愛憎編32話 結論ありきで辿った過程



「カナタ君、ちょっといいかね?」


プライベートサロンで届いたばかりの戦闘映像を見ていたら、大師匠が訪ねて来た。オレはすぐに一時停止ボタンを押して、師匠の師匠を招き入れる。


「酒の肴が届いたばかりですし、鑑賞しながら一杯飲りますか。」


トガ師団の動きを察知したアスラ部隊は、他派閥には戦闘記録を寄越さないだろうと踏んで、戦地に偵察隊を派遣した。吝嗇兎の切り札が外骨格である事は予想していたが、ガイド機能は予想外だったな。部隊長会議の前に、大師匠の意見を聞いておきたい。


ノートパソコンを置いた机の前にサイコキネシスで椅子をスライドさせると、達人は視線をディスプレイに向けたままジャストタイミングで腰掛けた。次元流を極めた剣客に死角などないのだ。


「そこそこ血みどろの戦場だったようだ。血抜きの終わっていない肴で飲むと悪酔いしそうだね。鑑賞会の前に、一つ頼まれてくれないだろうか?」


「どうぞどうぞ。リリスパパとその相棒の為に推薦状を書いてもらった借りがあります。返済は早めにしておきたい。」


大師匠は司令と違って利子は取らないが、だからといって借りっぱなしは良くない。


「私は他流派にも剣友がいるのだが心貫流の師範、もう現役は退かれたので元師範かな。とにかく世話になった方から頼み事をされてね。カナタ君の力を借りたいのだ。」


大師匠は剣術界に多くの知己がいる。若い頃に各地の道場を巡り、優れた剣客と交流を深めたからだ。


「何をすればいいんですか?」


「兎場デンスケと兎場隊が詫びを入れに来たら、許してやって欲しい。彼らはその剣友の弟子なんだ。このままでは他の弟子や同門の剣客の為に、破門状を出さざるを得ないと苦悩されていてね。師範仲間のお弟子さんがフラム閥に招聘された事を知った剣友は…」


大師匠から話を聞いたオレは、頼みを引き受ける事にした。兎場隊がどうこうと言うより、老剣客の弟子を想う心に感銘を受けたからだ。静観すると見せかけて、陰では伝手を頼ってデンスケ一党の再起に尽力してやる。……師父の愛は、実父より深いのかもしれんなぁ……


「ピーコックとタンタンにも頼んでおきますよ。フラム閥に入るなら、便宜を図れるのはあの二人だ。けどまあ、師匠ってのは有難いものなんですねえ。"破門しました、もう関係ございません"で済む話だろうに。」


「師弟愛とは、一方通行ではない。兎場隊は清貧を貫いて引退した剣友の為に庵を建てて、送金も欠かさなかった。例の事件を起こした後も連名で"どうか破門にしてください"と手紙を寄越したそうだしね。」


「師への恩を忘れないとは、いい心掛けだ。思ったよりも見込みがある連中だったか。」


大師匠は微笑みながら答えた。


「フフッ、カナタ君だって、シグレが窮地に陥ったら、何としてでも助けようとするだろう?」


「当たり前です。恩師なんですから。」


「逆であれば、シグレは何としてでもカナタ君を助けようとする。師弟とはそういうものだよ。では勉強会を始めようか。賭けてもいいが、トゼン君は見てないだろうねえ。機構軍が模倣してくる可能性だってあるのだが……」


トガ師団と戦う可能性だってある、と思っていても言わないあたりが大師匠の良識だな。


「SESに限らず、トゼンさんは相手の研究なんかしませんよ。嗅覚だけであらゆる敵に対応出来るんだから、研究も分析も意味がない。先入観を持たずに本能だけで戦った方が強いタイプだ。」


「不世出の天分を授かった人蛇はそれでいいと思うが、"対策はカナタに聞きゃいいさ"なんて不真面目な部隊長もいそうなのが困りものだ。カナタ君、先輩だからって甘やかしてはいけないよ?」


確かにアビー姐さんと三バカあたりが怪しい。いや、トッドさんはああ見えて研究熱心だ。そうでなきゃスーパーサブなんて務まらないんだけど……


ホタル隊が入手した映像を見終わったオレは、シガレットチョコを咥えて大師匠に意見を求めた。


「達人の目から見て、骸骨兵をどう思います?」


「当たり前だが、技が粗いね。そうだな……言葉を飾らずに言えば、そこそこ食べられる…」


「即席麺、ですね。インスタントとしてなら悪くないが、本物には及ばない。」


「これを作った技術士官テクノクラートは、剣術をわかったでいるのだろう。浅いところで舐めていなければ、こんなアイデアは出てこないよ。」


発案者と思われる栗落花一葉は、士官学校に在籍している間だけでも四つの流派から切紙を貰っている。才能があるのに切紙止まりって事は、このシステムの為に剣術を学んだと見るべきだ。


「過程を通じて結論に至ったのではなく、結論ありきで辿った過程だ。バイアスがかかった状態で何かを学んでも、いい結果にはならない。違う方角に伸びる道を、行きたい場所に向かって捻じ曲げるのがオチだ。」


「うむ。今度は私が質問しよう。完全適合者"剣狼"なら骸骨兵とどう戦うかね?」


「工夫なんて要りません。普通に斬って捨てるまでです。理由の説明が必要ですか?」


達人の異名を持つ男に対して愚問もいいところだが、オレの目が節穴って可能性もあるからな。


「カナタ君なら簡単な事だ。骸骨兵は"反応にラグがある"からね。おそらく…

①カメラで捉えた映像をコンピュータが分析し

②戦術アプリを通じて

③兵士に取るべき行動を伝達している

…と思われる。開発者は剣術だけではなく、人間を舐めているね。修練を積んだ人間は見ると同時に反応する。始動の前に3ステップも挟んでいるようでは、カナタ君どころか、私の速剣にも対応出来まい。」


映像で見た感じでは、並みの兵士と渡り合うには問題ない。ラグがあると言ってもコンマの単位で、反応そのものは一般兵より早いぐらいだからだ。だが、アスラコマンドのような練度の高い精鋭なら"全員に均一のラグがある"と考える。


「剣速の速いサクヤやビーチャムあたりにゃいいカモでしょう。じゃあ重量級には強いのかってーと、そうでもない。アビー姐さんなら、受けた武器ごと粉砕しますよ。」


「さすがに名の知られた重量級兵士の攻撃には、受けではなく避けを指示するだろう。問題はパワーと装甲ほど、速さは増していないという事だね。アスラの重量級兵士は、骸骨兵よりパワフルで速い。瞬殺は出来なくとも、負ける要素は見当たらないな。」


事務屋のトガはもちろん、五本指とやらも"本物の精鋭部隊"と戦った事がない。大師匠のような達人をオブザーバーに招いていれば、SESは有効な兵器だが革新的とまでは言えない事に気付けたかもしれんが……


「異名持ちに限らず、アスラコマンドなら誰でも装甲の薄い部位を狙って確実に仕留めるでしょう。」


「弱点らしきものはもう一つ見受けられるね。各流派をごった煮にしたのはいいが、繰り出すコンビネーションに偏りが見られる。研究すれば、一般兵でも技の裏を取れそうだ。」


「それは罠です。」


「どういう事だね?……おや、またお客様のようだよ?」


プライベートサロンに近付いてくる足音。陶器の触れ合う音が聞こえたな。


「先生、カナタさん、いらっしゃいますか?」


新たな客はヒサメさんだった。サロンに招き入れられた料理人は、オレとトキサダ先生の為に、インスタントではないラーメンを作ってくれるみたいだ。


「ヒサメ君、わざわざ出前までしてくれずともよいのだよ?」


「この後、すぐに部隊長会議でしょう。お帰りが遅くなりそうですから、早めに夕飯を摂って頂きたくて。」


そういや、官舎で独り暮らししてる大師匠のお世話はヒサメさんがやってるんだったな。シグレさんが"孫弟子に身の回りの世話をさせるとは!"って憤慨してたが、シグレさんだって身の回りの世話は妹弟子のアブミさんがやってんだよなぁ……


「ヒサメさん、オレはチャーシュー大盛りで。」


オマケなのはわかってるけど、好意に甘えておこう。


「カナタさんはチャーシューが好きですものね。先生のにはメンマをたっぷり入れておきます。」


大師匠はタケノコが大好物で、その系統の食材を好む。繊維質の歯応えが、嗜好に合ってるんだろう。


「ではカナタ君、ラーメンを待つ間に罠の解説をしてくれるかね?」


「はい。骸骨兵には三つのタイプがあります。一般型、上位型、最上位型とでも種別しておきましょうか。」


「指揮官が使用しているのが上位型で、五本指が使用したのが最上位型だね。」


「そうです。注目すべきは上位型で、おそらく子機兼捨て駒としてソリスを援護する4人の異名兵士との戦いに駆り出されました。最上位型はマッチアップした異名兵士に合わせたアルゴリズムを使用していたのですが、上位型も同じ動き、パターンを用いました。となれば可能性は二つ、親機からアルゴリズムを伝達してもらっているか、相手に合わせてアルゴリズムを変更したかのどちらかです。」


大師匠は手のひらで鼻の下を覆って思考を練り始めた。


「どちらであっても、骸骨兵は戦術アルゴリズムをという事になる。……なるほど、初戦でパターンを見せておいて、次の会戦ではそれを逆手に取る算段か。考えているね。」


「だと思います。推測になりますが、アルゴリズムは複数あって、部分的に組み合わせる事も可能な作りになっている。トガ師団は、全てのパターンが解析される前に戦争を終わらせるつもりでしょう。」


技を選択するパターンは変更出来ても、個々のコンビネーションは変更不可能だから、能力の高い兵士なら技に絞って対応するだろう。インデックスとやらは大師匠の言った通り、人間を甘く見ている。


「機構軍はカラクリに気付くと思うかね?」


「気付きます。煉獄はかなりの確率で、死神は確実に、ね。」


弱点はまだある。異名兵士戦に駆り出された指揮官型は2人撃破された。1人は最近成り上がってデータが少ない兵士に、1人はデータはあったが新技を使った兵士に殺られてる。未知への対応力不足が顕著だな。


「フフッ、カナタ君は死神トーマを高く評価しているのだね。」


「今頃、死神は怠惰の皮を脱ぎ捨てて、もっと詳細な分析を行っているはずです。バッテリーの稼働時間、電源車の構造、ありとあらゆる角度から骸骨兵の弱点を探っているでしょう。天賦の超人として生を受けた男ですが、味方を勝たせる術にも長けている。彼の恐ろしさは圧倒的な武勇ではなく、その頭脳にあるんです。」


テーブルの上に地鶏チャーシュー入りの鳥玄ラーメンが置かれたので、カロリーを補給する事にする。あれ、ヒサメさんの分がないぞ?


「ヒサメさんは食べないんですか?」


「私は後で。先生のお食事を眺めているのが好きなんです。」


ヒサメさんは両手で頬杖をついて、大師匠が箸を割るのを今か今かと待っている。


「ヒサメ君、そんなにマジマジと見られていると、なんと言うか、その……」


見てるって言うより、見つめてるって感じがするのは気のせいだろうか?


「次元流剣士は観察に重きを置くべし、局長からそう教えられましたので。」


オレも次元流を囓った身だけど、"食事風景を眺めてろ"とは教わらなかったがなぁ。ヒサメさんは幸せそうな顔で大師匠の姿を眺めてるけど、まさか……


達人トキサダは元からそうなのか、バイオメタル化の影響なのか、その両方なのかわからないけど、実年齢より遥かに若々しい。邪推が当たってるなら、ヒムノン夫妻を超える年の差カップルになっちゃう訳だが……



弟子が父親の後妻になったら、シグレさんはどうするんだろ。……考えるのはよそう。女性関係のややこしさなら、オレだって相当なもんだ。

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