愛憎編16話 最弱師団の最強部隊
「ひいぃぃーーーー!!」
耳障りな悲鳴を上げながら、顔面血だらけの忠春は転がるように取り巻きどもの織り成す壁の向こうへ逃げ込んだ。
「貴様は自分が何をやったのかわかっているのか!」
値段は高いが趣味は悪いハンカチで顔を覆う忠春の姿を横目で確認した兵士(腕章付き)は溜息を漏らし、抜いた刃の切っ先をこちらに向けて、ズレた事をほざいた。一番デキるコイツが取り巻きどもの隊長なのだろう。
「ルールを破った。今日は、
汚え肉片を投げ捨てたオレは、指をポキポキ鳴らしながら、軍服を着た
「武器を捨てて……両手を上げて床に伏せろ!抵抗するなら命はない!」
腰の長いのは抜いてねえだろ、バカ。おまえらの血で汚していい刀じゃねえんだよ。
「上等だ。縮み上がった玉袋の皮を伸ばしてから、全員でかかってこい。ピーコック、タンタンを連れて下がってろ。これは
切っ先を向けた奴を中心に、包囲陣形をとってきたか。マトモにやり合ったら分が悪い事はわかっているようだ。だが、頭を使うのが遅すぎる。その頭は、忠春が余計な事をしでかす前に使うべきだったんだぞ。
「剣狼、もう一度だけ忠告してやる。両手を上げて床に伏せろ!」
流派は
「ダンビラ抜いてから悠長な能書きを
腕前を測ったのは勝ち負けを気にしての事じゃない。
「
提灯鮟鱇改め、一角兎の数は1ダース。合図と同時に左右の6人が突っかかる様子を見せたが、意識を振る為のフェイント。本命は後ろに回った4人だろ? そら来た!
「……やはり心貫流・
両肩と両肺を正確に狙ってきた四本の刀を、ギリギリまで引き付けてから最速の体術で躱す。速さによる残像と、歪めた念真力で生じた陽炎が混じり、当たったのに手応えがないと感じただろう。心得のある者でも、予想外の事態には脆いものだ。
必殺の突き技が躱されたと気付いた時には、一人は下顎に肘打ちを、一人は膝頭に横蹴りを食らって悶絶しながら倒れていた。密着されたらお得意の突き技は出せない、残った二人は慌ててバックステップして距離を取ろうとしたが、見逃してやるオレではない。
左右に散る前に追撃のダブルラリアットで床を舐めさせ、足首を踏んで
「最弱師団の最強部隊ってところか。角が生えている分、ただの兎よりはマシだと褒めてやろう。だが、そんなナマクラ角では狼は殺せん。」
四人とも突きの先端には練気した念真力を纏わせ、後から倒された二人は左右に散ってどちらかは助かるように動けていた。切紙を貰える腕前なのは間違いない。
「勝った気になるのは早いぞ。心貫流の恐ろしさを見せてやる。」
部下がやられている間に練気を重ねていた腕章野郎が、刃先で練り上げた衝撃球の狙いを定める。
「当たりさえすれば勝てる、そんなツラしてやがるなぁ。いいだろう、避けずに止めてやる。ご自慢の突き技の威力が大したもんじゃないって知っておいた方がいいだろうからな。」
「いいのか? 心貫流本部道場で中目録を授けられた
ロビーは吹き抜け構造になっていて、4階立ての回り廊下から見下ろせる造りになっている。銃声がしたんだから、廊下には野次馬が鈴なりになって騒ぎを見物中だ。触らぬ神に祟りなしの精神で、今のところ口を挟む者はいない。
「足を使われたら当てる自信がない。だから
右手の人差し指一本で、ちょいちょいと手招きでもしてやるか。おうおう、ギリッと奥歯を噛み締めちゃって。可愛いもんだな。
「その思い上がりが命取りだ!死ね、剣狼!」
心貫流の中目録ねえ。剣術道場のはしごが趣味のタコ焼き女は、大目録(免許皆伝)をもらってるよ。サクヤは"玉突き"なんて呼んでたが、絶対に本来の技名じゃない。腕はいいけどアホのコだから、覚えた技の名を漢字で書けなかったりするんだよなぁ……
利き手で繰り出す渾身の突き。その威力は、想定以下ではなかったが、想定以上でもない。
「必殺技でその程度か? 目録を返してこい。心貫流がその程度だと思われたら気の毒だ。」
デンスケだかタスケだかの刃は、分厚い念真重力壁に阻まれ、オレの体には届かなかった。
「……バ、バカな!念真障壁だけで、
切っ先から放った極小の念真衝撃球でシールドを破壊し、必殺の突きを見舞う。生体金属兵が隆盛になった頃に編み出された技らしいが……同じ流派の同じ技でも、使い手によって威力は雲泥の差。それが如実に出たケースだな。
「驚いてる場合か? オレは避けないとは言ったが、反撃しないとは言っていない。」
爆縮ダッシュで距離を潰し、至近距離から右のショートフックをお見舞いする。ブロックしようとする左腕を弾き飛ばして拳が命中、肋骨を粉砕しながら宙を舞わせた。
……ほう。目録をもらっているだけあって無様にひっくり返ったりせず、片膝を着いただけに留めたか。体術はそこそこデキるようだ。
「ゴフッ……ま、まだだ!全員で掛か……へぶっ!」
立ち上がろうとした目録と、斬り掛かろうとした切紙達は、ロビーの床にうつ伏せに倒れ、動けない。このレベルの兵士を貼り付けに出来る男は、同盟広しといえど唯一人。
「…………」
丸太のような両腕を組んだまま、災害ザラゾフはゆっくりと下降してきた。吹き抜けに面した渡り廊下から騒ぎを見ていたのだろう。その額には数本の青筋が立っている。
「か、閣下!取り押さえるのは我々ではなく…ぶえっ!!」
驚愕する心貫流剣士はさらなる重力に見舞われ、苦悶の表情を浮かべながら吐血する。ミシリと小さな音がしたから、目録と一緒に床に這いつくばる切紙どもも、仲良く肋を持っていかれたな……
「……全て見ておった。もう一度口を開いたら、干涸らびた
喋りたくても喋れませんって。まあまあレベルの兵士が、災害ザラゾフの重量磁場に捕まったらどうにもならない。目録は死にはしないだろうが、切紙どもは後数分で折れた肋が肺に突き刺さって死ぬ。
閣下がギロリと睨むと、手当てをしていた衛生兵がサッと離れ、取り残された忠春は這うように逃げ出そうとしたが、最高強度のサイコキネシスに抵抗出来るはずもなく、手足をバタつかせながら引き寄せられる。
「おい、
臭い物を捨てる時のように腕を伸ばして襟首を摘まみ上げた閣下は、忠春に向かってボソリと呟いた。魔王に恫喝された忠春は泣き叫びながら祖父を呼ぶ。
「ひいっ!お祖父様!!助けてください、お祖父様!!」
おいおい、閣下が怖いのはわかるが、小便まで漏らすなよ。みっともねえ。
「フン!此奴は本当に忠秋の子なのか?……真の兵士であった"一角兎"に免じて、今回だけは見逃してやろう。だが次はないぞ。」
災害閣下は忠春を無造作に放り投げた。剣術武術の心得など皆無の忠春は、無様にもげた鼻から床に激突する。
……槍の名手として知られた兎我忠秋少将の遺影は兵士の回廊に飾ってあったな。英明だった頃の兎我忠冬は息子をアスラ元帥に預け、共に戦わせた。吝嗇兎が英明なままであれば、忠春もこうはならなかっただろうに……
「紅孔雀!おまえはその軟弱と一緒に、事の顛末をカプランに報告してこい!」
「イエッサー!しかしながら閣下。その軟弱、ではありません。コンスタンタン・ペリエは腕力ではなく胆力に優れた男であります。」
敬礼したピーコックは忠春と違って、閣下から視線を逸らさなかった。
「で、あるか。……アレックスも見る目がない。おまえのような女はルシア閥に来るべきだった。では
自分を恐れず上官を擁護したピーコックを閣下は気に入ったのだろう。大物らしい鷹揚さを見せた。
「イエッサー!パトリシア、行こう。」
「アイサー、ボス。」
頼れる部下を連れてタンタンはロビーを後にする。姿が消える前に、胆力が取り柄の男からテレパス通信が飛んできた。
(カナタ、ありがとう。パトリシアが手を出してしまったから、庇ってくれたんだね。
家柄だけで出世したって卑下してるけど、日和見閣下はこの人格を評価しているのだろう。
(買い被りだ。そういう思惑も0じゃなかったが、動機の99,99%は、あの野郎にムカついたからさ。)
床に貼り付けられたモブ・アルミラージどもが吐血し始めたので閣下は頃合いだと思ったのだろう。重量磁場を解除して、軍用ケープを翻す。
「ショーは終わりだ!全員、持ち場に戻れ!」
この場を収めた災害閣下はギャラリーに向かって大声を張り上げ、出口に向かう。
「剣狼!ワシについてこい!」
「はい、閣下。」
オレは担架で運ばれてゆく忠春を一瞥してから、閣下の後に続いた。
……やれやれ、またしてもやっちまったな。とはいえ、与えたチャンスをフイにしやがった以上、見過ごしには出来ない。ここからの戦いは、ヒムノン室長に任せるしかないな。
※目録、切紙
剣術の免状。流派によって分類も呼び名も違いますが、心貫流では切紙→目録(小・中)→免許皆伝(大目録)となっています。
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