愛憎編15話 警告は一度きり
「スティンローゼ・リングヴォルトもこの戦争を終わらせようとしています。オレがこっちで、ローゼは向こうで停戦派を増やし、時が来たら一気に行動に移る。そういうプランですよ。」
オレが手札を開示すると、カプラン元帥も手札を見せてくれた。
「だと思ったよ。私とザラゾフもこの戦争を終わらせようと考えている。ザラゾフは一つ、条件を付けているがね。」
「条件とは?」
「ネヴィルの抹殺だ。ザラゾフ曰く、"あの男は絶対に世界征服を諦めない。どんな条約も奴がいる限り、必ず反故にされる"だそうだ。私もザラゾフとは違う意味で、ネヴィルは停戦の障害になると思っている。」
「停戦後に問題になるどころか、界雷は停戦そのものに賛同しない。そうお考えなのですね?」
噛み煙草を吐き捨てた日和見閣下は、今度は木箱に入った細葉巻を取り出し、吸い口を噛み千切った。どんだけ煙草が好きなんだ。噛み煙草と紙巻き煙草を嗜むのは知っていたが、葉巻までいける口なのかよ。
高価な葉巻で一服した元帥は、天井目がけて紫煙を吐き出す。
「ふぅ~~~。娘を秘書官に用いる難点は、喫煙を咎められる事だね。そう、私はネヴィルは停戦に断固反対するだろうと思っている。奴が賛成するとすれば、王国軍が壊滅、もしくは壊滅に近い状態になり、再建に時間が必要な場合のみだ。それにしたって再建が完了すれば、再び牙を剥いて来るだろう。王太子だった頃から、ネヴィルは変わっていない。あの男を動かしているのは心臓ではなく、野心なのだよ。」
カプラン元帥は大貴族の出身だから、同盟が設立される前に直接ネヴィルと会っている。交渉の達人と野生の勘を持つ男が口を揃えて停戦の障害と見做しているなら危険度は本物、なんとかして排除するしかない。王国の不安定要素はかつて併合したノルド地方だが、サイラスも分離独立は目指していても、ロッキンダム王朝の打倒までは考えていないだろうしなぁ……
ロドニーを筆頭に王国軍には強者が多い。国王であるネヴィルも
「なるほど。ゴッドハルトはどんな印象でしたか?」
機構軍には五人の元帥がいるが、実質的にはゴッドハルト・リングヴォルトとネヴィル・ロッキンダムの両頭体制だ。残る三人、ホレイショ・ナバスクエスと
「ゴッドハルトはフラム貴族の私とは距離を取っていたから、ほとんど接点がなかった。ほら、帝国とフラム貴族は領土問題を抱えているだろう?」
フラム地方は帝国の版図に組み込まれている。フラム王は世界統一機構のルールの穴を突いてバラト地方を手中に収めたのだが、そちらに傾注している間に、同じ事を帝国にやられたのだ。責任を追及された王は家族を道連れに自害し、フラム王国は滅びた。
歴史好きのオレは、そのあたりの経緯を調べてみたが、おそらくフラム王はガルム皇帝に騙されたのだ。前後の状況から見て"唆しておいて本土を分捕る"、そういう算段だったに違いない。もちろん、得る物を得たガルム皇帝は、ルールの穴をすぐに塞いでいる。
「そりゃそうですね。しかし見事に一杯食わされたもんだ。先に横紙破りをしたのはフラム王だから、非を鳴らすのは難しい。」
「うむ。返還交渉を始める為には、まず自分達の非を認めなくてはならないからね。非を認めた以上、南エイジアを先に返還せねばならんし、返還したところで、フラム地方が返ってくる保証はない。」
「最悪の場合、"南エイジアを返還した挙げ句、故郷も返ってこない"なんて状況もありえる訳だ。"横紙破りで得た領土に留まりながら、故郷の返還を求めるフラム貴族"って図式は、先代皇帝の目論見通りだったんでしょう。」
「それにしても下手をすればガルム人とフラム人で内乱になりかねない話だ。危ない橋を渡り切る自信が先代皇帝にはあって、事実そうなった。当たり前だが当時の機構軍のお偉方も"フラム人の自業自得だ"と思っていて、根回し上手の皇帝からたっぷり鼻薬も嗅がされていたのだろう。実に冷淡な対応だったらしい。」
そして純然たる被害者のバラト人は救済されなかった。理由は"お偉方を輩出していなかったから"だ。
「しかし皇帝にも誤算はあった。恨み骨髄のフラム人勢力は、アスラ元帥が反旗を翻すとすぐさま同盟軍に加わってしまった。」
軍神アスラは蜂起直後の最も困難な時期をどう乗り切るかを計算していた。フラム人勢力の合流は困難を打破するパーツの一つで、調略に動いたのはカプラン大将だ。
「因果は巡るとは、よく言ったものだよ。歴史談義はここまでにして、これからの事を話そうか。青鳩をローゼ姫にも提供する事にしよう。」
「元帥の許可が出たなら、器材はオレから送ります。」
「それがいいだろうね。ところで一つ、疑問があるのだが……キミはいつ、ローゼ姫と信頼関係を醸成したのだね? 龍ノ島戦役後の会談で初めて会ったとは思えないのだが?」
「公式記録には残っていませんが、実は…」
オレは魔女の森での出来事を元帥に話した。話を聞き終えた元帥は、呆れたというか、何か珍妙な生き物でも見たかのような視線でオレを眺めていやがる。
「……良く言えば数奇、悪く言えば珍奇な星の下に生まれたものだね。剣狼カナタは、どこに行こうが必ず何かを起こしてしまう。巫女の最高位が身内なのだから、憑き物を祓ってもらった方がいい。」
「とっくにやってもらいましたよ。」
「では憑き物のせいではなく、キミ自身の凶運&強運という訳だ。巻き込まれた野薔薇の姫もお気の毒だが、私も彼女とコネクションを築いておきたい。信用されるか否かは私次第だろうが……」
「ローゼには"
カプラン元帥は葉巻を揉み消し、満足そうに笑った。
「フフッ、キミはジョルジュ・カプランという男をよくわかっている。一言一句、
同じ事を考えたローゼは、フー元帥の武術師範だったバクスウ老師の仲介で、既に面識を得ている。局地戦後の落とし所を決める会談で、フー元帥と何度か交渉したカプラン元帥は、話せる相手だと思ったのだろう。
敵であろうと、いや、敵だからこそコネクションを持っておく。タフネゴシエーターとはそういうものだ。
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サシでの会談を終えた後に、控えの間で待機していた三人を交えて戦略論と戦術論の意見交換と相成った。僭越ながら論評させてもらえれば、戦術論に最も理解があったのは予想通りピーコックで、戦略論に理解を示したっつーか、適性を感じさせたのは、なんとジゼルさんだった。
実際にあった戦史を題材にディスカッションしている時に、彼女は度々、素朴な疑問を口にした。
"支城を落とされ、補給線を絶たれては困りますが、城外に出たところを待ち伏せされても困ります。行動の選択権は攻める側にあるはずですし、どうしたものでしょう?"
今は素朴な疑問の範疇に留まっていても、着眼点は鋭い。女子大で"攻勢の利"など教えるはずもないのだが……
若者四人(ピーコックの歳は知らないけど)の議論を黙って聞いていたカプラン元帥は、部下三人に有名な戦史の分岐点を課題として与え、自分ならどうするかをレポートにして提出するよう命じた。娘を嫁にやるのは終戦後だと決めている元帥は、戦略をジゼルさんに、戦術をピーコックに、兵站をタンタンに担わせるのが良いと考えたのかもしれない。初期の同盟軍の快進撃を支えたカプラン元帥は、役割分担の大切さをよく知っているはずだ。
そんなこんなで長居する事になったオレが元帥室を後にしたのは、日が傾きかけた頃だった。タンタンとピーコックと一緒に作戦本部のロビーまで下りた時に、仰々しい一行と鉢合わせる。ロビーはだだっ広いんだから、わざわざ寄って来んなよ。やりたい事は見え見えだけどよ。
「道を空けろ、少佐に大尉に
大名行列みたいに取り巻きを引き連れた忠春は、尊大な口調で"少尉風情"をことさら強調した。
「お久しぶりです、兎我中佐。」
温厚篤実なタンタンは、ピーコックを促しながら道を譲る。もちろんオレも、二人に習った。軍での序列を弁えて道は譲るが、オレとピーコックを慮って敬礼はしない。タンタンは瞬時に両者を立てる折衷案を選択したのだ。
せっかく若き人格者がこの場を丸く収めようと努力してんのに、道を譲らせた事にいい気になった忠春は、言ってはならない事を言ってしまった。
「そうそう。確か幻影とか抜かす影の薄い兵士が
オレの温厚さの持ち合わせはタンタンの半分もないが、カッとなったら即座に手が出る程でもない。だが、なかった事にはしてやれんなぁ……
「青びょうたんに何がわかるってんだい!!」
どうしてくれようかと考える前に、オレより持ち合わせの少ない女が手を出していた。横っ面に平手打ちをもらった忠春は派手に吹っ飛んだが、背後にいた取り巻き二人に抱き抱えられてダウンは免れる。
折れた歯を撒き散らさずに済んだのだから、ピーコックも加減はしてやったのだろう。手心の返礼は無数の銃口、もちろん、安全装置は外れている。
「撃てっ!不埒者を成敗しろっ!!」
ピーコックはタンタンのベルトを引っ掴んで背後に庇い、銃撃に備える。ここは撃たせてやった方がいいだろう。本当に撃てるもんなら、だが。
「何をしている!撃てっ!これは元帥命令だぞっ!」
おまえは元帥じゃねーだろ。テレパス通信でご相談したらしい取り巻き達は、慎重に狙いを定めて引き金を引いた。ロビーに轟く銃声に、修羅場に居合わせてしまったギャラリーの悲鳴と怒声がミキシングされ、不恰好な交響曲を奏でる。
「44口径で殺せると思ったら大間違いだよ!」
念真障壁を張ってブロックしようとしたピーコックだったが、その必要はない。発射された銃弾は弧を描き、ロビーの床に張り付いている。念真力を纏わせずに撃った弾丸なんぞ、磁力操作を使えば豆鉄砲と同じだ。
「いきなり銃殺刑か、ええおい?」
物真似をするつもりはなかったが、自然とトゼンさんの口癖を真似ていた。友を侮辱し、仲間に銃弾を浴びせた。もうキレてもいいだろう。
銃は通じないと悟った取り巻き達は刀を抜いて身構えたが、バカのお守りをやるだけあって、まあまあの練度だ。
「……それでも一度は、か。」
空蝉修理ノ介なら、オレの友であれば、一度はチャンスを与える。オレは取り巻きに抱えられた忠春に近付き、最後のチャンスをくれてやる。
「警告は一度だ。さっき言った事を取り消せ。でないと痛い目に遭うぞ?」
やると決めたら、オレはピーコックほど優しくない。
「少尉風情が中佐で大元帥の孫であるこの僕に発言を取り消せだと!? ふざけるな!犬死を犬死と言って何が悪い!」
オレの警告よりも、固唾を呑んで事態を見守るギャラリーの視線が気になるか。いいだろう、見栄の代償は我が身で払ってもらうまでだ。
オレは忠春の団子鼻を引っ掴んで、有無を言わさず引き千切った。
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