愛憎編2話 炎の女は挫けない



※マリカ・サイド


ガーデンに到着した龍姫は、シュリの遺体が保管されている命龍館に入ったはずだ。龍ノ島最高の巫女であるミコト姫は鎮魂の儀を執り行ってから、カナタと面会しようとするだろう。


アタイは龍の間からミコトが出て来るのを待った。


「……マリカさん。私は何と言ったらいいのか……」


メイ騎士レオナを伴って龍の間から現れたミコトはアタイの顔を見て、表情の翳りを際立たせる。


「人の死には慣れてる。空蝉修理ノ介は己が信念を貫き、民衆を守る為に戦った。火隠衆の鑑として語り継がれるだろう。」


鑑になんざならなくていいから、生きていて欲しかった。それが偽らざる本音だ。惨劇に目を瞑り、隠れていれば生き残れていたってのに……


手先は器用でも、生き方は不器用。シュリはガキの頃からそうだった。だけどそんな不器用さは、里の誇りだ。


「シュリさんは私にとっても、カナタさんにとっても大切な友人でした。マリカさん、カナタさんはさぞ落ち込んでいるのでしょうね。」


「ついさっき意識を取り戻したようだが、ドン底が底割れしてるらしい。」


リックが体を張って止めなきゃあ、大量殺戮の果てに自滅していたかもしれない。男を見せたリックは、まだ医療ポッドで休んでいるが……


振り払おうとしただけなのに、あの頑丈な男にあンだけダメージを負わせるとは、考えるだけで恐ろしい。叢雲宗家が超人の血族なのは知っているが、八熾宗家も負けず劣らず……いや、殺戮兵器としての性能なら、八熾が上なのかもしれないねえ……


「カナタさんに会いに行きます!!」


駆け出そうとする龍姫の前に立ち塞がる。


「待ちな!その事で話があるンだよ。立ち話もなンだから、アタイのサロンに招待しよう。」


アタイは龍姫とお供を連れて、プライベートサロンに向かった。


────────────────────


「……と、いう訳だ。カナタを立ち直らせる役目は、ホタルに任せたい。」


アタイが事情を説明すると、物分かりのいいお姫様は、私情を抑えて頷いてくれた。


「わかりました。シュリさんが、カナタさんとホタルさんを救う為にそうすべき、とお考えなのであれば、きっとそうなのでしょう。火隠衆上忍、空蝉修理ノ介は偉大な男ですね。」


「ああ。ドラグラント連邦男爵、空蝉修理ノ介は偉大な男だった。SS級兵士にもなろうってもンさ。」


「シュリさんがSS級兵士? まだ決勝トーナメントは開催されて…」


「S級兵士決定トーナメントの出場者が満場一致で、シュリの優勝を認めた。で、災害閣下の強い意向で、SS級兵士の位が追贈される事になったのさ。」


災害ザラゾフはアタイ宛てに、戦地から弔電を送ってきた。


"空蝉修理ノ介はS級上位の実力を持つ"炯眼"ベルゼと"鷲鼻"ハモンド、さらにA級相当と目される化外三人衆を同時に相手取り、見事に勝利してみせた。まこと天晴れな戦人いくさびと、その戦い振りは兵士の頂点に相応しい。よって、"幻影"シュリにSS級兵士の位を追贈する。惜しい男を亡くした"


SS級兵士に認定されるのは、将官になるよりも難しい。家柄や財産はもちろん、軍を率いて勝利を積み重ねても足しにはならないからだ。圧倒的な個の力、単独で戦局をひっくり返す強さがなければ、兵士の頂点とは認められない。


「同盟軍においてSS級兵士を認定する権限を持っているのは、※最初のSS級兵士であるザラゾフ閣下だけ。シュリさんの強さを閣下もお認めになったのでしょう。」


「そういう事だろうね。考えてみれば災害閣下は、派閥の違うアタイらをSS級に認定してンだから、強さへの評価は公平なンだろう。閣下なりの、シュリへの手向けって訳だ。」


現し身の術を使ったシュリと戦えば、アタイだってどうなるかわかったもんじゃない。SS級は妥当な評価だ。


「はい。シュリさんはザドガド防衛戦を勝利に導いた立役者ですもの。ここに来る前にテムル総督とお話ししたのですが、シュリさんが戦った"センターストリート"を、"ウツセミストリート"に改称し、背中を預けた街路樹を中心に公園を作りたいと仰られました。ザドガド市民の嘆願を受けての要請だそうですが、マリカさんはどう思われますか?」


くだんの街路樹は、記念樹として火隠の里が貰い受けるつもりでいたが……市民の嘆願じゃ無碍にも出来ないねえ。


「承知した。姫、しばらくここに滞在出来るか?」


「そのつもりで来ました。都には雲水がいますから問題ありません。シュリさんの隊葬はカナタさんが立ち直ってから、ですものね。」


「そういう事だ。祭祀は最高の祭司に執り行ってもらいたいンでね。」


空蝉家は炎神カカビコを奉じているが、ミコトならそのあたりも上手くやってくれるだろう。


「それでは私はホタルさんに会ってきます。どこにいらっしゃ…」


「このサロンだ。二階の一番奥、シグレが一緒にいる。」


黙礼した龍姫は、お供を連れてホタルの部屋へ向かった。アタイは人の気配がない事を確認してから、地下のワイン庫に降りる。


ヒンヤリとした地下倉の隠しスイッチを入れると、ワイン棚がひっくり返ってPCが現れた。いくつかの認証をパスし、教授と通信が繋がる。


「お兄ちゃんは大丈夫なの!?」


画面に現れたのは実父ではなく、義妹だった。PCの前に張り付いていたらしい。


「大丈夫な訳がない。かなりマズい状態だ。」


聡いアイリに気休めを言っても意味がない。それに、このコは歳に似合わず修羅場慣れしている。だったら事実を伝えた方がいいだろう。


「今からガーデンに行く!」


「気持ちはわかるが落ち着け。今、アイリがカナタに会っても混乱させるだけで、何の助けにもならない。」


「でも!」


「心配すンな。アタイらが必ずなンとかする。緋眼のマリカが嘘を言うと思うかい?」


そう。必ずなンとかしてみせる。アタイ自身の為にも、この星の為にも。


「……うん。マリカさんを信じてる。」


「いいコだ。さ、涙を拭いて、教授に代わってくれ。」


袖で涙を拭うアイリは後ろから大きな手に抱き抱えられて姿を消し、カナタの実父が画面に映る。


「バート、アイリを寝室に。ここ数日、ロクに寝ていないはずだ。マリカ君、カナタの精神状態はかなり深刻なようだな。」


眠れていないのは、教授もだな。画面越しに焦燥感が伝わってくる。


「ついさっき、意識を取り戻したが、ネガティブ思考にどっぷり浸かってるらしい。おチビの言葉が届かないぐらい深刻だ。」


「……そうか。そうだろうな。カナタは初めて、この星に来た事を後悔しているかもしれん。」


「自分が関わらなければ、シュリは生きていたってか? そんな事を言い出したら、何も出来ないンだよ。だいたいそんな考えは、空蝉修理ノ介の生き様を否定する事にもなる。」


とはいえ、カナタの性格からすれば、十分あり得る事だねえ。


「その通りだ。だが私には、何も出来んのだ!!」


衝撃音と共に画面がブレた。教授がデスクを拳で叩いたのだろう。この上なく冷静な男が、かなり荒ぶっている。


「教授、カナタの復帰が長引くようなら、影武者を立てよう。」


ホタルならやってくれるはずだと信じているが、備えを怠る訳にはいかない。


「……それしかあるまい。カナタは自分と背格好が似たトシゾー君に、影武者の訓練をさせていたはずだ。」


「知っている。だが工作を完璧にしておかなければ、すぐに露見するぞ。背格好は似ていても、存在感が違い過ぎる。」


「可能な限りの手を打っておく。マリカ君……カナタを……頼む……」


息子が地球にいる間にそうしてりゃあ……いや、教授がああだったからこそ、カナタは戦乱の星へやってきたんだ。運命の悪戯に感謝しよう。


「頼まれるまでもない。アタイにとっても他人事じゃないンだ。カナタの事は任せときな。」


通信を切ってから手近なワインを手に取り、手刀で瓶の首を斬り落とす。年代物のはずだが、ヒドくマズい。これしきの酒で酔うはずもないのに、アタイはワイン庫の床に膝を突いてしまった。


「……シュリ……"僕は必ず生き残ります!"って、アタイに言ったじゃないか……」


泣き声言って何になる!気付け薬の代わりに白ワインを頭から振りかけ、滲んだ涙を希釈した。



「……アタイが挫ける訳にはいかないんだ。修理ノ介、修理丸、二人の命は……断じて無駄にしない!!」



※最初のSS級兵士

御堂アスラは武を尊ぶザラゾフの為に、兵士ランキング制度を創設し、彼に運用を任せました。ザラゾフは二番目のSS級兵士としてアスラ、三番目にジェダ。四番目にアギトを選んでいます。兵士の格付けに関しては私情を挟まず、純粋に強さを評価していたようです。アギトやトゼンが選ばれているのですから、人格は考慮されていません。この制度は後に機構軍にも導入されました。

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