愛憎編8話 未来に向かって生きる



「カナタ、今送ったのが連邦向けに考えておいた草稿だ。必要とあれば加筆するから、意見を聞かせてくれ。」


オレは送られてきた演説用の原稿をアイカメラで撮影し、苦手な暗記を始める。生放送される以上、アイカメラに頼ると網膜の原稿まで画面に映ってしまう。健在である事を示すには、原稿を見ないで喋る方がいい。


「……加筆も修正も必要ない。要綱は全て盛り込まれている。」


しかも、手短にだ。長々とスピーチしたがる政治家は多いが、そのほとんどは自己満足だ。自分の高邁な理念やら、いかに政策通であるかを示したい時に舌が長くなり、聴衆を飽きさせる。無駄に長い公約を掲げるよりも、ワンフレーズ・ポリティクスの方が選挙には有用だと親父も言っていたな。


教授は大衆向けの所信表明と、議会向けの政策論争で文体をガラリと変える。いくら国際政治学が専門と言っても、大学教授がここまでやれるものなのか。明日から政務官か官僚になっても通用するに違いない。いや、政治家としても実務家としても、トップに立てる器だろう。


「カナタが立ち直れて本当に良かった。どうなる事かと気を揉んでいたのだ。」


「心配かけてすまなかったな。奥さんと娘さんは元気にしてるかい?」


教授は親父とタメを張る実力の持ち主だが、違いは家族愛の有無だ。なんせ、愛する妻と娘を救う為に、全てを捨てて、危険極まりない戦乱の星へやって来るぐらいだからな。


「元気だとも。二人ともカナタに会いたがっている。」


「会いたいなら時間を作るぜ。どの道、龍ノ島に戻らなきゃいけないんだから。」


「今回は見送るが、いずれ必ず会わせるよ。と一緒にな。」


「本当の私?」


「おいおい、このクローン体は私自身ではないのを知っているだろう。」


ああ、そうか。権藤杉男の体があるに決まっているよな。地球から小荷物を取り寄せる方法を教授は知っている。奥さんと娘さんは自分の髪の毛から創ったクローン体に転生してるらしいし、教授だってそうしたいだろう。シジマ博士が造った実験体に転移したのは、他に方法がなかったからだ。


「狼眼持ちで身体能力の高い体だが、ケリー率いるマスカレイダースがいる。もう黒幕が陣頭指揮を執る必要はなくなった、か。」


「そういう事だ。訓練はしているが、私は荒事向きではないのでね。そうそう、これはカナタとホタルさんの同意が必要な案件だが、サンブレイズ財団に"空蝉修理ノ介賞"を創設しようと思う。」


「空蝉修理ノ介賞?」


「市民に対して多大な貢献があった人物に贈る栄誉賞だ。サンブレイズ財団は官民を問わず、功績のあった人物への顕彰も行っているが、その最高位に位置付けたい。」


「オレに異存はない。ホタルの意見も聞いておくよ。だが、シュリの名を冠する以上、安売りなんざさせないぜ?」


「もちろんだ。"該当者なし"が普通で、盛大に勿体をつける。推薦委員の満場一致に加えて、カナタとホタル君の同意も必要としよう。」


……天掛光平は運のいい男らしい。もし、権藤杉男が官僚になっていたら、出世レースに敗れていただろう。頭脳は互角かもしれないが、人望で及ばない。天掛光平は飛ぶ鳥を落とす勢いの間は追従者が多いが、落ち目になれば誰もいなくなる。権藤杉男には、窮地になっても支えてくれる部下や仲間がいる。


結局のところ、最後に勝つのは、そういう人間なのだ。


─────────────────────


「ゲンゴ、第4中隊の後任を決めねばならん。マリカさんに相談されたから、おまえを推挙しておいた。」


案山子軍団の隊長室で、オレはゲンゴに後任人事を伝えた。


「待ってください!俺には荷が重すぎます!シュリさんと同じ働きなんて出来ません!」


「当たり前だ。シュリと同じ事はゲンゴには出来ん。」


「わかっているならなんで…」


「なぜならおまえは田鼈源悟であって、空蝉修理ノ介ではないからだ。ゲンゴ、おまえはおまえだ。他の誰かになる必要はない。」


ゲンゴがどんなに努力しても、シュリのような工作技術を身に付ける事は出来ないだろう。"自分自身に蓋をするな"が信条のオレでも、こればっかりは認めざるを得ない。それ程までに、空蝉修理ノ介の手先の器用さはズバ抜けていた。アイツにとっては、積み木とトランプタワーに違いなどない。無造作に積み上げて仕舞いだ。


「俺なりの、俺に出来る中隊長像を目指せ、と仰るんですね?……ですが団長、4中隊は工作部隊です。俺なんかより…」


口に出すのは憚られたらしく、ゲンゴはテレパス通信で持論を述べた。


(キワミさんが適任だと思います。隠密上忍を表に出す選択はないんですか?)


ゲンゴは仲居竹極が隠密上忍である事を知っていたか。相談役ゲンさんの孫だから、知っていてもおかしくはないな。


「4中隊が健在だから、おまえを推している。シュリが育てた手練れの工作兵に支えてもらえるのに出来ませんってんじゃあ、いつまで経っても中隊長にはなれん。ゲンゴ、自信がないならオレにではなく、マリカさんに言え。」


そろそろドアの外で聞き耳を立ててるソバカス娘の忍耐が枯渇する頃だな。そら来たぞ。


「あ~~もう!じれったいのであります!」


ドアを蹴り開けて乱入してきたビーチャムは、ゲンゴの襟首を掴んでがなり立てる。


「ウジウジしてないで、ハッキリしやがれであります!いいでありますか!自分と互角に戦えるゲンゴ殿に中隊長が務まらないなら、自分だって中隊長失格であります!」


「まだ互角じゃない。トータルでは負け越してる。」


「総合戦績なんて、クソ喰らえよ!隊長殿だって、ほとんどの部隊長にトータルでは負け越してるでしょ!大切なのは今よ、今!現在のじ・つ・りょ・く!」


興奮したビーチャムさんは、ですます調を忘れてしまったらしい。だがビーチャムの指摘通り、総合戦績云々を言えば、オレだって大幅に負け越してる。新兵時代に連敗街道を驀進したからなぁ。


「ビーチャムは、俺なら出来るって思ってるんだな?」


おや? オレと同じで女の子に励まされると自信が出るタイプなのかな?


「私に言ったじゃない!"必ず源五郎の名跡を継ぐ男になる"って!田鼈源悟が田鼈源五郎になる為には、ゲンさんと同等以上にならなきゃいけないの!中隊長に尻込みしてて、田鼈一族のトップに立てるの?」


「ビーチャムの言う通りだ。中隊長就任に尻込みするような男が、田鼈一族の尊号"源五郎"を目指すなど烏滸おこがましい。田鼈本家の嫡孫だから、"殺し屋"ゲンの直弟子だから、勝手に転がり込んで来るようなものではあるまい?」


掴み取るんだ、自分の手で!おまえなら出来る!


「やります!俺にやらせてください!シュリさんは兄貴みたいなものだ。空蝉修理ノ介が率いた4中隊は、俺が守ります!」


それでいい。シュリもゲンゴなら納得するだろう。


「決まりであります!就任祝いに、自分がハムカツ定食とビールを奢るのであります!」


「ビーチャム、俺に"自分"とか"あります"なんてよせよ。呼び名も"ゲンゴ"でいい。」


「イヤであります!これは自分の"キャラ作り"でありますので!」


……キャラ作りでやってたのかよ。そういや初めて会った時は、一人称が"僕"だったな。いつの間にか成長して"私"になってたか。ローゼは相変わらず"ボク"のままだったが……


「ハムカツを食う前に、蜘蛛の親玉のところへ報告に行ってこい。」


「はい。団長、短い間でしたがお世話になりました。」


敬礼した小男は、小娘と一緒に隊長室から退出した。いずれ原隊に帰すつもりで預かった男だったが、出来れば違うカタチで帰らせたかった。シュリの後任は大変だろうが、頑張れよ……


───────────────────


後任人事を片付けたオレは、ヘリで八熾の庄に赴いて皆を安心させ、トンボ返りでガーデンに戻る。んで、隊葬の後もガーデンに居残りしていたチッチ少尉にレクチャーしてもらいながら、連邦向けの演説を練習した。


どうにかモノになったので、原稿を忘れないウチに連邦全土に向けて演説を行った。こちらの時間で17:30だから、龍ノ島では15:00ぐらいだ。チッチ少尉は、3時のニュースでライブ放送を行っただろう。


まだやる事は山ほどあるが、オレの足は共同墓地へと向かっていた。とりあえず、オレが健在である事は、敵味方の知るところとなった。今日は店仕舞いでいいだろう。


友の墓標の前に茣蓙を敷いたオレは、手にした一升瓶を墓前に供えて、懐から杯を二つ取り出す。


「何度飲んでも甘い酒だな。シュリ、コイツのどこがいいんだ?」


オレ達は何度、酒を酌み交わしただろう? さっきの演説はもう思い出せないのに、友との酒席は鮮明に思い出せる。人間の記憶力なんて勝手なもんだな。


「ここだと思ったわ。みんな探してたわよ?」


ホタルは墓標に手を合わせてから、茣蓙の上で膝を崩した。


「探させとけ。三人娘はここだとわかってるさ。」


「あら。名奉行を飲んでるのね。カナタの好みは辛口の悪代官大吟醸でしょ?」


供えられた一升瓶の銘柄を見たホタルさんは、素朴な疑問を投げてきた。


「甘口好きのシュリに合わせてみたのさ。次からは悪代官にする。」


「あの人が"好みに合わない!"って化けて出るわよ?」


「それを期待してるんだよ。ついでにツマミをしめ鯖にしてみよう。」


「ふふっ。シュリは酢の物が苦手なのを知ってる癖に。……カナタ、相談に乗ってくれる?」


えらく真剣な顔をしてるが……何があったんだ?


「もちろんだ。何か厄介事でも起こったのか?」


「……もし、私が"あの人の子を生む"って言ったらどうする?」


なんだって!? オレは思わずホタルのお腹を凝視してしまった。


「ホタル、まさか……」


「まだ妊娠はしてないわ。でも、しようと思えば出来るのよ。」


「あっ!」


シュリは※剣銃小町の例のサービスに加入していたはずだ!……だけどこれは、ホタルの一生を左右する問題だ。いくら親友でも、軽々に答えていい事じゃない。


「……ホタル、それは自分で決めなきゃいけない事だ。」


「相談って言い方は間違いね。私はもうどうするか決めてるの。だから正直な気持ちを聞かせて。」


「本当に……決めているのか?」


疑う訳じゃない。本音が口を飛び出しかかってるだけに、慎重になりたいんだ。


「ええ。どうするかは手の平に書いてある。カナタが何を言っても、私の答えは変わらないわ。」


ホタルは握り締めた拳を、オレの眼前に突き出した。もう答えが定まっているのなら、吐き出しちまっていいよな?


「見たいに決まってる!シュリとホタルの子を、見たくない訳ないだろう!」


「……よかった。カナタ、後見人をお願いね。」


開かれた手の平には"生"と書かれていた。オレはホタルの手を握って何度も頷く。


「オレがやるに決まってるさ。シュリとホタルの子なんだぞ。」


「シュリは子供の名前は私に付けて欲しいって言っていたわ。だから考えた名前を、あの人にも伝えていたの。男の子なら修理丸、女の子なら理乃にするって。」


修理丸はシュリの尊敬する父親の名、理乃は修介から取った名だ。


「オレは"程々に妥協出来る世界"を創り、二人の間に出来た子の成長を見守る。絶対にだ。」


「ええ。この手で平和な世界を実現して、育児に励むわ。」


戦乱を終わらせ、偉大な友の血を引く子の成長を見届ける。これ以上はない"生きる理由"だ。生まれてくる子は血脈だけではなく、シュリの意志も受け継いでくれるだろう。



これからどんな苦難に見舞われようとも、絶対に折れない。オレには友の残した"未来"があるのだから……



※剣銃小町の例のサービス

前作の争奪戦8話に登場した"精子をコールドスリープ"するサービス。前作の戦役編3話にて、シュリが加入した事をおマチさんが言及しています。


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