愛憎編7話 尽きる事なき絆



オレの復帰に合わせるように、司令が薔薇園に帰投してきた。司令が多忙なのはいつもの事だが、今は特に忙しいらしく、司令棟に篭もって政務に励んでいるようだ。


どっち道、隊葬で顔を合わせるのだから、話はそこで出来るだろう。


隊長室で参列者名簿に目を通しながら、友との思い出に浸る。


「おい、友よ。えらい豪勢な面子がゴロツキの楽園にやって来るぞ。これ見ろよ。」


オレは名簿を紅蓮正宗の束の前でヒラヒラさせた。


災害閣下はアレックス大佐を名代に立て、日和見閣下は娘のジゼルさんを代理に指名した。テムル総督は自ら参列するし、クシナダ総督は錦城大佐を、士羽総督と鮫頭総督も副総督を出席させる。祭司は国家元首の帝で、連邦各都市でも同日に慰霊祭が執り行われる予定だ。いくら同盟男爵っつても、尉官とは思えない扱いだな。十二神将も全員参列予定だが、トゼンさんだけは怪しいな。ま、幹部の誰かは来るだろう。


オレはクローゼットの中から軍帽を取り出してみたが、一度も被った事がない帽子は、埃を被っていた。


「今からクリーニングに出せば間に合いそうだが……いらないか。よそ行きの格好してるより、いつも通りがいい。」


腰の刀を抜いて確認してみたが、刀身に曇りはない。同意を得たと解釈しておこう。


───────────────────


軍の高官や各界の名士や参列する荘厳なセレモニーが終わり、プライベートセレモニーに移行する。基地の端にある共同墓地に参列するのは、クリスタルウィドウの現・元隊員と、特に親しかった戦友だけだ。


炎神に捧げる舞いを披露した姉さんが、身を正して最後の祝詞をあげた後、献花が始まる。


「……さよならは言わないわ。あなたは私の中で生きているのだから。ありがとう、シュリ。」


ホタルが最初の花を手向け、マリカさんが続く。


「火隠忍軍上忍・空蝉修理ノ介に里長として手向けの言葉を贈ろう。おまえは炎を尊ぶ火隠衆の誇り、潰えぬ炎を我らの心に灯したのだ。」


真紅の花を友の胸に添えた里長は厳かな顔でそう述べた。大人の対応、皆がそう思ったが、次の瞬間には大人の仮面を脱ぎ捨てる。


「家族としての本音は"バッカ野郎"だよ!アタイとの約束を破って禁術を使いやがって!この大バカ野郎!おまえがいなくなって、アタイがどんなに寂しい想いでいるか、わかってンのかい!」


大人げなさを全開にした里長様を、副頭目と相談役が宥めながら下がらせる。仏頂面のマリカさんは地面に胡座をかいて、煙草を吹かし始めた。


「……シュリ、おまえに火車丸の後見を頼むつもりだったのだがな。修理丸よ、おまえの息子は全ての任務を見事に全うしたぞ。親子揃って、炎神の御許みもとで休んでくれ……」


供えた花はイモーテル(不滅)、別名でエバーラスティング(永遠)か。不滅不朽の意を現したいのだろうけど、茎からカレーの匂いがするから、カレープラントとも呼ばれてるんだよなぁ……


「シュリよ、この老いぼれより早う死んでどうするのじゃ。……ゲンゴよ、よく見ておけ。これが男の顔じゃ……」


祖父と一緒に花を手向けたゲンゴは、シュリの顔を食い入るように見つめた。


「爺ちゃん、俺は絶対に忘れません。火隠の忍は、斯様かような顔で死ぬべきなんですね……」


「忍者に限らねえよ。これが男の顔ってヤツさ。シュリ、俺もくたばる時は同じ顔してくたばるぜ。」


順番を待ちきれなくなったダニーが献花しながら友を称え、マットが十字を切ってから呟く。


「……俺はジェダス教徒だが、死後はおまえと同じ場所に行きたい。神よ、あなたが全知全能ならば、この願いを叶えてください……」


行けるさ、きっと。神サマだってそのぐらいの融通は利かせるだろうよ。頑固だったら叩き伏せりゃあいいだけだ。


「シュリ、あなたは最高の友達だったわ。これ以上、言う必要はないわよね?」


順番を飛ばされたシオンがナツメと一緒に祈りを捧げる。


「シュリ、沢山の思い出をありがとう。夢の中でもいいから会いに来てね!」


涙を堪えて笑顔を浮かべるナツメ。シュリの奴、夢の中でも小言を言いそうだな。


「空蝉修理ノ介は至誠を貫いた。凛誠一同、手本とさせてもらうぞ。」


シグレさんが深々と頭を下げた後ろで、サクヤが泣きじゃくっている。


「……グスッ……はよ逝きすぎやっちゅーねん!……グスッ……」


「研ぎ師としても一流だったぞ。残念でならんよ。」


鍛冶山さんは小さな砥石、磯吉さんは砂糖で作った六文銭、おマチさんが銀の銃弾を柩に入れる。


「……オバちゃん、涙が止まらないよ!……シュリちゃんみたいないい人が……」


ハンカチで涙を拭うおマチさんの肩に、磯吉さんがそっと手を添える。


「おマチ、もう泣くな。シュリさん、不器用で真っ直ぐな生き様は、まさに職人でしたぜ。」


「朝帰りを咎める奴がいなくなると、夜遊びの楽しみが減るってもんだ。」


バクラさんが門前の小僧っぽく念仏を唱え、トッドさんとカーチスさんが花を添える。


「くだらねえ世界がもっとくだらなくなったな。」 「まったくだ。」


お三方の後に、献花がまだだった六人の神将がそれぞれ別れの言葉を述べてから敬礼する。その後に中隊長、クリスタルウィドウの隊員、里の仲間や空蝉一族が続く。


「私が最後を締め括りたいところだが、それはカナタに譲ってやろう。」


司令は柩の前に立ち、瞑目した後に呟いた。


「シュリ、私がこんな悲劇を繰り返す世界に終止符を打ってやる。必ず、な。……ほう、珍しい事があったものだな。」


司令が振り向いたので、皆の視線がそちらに集まる。フラリと姿を現したトゼンさんはポケットから取り出したスルメを柩に供えた。


「シュリ、オメエはイイ男だったぜぇ。ええおい?」


なっちゃいねえ、そこそこ、まあまあ、の三段階評価しかしないトゼンさんが、"なかなか"と評したか。たぶん、最大級の褒め言葉なんだろう。


「リリス、おまえは行かないでいいのか?」


傍らに立っていた少女を促すと、なんともらしい返答をしてくる。


「台無しにするのは最後の方がいいでしょ。フォローは任せたからね。」


リリスは柩の前で花も添えずに毒を吐き始めた。


「シュリ、アンタはきっと天国に行けたでしょうけど、いずれ地獄に堕ちてもらうわよ!」


「おいリリス!毒舌は他所で吐け!シュリはホタルを守る為に…」


ダミアンが止めようとしたが、リリスは止まらない。


「色黒オカマは引っ込んでなさいよ!シュリが天国に定住しちゃったら、私達は会いに行けないじゃない!そうでしょ!」


涙を浮かべて力説するリリス、呆気にとられるダミアン。アビー姐さんが膝を叩きながら、墓場に似つかわしくない哄笑を上げる。


「ハーハッハッ!!こりゃリリスの言う通りだねえ。アタシらはまかり間違っても天国には行けない。」


腕組みしたイッカクさんが、極太の首で頷いた。


「うむ。もう一度会いたければ、シュリに地獄に来てもらう必要があるな。」


「だから"地獄に堕ちろ!"かね? 折中案として"本籍は天国に置いて、時折、地獄にバカンスに来てもらう"というのはどうだろう。……天と地を 蝉が往来 バカ騒ぎ……うむ、良い句だ。」


「「「「「「「「イカレ俳人はすっこんでろ!!」」」」」」」」


その場にいた全員が口を揃えた。トキサダ先生の吐いた句にしちゃマトモな方だが、誰もそんなもの求めてない。


「名句だと思ったのだがねえ。さあ、カナタ君が最後だ。」


オレは柩に向かって歩きながら、集まってくれたゴロツキどもに忠告した。


「薔薇園に巣くうゴロツキどもよ、シュリの説教地獄を喰らいたくなきゃあ生き残る事だ。血の池地獄や焦熱地獄なんざ目じゃねえぐらいのしつっこさだぞ。」


「うへっ、おっかねえ!」 「ボーイのお墨付きかよ。」


そこそこ小言をもらってるキング兄弟が肩を竦めた。この場に集った者(シグレさんを除く)には、大なり小なり覚えがあるはずだ。


「そうさ。オレが保証する。早死にしたゴロツキには、地獄を超える地獄が待っているとな。だからのんびりくたばれ。でなきゃ耳に出来たタコでタコ焼きを焼く事になる。」


シュリの小言はマジで長いからな。時にはリピート、時には手を変え品を変えながら、あんなに長く説教を続けられる男は他にいない。


穏やかな顔で眠る友をまなこに収めると、胸が締め付けられる。皆にとっては別れの席だが、オレとホタルにとっては誓いの場だ。何人なんぴとたりとも、オレとシュリを別つ事など出来ない。


さあ愛刀を抜いて、誓約を立てよう。オレは左手でホタルの手を握り、右手の紅蓮正宗を天に掲げる。帝と司令、十一人の神将が立会人だ。



「空蝉修理ノ介の魂は、我らと共にあり!!この命尽きる日まで、共に戦う!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る