慟哭編37話 立つ蝉、跡を濁さず
「兄貴!ホルロー大尉の位置情報が消えた!まさか…」
サイドカーでナビゲーションをしていたリックが、眉をひそめた。
「まだ死んだと決まった訳じゃない!他の隊員の位置情報をサーチしろ!」
「……ダメだ。他の隊員の位置情報もロストしてる。」
全員の位置情報が喪失したって事は、通信機が破壊されたのではなく、電波欺瞞の影響下にあるって事だろう。
「ジャミングされたようだな。リック、位置情報が消えた地点まで3キロになったら教えろ!」
「オーケー、兄貴が先行するって訳だ!」
ホルロー大尉の位置情報はシティセントラルのセンターストリートで途絶えた。そこから大きく動いてはいないはずだ。地図によるとセンターストリートには大小のビルが乱立している。だったらジェットパックを使ってビルの上から探す方が早い。
フルスロットルでバイクをかっ飛ばし、遭遇した敵は片っ端から睨み殺す。オレの行く手を遮るんじゃねえ!
背後から追って来た3台のバイクを輪入道で火達磨にしたリックが、計器に目を落として叫んだ。
「距離3キロだ!方角は10時!」
「オレは先に行く!多数の敵兵と遭遇したら無理するなよ!」
3キロなら燃料はギリギリ持つ。カブトGXのリアカバー型ジェットパックを外して背中に背負い、空へと舞い上がる。リックは巨体に似合わぬ身のこなしでサイドカーからタンデムシートに移動した。
「おう!任せたぜ、兄貴!俺もすぐに駆け付けっからよ!」
逸る心をなんとか抑えながら飛行していると、ジェットパックの噴出音に剣戟の音が混じった。後少しでシュリとホタルのいる戦場に辿り着く!
「チッ!もうちょっとだってのにガス欠かよ!」
手近なビルの屋上に着地し、砂鉄の橋を渡して全力で走る。音から推察して、あのビルの向こうが戦場だ。
「頼む!間に合え、間に合ってくれ!」
眼下で繰り広げられる激戦!だけどシュリとホタルはまだ無事だ!オレは迷わずビルから飛び降りた。念真皿を形成しながら飛び石ステップし、着地と同時に親友に迫る化外兵を斬り捨てる。
毎度の事とはいえ、間一髪ってのは心臓に悪いぜ。
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「やれやれ、なんとか間に合っ……シュリ……おまえ、まさか!!」
友の胸には貼られた止血パッチは真っ赤に染まり、さらに出血している。人殺しとしてのオレは致命傷だと告げているが、人間としてのオレはそれを受け入れられない。
空蝉修理ノ介が死ぬなんて、あってはならない事なんだ!!
「……うん。現し身の術を使ったんだ。カナタ、僕の最後の戦いを見届けてくれ。」
シュリの言葉を聞いて心が暗転する。友は血統秘伝を使ったのだ。命と引き換えに、人外の力を得る秘術を……
「……嘘だ。嘘だと言ってくれ……」
……ギリギリだけど、間に合ったつもりでいた。オレは何の根拠もなく、肝心なところでは上手くやれるはずだと思い込んでいた。世界はオレを中心に回っている訳でもないのに、だ。
シュリはベルゼと決着を付けようとしているが、そんな事をさせてる場合じゃない。オレがクソ野郎どもを始末している間に、手当てをしないと!
動こうとしたオレの肩を誰かが掴んだ。
「ホタル、早くシュリの手当てを…」
衛生兵としても極めて優れたホタルが応急手当して、医療ポッドで治療すれば、きっと助かるはずだ!
「……お願い、行かせてあげて。シュリの戦いを、誰にも邪魔させないで。」
シュリとホタルの想いはオレの意思に反していた。だけどオレは、自分の意思を通せなかった。何故かはわからないけど、通せなかったのだ。
そして不粋なクソ野郎どもが、勝負に水を差そうと蠢き始める。フツフツとやり場のない怒りが、今まで感じた事のない強烈な殺意がこみ上げてくる。
「おまえらがいなけりゃこんな事には……よくも、よくもオレの友を……許せねえ~~~~~!!」
このクソ野郎どもが化外で大人しくしてりゃあ、シュリも市民も無事だった!!絶対に生かして帰さん!!
化外の軍団のど真ん中に飛び込んだオレは、人でなしの外道どもを斬り伏せ、殴り潰し、睨み殺す。逃げる雑兵は殺さない主義だが、騎士道精神なんざクソ喰らえだ!
「待てっ!俺は投降する!」
武器を投げ捨て、上げかけた両手ごと、素っ首を刎ね飛ばす。市民の虐殺を働いた時点でパブリックエネミー、あらゆる協定の適用外となる。仮に法が貴様らを保護しようとも、オレが裁く!
「投降も逃亡も認めん!皆殺しだ!!」
故郷を蹂躙された救出部隊も殲滅に加わり、形勢がひっくり返る。オレは死なない程度に加減しながら、狼眼で援護した。彼らにも、自らの手でクソ野郎を始末する権利があるからだ。
「……ハァ……ハァ……こ、この俺が……トガ派のエースだったこの俺が……こんな無様を……信じられん!」
追い詰められたベルゼは、逃げ道はないかと左右に視線を飛ばしたが、路上は武器を持った市民が塞いでいる。シュリの勇気と奮戦が、彼らを動かした。勝利を祈り、声援を送るだけではなく、武器を手にして立ち上がったのだ。
「個の力に酔いしれ、心を捨てた。だから斃されるのさ。炯眼ベルゼ、ここまでだ。」
出血の影響だろうか、親友の表情が透き通って見える。
……いや、心の美しい男の、澄み切った心が余すところなく、立ち姿に反映されているのだ。
「俺が敗れるなどありえん!この世界は、力こそ正義なのだ!」
ベルゼは閃光と共に一条の光を放ったが、波打つ炎のような刀紋を持つ至宝刀に阻まれる。
「キミに正義を語る資格はない。正邪は力に宿らず、心に宿るものだ。」
正義正論もやり方によっては悪に転じ、必要悪も時代によっては善行になり得る。空蝉修理ノ介はそう言っていた。己の信念を貫徹した男の刃は、力しか信じぬ男の体を、真っ二つに斬り裂いた。
「兄貴、加勢するぜ!この鬼畜生どもは残らず地獄に送ってやる!」
バイクに乗ったリックの参戦が、過剰過ぎるダメ押しになった。指揮官を失ったクソ野郎どもは、殲滅されるのを待つばかり。ベルゼを始末したシュリはハモンドの死体に歩み寄り、声をかける。
「死んだふりをしてるのはわかってる。運良く急所を逸れたようだね。だけど四肢の痺れが収まらない、といったところかな。」
「…………」
「素直に質問に答えたら命は助けてあげよう。答えないなら、足から順に斬り落としていくからね。足を失ったら、逃亡のチャンスはなくなる。では質問、誰の命令でホタルを狙ったんだい?」
「…………」
「オーケー、まず足だ。」
「………バカめ!迂闊に近寄…ぐあっ!!」
身を起こし様に鞭剣を振るおうとしたハモンドの右腕は、紅蓮正宗で斬り飛ばされていた。
「足からって言ったのに。次こそ足だ。僕は嘘が嫌いなんだよ。」
「い、言えば本当に助けてくれるんだな?」
「嘘は嫌い、そう言ったはずだよ。僕の妻を狙ったのは誰だ!!」
鬼気迫るシュリに気圧されたハモンドは、黒幕の名を吐いた。
「……煉獄……朧月セツナだ。※複眼を持つ兵は機構軍にもいたが、空蝉ホタルの複眼はこれまでに確認された複眼と全く質が異なる。その有用性は、おまえらの方がわかっているはずだ。」
「ホタルをモルモットにして、索敵アプリを開発するつもりだったのか……」
「そうだ。質問には答えたぞ。約束通り…」
「カナタ、この男は煉獄の手下で、変種の※スリーパーだ。他に聞き出せる事もあるだろうけど、構わないよね?」
「ああ。煉獄は肝心な事は教えちゃいないだろう。」
兵団の機密を知っているのは、腹心の
鷲鼻が加担しなけりゃ、シュリは現し身の術など使う事なく、ベルゼに勝っていた。理屈でも感情でも、コイツを生かしておく必要はない。
「お、おい!おまえは"嘘が嫌い"だって…」
痺れる足で後退るハモンドにシュリは答えた。
「嘘は嫌いだよ。だけど……外道はもっと嫌いなんだ。」
「待っ…」
鷲鼻は口を開きかけたが、舌が回る前に、首が回っていた。アスファルトの上を転がる生首に一瞥もくれず、シュリはオレとホタルの傍まで戻って来る。妻と市民を守り、凶敵を殲滅。空蝉修理ノ介は、必ず任務を遂行する。しくじった事はない。
小雨が止み、夕陽が顔を覗かせる。夕焼けを背にした友は、穏やかな顔で告げた。
「……カナタ、最後に少し、話をしよう。さあ、ホタルも一緒に……」
※複眼を持つ兵士
今作の覚醒編20話に登場したホーネッカー大尉。殺人蜂の異名を持つ腕利きだったが、イスカと交戦し、戦死した。
※スリーパー
スリーパーエージェント。一般の職種に就いて市民を装う工作員。シュリはハモンドが、実力を隠して軍内の工作を行っていたと看破し、変種と表現しました。
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