わせなかった。
「問題ありだ。カナタ君に指揮権を委ねるのが最善と言ったのは、そのビロン少将なのだよ。もちろん私も同意した。アスラ派には御堂司令がいる。天才二人を同じ戦地に回すのは不合理だ。個利個略の弊害を説いたキミが、嫌とは言うまいね?」
「司令に話してみます。それから…」
「帝の賛同は既に得ている。鯉沼少将と犬飼大佐が部隊を率いて、もうこちらへ向かっているのだ。」
外堀は既に埋まってるのか。司令を説得するしかなさそうだな。
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「遅いぞ、カナタ。もう揃っている。」
部隊長会議に開始時間ジャストで参加したオレに、司令が着座を促した。円卓の間には、もう司令と十一人の神将が集結している。
「全員、ホタル隊が入手した戦闘録画を見てきたはずだな。早速だが本題に入る。……ハク、トゼンを起こせ。」
椅子に腰掛けたままスヤスヤしてる人蛇の頬を、胸ポケットから這い出た白蛇が尻尾でペチペチ叩いて起こす。いつもの光景だ。
「んぁ?……おいおい、戦場でお遊戯会かよ。それとも新手のチンドン屋か、コイツらは?」
円卓の間のスクリーンに映った骸骨兵の姿を見たトゼンさんは、スルメを咥えながら冷笑した。真面目に予習してきた豪腕拳法家が、不真面目な隻腕剣客に解説する。
「ホタル隊の入手した情報では、サジェスティブ・エクソスケルトンという名称らしい。兵士達はスケルトンと呼んでいるようだ。」
「司令、会議の前にイッカクと二人で話したのだが、一般兵には脅威でも、俺達にはそうでもない。ハッキリ言えば、恐るるに足らない。対策など論議する必要はないと思うが?」
ダミアンが意見を述べると三バカが絡むのが常。で、やっぱり絡んだのは一番勉強してきたトッドさんだった。
「
「敵ではないものを敵ではないと言ったまでだ。」
色男は斬って捨てたが、自称色男は直裁的な視点ではなく、別な角度から事象を見ていた。
「じゃあ聞くがよ。レイニーデビル隊100人で1000人の骸骨を相手に誰も死なさず、完勝出来んのか?」
「戦力差10倍は誰でも楽じゃない。極端な例えはよせ。」
「精鋭兵を育てるのに、どんだけ時間がかかるのかって話をしてんだよ。骸骨兵は促成栽培が可能なんだ。基礎訓練を終えたばかりの
そうなんだよな。骸骨兵の最大の利点はそこなんだ。精鋭兵から見れば物足りないが、
「トッドの言う通りだ。諜報部からの報告では、吝嗇兎はなかなかの好待遇で各地から兵隊をかき集めている。一旗上げたい辺境兵士や、さほど腕のない傭兵は飛び付くだろう。カナタ、おまえも独自に情報を集めてるはずだが、何か掴めたか?」
大量の物資を動かしたはずなのに、司令に初動を掴ませなかった。トガはそこんとこに関しては、能吏のままだ。おそらく前々から準備を進めていて、少しずつ隠蔽工作を施した物資を輸送し、秘密の集積場に備蓄していた。
……やるじゃねえか。チョイとばかり、見直したぜ。伊達に三英傑なんて呼ばれてねえな。
「連邦情報部からも、トガの緊急募兵について同様の報告がありました。吝嗇兎は同盟軍の予算編成に大きな影響力を持っていますが、骸骨スーツの開発、生産に関しては予算請求を行っていません。シンクタンクの試算では"トガ閥は、この作戦に持てる資産のほぼ全てを注ぎ込んでいると思われる"だそうです。」
情報部もシンクタンクも、親玉は教授なんだけどな。
「だろうな。貯め込んだ資産と資材を吐き出して、一世一代の大博打に出た訳だ。ところでカナタ、叔父上から聞いたのだが、カプラン元帥から来援要請があったそうだな?」
「ああ。その件についてもここで相談しようと…」
「相談なら、来援を断る選択もあるはずだな。照京軍だけではなく神難軍や尾羽刕軍、オプケクル師団まで南エイジアへ進路を取っているようだが、本当に相談するつもりがあるのか?」
!!……雲水代表だ!司令と溝がある宰相は、同じく距離を置いている神難と、個人的に親しい尾羽刕に声をかけ、カプラン師団の援護を決定した。連邦議会を通そうとすると阿南や龍尾大島に多い司令のシンパが異議を唱えるかもしれないから、中央で有志軍を動かしたに違いない。
しかし司令と付き合いの長いケクル准将まで雲水代表に、いや、姉さんに乗ったのか……
「師団級戦力の采配に慣れた指揮官が欲しいと言われている。連邦軍が出撃した以上、軍監が赴かない訳にはいかない。」
「おまえは照京軍の軍監だが、十二神将でもある。そして……一自由都市のみに通じる軍監位より、同盟全土で適用される特務少尉の地位が重い。鯉沼を麒麟児が補佐すれば、陣容は十分な筈だ。今回、十二神将は全員で戦地に向かうぞ。これは総司令である私の決定だ。」
「……司令、まさかカプラン師団に"適度に消耗して欲しい"なんて思ってないだろうな?」
「………」
司令は鋭い目付きでオレを睨んだが、口は真一文字に結んだままで開こうとしない。
「答えろ!カプラン師団にも仲間がいる!」
「つけあがるな、カナタ!アスラ部隊の司令官はイスカ様じゃぞ!」
青筋を立てたクランド大佐が案の定な台詞を吐いたが、黙ってられるような話じゃない。
「ボウリング爺ィはすっこんでろ!オレは
これまでは軍閥の都合がまかり通ってきた。だけど、そんな世界を変えたいんだ!
「……仲間のいないトガ師団は放置するが、仲間のいるカプラン師団には手を貸す。恣意的に命の選別をしているのは、おまえもだろう。」
「その通りだ。手を組める相手とは手を携えるし、手助けもする。」
吝嗇兎はそうではなかっただけだ。だが、それが奴の選択で、頼まれもしないのに助ける義理はない。
「おまえとは手を組んだのかもしれん。だが私と組んだ訳ではない。カプランの麾下にいたモランが何をやったか知っているだろう!ザラゾフの所業はもっと知っている!それなのに何故、あの二人を信用出来るのだ!甘言に騙されるな!」
権力に驕ったモランが余計な事をしなければ、魔術師アルハンブラは老舗サーカス団の団長として、幸福を掴めていた。今みたいに死を振り撒く事もなく、市民の笑顔に包まれていただろう。ザラゾフ元帥は、複製兵士培養計画という人倫に
だけど……人は変われる。オレがそうだったように、変われるんだ!人が変われば、世界も変わる。
「人偏に言と書いて信と読む。オレは人間を、心を体現する言葉を信じる。信じる者と念を通じ、共に歩む。それがオレの信念だ。」
アスラ元帥を失った後、三英傑は迷走したかもしれない。だけど今、両元帥は、この戦争を始めた当事者として、戦争を終結させようとしているんだ。豪傑と論客は……二人の英雄は蘇ったんだ!
「だったら好きにしろ。皆、休憩だ。一時間後にカナタ抜きで部隊長会議を再開する。」
……オレの言葉は……もう司令に届かないのだろうか?
「……………」
静寂が円卓の間を支配する。司令と老僕が席を立ち、姿を消してからも、誰一人動かない。沈黙の呪いを打ち破ったのは、隻腕が円卓を叩く音だった。
「カナタ、ボサッとしてんじゃねえ!!」
「……トゼンさん……」
「オメエのダチはカプランとこにしかいねえのか? イスカだってダチだろうが!ええおい?」
オレの馬鹿野郎!固まってどうすんだ!信じる者と共に歩むって言ったばっかじゃねえか!椅子を蹴って立ち上がったオレは駆け出した。
"司令に天下を取らせる"、出会った時から変わらぬ信念をわかってもらう為に、今こそ行動しなければならない。
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