愛憎編23話 軍法会議・前編
統合作戦本部に併設されている同盟軍法審議会本部、別棟で一番デカい大法廷に入廷したオレを拍手と口笛が出迎える。
「静粛に!ここは法廷ですぞ!静粛に!」
木槌を叩いた白髪頭の判士が傍聴席に呼びかけたが、右翼席で騒ぐ傍聴人どもはどこ吹く風。なーんか、野球の試合みたいに右翼席と左翼席でホームアウェーが分かれてんな。右翼はアスラ・ルシア閥の応援団席、左翼はトガ閥の応援団席。真ん中あたりに申し訳程度に陣取ってるフラム閥の軍人はさぞかし居心地が悪いだろう。緩衝地帯を設けておかないとマズいと考えたカプラン元帥の差し金なんだろうけど、損な役回りだ。
「マリカ、法廷で口笛は控えるべきだ。結審するまで静かにしておかないと、カナタが困るぞ?」
師匠が肘で親友の脇腹を小突いたが、忠告された方はといえば、どこ吹く風で口笛を吹き続ける。
「出掛ける度にトラブって、アタイらを困らせてンのはカナタだからな。口笛ぐらい可愛いもンだろ?」
最前列にはマリカさんと師匠に三人娘、さらにホタルと襷を締めたシズルさんの姿があった。ホタルと護衛のお天気娘、護衛の保護者シオンは火隠の里での予定を切り上げて、首都に舞い戻ってきたようだ。ホタルは故郷で静養させたかったのに、オレのせいで慌ただしいスケジュールにさせちまったな……
「天掛少尉、耳掃除は入廷前に済ませておきたまえ!」
被告席に座ったオレは、さっそく裁判判士のガードナー大佐から注意された。小指で耳をかっぽじっていたのがお気に召さなかったようだ。
右側の弁護法務官席から立ち上がったヒムノン室長は、裁判判士に呼びかけた。
「弁護法務官、準備は完了しております。」
ショウの開演を悟った右翼席の野次馬どもは、やっと静かになる。
「検察法務官も準備完了だ。ヒムノン君、悪いが私は手加減しないよ?」
"
尉官の処分を決める裁判判士は佐官が、佐官の処分を決める裁判判士は将官が務めるのが通例。ガードナー大佐はバリバリのトガ閥だから、ヒムノン室長は大きなハンデを背負って法廷闘争に臨む事になる。元の世界では大学生だったオレは軍法会議に出廷した事なんざないが、たぶん、同盟軍のそれは、地球のどの国の軍法会議とも形式は異なっているのだろう。
木槌を持った裁判判士が一度高い中央に陣取り、左右に別れた弁護法務官と検察法務官が論戦する。これだと通常の裁判に近い。軍服ではなくスーツを着てりゃあ、法廷ドラマのロケで通るような光景だ。
"丹波先輩の軍法会議での勝率は95%。数少ない黒星は、全て司令を相手に喫したものだ。負けず嫌いで完璧主義者の彼は、勝てると思った時しか法廷に出て来ない。ボスの命令でも拒否する事があるから、中佐に留まっているのだよ。軍法会議のスペシャリストは出世よりも、法廷での勝ち負けが大事なのだ"
昼食の席でヒムノン室長は、ゼミの先輩をそう評した。勝てる試合にしか出て来ない男が出張ってきたって事は、やはり向こうには、なんらかの成算があるのだろう。法務畑に全てを賭ける男に何度も土をつけるとは、さすが司令としか言い様がないが……
無頼の中の無頼で名が知られる十二神将だが、軍法会議に出廷した経験があるのは"鉄腕"カーチスだけだったりする。カーチスさんは統合作戦本部の大食堂で、"レディサイボーグ"トリクシーを"ダッチワイフ"と揶揄した※トガ閥の士官と取り巻きをボコスカに殴って、病院送りにした事がある。軍法会議の場で司令は、当該の士官と取り巻きの悪行(過去に犯した罪だけではなく、現在進行形のものを含む)を暴き、断罪されるべきは彼らだと糾弾し、見事に勝利を収めた。
土壇場法務官のお株を奪う逆転裁判の結果、カーチスさんは譴責処分と30日間の営倉入りで済んだ。法務でも剛腕ぶりを発揮した司令はデコピンでカーチスさんを叱責し、豪華な方のモンキーハウス入りを命じたらしい。
オレは唯一の軍法会議経験者であるカーチスさんに"被告人の心得"を教えてもらおうとメールを入れてみたのだが……
"居眠りしてる間に終わってたから、よくわからん"
という有難い返事があっただけだった。
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軍法会議は丹波中佐が事件のあらましとオレの罪状を読み上げるところから始まった。どうやら兎場デンスケと部下達は、自主的に二階級降格を申し出て受理され、自宅待機という名の蟄居閉門を喰らったらしい。トガはカプラン元帥の面子を立てた訳だ。デンスケ一味は気の毒だが、ピーコックに向かって引き金を引いちまったんだから、しゃーないよな。
冒頭陳述が終わり、ヒムノン室長のターンになった。
「反対弁論を行う前に、情状証人に入廷して頂きます。閣下、どうぞお入りください。」
足を組んだり、頬杖をついてリラックスしていたルシアンマフィアは、入廷してきた偉丈夫の姿を見た瞬間に席を立ち、直立不動からの最敬礼で出迎えた。
ストロークのなっがい足で威風堂々と歩む巨漢は、ヒムノン室長の真横で足を止め、壇上の裁判判士を下から睥睨した。平均的なガルム人よりは背が高いヒムノン室長だが、閣下の上背は人種を超えて規格外。背丈は三割増し、胸板の厚みは三倍ほど違うだろう。
「ワシが同盟軍元帥、ルスラーノヴィチ・ザラゾフである!本日は晴天なり!……ではなかった。本日は……おい、ドジョウ髭。
災害閣下、同情するなら無罪判決をくれ。やれやれ、相変わらずの大雑把さだな。
「閣下、本日は情状証人をお願い致します。」
「そう、それだ。このワシがそういうものを務めてやろう。ガードナー、くだらん判決など下してみろ。首都の排水溝にプカプカ浮かぶ羽目になるぞ?」
のっけから裁判判士を恫喝してどーすんだよ。ルシアンマフィアのバカどもも、ザラゾフコールを連呼しながらクラッカーを鳴らすんじゃねえ!法廷は宴会場じゃねえんだぞ!
「静粛に!ザ、ザラゾフ閣下、法廷での不規則発言はお慎みください……」
……(たぶんだけど)敵のガードナー大佐に同情したくなってきたな。猛獣の檻の中で判決を下さにゃならんとは……
結審する時に動く準備はしておこう。閣下の機嫌を損ねたら、法廷だろうが鉄拳で制裁しかねない。軍の最高位を裁ける法廷なんざ、同盟にゃねえんだ。
「では検察側も、入院中の兎我忠春中佐に代わって被害者側の心情を代弁してくださる証人に出廷して頂きます。総員、起立!」
丹波中佐の号令に従ったのは左翼席の軍人だけだった。中央のフラム閥軍人は沈黙を保ったが、右翼席のアスラ派とルシア閥のゴロツキどもは短躯短足の証人に対し、一斉にブーイングを始める。
「……法廷に呼ばれたと思っておったが、馬鹿どもがたむろする寄席だったようじゃな。裁判か茶番か知らんが、サッサと始めい。」
トガが出て来る事は法廷に入った時点で読めていた。検察側の証人席が一際豪華な肘掛け椅子だったからだ。同盟の三英傑の内、二人が同じ法廷に出席するとはな。
「弁護側は事件の原因は兎我中佐の心ない言動にあると主張します。中佐は統合作戦本部ロビーにおいて、同盟軍に多大な功績のあった空蝉修理ノ介大尉を冒涜し、さらにそれを咎めたコックス大尉に対して、発砲を命じました。これは同盟軍軍法の禁ずる恣意的かつ不当な私刑に…」
こうして豪華なゲストを迎えた軍法会議は開廷した。ヒムノン室長はまず、事件の原因は殿堂入り兵士を侮辱した忠春側にある事を述べた。受けて立つ丹波中佐は、発言に問題があった事は認めながらも、オレ自身が罪を認めている事を強調する。
「検察側は有罪の証拠として、監視カメラの映像を提出します。……どうですか? お聞きになった通り、天掛少尉はハッキリと"ルールを破った"と発言している!被告人自身が、罪を認めているのです!」
「待たんか!剣狼はその後に"今日は生ゴミの日じゃないからな"と言うておったぞ!貴様にはジョークもわからんのか!」
一部始終を見ていた閣下は丹波中佐を怒鳴りつけたが、中佐は柳に風と受け流す。
「お恐れながら元帥閣下。小官は何度も映像を確認しましたが、そのような発言は確認出来ませんでした。」
「貴様、監視カメラの映像を加工しよったな!ワシだけが聞いたのではない!あの場にいた者は皆、剣狼が言った事を覚えておる!誰か控室にいる京司郎を呼んでこい!あれは耳も記憶力もいい!」
額に青筋を立てた災害閣下に、吝嗇兎は余裕綽々で応じる。
「何を聞いた気になっておるのか知らんが、人間には空耳という事もあるからのう。少なくともあの場にいた知的エリートは誰一人、そんな発言は聞いておらん。そちらこそ、口裏を合わせて発言を捏造しようとしておるのではないのか?」
「カプランめ、裏切りおったな!この代償は高くつくぞ!」
ザラゾフ元帥が怒るのも無理はない。統合作戦本部を仕切るカプラン元帥が協力しなければ、監視カメラの映像を加工するのは不可能だからだ。司令以外に負けた事がない丹波中佐が検察席に立つ気になったのは、こういう裏があった訳だ。
序盤戦はトガ閥が優勢。ヒムノン室長はここからどうやって巻き返すつもりかな?
※トガ閥の士官と取り巻きをボコスカ
前作の再会編13話でカーチスが事件について言及しています。
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