愛憎編19話 兎我元帥の五本指



※タダフユ・サイド(過去・俯瞰視点)


「私は貴族と問題児が嫌いだ。どちらも兼ね備えたキミをどう思うかなど言うまでもあるまいね?」


客間がないのでリビングに案内されたアスラに兎我家の主は開口一番、嫌味を言ったが、これでも抑えた方なのである。忠冬は貴族と問題児だけではなく、長身とハンサムも嫌いであったからだ。御堂アスラという青年は、忠冬の嫌いな四つの要素を併せ持っていた。


「嫌いなものはもっとあるんだろ? おっと、先に手土産を渡しておくか。刑部が気を利かしてくれなきゃ、手ブラで来るところだった。中身は辛子明太子なんだが、たぶん旨いんじゃないかな。」


嫌味を全く意に介さず、青年は土産袋を卓上に置いた。憧れの先輩の突然の来訪に、話をしたくてうずうずしていた忠秋は元気よく自己紹介した。


「御堂先輩、はじめまして!僕は兎我忠秋と言います!まだ高校一年ですが、グレイスローズ学園を受験しようと思っています!」


「俺の事はアスラでいいよ。忠秋クンが入学する頃には、卒業しちまってるのが残念だな。」


「それは問題児のキミが無事に進級出来ればの話だ。ついでに言えば、忠秋が受験に失敗する可能性だってある。衛星都市まで訪ねて来るのはいいが、外出許可は取っているのだろうね?」


忠冬の質問には斜め上の答えが返ってきた。


「大丈夫。俺は手先が器用だから、書類の偽造も得意なんだ。」


「全然大丈夫じゃないだろう!書類の偽造は立派な犯罪だ!」


斜め上の回答の後には、斜め下の返答が待っていた。


「精巧に作ったからまずバレないよ。バレた時に打つ手も考えてあるから問題ない。それから中尉殿、士官学校じゃ留年は認められていない。進級出来なきゃ放校処分だから、どっちに転んでも息子さんと一緒に学ぶのは無理なんだ。兵学校はいいよなぁ。停学=休暇なんだから。」


「アスラ先輩に留年王の称号は似合いませんよ。」


息子が"さん"ではなく"先輩"と呼んでいたのは、士官学校に進学するつもりでいたからだと、ようやく忠冬は気付いた。


「その留年王だけどな。アイツ、あんな強面こわもての癖に女遊びだけはしないんだぜ。意外だろ?」


「アスラ先輩は飲酒、ギャンブル、女遊びの三冠王ですもんね!」


「だが上には上がいる。貴族学院の"ホラ吹き"カプランは喫煙もやるから、なんと四冠王だ。」


来客と息子の会話を聞いていた忠冬は目眩どころか、気が遠くなりそうだった。問題児が問題児と連み、さらに問題児の輪を広げようとしている光景がありありと浮かんだからだ。


「アスラさんも湯豆腐はいかが? 吝嗇兎なんて呼ばれてる旦那様だけど、お豆腐にだけはちょっぴり贅沢をしてるのよ。」


「遠慮なくいただきます。酒は熱燗のちょい手前でお願いしたいな。辛口だったらなおいい。」


初めて訪れた家で、勧められる前に酒を所望する(しかも注文も細かい)のだから、相当に図々しい青年なのだが、不思議とツラの皮の厚さを感じさせない。御堂アスラという青年は、摩訶不思議な人徳を持ち合わせていた。


「素行に問題があろうとも、キミほど家柄に恵まれれば、軍での出世は約束されている。幹部候補生クンにいくつか見解を伺いたい事柄があるのだが、構わないかね?」


「そうこなくちゃな。軍制だけじゃ物足りない。施政、司法についてもじっくり話そうじゃないか。」


忠冬は軍の実態をまだ知らない青年に現実を思い知らせてやろうと議論を吹っかけてみたが、すぐにタダ者ではない事を悟った。御堂アスラは機構軍と機構領の実態をよく知っており、軍制・施政改革にも一家言ある論客だったのだ。


特に、士官学校を出ていないが、実戦、実務に優れた兵士に、幹部候補生としての再教育を施す"将校カリキュラム"の実施は、忠冬も以前から考えていた事であり、息子より少し年長の青年がその重要性を理解し、具体案を持っていた事に驚かされた。


「……私は貴族が嫌いだが、御堂候補生が優秀なのは認めよう。問題児であっても、軍が手放さないはずだ。今夜は…」


「泊まっていくつもりだ。中尉殿、俺に財務管理と兵站整備のイロハを教えてくれ。独学してはいるが、中尉殿ほどの手並みじゃない。」


「いいだろう。未熟者の自覚があるのは良い事だ。」


堕落した軍でも、数こそ少なかったが、財務・兵站に見込みのある士官はいた。しかし、この青年は見込みがあるなんてレベルではない。一を語れば十を学ぶ、忠冬が未だ出会った事がない天才だったのだ。


兎我忠冬は、人物鑑定にも優れた問題児は、向上心を満たす為に我が家を訪れたのだと思っていた。この日からアスラと忠冬の親交は始まったのだが、半年後に偏屈な辣腕家はある事実に気付く。


軍官僚としてノウハウを教授しているつもりでいたが、試されていたのは自分だった。この欲張りな天才は学びながら、遠大な計画のキーパーソンを見定めようとしていたのだ、と。


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※タダフユ・サイド(現在・本人視点)


「ねえあなた。来週、シャングリラホテルで目をかけてる若手デザイナーのファッションショーがあるの。あなたの力で各界の名士をうんと集めて、彼に箔をつけさせたいわ。いいでしょう?」


またか。孫と歳の変わらない後妻などもらうものではないな。結婚前は美しく見えた容貌も、日に日にメッキが剥がれてゆく気がする。エステに毎日通い、専属の美容師までいるというのに、何故じゃろう。


……容貌は平凡だったはずの秋枝の方が、よほど美人に見えよるわ。


「今はそれどころではない!これからカプランに会わねばならんのじゃ。」


「カプラン元帥……令嬢だか隠し子だか知らないけど、同じ元帥の身内として、あのジゼルとかいうコにだけは負けたくないわ!」


再婚の祝いにアレクシスから贈られた花瓶に添えられたメッセージカード。"老いらくの恋も結構ですけれど、先妻との差に嘆く日が来ますわよ?"などと書かれておったが、業腹ながらその通りじゃったな。秋枝と仲が良かった女の、嫌味とばかり思っておったわ。


屋敷に詰めさせている五本指フィンガーズの筆頭、栗落花一葉つゆりかずはがやって来て一礼する。


「閣下、お車の準備が出来ました。」


ツユリはエバーグレイス学園を首席卒業した才媛で、文武に秀でている。女性初の首席卒業生である御堂イスカにかっ攫われる前に、大枚をはたいてシンパごと招聘した天才は、期待通りの才覚で、戦争の、兵士の質をも変えるアイデアを出してくれた。


秘蔵っ子を密談に同席させるべきじゃろうか?……いや、やはりサシで話をつけるべきじゃ。ツユリは優れた戦術家じゃが、言葉の戦争では、まだカプランの相手にはなるまい。


……念の為に、例の計画を遂行する為に各地に散っている残りの指も首都に呼び戻しておくか。


「うむ。カプランはとあるボートハウスを会合場所に指定してきおった。ツユリ、おまえも同行せい。」


「はい、閣下。おそらくそのボートハウスはカプラン元帥の隠れ家でしょう。若奥様、今夜は閣下もお忙しいのです。」


ツユリは執事とメイドを呼び寄せ、喚く女を押し付けた。女参謀と違って美貌以外に取り柄はない女じゃ。今回の件が片付いたら、真面目に離婚を考えようかのう……


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「ツユリ、※SESセスの運用はどのぐらいで可能になる?」


専属の運転手も信用ならん。車内で謀議するならツユリにハンドルを握らせんとな。


「アルミラージ連隊に支給される指揮官型なら三次テストが完了しておりますので、明日にでも運用可能です。ですが、量産型はまだ一次テストが済んだばかり。そうですね……あと4ヶ月もあれば……」


三次テストを済ませてから、満を持して反抗を開始する。それが当初の計画で、変更したくはないのじゃが……


よりにもよって、統合作戦本部のド真ん中でやらかしおったからな。収拾にしくじれば、派閥を離反する者が出てこよう。脳筋のザラゾフなど警戒する必要もないが、アレクシスは油断ならん。カプランも曲者じゃし、暗闘好きの小娘イスカも、隙を見せれば動くはず……


「場合によっては計画を前倒しする。残りの指を首都に呼び寄せておいたから、計画の見直しに着手せい。」


偶然なのか運命なのか、五本指は其れ其れが、名前に一から五までの数字を冠している。親指サム中指ミドル薬指リング小指リトルと名付けたブレーン達を束ね、指揮を執るのは、人差し指インデックスこと、栗落花一葉特務大尉。


度重なる惨敗に目を瞑ってでも温存してきた切り札を使う日は近い。見ておれよ、SESが実戦投入されれば"トガの弱兵"と侮れなくなる。いや、我が師団こそが"世界最強の軍団"と畏怖されるようになるのじゃ。


「わかりました。閣下、予定を早めるのは、昼間の事件の影響でしょうか?」


「白昼の統合作戦本部で起きた事件じゃからな。人の口に戸は立てられん。金で黙らせようにも、ルシア閥やアスラ派の士官もおるからな。」


剣狼は階級こそ少尉じゃが、影響力と人気は将官をも凌いでおる。連邦の後ろ盾もあるゆえ、軍籍を剥奪し、投獄するのは難しい……


可能な限りの報復をしてやらねば儂の面子が立たんが、それにはカプランの協力が必須じゃ。あの風見鶏めは、さぞかしほくそ笑んでおる事じゃろう。交渉屋の奴にしてみれば、願ったり叶ったりの状況じゃからな。


……多少足元は見られるじゃろうが、連邦からの制裁を回避するには、奴の手を借りる他あるまい。6:4なら上出来、7:3までは許容範囲じゃな。


「非は剣狼とザラゾフ閣下にあります。時代遅れの兵士は短絡的で、困ったものですね。兎場がついていながら、為す術もなかったのは問題ですが、相手が"旧時代の最高峰"ではやむを得ないでしょう。」


「庇わんでもよい。似た苗字のよしみで引き立ててやったが、田佑はSESに懐疑的なようじゃ。心貫流を何年修行したか知らんが、アレも時代遅れの兵士なのじゃろう。ふん、まだ時代遅れではないな。SESが日の目を見るまでは、のう。」


「……閣下、以前に伺ったご提案の返事をさせてもらってよろしいですか?」


!!……こ、これこそ兎我家の未来に関わる重大事じゃぞ!


「よ、よく考えてくれたか? 前向きな返事じゃと期待していいのじゃろうな?」


「はい。今回の件は上手く収拾されるにしても、忠春様が次期当主では兎我家の先行きが不安です。この星の未来は、閣下の子に託すのが良いと決意致しました。」


よし!これで万全じゃ!万が一に備えて凍結精子を用意しておいて良かったわい!


「よう決意してくれた!儂の没後は忠春を傀儡に立て、おまえが……いや、一葉が世界と兎我家を差配するのじゃ!」


忠春では一葉を御しきれないのは、もうわかった。しかし一葉も、我が子ならば引き立ててくれるに違いない。これで兎我家の天下は安泰という訳じゃ。


「お任せください。フフッ、閣下が現役でいらっしゃるのなら、人工授精ではなく…」


「残念じゃが、そちらはもう退役しておる。」


一葉をスカウトした頃なら、まだ現役だったのじゃが……まあよい。



風見鶏と会う前に、途轍もない朗報を得た。これで後顧の憂いなく、交渉に臨めるのう。


※SES

Suggestive・Exoskeleton。サジェスティブ・エクソスケルトンはトガ閥が開発を進めている強化外骨格。頭文字を取ってセスと呼ばれています。


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