愛憎編6話 蘇る剣狼
……人の気配がして目が覚める。かなり鈍っている気はするが、鍛えた感覚はこんな時に邪魔だ。何も考えたくない時は、眠るしかないのに……
「……誰だが知らないが、独りにしてくれ。誰とも話したくないんだ……」
「……カナタ、私よ。」
「ホタル!……オ、オレは……」
なんて言えばいいんだ。……生まれた日まで一緒の幼馴染みを……最愛の人を失った友に……かける言葉なんて……見つからない……
「シュリの戦死に貴方は何の責任もない。だけど今、シュリの魂を殺そうとしているのは貴方よ。」
「オレがシュリを殺す? そんな事がある訳ない!」
ホタルが何を言いたいのかがわからない!シュリが死んだのはオレのせいだって言えよ!
「耳を、心を澄ますのよ!そうすればあの人の嘆きが聞こえるはず!」
オレの手を取り、熱のある言葉を叫ぶホタルにオレは困惑する。
「目が見えない分、耳は冴えてる!だけど何も聞こえやしないんだ!断罪する気がないなら、放っといてくれ!」
「バカッ!!」
バチンと頬を叩かれ、暖かい痛みが走る。
「私がカナタを断罪する訳ないでしょう!そうやって、なんでも自分のせいだって抱え込んでも、苦しむだけで、何も変わらない!三人で約束したわよね!程々に妥協出来る世界を創ろうって!忘れたとは言わせないわよ!」
……そうだ。三人で約束したんだ。あの誓いは……生きている!
「約束はまだあるわ。ケリーさんからの伝言は、"死者との約束を思い出せ"よ。」
死者との約束……共に戦った仲間の鎮魂の為、斃してきた敵兵の尊厳を守る為に、自らに架した任務を全うする。大切な人を失ったのは、オレだけだと思っていたのか?
そんな訳ない!ケリコフ・クルーガーは、オレの尊敬する先輩達は、死者の重みを、その魂を背負って戦ってきたんだ!
……こ、この気配は!!
「シュリ!どこにいる!」
……カナタ……戦うんだ……
「シュリ!どこだ!」
……戦うんだ……僕と一緒に……
眼を開いて友の姿を探そうとしても、世界は真っ黒なまま……いや、暖かい光が差し、少しだけ見たいモノが見えてきた。ボヤけた世界の輪郭が徐々に鮮明になり、オレの目に映っていたのは……一振りの刀だった。
「……紅蓮正宗……」
サイドテーブルの上に置かれていた刀を、思わず手にしていた。友の魂は、この刀に宿っているんだ!
「魂だからこそ託す、あの人はそう言ったわ。空蝉修理ノ介の戦いはまだ終わっていない。貴方と共に戦い続けるの。程々に妥協出来る世界を創り、次の世代に渡す時まで……」
オレが戦うのをヤメたら、友の歩みも止まってしまう。だけど、オレが歩み続ける限り……
"決して倒れない事は一握りの天才にしか出来ない。だが、倒れても立ち上がる事なら誰でも出来る。根性さえあればな"
新兵だったオレにヒンクリー少将はそう言った。先輩兵士達の教えを、オレは上っ面でしか理解出来ていなかったんだ。血肉を削って戦い続ける先輩達の教えを心魂に刻み込め!そして友の姿を思い出すんだ!
空蝉修理ノ介が任務を放棄した事があるか? 挫折して
断じて否だ!……オレはシュリから何を学んだ?
決して諦めず、命の炎を燃やしながら戦う姿が教えてくれたじゃないか!信念を貫き、己が信じる道を歩み続ける事の大切さを!
胸の奥から熱い想いがこみ上げてくる。これが、心の炎なのだろう。偉大な友は熾天使となって、オレの心に火を灯してくれたのだ。猛る炎の赴くまま、手にした剣に誓いを立てよう。
「……オレは戦う。共に見た夢を叶える日まで、剣を置く事はない!」
剣林弾雨の中で、屍山血河を築こうとも、心友と共に歩む。オレがオレである為に、空蝉修理ノ介の友である為にな!
……友よ立ち上がれ……皆が待っている……
脈打つはずもない玄武鉄の刀から鼓動を感じる。鼓動は息吹となり、新たな力を与えてくれた。オレはベッドから降りてカーテンを開け、輝く陽光に抜き放った刀をかざした。
「友の魂が宿る紅蓮正宗は、我が生涯の愛刀。この刀と共に、狼として生きる!」
我が名は剣狼。剣を牙とし、生きる狼。行く手を阻む者は、神であろうと噛み砕く!
───────────────────
ホタルと一緒に医療棟を出たオレを、みんなが待っていた。嫁さん候補と八熾家ご一統様、案山子軍団に部隊長連まで出張ってきて、盛況な事だ。チョイと離れた街路樹の影から靡く片袖。トゼンさんまで来てんのかよ。
「出迎えが派手過ぎる。パーティーでも始めようってのか?」
「カナタッ!!」
タックルじみた勢いで胸に飛び込んできたナツメを受け止める。
「心配かけたな。もう大丈夫だ。」
頭を撫でながら囁くと、ナツメは腕の中で何度も頷いた。続いて歩み寄ってきたリリスが、背伸びしながらオレの鼻先を人差し指で突っついた。
「誰も思い付かない
シュリも"世話が焼ける"と思ってるだろうな。
「あなた…隊長、心配しました。」
シオンに背中から抱き締められた。千客万来だな。
「吹っ切れた……いや、新生したみたいだねえ。」 「うむ、信じていたぞ。」
元上官と剣の師に挟まれながら、オレは頷いた。
「お館様、元気なお姿を領民にもお見せください。」 「皆、心配しておりまする。」
片膝を突いて頭を垂れる筆頭家人頭と次席家人頭。関係各所に顔を出さにゃなるまいな。
「カナタさん、一度は都にも足を運んでくださいね。龍弟公は健在であると、アピールする必要があります。」
姉さんはわざわざガーデンまで、シュリを弔いに来てくれたのか。
「もちろんです。隊葬を終えたらすぐに向かいますよ。」
魂は共にあれど、区切りは付けなきゃならない。
「……そして私の入るスペースがないのですが……」
前後左右、全て埋まってるな。で、誰も動こうとしない。我慢して貰うしかないが、後で埋め合わせを要求されそうだ。
「……健在、ときたか。そいつぁまだわからねえだろうがよ。ええおい?」
大樹の影からトゼンさんが姿を現した。出迎えにしては、殺気満々だな。
「旦那、よしなせえよ。」 「トゼン、野暮な真似は止めときな!」
サンピンさんとウロコさんが咎めたが、トゼンさんは構わずに刀を抜いた。怨霊刀・餓鬼丸の刀身から蛇のような瘴気が噴き出す。刀も使い手もやる気らしい。
「カナタは病み上がりだ。力を持て余してんなら、俺が相手してやるよ。」
槍を構えたバクラさんにトゼンさんは嘯いた。
「関係あるか。病み上がりだからって、敵は加減しちゃくれねえぞ。ああ?」
「この分からず屋が!」 「ったく、面倒な野郎だ。」
カーチスさんとトッドさんがバクラさんに続いた。
「おうカナタ!がきんちょのクラブ活動じゃねえんだ。俺らが背中を預けられるか否か、オメエは証明する必要がある。違うか、ええおい?」
「その通りだ。オレ達は
女の子達を下がらせて、人斬りの前に立ち、愛刀を鞘から解き放つ。人斬りトゼンと語り合うのに言葉はいらない。剣を交える、ただそれだけだ。
「みンな、手ぇ出すンじゃないよ!これは必要な儀式だ。」
マリカさんが他の部隊長連を制し、儀式の準備は整った。
「おう、カナタ。いつおっ
「もう始まってる。」
戦争にはホイッスルもゴングもない。んな事ぁ重々承知だろ?
「そうかい。なら遠慮なくいくぜぇ!」
人斬りトゼンに後の先はない。常に先の先、好戦的な剣法だぜ。挨拶代わりの払い斬りを弾くと、すぐさま兜割りが襲って来る。サイドステップで躱しながら、突きを見舞ったが、しなる体技の前に空を切る。
「太刀筋が甘えぞ!こんなもんじゃあるめえが!」
「ウォーミングアップは終わりだ。」
十数合、打ち合ってみたが、まるで付け入る隙がない。やはり人斬りトゼンこそ、世界最高の戦闘技術を持つ男だ。
「シャア!」
奇声と共に繰り出される蹴手繰りを蹴り返してみたが、人蛇は片手で側転してダメージを緩和した。度を超えて柔軟な体をしてっから、打撃にクソ強いんだよな、この人……
「シャーーーー!!」
変則二段斬り、じゃない!どっちもフェイントだ!気付きはしたが、足を上げて受けるのが精一杯。右足で受けなきゃ、胴体を巻き取られていたな。
「足を取ったぜ、カナタ。これが本当の"揚げ足取り"だな。ええおい?」
人蛇の片袖は布の鞭だ。この人は腕がない方が強い。
「
袖からこぼした砂鉄を左足に絡み付け、鋼のコマを形成する。利き足の回し蹴りを起点に、高速回転してやらぁ!
「ぬおっ!」
いくらアンタでも、遠心力には逆らえまい。伸びる袖ごと振り回される人蛇の目が光った。仕掛けて来るぞ!
「シャーーーーーーーー!!」
軍用コートを脱ぎ払った人蛇は遠心力で吹っ飛ばされながら、狙いを付けていた大樹を蹴って、三角飛びで逆襲してきた。すれ違い様の攻防に、オレの復活が懸かっている!
肩口を浅く斬られて出血したオレに、ギャラリーの視線が集まった。
「……見るのは向こうだ。」
刀を振り抜いたままの姿勢で片膝を突いていたトゼンさんが立ち上がると、ハラリとシャツの片袖が地面に落ちた。
「ケッ!無い腕なんざ斬っていい気になってんじゃねえぞ。ええおい?」
「これが本当の"ない袖は振れぬ"だ。トゼン、その無い腕を斬って落とされた事は一度もないはずだ。違うか?」
伸縮性強化アラミド繊維、通称"コブラファイバー"は強靱で弾力性に富む。さらに脳波誘導装置まで組み込まれた片袖は、人斬りトゼンの副兵装だ。その製法は御堂紡績の極一部の技術者しか知らない。
人蛇は懐から顔を出した白蛇に頬を突かれると、納刀して歩き出した。そして、すれ違う時にオレにだけ聞こえるように呟きを漏らす。
「合格だ。……よく帰って来た、狼よ。」
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