愛憎編20話 老いた兎と風見鶏



※タダフユ・サイド(現在)


指定されたボートハウスには3台の車が駐まっておった。カプランめ、密談だというのに大人数を連れてきおって……秘密が漏れたらどうする!


一葉が開けたドアから駐車場に降り立つと、ボートハウスからカジュアルな風体の男が数人現れ、儂を出迎えた。SPならSPらしく、スーツでも着ていればいいものを、放蕩者の薫陶が下にまで行き届いておるようじゃな。


……ひょっとしたら、こやつらはSPではなく、休暇中の兵士なのか? ここは隠れ家ではなく、親衛隊用の保養施設かもしれん……


「カプランは来ておるのか?」


時間には几帳面な男だから、もう来ておるはず。格下相手に交渉する時でも、奴は先に現れる。ましてや同格の儂なら、遅れるはずもない。


「二階でお待ちです。どうぞこちらへ。」


女参謀を伴って中へ入ると案の定、兵士どもが酒宴を開いておった。串焼きの魚を肴に、小瓶のビールをラッパ飲みしておる。クルーザーで沖に出て、釣りでもしておったのだろう。


「元帥閣下に敬礼だ!俺達は、軍人だぞ!」


案内役の男が窘めると、酔った兵士どもは慌てて立ち上がり、規律のキの字もない敬礼などしおった。私服だと破落戸ゴロツキにしか見えんこやつらは、"素行不良のターキーズ"とやらじゃろう。


「ふん!規律の乱れはアスラコマンド級じゃな。練度も同じじゃと良いがのう。」


実際は、劣化版アスラコマンドじゃろうがな。強さ頼みの無頼漢どもめ、今の間に精々はしゃいでおくがいい。個人の資質どころか、武芸の修練も、戦場での経験も、儂が無価値にしてやるからのう。


「酔ったまま元帥閣下を出迎えるとは、いいご身分ですわね。」


儂と同じ考えの一葉も、不機嫌さを隠そうとしない。士官学校の先輩に"マフィア跨ぎの"アレックスと"馬なしの馬賊"テムルがいた一葉は、この手のタイプの軍人を毛嫌いしておる。後輩とはいえ、あの二人が在学していた間は戦闘実技で後塵を拝してきたのだから、気持ちはわからんでもない。もちろん、座学を含めた総合成績では、一葉の圧勝じゃがな。


ここで待たせては、ひと悶着起きるかもしれんな。栗落花一葉は近い将来、この戦争を勝利に導いた英雄になる。はみ出し軍人など同じ場にいる事さえ烏滸がましい高みに昇るのじゃが、今は無名じゃからのう。


「カズ…ツユリ特務大尉は車で待機しておれ。」


「はい、閣下。必要になれば、すぐにお呼びください。」


戦後は軍からああいう無頼漢は一掃してやる。そのプランを考えながら階段を上がると、案内役とは思えん程に先行していた七面鳥は、二階の角の部屋の前で立ち止まり、小さくドアをノックした。カプランは"入って頂きたまえ"と返答したようだが、ハッキリ聞き取れん。頭脳は健在でも、耳は衰えてきたようじゃな。


衰えが頭にまで及ぶ前に、全てにケリをつけておかねばなるまい。


「それでは元帥閣下、どうぞごゆっくり。」


酔った兵士どもよりは幾分マシな敬礼を見せた案内役は、階下へ降りていった。


「やあトガ元帥。この後、庭でバーベキューをやるのだが、一緒にどうかね?」


黒っぽいシャツの上からゆったりとした革ジャンをだらしなく羽織り、みすぼらしいズボンを履いたカプランは、呑気な事を抜かした。これでは軍服をキッチリ着こなしておる儂が、場違いに思えてきおる。


「カプラン元帥、なんじゃそのズボンは? 糸がほつれて、穴まで空いておるぞ。倹約はよいが、そこまでせずともよかろう。」


「これはファッションだよ。ダメージジーンズといって、若者が好んでいる。」


50を過ぎた男が若者のファッションを真似てどうする。放蕩者だった時分に戻れる訳でもあるまいに。


「くだらん。わざわざ傷んだズボンを買ったのか。」


「娘からもらったのさ。初めての給料で私へのプレゼントを買ってくれるとは、父親冥利に尽きる。」


……忠秋も……忠秋も初めての給料で儂に万年筆を贈ってくれたな。はて、あの万年筆はどこへしまい込んだのだろう……


「話を始めたいが、外に漏れたりせんだろうな?」


「掛けてくれたまえ。少し揺れるよ?」


勧められた椅子に腰掛けると、モーター音と共に部屋が僅かに震動する。これは……部屋ごと地下に降りておるのか!


「……ただのボートハウスではない、という訳か。」


「ただのボートハウスだよ。ちょっと特殊な部屋があるだけさ。」


曲者は小型冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを二本取り出し、テーブルの上に置いた。


「話の内容はわかっておるじゃろう。カプラン元帥は最近、ドラグラント連邦にも接近しておるようじゃが、スタンスは変えておるまい?」


「もちろんだとも。トガ元帥も知っての通り、私はどんな有力者とも等間隔で接する。状況によっては一時的に肩入れする事はあるが、入れ込み過ぎる事も、選り好みもしない。」


巨大都市であれ軍閥であれ、一方的に味方する事もないが、決定的な対立を招く事もせず、誰にでも肩入れ出来るポジションを保つ。それが日和見カプランの処世術で、有力者であれば誰でも利用出来る。もちろん、利用するには相応の対価が必要なのじゃが……


「今回は儂に肩入れしてもらおう。」


「条件次第だね。だが先に、落とし所の話をしようか。天掛特務少尉の投獄を条件にするなら、協力しかねる。」


「本来ならば、投獄どころか銃殺が妥当な行為じゃぞ。上官への暴行は、反逆罪を適用すべきじゃ。」


「現実的に可能かね? 天掛を銃殺刑に処したら最後、連邦は同盟から離脱し、宣戦を布告するだろう。投獄だろうと、離脱は不可避だ。宣戦がないだけ、マシかもしれないがね。」


「……うむむ。」


だから貴族は嫌いなのじゃ。どんな時代でも、法と秩序をないがしろにしよる。儂も法に触れる事をしていなくはないが、それは"貴族なき世界"を実現する為じゃ。崇高な大義もなく、法を超越する輩とは違う。


「投獄以上を求めるのなら、話は終わりだ。私は連邦とのパイプを失いたくないし、ザラゾフ元帥とも敵対したくない。」


「ザラゾフ…元帥は、剣狼側につくのじゃな?」


「つくに決まっている。空蝉大尉の殿堂入りを決めたのはザラゾフ元帥だ。わかっていると思うが、忠春クンは災害ザラゾフの顔にも盛大に泥を塗ったのだよ。鼻をもがれただけで済んだのは、実に僥倖だった。」


いくら忠春でも、元帥相手にイキがったりせんわい。ザラゾフがあの場に居合わせたのは、誠に不運じゃった。


「まさかおヌシまで、あやつは無罪放免にするのがよいとは言わんじゃろうな?」


指輪に仕込んだ単分子鞭でペットボトルの首を刎ねた放蕩者は、喉を潤してから口を開いた。


「首都の軍法会議は、判士も法務官もトガ閥の人間だ。私の手を借りずとも、トガ元帥が望む通りの判決が出せる。銃殺でも投獄でも思いのまま、軍法会議の翌日に裁判官役の判士が変死体で発見されるだけさ。その後は内ゲバもどきの内戦、トガ閥VSルシア閥+アスラ派かな。もちろん私はどちらにもつかない。」


嘘をつけ!様子見を決め込んで、勝ちそうな側につくだけじゃろうが!……じゃが暗殺ありの暗闘はマズい。儂の派閥は実戦経験のない軍官僚を多く抱えておる……


「はぐらかすな。剣狼は無罪だと考えておるのか? あの明白な違法行為を見たじゃろう!」


「やり過ぎだとは思っているよ。だが、ルシア閥とアスラ派、さらに連邦の恨みを買ってまで、天掛特務少尉の罪を問うのは割に合わない。」


「どこが落とし所じゃと考えておる!ハッキリ言え!」


……昂ぶってはいかん。こやつの術中に嵌まるぞ。落ち着け、落ち着くんじゃ……


「……そうだね。降格処分……そう、二階級降格が妥当かな。これがザラゾフ元帥を激怒に留め、連邦の離脱を防ぐギリギリのラインだ。フラム閥で"制御可能な落とし所"だと思ってもらって構わない。」


二階級降格すれば、剣狼めは曹長。尉官ですらなくなる。戦功と階級が釣り合っておらんのが、あやつの泣き所ではあるが……


「二階級降格は、さほど痛手とは思えんな。剣狼はドラグラント連邦の軍監じゃから、階級に関係なく大軍を指揮出来る立場じゃ。投獄、追放に次ぐ重い刑罰じゃから、儂の面子が立たなくはないが……」


「これは、落とし所でもあるのだよ? トガ元帥は、酔ったまま自分を出迎えたターキーズにご立腹のようだが、彼らにしてみれば当たり前だ。トガ家の親衛隊であるアルミラージ連隊の隊員が、彼らの指揮官に向かって実弾を撃ったのだからね。」


「そ、それは……」


穏やかな顔から一転、凄みを利かせたカプランは、卓上に監視カメラの映像を流した。忠春に命じられ、紅孔雀に発砲する兎場隊の姿が克明に映っている。


「弾道検査の結果によると、天掛特務少尉が磁力操作能力を使わなければ、頭蓋と心臓に着弾していた弾もあったそうだ。平手打ちの代償が命なのかね? 天掛特務少尉が銃殺なら彼らも銃殺、投獄するなら彼らも投獄すべきだろう。」


「まあ待て。"44口径では殺せない"と撃たれた当人が言っておるではないか。も、もちろんコックス大尉とペリエ少佐には、相応の金を支払う。それで…」


「確かにコックス大尉は自力で防いでいただろう。しかし、論点はそこではない。私の抜擢した連隊指揮官を殺すつもりで撃ったという事実だ!この件に関してはなあなあで済ませるつもりはない!!」


「ぐむむ……」


演技とはいえ真に迫っておるではないか。"高値を引き出す演技にかけては世界一"とアスラ元帥が評しただけはある。……いや、なあなあで済ませられないのも事実じゃ。兎場隊を処分せねば、カプランの面子が立たん。


「自分の面子は立てて欲しいが、私の面子はどうでもいい。そんな話が通るのかね?」


カプランまで敵に回したら、にっちもさっちも行かなくなる。大事の前の小事と割り切るべきじゃ。兎場隊ごときは、さほど惜しい手駒でもない。


「わかった。明日中に兎場と部下全員を二階級降格させる。それで見返りによっては、剣狼の降格に協力してくれるのじゃな?」


「無論だ。私の面子を立ててくれるなら、そちらの面子も立てる。もちろん、対価は安くないよ? かなり面倒で難しい交渉を強いられる。ルシア閥と連邦の二正面作戦だからね。」


「もっともわかりやすい対価は金じゃな。いくら欲しい?」


「3000億Cr。対価を金銭だけで済ませたいなら、それが最低ラインだ。」


案の定、吹っかけてきおったな。まあこの程度は予想の範囲内じゃ。


「用立てられなくはない金額じゃが、いくら儂でも右から左にはいかん額じゃのう。」


「わかっていると思うが、全額が私の懐に入る訳ではない。ルシア閥と連邦に対する潤沢な工作資金が必要だし、案山子軍団の引き抜き費用も嵩む。」


スケアクロウ大隊が解体じゃと!?……あっ!!



……こ、こやつは、そんな事を狙っておったのか!アスラ派から剣狼一派を引き抜き、ドラグラント連邦を懐柔する足がかりにするつもりじゃ!

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