愛憎編31話 戦い終わって日が暮れて
※デンスケ・サイド
「戦い終わって日が暮れて、か。」
冷遇される理由は二つあった。一つは統合作戦本部で失態を演じた事、もう一つはSESの装着を拒否した事である。三個小隊で構成される兎場隊は、全員が同じ道場で心貫流を学んだ門弟仲間で、剣客の端くれとしてガイド付き外骨格などに頼りたくなかったのである。
こうして同じ釜の飯を食べて育った兎場隊は、仲良く冷飯を食う羽目になった。一人の離脱者も出さなかったあたり、彼らの結束は固いのかもしれない。
終わりなき研ぎ仕事を黙々とこなしていた彼らだったが、忍耐にも限度がある。堪えきれなくなった一人が、頭を掻きむしりながら叫んだ。
「あ~~~~もう!やってられっか!」
誰かが口火を切れば、追随する者が出て来る。ガス抜きされていない彼らは、爆発の時を待っていたのだ。
「そうだそうだ!ダンビラーみたいな量産刀、研ぎ器にかけりゃ十分だろ!」 「そもそもがだ!テメエの命を預ける武器の手入れも出来ねえ奴が、戦場に出んなよ!」 「研磨器をくすねてこようぜ。どうせアイツらに研ぎの良し悪しなんざわかりゃしねえんだから。」
隊長のデンスケは中目録、隊員十二名は切紙を取得した剣客だから、刀の手入れも当然出来る。自動研磨器よりいい仕事をするのも確かなのだが、夜が明けるまで研ぎ続けても終わらない刀の山は、どう考えても嫌がらせであった。
「……今がチャンスかもな。」
デンスケは胸ポケットからしわくちゃの箱とオイルライターを取り出し、萎れた煙草を咥えて火を付ける。
「デンスケさん、チャンスなんてあるんですか? 実戦部隊から外されて、勝ち戦にも加われず、雑用ばっかり押し付けられてる俺らに。これなら閑職のがよっぽどマシです。」
部下の言う通り、出世コースを外れた兎場隊は閑職に回された訳でもない。閑職ならば、暇はあるからだ。兎場隊は見せしめとして、激務な雑務をこなさねばならない。失態の張本人は、艦長シートにふんぞり返っているというのにだ。
「負けてりゃノーチャンスだったが勝ち戦、それも圧勝だからな。バカ春はご機嫌なはずだから、"おまえらはもう用済みだ、消えろ"って感じで辞表を受け取るだろ。いい顔をしなかったとしても、俺には切り札もあるしな。」
「どんな切り札なんですか?」
部下の質問にデンスケは含み笑いしながら答えた。
「ここだけの話だが、バカ春には龍ノ島に隠し子がいる。慰安旅行で訪れた温泉街で、宿の仲居に手をつけちまったのさ。可哀想に生身の一般人だったもんだから、避妊アプリも搭載しちゃいねえ。一発必中、めでたくご懐妊だ。射撃下手のバカ春だが、自前の
醜聞に興味が湧いたのか、十二名の部下は作業の手を止めてデンスケを車座に囲んでいる。
「いやいや、堕ろせばいいだけじゃないですか。」
「優しい娘でな。"お腹の子に罪はないから"って産む決断をしちまった。バカ春もウブな素人娘に強引に迫った事は反省したらしい。権力を使って揉み消そうとはせず、慰謝料を支払う事にした。認知しない&口止め料も込みとはいえ、あの額なら母子は十分潤った生活を送れるはずだ。」
「認知しない理由は例によって"お祖父様に叱られる"からですかい?」
デンスケは短くなった煙草を床に投げ捨て、軍靴で踏み消した。
「他に理由があるかよ。この事はバカ春に命じられて、交渉と送金の手筈をつけた俺しか知らない。慰謝料を中抜きして一稼ぎしようかとも考えたんだが、あの娘の顔を見てたら、そんな気が失せた。」
中抜きどころか、忠春を騙して慰謝料を増額させたのはデンスケである。純情娘は相場通りの養育費しか要求しなかったのだ。
"中目録の腕前で兵士層の薄いトガ閥に入れば出世が早い"などとセコい事を考えたかと思えば、女手一つで子育てしなければならない娘に同情し、上官を騙してでも便宜を図る。お人好しの小悪党、それが兎場田佑という男であった。
「首尾よく退役した後はどうするんです? 雀の涙より少ねえ退職金を貰って故郷に帰るんですか?」
「ここに居たってもう目ナシだ。実家に帰って田んぼを耕すのも悪かないさ。親父が言うには"軍隊は人間との戦いじゃが、農家は自然との戦い。どっちが厳しいかなんぞ言うまでもないじゃろ"だそうだがな。」
恵まれた豪農の次男坊、育ちの良さが悪党に成り切れない人の良さを育んだのかもしれない。
「デンスケさんの実家ってデカい農園を経営してるんでしたっけ。俺らが耕す田んぼもあります?」
「田んぼが嫌なら果樹園もある。オカンは"帰って来ていいんだよ"って手紙をくれたが、親父と兄貴はいい顔をしないかもな。」
兎場隊の隊員達は冷飯暮らしの先を考えるより、身の振り方を考える方が建設的だと思ったらしく、それぞれの意見を口にした。
「俺らは評判が悪いですからねえ。剣狼にアヤつけてコテンパンにされた挙げ句、ニュース番組で醜態を放映されちまった。」
「田舎の農園でもテレビは見てるだろうなぁ。」
「悪評で済んでりゃいいが、俺らは"龍ノ島の英雄"に喧嘩を売ったと見做されてる。島中敵だらけのはずだ。」
「んだ。デンスケさんの実家にお世話になっても、迷惑かけるだけだべ。」
「剣の腕が立っても、農場では役に立たんしな。やっぱり剣で身を立てようや。」
部下の喧々諤々を黙って聞いていたデンスケは、意見が一通り出終わってからサバサバした表情で口を開いた。
「田舎道場で修行した俺らは、立身出世を夢見て軍に入った。で、その夢は残念ながら潰えた訳だが、それに関しちゃ俺の責任だ。強豪チームの控え選手より、弱小チームのレギュラーだろって考えは、いかにも浅はかだった。控え選手でも大事にしてくれるチームに入るべきだったのさ。俺らは曲がりなりにもバカ春に忠誠を捧げたってのに、その結果がこれだ。みんな、本当にスマン。」
デンスケは部下に頭下げた後、さらに続けた。
「俺らは一流の剣客じゃねえし、この先も一流にゃなれねえだろう。世間には俺らが逆立ちしたって敵わねえ怪物がウヨウヨいるんだからな。身の程を知らされた俺達はよ、身の丈に合った夢を見ようぜ。"剣を使って立身出世"が無理だってんなら、"剣で喰っていくだけ"にランクダウンだ。そんぐらい夢は見たっていいだろうさ。」
「だけどデンスケさん、兎場隊は軍じゃ用済みです。トガ閥を離れ、ルシア閥とアスラ派に敵視される俺らにゃ企業傭兵の口もないでしょう。降格で話がついたはずのフラム閥だって怪しいもんです。」
要するに、兎場隊は主要軍閥全てを敵に回してしまったのだ。まさしくお先真っ暗である。
「ところが縋る藁が一本だけあるんだ。道場違いの兄弟子がフラム閥に招聘されてな、"俺がカプラン元帥に口を利いてやってもいい"って連絡をくれたんだ。もちろん口利きには条件がある。剣狼と紅孔雀にカッキリ詫びを入れなきゃならん。」
「デンスケさん、俺らは紅孔雀に実弾をぶっ放したんですよ?」 「そうですよ。それに剣狼には本身を抜いて、殺す気で挑んだんです。」
命令だったとはいえ、盛大にやらかしたのは間違いなく、隊員達は悲観的だった。
「兄弟子曰く、"猫にじゃれつかれて本気で怒る狼なんざいない"んだそうだ。実際、剣狼がその気だったら、わざわざ剣で相手をするまでもねえ。狼の目で一睨みしてりゃあ、俺らなんざイチコロだったろうよ。挑む前にそんぐらいわかれって話ではあるが……」
「そういや……デンスケさん、噂で聞いた事があるんですけど、アスラの"インテリデブ"は、剣狼に病院送りにされた事があるって……」
「……噂でよけりゃあ、弟の"強堅"ピエールもシュガーポットで、しこたまボコられたって聞いたぞ。だけど今は仲良いよな?」
デンスケは腕組みしながら頷いた。
「その噂は俺も聞いた事がある。噂が本当なら剣狼は、しっかり反省してカッキリ詫びを入れたら、ケチな事を言わずに水に流してくれる男って事だ。けどな、嘘は通じねえぞ。ピエールもロベールも以前は評判の悪い男だったが、今は違う。あの兄弟は変わったんだ。」
「ダメ元でいいじゃないですか、どうせ一度は死んだ身ですよ。」 「だよな。主要軍閥ぜ~んぶ敵。これ以上状況が悪くなる事はねえさ。」 「んだんだ。死中に活を求めるのが心貫流の極意だべ。」
兎場隊は全員、一縷の望みに賭ける事で一致した。
「よし。全員辞表を書け。俺がバカ春の様子を窺って、必ず受理させてやる。言っておくが、上手く行っても除隊からの再入隊だからな。カプラン元帥だって、曰く付きの俺らを特別扱いは出来んだろう。また一兵卒としてゼロから…いや、マイナスからの再出発だ。それでもやるんだな?」
古流剣術心貫流、その中目録はもちろん、切紙だって安くない。兎場隊は全員、剣術が好きで、剣にしがみつきたかった。
「「「「「「「やります!!」」」」」」」
立ち上がって敬礼した兎場隊の面々は、紙とペンを持って来て辞表を書き始めた。隊長のデンスケは既に辞表を懐に忍ばせているので、書く必要はない。
「しっかし俺らもアホだよなぁ。せっかく追い風に乗った船から降りようってんだからさ。」
辞表を書きながら自嘲する部下にデンスケは皮肉っぽく応じた。
「じきに座礁するかもしれん。下手に加速したせいで、船体のダメージは大きくなる。そのまま沈没しちまうかもな。」
「デンスケさんはSESの弱点を知ってるんですか!?」 「だから拒否したんですね!」
「拒否したのは"機密を知ったら除隊が難しくなる"って打算もあるにはあった。だがな、最大の理由は、
「つまり、気に入らないから負けちまえ、と。」
仏頂面のデンスケは、刀を抜いて演武を行った。
「最初に順突き。引き手と同時に一歩踏み込んで、追い突き。屈めた体のバネを使って跳ぶ、昇り突き。おまえらも知っての通り、これは後退する相手に心貫流剣士が多用する三段突きだ。あのハリボテは下がる相手に、かなりの確率でこのコンビネーションを使用する。そして相手が後退する限り、三段突きを出し切る。ここで問題だ。何合か打ち合っている間に、相手が次元流の使い手だとわかった。さて、おまえらならどうする?」
「昇り突きを出すのは怖いですね。屈伸運動を挟む分、返しを打たれやすい。」 「追い突きだって危ないぞ。次元流が相手なら威力を落としてでも、引き手を縮めます。」
「よろしい。だがあのハリボテにそんな工夫は出来まい。出来るのは、技の上っ面をなぞる事だけだ。押されて下がったのか、引いて守ってるのかの区別すらつくまいよ。中目録に言わせてもらえば、"本物の技を持つ兵士には通じない"……はずだ。」
書き上がった辞表の束を持って補給艦から降りたデンスケは、大型輸送装甲車の群れが織り成す街を歩く。筋は悪くとも研鑽を重ね、中目録を授かった男は、ガラにもなく弱兵軍団の身を案じた。
"……慣れない技や高度な技を繰り出すのは、目録の俺でも負担がかかる。適合率と身体能力の低さに定評のある
筋悪の凡人が抱いた懸念は、剣術も学問も優等生だった一葉も気付いており、その対策も講じている。
外骨格のアシストで技の負荷を軽減し、戦闘終了後に"スケルトンソルジャー用回復液"に浸かって疲労を回復する。アーマーキューブは輸送手段のみならず、医療車であり電源車なのだ。彼女の計算通りにいけば、蓄積疲労は問題にならない
五本指がいないタイミングを見計らったデンスケは、愛想笑いの在庫一掃セールを催しながら辞表を提出し、無事に受理された。こうして新兵器に懐疑的だった十三人の剣客は去り、師団は一枚岩になったのである。……そう、異論を許さぬ一枚岩に……
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