慟哭編35話 技師の本領
アシタバとバードフットが斃された事によって、シュリ達は形勢を盛り返す事に成功した。兵士の数で劣る以上、優位に立つ事は出来ないが、なんとか持ち堪えるだけの素地は整ったと言える。表向きには、だが……
……僕の念真力はどこまで持つだろう……弱気になるな!ホタルと仲間の命が懸かっているんだぞ!
シュリはS級上位の実力を持つベルゼと互角以上に渡り合い、さらに数的劣勢にある仲間への援護炎術も放ち続けていた。己を高め続けた男にも唯一、高められないものがある。念真強度は生まれ持った数値が全てで、決して成長しないのだ。
例外は"
「喰らえ!クロススラッシュインパクト!!」
「くっ!」
交差させた長剣二本の着刃部分をピタリと合わせるナイトレイド式奥義を、愛刀で受けるシュリ。初代鉄斎が鍛え上げた稀代の剛刀は
ベルゼはもうシュリを互角の敵手と認めていた。奥義が受けられるのは計算通り、渾身の力で受けさせ、押すと見せかけながら、スッと刃を引く。
「なにっ!?」
「押してもダメなら引いてみろ、だ!死ねぃ!」
受けを崩され、前のめりになったシュリに向かってベルゼは追撃をかけた。しかし、体を揺らめかせながら緩やかに
「……これでも仕留められんか。おまえは世界指折りの強者だと認めてやろう。」
この男は曲者、いや、
"技と速さでは劣れども、適合率の高さと等級に起因するパワーとタフさは俺が上。ならばダメージコントロールを慎重に行い、総量で押し切る。さらに現実的なのは……念真力の枯渇待ちだ"
ベルゼはシュリの泣き所を見抜き、念真力の枯渇を勝ち筋に据えた。いざとなれば切り札も使うつもりでいたが、陽炎を纏われていては、直撃させるのは難しい。一度見せてしまえば、手練れの忍者だけに、陽炎ナシでも躱してのけるかもしれない。となれば、札を切るのは陽炎が消えた後、チャンスは一度きりだ。
「キミのお墨付きなんかいらないね。僕はもっと価値のあるものを既に持っているから。」
シュリも決断を迫られていた。防御の要である陽炎雷霆は、念真力と集中力の消費が激しい。しかし、陽炎雷霆なくして、ベルゼの猛攻は凌ぎ切れない。念真力が枯渇するのは自分が先だとわかっていた。カナタの来援が最良の解決方法だが、空蝉修理ノ介はたとえ親友であろうと他力を本願する男ではなかった。どんな状況であろうとも、自分自身で道を切り拓く。その為の布石は打ってきたのだ。
「俺は強き者を重んじる。空蝉修理ノ介よ、それだけの強さを得たならば、もっと上を目指さないか? 男爵ごときで満足せず、己の街、己の城を持てばいい。俺と来れば、それが叶う。」
ベルゼはシュリの懐柔を試みたが、未熟も迷いのない拒絶が返ってくる。
「断る。だいたい"己の街"なんて言ってるけど、あんな目で見られてまで、領地が欲しいのかい?」
血戦の場である十字路に面した建屋の中から、固唾を呑んで戦況を見守る人々は、憎悪の視線をベルゼ達に向け、祈りをシュリ達に送っている。
「フン!下等民を支配するのは"恐怖"だ。畏怖されてこそ統治者。そんな
「違う。畏怖は論外、畏敬ならまあまあ、敬慕されてこそ真の統治者だよ。キミは論外にすらなれないけどね。……ここで死ぬのだから。」
穏やかな口調の勝利宣言を耳にした市民は、我慢していた歓声を上げた。初めて異名兵士"幻影"の姿を見た者でも、決して嘘をつかない男だと伝わったのだ。背丈はベルゼが10センチも高いが、背中はシュリが大きく見える。
「ガス欠寸前の体でほざくな!死ぬのはおまえだ!」
口上の応酬に敗れた男は、斬擊の応酬を再開した。陽炎を纏ったシュリは長剣を躱し、ベルゼは小盾を駆使して刀を受ける。何度も繰り返された攻防だったが、遂に変化が訪れる。ベルゼの右腕の小盾が、両断されて地面に落ちたのだ。慌てて距離を取ったベルゼは、信じられない事態に驚愕を隠せない。
「バカな!厚み3センチの高精製マグナムスチームの盾が……」
まさかと思い、左腕の盾を確認する。ベルゼの予想通り、盾の真ん中付近に刀傷が集中していた。シュリは斬撃を受けさせながら、一太刀ごとに厚みを削っていたのだ。
「玄武鉄の硬度は高精製マグナムスチームを凌ぐ。僕の紅蓮正宗は天下の剛刀、この世に斬れぬものなどない!」
防御の要である盾を奪う。最初からシュリが狙っていた事だった。二剣と二盾を駆使した攻防一体の剣術を崩すには、盾を奪うのが早い。アスラで最も刀剣類に詳しいとされるシュリの知識は、防具にも及ぶ。蓄えた知識が、効率的な破壊法を彼に教えてくれたのだ。
……利き手の小盾なしでこの男の剣を防げるだろうか……万が一にでも、右腕にダメージを負ってしまったら……
戦歴の長いベルゼといえど、盾を破壊された経験などない。己が創始した剣術に酔いしれたツケが回ってきた。もし、もっと真剣に二剣を操るナイトレイド式を学んでいれば、盾に頼らず、剣受けの技術で戦う事も出来たのだ。ナイトレイド式の攻勢剣術と、ヴァンガード式の防御盾術を融合させたはずのラームズドルフ式。しかしその実態は、攻擊はナイトレイド式に頼り、防御はヴァンガード式に依存する。露呈しにくい脆さのある剣術だった。
……切り札を使うしかない……直撃すればよし……当たりさえすれば、腕の一本は奪えるはず……
均衡を崩されたベルゼは瞳に力を込め始めた。当たれば天国、外せば地獄。運否天賦の勝負は避けたかったが、このまま剣で勝負すれば、左腕の小盾も破壊される。両腕の小盾を失えば、守備力の差で敗北は必至。一か八かの勝負をかけるにしても、今しかないのだ。
渋々ながら覚悟を決めたベルゼが切り札を使おうとした瞬間、戦場に変化が訪れた。
「随分苦戦してるじゃねえか。幻影ってのはそこまでの強者だったのかい。」
前傾姿勢で疾走する痘痕顔が、ベルゼには天使に見えた。数十人とはいえ、手勢まで引き連れているのだ。
「鷲鼻!よく来てくれた!まず幻影を仕留めるぞ!」
「慌てるな。青息吐息なのはわかったが、もうちょっと粘んな。人妻を片付けたら加勢してやるからよ。」
ハモンドは部下との連携などまるで考えずに、最優先目標へ向かってひた走る。
「人妻兵士を甘く見ない方がいいわよ!蟲の相手でもしてなさい!」
スコルピオと戦うホタルは足止めのインセクターをハモンドに放った。
「しゃらくせえ!そんなオモチャで俺をどうこう出来るかよ!」
ハモンドは腰のサーベルではなく、ベルトポーチから取り出した武器でインセクターを迎撃する。四つに枝分かれした
「データにはない武器!どこでバラトの鞭剣を!」
インセクターを叩き落とされたホタルは、ハモンドがスコルピオより危険な男である事を悟った。ヘル・ホーンズの中隊長だった鷲鼻に、
「俺をロンダル人だと思っていたのか? 半分はそうだ。自称ジェントル島民は、大昔にバラト地方を植民地にしてただろう。だから今でも、結構な数のバラト人がロンダル島にはいるのさ。ドゥルーヴ・
ハンドサインでスコルピオに指示を出しながら、ハモンドは本名を明かした。鷲鼻とは面識の浅いスコルピオだったが、相手が完全適合者の血縁者と知り、指示通りにベルゼの援護に向かった。血脈に相応しい威圧感、兵士の頂点ではなくとも、自分よりは強いに違いない。
「じゃ、じゃあ、あなたはジェダ・クリシュナーダの……」
「遠縁だ。成就者は自分語りなんぞしなかっただろうが、クリシュナーダ家はバラトの旧家でな。わりあい裕福で趣味にも走れる。俺みたいに、不倫の結果で生まれた子じゃなけりゃあな。」
移民ながらも裕福な家の当主が、貧しいメイドに手を出して生まれた子。母親が生きている間は庶子として扱われたが、母の死後は使用人に落とされ、下働きを命じられた。疫病を患った訳でもないのに痘痕だらけの醜い顔を持つ少年を、当主は息子と認めたくなかったのだ。かしずかれる身から、かしずく身へ。この落差が、醜い容貌に反比例する身体的素質を持った少年を決定的に歪めてしまった。
「不幸な生い立ちが全てを免罪すると思ったら大間違いよ?」
「免罪なんざ求めちゃいねえ。感謝の気持ちを込めて、親父と継母には天国行きのチケットをプレゼントしたぐらいだ。俺が求めているのは"生まれや容貌に関わりなく、才能に応じて序列が決まる世界"だ。」
「あなたの言う序列は、社会性昆虫と酷似してそうね。暖かい血が通っていない。」
「情などノイズだ。人間の価値は機能で決まる。違うと言うなら、力で証明してみせろ!」
ホタルはハモンドに勝てない。愛する女性の窮地を救う為に、皆が生き残る為に、シュリは決断した。血と汗の結晶をここで葬ると。
……空蝉修理ノ介は目撃者がいる状態で、初見殺しの必殺技"分身の術"を使ったのだ。
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