愛憎編30話 冬来りなば春遠からじ



美にはバランスが重要である。剣狼に自前の団子鼻をもぎ取られた兎我忠春の新しい鼻は、鼻梁が細く高い。強化プラスチックを人工肌で被覆してあり、執刀医の腕も良かったので、接合面に不自然さはない。


不自然なのは、面相のバランスであった。忠春の顔はお世辞にも造形が整っているとは言えず、ハッキリ言えば醜男の部類に属する。そんな顔の中央に完璧な美鼻が乗っかっていれば、不自然さが際立つ。元の団子鼻の方が、まだしも愛嬌があったと言えなくはない。少なくとも、バランスは取れていた。


しかし、引き千切られた鼻の接合は不可能だった。応急処置を行った医師の不手際で生身の鼻はしてしまっていたのだ。藪医者は"持ち込まれた時点でこうだったのです!"と懸命に弁明したが、そんな戯言に耳を貸す忠春ではない。即座に彼を僻地に左遷し、もっと腕のいい医者を手配した。


男前ではなく左前の顔だった忠春だったが、メインスクリーンに映る戦場の光景は、高くなった鼻をさらに鼻高々にするのに十分だった。


「フハハハハッ!僕の力を見たか!何がコンキスタドールだ!手も足も出ないじゃないか!」


興奮が頂点に達した不自然面相男の忠春は、艦長席から勢いよく立ち上がってまくし立てた。艦橋に設置された特殊戦術ブースで指揮を執る栗落花一葉は、甲高く耳障りな大声に眉を顰める。


(ああ、五月蝿い。お願いだから、こちらの集中を乱さないで。貴方と違って忙しいのよ。)


カタチばかりの上官の口にガムテープを貼りたい衝動を抑えながら、一葉は戦況を分析し、同席する四人の部下に指示を飛ばす。


親指サム中指ミドル、部隊を前進させて!小指リトル連隊は重砲装備に換装し、火力支援を!薬指リングは前進を援護しながら側面に回り、私が合図したら横擊よ!」


戦術コンピュータによるシミュレーションは何百回もこなした一葉だったが、師団級の実戦指揮を執るのは初めてである。忠春だけではなく、彼女も実戦の空気に高揚していた。研究者にとって、自分の理論を実証する瞬間ほど楽しいものはないのだ。


人差し指インデックス、敵軍中衛が紡錘陣形を形成しつつあるよ。準備が整ったら前衛を左右に展開させて、中央突破を図ろうとしているに違いない。」


戦術デスクの上に小人大のKが現れ、敵軍のマーカーを指差しながら意図を解説した。一流の指揮官が精鋭を指揮していれば、前衛を左右に展開しながら中衛を動かし、前進に速度差を付けて紡錘陣形を組み上げる。だが、そんな高等戦術はソリスにも彼の部下にも不可能だった。ボクシングで言えば※テレフォンパンチを多用するインファイター、稚拙な彼らに対応する事など、一葉とKには難しい事ではない。


「K、任せていいかしら?」


「もちろんだ。師団中軍の指揮権を僕に回してくれ。」


「了解よ。今、指揮権を移譲したわ。」


体の相性はいい(少なくとも、一葉はそう思っている)二人であったが、指揮官としての相性はさらに良かった。攻勢戦術を得意とする一葉と、防御戦術に天分があるK。軍神イスカなら"攻防を兼ね備えてこそ一流。分業している時点で二流だな"と揶揄しそうなところであるが、不得意分野があるのなら、分業は悪い事ではない。


「フン、やはり中央突破を狙ってきたね。見え見えなんだよ!」


錘の先端を引き入れるかの如く、すり鉢状に展開した同盟軍は、左右から機構軍を挟み込んだ。


「逃がすものですか!左右両翼の全部隊、全速前進よ!」


Kの攻撃的な防御戦術は、格闘技に例えれば、渾身の蹴りを肘と膝で挟み殺したに等しい。たたらを踏んで後退する機構軍に、一葉が追撃をかける。戦術合戦では分が悪いと見たソリス師団は、個の力に頼る事となった。すなわち、準適合者"征服者コンキスタドール"ソリスと、温存していた直衛部隊と異名兵士の前線投入である。


「やっと出て来たか。インデックス、僕がソリスを始末する。少しばかり骨のある雑魚どもは…」


「こっちで片付けるわ。サム、ミドル、リング、リトルはエースで出撃。コマンダーと連携して異名兵士の抹殺にあたって。」


SESは大まかに分けて三つに分類される。量産型のノーマルスケルトン、指揮官用のスケルトン・コマンダー、そして五本指専用のスケルトン・エース。当然、後ろに行くほど性能とコストが高い。ノーマルスケルトンにはアタッカータイプとディフェンダータイプ、それにシュータータイプが存在するが、兵器換装によって変更が可能で、基本性能は同一である。


格納庫でスケルトン・エースを装着した四人は、高速移動用の大型ジェットパックを用いて前線に急行した。


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「ゆけっ!完全適合者といえど人の子だ!数で囲めば必ず崩せる!」


ソリスは直衛兵をKにけしかけたが、斬擊も射撃も分厚い念真重力壁に阻まれ、かすり傷を負わせる事すら出来ない。


「数で囲めばなんとかなる。無知蒙昧としか言い様がないね。」


腕組みしたまま竹トンボを操り、障壁に生じた綻びは即座に修復する。三層の念真重力壁を高速展開可能なKに対し、ソリスの部下達は力を合わせても第一の障壁を破砕するのが精一杯で、なんとか第二の障壁に辿り着いた頃には、新たに展開された最奥の障壁に押し出された第二の障壁が、第一の障壁に転じている。


「この世の真理を教えてあげよう。人間の序列、強さは高貴さによって決定される。世界で最も高貴なる者、すなわち、この僕に勝てる下郎など存在しないんだ。」


敵兵に終わりなき皮剥きを強いるのが"貴公子"Kの基本戦術で、トガ元帥に"自滅待ちの消極戦法"と評された由縁でもある。"高い身体能力を持つ虚弱体質"の貴公子は、守備を最重視せざるを得ない。であるが故に、このような戦い方になっているのだが、見ている兵士の印象は違う。


"異名兵士5人を相手取って一歩も引かず、無傷で圧倒している"かに見えるのだ。いや、今回の戦いにおいてはその通りで、ソリス秘蔵の兵士達はKを脅かす攻撃力を有していない。早食いの苦手な大食漢を相手に椀子蕎麦を供する料理人のようなもので、Kは余裕綽々であった。


死神、狂犬、悪魔の子が持つとされる稀有な能力"念真強度過剰体質"を人為的に付与された男は、念真強度600万nを誇り、ガス欠を気にする必要はない。気にしているのは、準適合者ソリスが参戦してくるタイミングだけであった。


「コイツを倒した者には1000万Cr…いや、5000万Crの報奨金を出す!突破口を拓いてみせい!」


K専用脳波誘導兵器・竹トンボから放たれる念真砲を長剣で弾きながら、ソリスはハッパを掛けた。チャティスマガオの戦いで熱風公が実演したように、二重の壁を打ち破り、最後の一枚だけにすれば、勝負が出来る。逆の言い方をすれば、それが出来なければ無情の壁に阻まれるだけ。ロドニーは自力で二枚の壁を粉砕したが、彼ほどの強さと覚悟がないソリスには、それが出来ない。であれば、他力に頼るしかなかった。


「桁が少ない。僕を相手に突破口を拓いた者には、5億Crは出さないと。……野蛮で下賎なソリス総督、時間切れだ。」


飛来した四本指がジェットパックを切り離しながら着地し、Kの援護に回った。


「これより※NASKOナスコを開始する。K、ソリスは任せました。」


作戦責任者のリングの提案に、Kは打算含みの答えを返した。


「ソリスともう一人は僕が引き受けよう。キミ達は1対1で戦えばいい。」


マンツーマンで戦わせなければ不安、Kはエースタイプといえど、SESを信用していなかった。もちろん四本指の身を案じてではなく、自分の安全を考えての事である。抑えきれずにフリーになった異名兵士に後背から攻撃されるのは面白くない。引き受けた兵士に竹トンボを集中し、K自身はソリスに向かって疾走する。


「小癪な!貴様のような非力なチビが、征服者に勝てると思うか!」


やむなく迎撃する事になった巨漢のソリスは強がったが、チビはともかく非力は即座に訂正する必要に駆られた。痛覚が人並み外れて激しいだけで、Kの身体能力は完全適合者に相応しい。188センチのソリスは、177センチ(シークレットブーツ込み)のKが片手で放った斬擊で、両手持ちのバスタードソードを跳ね上げられてしまったのだ。


「非力なのはキミだね。そらっ!」


ガラ空きになった胴にKの刃が迫ったが、そこは腐っても準適合者、手傷を負いながらもバックステップして致命傷は避ける。油断ならない相手と気を引き締めたソリスだったが、実力の差は如何ともし難い。Kの巧みな防御剣術の前に有効打どころか、かすり傷を負わせる事も叶わず、自らの負傷は積み重なってゆく。


上官のソリス同様、部下達も苦戦していた。一人は雲霞のように群れかかってくる竹トンボに防戦一方、残りの四人は異名兵士殺しの新戦術に苦しめられる。その秘訣は"3対1の徹底と綿密な兵士データの分析"にあった。


スケルトンAはスケルトンCとリンクし、戦技を連携させる機能が搭載されていた。特に"面が割れた兵士"、つまり固有能力や戦技、得意とする戦法のデータが判明している異名兵士に対しては、事前に何度も電脳模擬戦を行って、最も勝率の高かったプランを用いる。効率と勝率しか考えない戦術コンピュータは"親機が子機を捨て駒にする事"も厭わない。


指揮官型のSESを与えられた兵士にしか知らされていない事だが、外骨格のコアには自爆装置が組み込まれており、命令不服従には確実な死が待っている。よって、彼らに拒否権など存在しないのだ。NASKOが発動された以上、自分が捨て駒にされない事を祈るしかない。


多対一の乱戦になった事で、ソリス師団の兵士達も上官や異名兵士を援護しようと前進したが、迎撃するNスケルトンの防衛網を突破出来なかった。ソリス+異名兵士1名を相手しながらでも、Kには戦術を指揮する余裕があったのである。


「ゴハッ!!…せ、征服者の余が……こんな……ところ……で…………」


片手持ちの長剣で右肺を、空いた手で放たれた念真砲で左肺を潰されたソリスは、喀血しながら仰向けに倒れた。粘りはしたが、実力差を覆すには至らなかったのだ。


「まだ息があるみたいだ。首は譲ってあげるから、準適合者を討ち取ってみるといい。報奨金が出るかもしれないよ?」


貴公子の言葉を聞いたスケルトンの群れが殺到し、瀕死の男の体に一斉に刃を突き立てた。雑兵と侮った兵士達の手で八つ裂きにされる、それが"コンキスタドール"ソリスの迎えた結末だった。さほどの時を経ず、五人の異名兵士も上官の後を追った。力はあっても知恵のない彼らは、想定外の事態に弱かったのである。


「ミドル、リトル、この程度の相手に子機を失うのはどうかと思うよ? サムとリングを見習うべきだね。」


無傷の完勝を収めたKは、上官気取りで失態を咎めた。ミドルとリトルはマッチアップした異名兵士を斃すまでに、リンクした指揮官型スケルトンを一体、失っていたのだ。


「スペアの補充が容易なのもSESの長所。この会戦で適性を見せた兵士にスケルトンCを与えればいいだけだ。」


憮然とした同僚二人に代わってリングが物申した。彼がインデックスに次ぐナンバー2なのだ。


「それはそれは。これは親切で言うのだけれど、あまり新兵器とやらを過信しない方がいい。高貴で優美な最強の男、つまり僕なら完封も可能だ。」


「心に留め置きましょう。」


今のところはな、とリングは心中で唾を吐いた。チームリーダーのインデックスはこの男を高く評価しているし、認めざるを得ない部分もある。しかし、どうにも虫が好かない。キザな仕草や言動から作り物臭さがプンプン漂って来るのだ。


現段階でも完封されるとは思わないが、苦戦と相当数の生贄は必至。だが、改良を重ねていずれ貴様を完封してやる、リングの心に暗い情熱が宿った。インデックスが評価するのは、自分リングだけでいいのだから……


「じゃあ掃討戦は任せたよ。僕は旗艦に戻ってシャワーでも浴びるから。自分の船だったら、薔薇風呂で汗を流せるんだけどね。」


リングはKに構わず、掃討戦の指揮を開始した。総崩れになったソリス師団を追撃するのにKの助力は必要ない。攻勢戦術ならインデックスや自分達の方が上、"トガの弱兵"の汚名を返上する為にも、より多くの戦果を上げなくてはならないのだ。


"フラル平原の会戦"はトガ師団の圧勝で終結した。弱兵と揶揄されるトガ閥兵士にとって、久々に訪れた我が世の春。



冬来りなば春遠からじ、"極寒の季節を耐え忍んだ我々が、栄冠に輝く時が来たのだ"と師団兵士は信じていた。


※テレフォンパンチ

テレフォンパンチとは、パンチを打つ際に拳を耳のあたりに引いてから打ってしまう事を言います。耳のあたりに引いた状態が電話をかける仕草に似ている為、そう呼称されています。前動作で次の行動が読まれてしまうので、ダメなパンチとされています。


※NASKO(ナスコ)

ネームドソルジャー・キリングオペレーションの略。

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