愛憎編4話 外交の機微



※アトル・サイド


「バダル、おまえがザドガドの市長を兼任し、街の復興と防衛にあたれ。」


バドバヤル氏族の処遇が定まり、テムル様は准将を責任者に抜擢した。


「ハッ!早速、タルタイから追加の人員と物資を送らせます。」


「うむ。ザインジャルガからも人員と物資を送らせる。それからバドバヤルの妻子だが、カプラン元帥が責任を持つと申し出て下さった。少なくとも数年は、中原を離れた方が良いだろう。」


数年どころか数ヶ月内に、バドバヤル氏族をズタズタに引き裂き、見込みのある者だけをテムル様の麾下に組み入れる。それが私の仕事だ。


会議は順調に進み、街の復興と防衛の計画が決定される。対外折衝の指針と復興の役割分担も定めたテムル様は、会議を締め括ろうとした。


「主要な議題はこんなところか。では会議を終え…」


「お待ち下さい。まだ重要な議題が残っております。」


「重要な議題? アトル、何が残っている?」


「ホルローの処遇です。」


テムル様は、頷きながら答えた。


「そうだったな。ホルローもよく戦った。その功に報いる為に…」


「テムル様、私はホルローを軍から追放すべきだと申し上げているのです。」


一同はどよめき、テムル様は激怒する。


「なんだと!? ホルローは街を守る為に勇敢に戦い、未だ療養中なのだぞ!愛国の士を追放するなどあり得ん!アトル、気でも狂ったか!」


「至って正気です。テムル様、ホルローは軍令に背きました。"友邦の要人を救出せよ"、それがホルローと彼の部隊に与えられた任務です。生き残った隊員に聞き取り調査を行いましたが、応戦を決断したのはホルローに間違いありません。これは重大な軍令違反です。資材倉庫に潜伏していれば、空蝉男爵は無事だったのですから。」


「だ、だが、男爵も応戦に賛同してくれたのだろう!そうでなければ…」


「たとえ男爵夫妻が"民間人を守る為に戦おう"と申し出て下さっても、お諫めするのがホルローの役目でした。救出の責任者が応戦を決断するなど許されません。」


私を非難する一同を抑えて、バダル准将がホルローを擁護する。


「皆、静まれ!参謀長、民間人の保護が軍人の最優先任務だ。軍令違反にはあたるまい。」


「国内で留まる話であれば、仰る通りです。しかし、他国の要人が関わる事態であれば、話は別です。友邦の要人を警護する任務を命じられた軍人の前にテロリストが現れたとしましょう。兇賊の銃口は自国の民間人と友邦の要人に向けられている。この場合、警護兵はどちらを守るべきでしょうな?」


究極の選択ではあるが、この場合は友邦の要人を選ばなくてはならない。もし、自国の民間人を選べば、国際問題に発展してしまう。


ザドガドの悲劇は戦争ではなく、国家の後押しを受けたテロ事件として処理すべきだ。女子供を人質に取って市長を脅迫し、ならず者を主体としたテロ細胞を蜂起させたのだから。


「そ、それは……」


言葉に詰まったバダル准将に代わって、テムル様が反論する。


「待て。"自由都市同盟に所属する全ての軍人は民間人を保護し、その生命と財産を守らなければならない"と、同盟憲章に記されている。これは加盟都市全てに適用される国際法だ。空蝉男爵もホルロー大尉も同盟軍人、彼らは同盟憲章と己が良心に従い、戦った。ゆえにホルローを処罰する必要はない。」


「お言葉ですが、同盟憲章を盾にしても、連邦市民の納得は得られません。龍弟公の来援まであと僅かの状況で、なぜ動いたのかと非難は免れない。」


この点に関しては、バダル准将にも思うところがあったらしい。


「……う~む。確かに戦うにしても、即時応戦ではなく、龍弟公と合流してからにすべきだったかもしれんな。ホルローも公爵の来援が近い事はわかっていたはずだ。」


溜まりかねたテムル様は、テレパス通信で本音をぶつけてきた。


(アトル!ホルローは命懸けで祖国と市民に尽くしたのだぞ!功に報いるどころか、追放するなどあんまりだろう!)


(わかっております。しかし、お咎めなしと言い出すのが我々ではいけないのです。要人を失った連邦側からの申し出を受けて初めて、それが叶いましょう。)


ドラグラント連邦との友誼を重んじたテムル・カン・ジャダラン総督は、心を鬼にして功労者を追放。総督の心情を慮った帝が、寛大な処遇を申し出る。こういう筋書きでなければならない。


「……わかった。要人救出任務を放棄したホルローには、軍籍の剥奪と国外追放を命じる。」


王は無情であってはならない。しかし、情に流されてもいけない。国家間の筋目を通しつつ、構築した信頼関係を以て、問題を解決する。テムル様なら、それが出来る。


「お待ちください!」 「それではあまりにも!」 「どうか御再考を!」


会議の出席者達は、口を揃えて寛大な処遇を嘆願したが、テムル様は首を振った。


「アトルの言う通り、連邦との友好関係を重視する姿勢を内外に示す為には、ホルローを処分するしかないのだ。皆が納得出来る結果を出すゆえ、暫し静観していろ。俺が必ずなんとかする。」


大龍君は仁愛の王、ホルローの追放など望まれない。心を鬼にしてこそ、友好が保たれるケースもある。テムル様が鬼になれぬ以上、私が鬼になるしかない。これで、友誼の為に私情を殺したテムル様、勇士への温情を見せた大龍君、どちらも声望を高める事になる。


─────────────────


会議を終えたその足で、市民病院に向かう。ホルローの説得は私の仕事だ。


回復状況の説明を受けながら案内された集中治療室には、ホルローとサラーナの姿があった。私は手で合図して、主治医を下がらせる。


「さ、参謀長!ングッ!」


気が進まない仕事とはいえ、ノックぐらいはすべきだったな。サラーナは慌ててクッキーの箱を枕の下に仕舞い込んだ。


「どこから持ち込んだのか知らんが、菓子を食えるぐらい回復した事は喜ばしい。腹の傷から砂糖をこぼさんようにしろよ?」


二つのベッドの間に置いてある椅子に腰掛け、まず吉報を告げる。


「甘い物好きのじゃじゃ馬は本日付で中尉に昇進、授与式は退院後に行う。似合わない礼服をクリーニングに出しておけ。」


「似合わない、は余計です!……ですが参謀長、私は護衛の任を果たせませんでした。」


「おまえは全力を尽くした。何としてでも男爵夫人を逃がそうと、身を挺して戦ったのだ。だがホルロー、おまえは任務を放棄した。それが重大な結果を招いた事はわかっていような?」


「覚悟は出来ております。どんな処分を言い渡されても、お恨みは致しません。」


ホルローの言葉に驚愕したサラーナは、病室だというのに大声を張り上げた。


「そんな!参謀長、ホルロー大尉も身を挺して祖国の為に戦ったんです!私が昇進するのに、ホルロー大尉は処分されるなんて、筋が通りません!」


「過程と結果が違う。おまえは"男爵夫人を警護する"という任務の最中に予期せぬ裏切りに遭い、勇戦するも倒された。だが警護対象の"男爵夫人は無事"だった。ホルローは"男爵夫妻を救出する"という任務に赴きながら、私情を優先して"男爵の戦死"という最悪の結果を招いたのだ。」


「言葉もありません。最悪の結果の責任は私にあります。ですが部下には寛大な処分を。彼らは私の命令に従っただけなのです。」


「処分されるのはおまえだけだ。ホルロー大尉は本日付で軍籍を剥奪、傷が癒え次第、国外へ去るように。」


「ハッ!」


じゃじゃ馬娘が私の肩を掴み、反対側に振り向かせる。一日に二度も肩を掴まれるとは、珍しい日だな。


「参謀長!自分は納得出来ません!」


「おまえの納得など求めていない。ホルローが納得すれば良い事だ。」


「大尉が追放されるのであれば、私も野に下ります!」


「ここは病室だぞ、大声を出すな。サラーナ、野に下る前に、する事があるのではないか? 例えば手紙を書く、とかな。」


遠回しな物言いでは、伝わらんのだろうな。


「……退院したら、薔薇園に赴きます。許可して頂けるのでしょうね?」


ほう、伝わったか。私の見立てより頭が良い娘だったらしい。


「傷病休暇は同盟軍人の権利だ。他所では知らんが、テムル師団では遵守されている。ホルロー、この封筒にラベウニ島行きのチケットと、リゾートホテルの宿泊券が入っている。島に飽きても、ホテルから動くなよ。連絡が取れないと復帰に支障が出る。」


「し、しかし、私は……」


ホルローが躊躇っているので、押し付けるように受け取らせる。


「おまえは正しい事をした。だが外交は複雑でな。手順を踏まねば、理解を得られん。」


惜しむらくは、今少しの冷静さが欲しかったが……


いや、目の前で市民が虐殺されているのに、冷静でいる方がおかしい。私なら剣狼殿と合流していただろう、は結果論だな。修理ノ介殿も盟友との合流が合理的とわかっていながら、一人でも多くの市民を救う為に戦ってくれたのだ。


「お心遣いに感謝します。……参謀長、龍弟公と男爵夫人は、さぞ落ち込んでおられるでしょうな。」


「それが問題だ。」


男爵夫人の心痛も問題だが、剣狼殿の落胆はさらに深刻な問題だ。公爵は中原と龍ノ島の掛け橋であるだけでなく、他派閥とのパイプ役も務めている。彼に代わる存在はいないのだ。


「お二方は心配ですが、参謀長がお顔ほど悪い人ではないとわかって安心しました。」


国家間の駆け引きとは無縁のじゃじゃ馬が、気楽な事を言ってくれる。大変なのはこれからなのだ。剣狼殿の復活を信じて、トップ会談の準備をしておかねばならない。



……しかし私は、そんなに悪人顔をしているのだろうか?

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