愛憎編29話 弱兵の逆襲



※ソリス・サイド


"コンキスタドール"ソリスは現在のオフィスである市庁舎に赴く前に、竣工中の総督官邸に必ず立ち寄る。派手好みな彼は王宮と見紛うかのような豪奢な官邸で執務する事を望み、市の財政を圧迫していた。ソリス師団の幹部も上官に見習ったせいで市民は困窮に喘ぎ、トガ閥の統治を懐かしむ有り様であった。トガ元帥は、為政者としてはソリス総督より上だった事が証明された訳である。


私腹を肥やすのは同じであったが、系列企業に便宜を図り、マージンを得るトガ元帥に対して、ソリス総督はただただ搾取するのみ。兎我忠冬は利権を漁りながらも"過度な収奪は大量の貧民を生み、税収と治安を悪化させる"という常識を持ち合わせていたが、ヒメネス・デ・ソリスは"家畜が痩せ衰えたら、新たな家畜を獲れば良い"という常識どころか、良識の正反対に位置する男であった。農耕民族と狩猟民族の違いと言うにはあまりにも大きな格差である。


「これでは完成までに半年かかる。他の公共事業を中断してでも、もっと奴隷…労働者を連れてこい。」


工事を管轄する責任者に対し、その日の気分で無茶な命令を出したソリスだったが、無理難題を命じられた方は堪ったものではない。


「総…コンキスタドール閣下。人員の増強に関しては建設局内で調整し、早急に…」


責任者のネクタイを掴んで引き寄せたソリスは、握った拳を抗弁する顎下に突き付けながら怒鳴った。


「明日から増やせ!道路が陥没しようが信号が止まろうが構わん!イエッサー以外の台詞を吐いたら、この場で殺すぞ!」


「イエッサー!サーイエッサー!」


無理難題を通したソリスは、車にいるはずの副官ミゲルが駆け寄って来るのを察知して、哀れな公僕を解放した。


「コンキスタドール、至急お耳に入れたい事が。」


「話せ。何があった?」


「お車にお戻りください。中で話します。」


ゴールドメタリックの総督専用車に戻った二人は本革の後部座席に座り、ミゲルは運転席との遮蔽板を上げ、窓ガラスをシャッターで被覆してから話を始めた。


「索敵班から緊急入電がありました。トガ師団がこの街へ向かっております。」


「来おったか。援軍は誰だ? 災害か、軍神か、最近名を上げてきた剣狼か? まさか風見鶏ではあるまい。」


「援護はありません。進軍して来るのは第五師団と敗残兵だけです。推定兵数はおよそ二万、戦艦六隻と巡洋艦が二十隻以上、確認されています。近隣の衛星都市から軽巡艦隊の出航も確認、進軍途中で合流し、敵兵数はさらに増えるでしょう。」


「援軍がいないのは確かなのだな?」


ソリスはミゲルに再度確認した。大事なのはそこだけだからである。


「ザラゾフ師団もミドウ師団も遠方にいます。異名兵士か少数部隊を極秘に派遣した可能性はありますが、師団としての参戦は絶対にあり得ません。麾下に入ったばかりのノーブルホワイト連隊も昨晩チャティスマガオを進発したばかりですから、戦艦を乗り捨てない限り、合流は遅れるはずです。」


「すぐに迎撃準備を開始しろ。街を出て野戦を挑む。」


「了解しました。一応ですがフー元帥に敵襲を知らせ、迎撃すると打電します。補給物資ぐらいは送ってくるでしょう。」


「ミゲル、よく考えろ。トガ師団を撃滅すれば、奴らが駐屯していた残存都市群を守る者はいない。切り取り放題のフロンティアが目の前に転がっているのに、取り分を減らしてどうする。」


能力も性格も上官のカーボンコピーのような副官は、即座に同意した。


「さすがはコンキスタドール。小官にそんな深慮遠謀はございませんでした。取れる都市を全て取り、さらなる侵攻を開始する前に、増援部隊が到着するのですな。」


「そういう事だ。猩猩への報告は、兎どもを殲滅してからでよい。管轄下の北エイジア方面軍に動員をかければ動向が伝わるかもしれんが、向こうから確認電文があったら"大規模軍事演習だ"とでも返答しておけ。」


「イエッサー。私はすぐに動員可能な兵隊どもをかき集めます。数の上でも奴らを圧倒してやりましょう。」


ミゲルは総督専用車から衛星都市に連絡を取り始め、ソリスは戦術タブレットで激突が予想される平原の地形図を確認し始めた。


───────────────────


ソリス師団(兵数32000)とトガ師団(兵数24000)は大軍の展開に適したフラル平原で対峙した。ここまでは両軍の思惑は一致している。どちらも敵師団の殲滅を狙っていたからである。


「両軍に雷名を轟かせるコンキスタドールが出撃して来たというのに、逃げもせず真っ向から勝負するとはな。算盤屋の爺ィめ、とうとうボケが始まったと見える。」


艦橋から敵軍を眺めるソリスは早くも勝ちを確信していた。


「弱兵の上に数にも劣る。コンキスタドールが出るまでもないでしょうな。」


追従ではなく、ミゲルも勝ちは動かないと思っていた。しかし、上官ほど自信家ではない副官は、敵軍の奇妙な点に気が付き、アイカメラを望遠モードに切り替える。


「コンキスタドール、ミミックがやけに多くありませんか?」


ミミックとは機構軍の付けた俗称で、正式名称は"兵員輸送用大型装甲車:アーマーキューブ"である。兵員輸送トラックよりも戦闘能力に優れ、搭乗可能な人数も多いが、当然コストも嵩む。艦船に収容出来ない一般兵は幌付きのトラックで戦地まで移動するのが普通なのだが、目の前の軍団は陸上艦と大量の大型装甲車で戦地に現れたのだ。


「フン!野戦を挑んで来た理由はそれだな。算盤屋トガは"弱兵でもミミックで援護すれば勝てる"と思ったのだろう。」


ミミックは"兵員輸送トラックより強い"だけで、戦車や戦闘用装甲車には勝てないとされている。"的が大きく、小回りが利かない"という克服不可能な弱点があるからだ。戦車を相手にしても勝てる生体金属兵バイオメタルを擁していれば、恐れる相手ではなかった。


「なんと愚かな。精鋭兵である我々からすれば、鹵獲車両が増えるだけ。コンキスタドール、多少戦死者は増えるかもしれませんが、"可能な限り鹵獲せよ"と命令しますか?」


人命より金銭を重んじる副官の提案に上官は頷いた。


「もらえる物はもらっておくのが凡人。渡すつもりのない物でも奪い取るのが征服者コンキスタドールだ。歩兵部隊に前進を命じよ。我が師団の精強さを見れば、箱の中で縮こまってる腑抜けどもは、戦わずして逃げ出すかもしれんぞ。」


今にも会戦が始まりそうだというのに、敵軍兵士はまだ姿を見せていない。そこが最も妙な点だったのだが、ハナからトガ師団を舐めてかかっているソリスとミゲルは無頓着だった。


しかしアーマーキューブのハッチが開き、トガ師団の歩兵が戦場に降り立つと、その異様な出で立ちに二人は目を剥いた。


「なんだアレは!?」 「さあ…な、なんでしょう?」


トガ師団の歩兵は全員、武骨な外骨格を纏っていた。サイボーグとは違う機械化歩兵の姿を目の当たりにしたソリス師団の足が止まる。人は"未知なるものに恐れを抱く生き物"でもあるからだ。ただし、蛮人は別である。


「虚仮威しに臆するな!歩兵部隊は前進せよ!」


満足な念真障壁を形成出来ない弱兵が、外骨格で身を守ろうという発想に違いないとソリスは考え、その考えは当たっていた。しかし、それだけではなかったのである。


「バ、バカな!外骨格を纏おうと、弱兵は弱兵だ!なぜ我が師団の精鋭が押されている!」


生体金属兵と外骨格を纏った生体金属兵は接敵し、白兵戦の火蓋が切られたが、目に見える程にソリス師団の分が悪い。目を疑ったソリスだったが、押されている理由にはすぐに気が付いた。彼とて長年戦場に生き、準適合者にまで到達した猛者なのである。


「心貫流の突き技、それに円流の払い技……次元流の返し技まで使いおるのか!算盤屋め、これほどの手練れをいつの間に育てておったのだ!」


艦橋のメインスクリーンに映し出される白兵戦の光景を見たソリスは、敵兵の繰り出す技が古流剣術だと看破した。信じられないのは、複数の流派の技を使い分けている事である。剣狼カナタや人斬りトゼンのように、各流派の技を必要に応じて使い熟す兵士はいなくはない。しかし、それを可能にするには高い身体能力だけではなく明晰な戦闘頭脳、もしくは並外れた戦闘本能が必要で、ほとんどの兵士はそんな才能を持ってはいない。


剣術に明るいソリスは、複数流派の併用の困難さを知るだけに、呻きながらも分析を続ける。


「……むう。よく見れば粗さもあるが、基本的な動きは出来ている。全員がこのレベルだとすれば侮れんぞ……」


SESは適合率の低さによるパワー不足と、念真強度の乏しさに起因する低装甲を補うだけではなく、素質や経験のなさによる技術不足まで解消していた。サジェスティブ・エクソスケルトンの真価は、"予めプログラムされた各流派の技を繰り出すアシストをしてくれる事"にある。


ヘルメットに搭載された複眼カメラが敵兵の動きを捉え、背中に搭載された内蔵型戦術タブレットがプログラムされた技の中から最適と思われるモノを選び、兵士自身にインストールされた戦術アプリと外骨格の動きをシンクロさせる。


栗落花一葉が考案したSESは、身体能力も戦闘技術もないトガ閥の兵士にとってはまことうってつけであった。兵士は戦術アプリのガイドに従って体を動かすだけで、手練の技(に近いモノ)を繰り出せるのだから、実に画期的な兵器である。


「コ、コンキスタドール、い、いかが致しますか!?」


「弱兵に毛が生えたとて何程の事があるか!正攻法ですり潰すまでだ!」


見るからに動揺したミゲルに対し、ソリスはあくまで強気だった。否、総大将たる自分が強気を貫かなければ、士気が崩壊すると考えていたのだ。


ソリスもミゲルも、艦橋にいる師団幹部もSESの秘密に気付いていない。しかし、すぐさま戦況に対応せねばならない事はわかっている。ソリスは一旦、部隊を下げて戦術を練り直そうとしたが、盲点はもう一つあった。



ソリスが"勇猛な精兵"と思っている自軍は"蛮勇の一般兵"に過ぎず、肝心の戦術指揮能力も機械化師団を操る一葉とKに及ばない。あるのは数的優位だけで、その優位も急速に失われつつあった。

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