慟哭編34話 走る猟犬と復讐の蚊柱



※ハモンド・サイド


"鷲鼻"ハモンドは最後の兵団ラストレギオン4番隊、ヘル・ホーンズの中隊長であったが、アギトの招聘に応じて離脱した。利に敏く、己が立場を有利にする為なら平気で仰ぐ旗を変える男と思われているハモンドだったが、それは誤りであった。彼は仰ぐ旗を変えた事は一度もない。終始一貫して、の為に働いているのだ。


煌月龍ファン・ユエルンが"狂犬"マードックに魅入られ、監査役を果たせていないと考えたセツナは、鷲鼻をヘル・ホーンズに送り込み、行動を監視していた。しかし、ネヴィルとの取引でアギトを表に出す事になったので、より危険度の高い氷狼を鷲鼻に監視させる事にしたのである。


狂犬も氷狼も、セツナの手で頭に爆弾を埋め込まれた男だが、狂犬は"自由の身"という見返りを手にしている。マードックは誰かに忠誠を誓う男ではないが、"世界を我が手に"などと考える男でもない。絶対強者として意のままに振る舞うだけであって、放置してもせいぜいどこかの都市国家に君臨し、弱肉強食を掟とする蛮国を築く程度だろう。暴君になれたとしても、その座を維持する為には煌月龍の補佐が必要で、恐るるに足らない。


しかし、氷狼はそうはいかない。狂犬と違って戦術に長け、戦略も組み立てられる。屈辱を晴らす為にも、己が世界の頂点に立つ為にも、必ず朧月セツナを斃そうとする。策略を用いて勝利し、隷属させたといっても、朧月セツナは牙門アギトを甘く見てはいなかった。兵団の部隊長を総動員して取り囲み、降伏させたのは、氷狼の剣腕に一目置いていたからである。


アギトは不満に思うに違いないが、"1対1でアギトに勝てる部下はいない"とセツナは評価していたのだ。危険な商品をネヴィルに売り渡し、自らの手で手綱を取れなくなった以上は、隠し持っていた懐刀を派遣するしかない。


ザドガドで戦う懐刀ハモンドに、真のボスから通信が入った。鷲鼻は部下全員に前進を命じてから、一人で通信機を操作する。


「ボス、悪いが今は取り込み中だ。話は後に出来ないか?」


化外の軍団を率いるベルゼに接近し、リチャードやアギトに不満を持たせるように仕向けて、取り込みを図る。それがハモンドに与えられた任務だった。偶然ザドガドにやって来た空蝉ホタルの売却話をベルゼに持ち掛けたのも彼。煉獄は炯眼を"金や地位で飼い慣らせる男"と見做していたのである。ハモンドが手付として渡した金塊で、迷いもせずに千里眼の略取を了承したのだから、セツナの読みは当たっていたと言えるだろう。


「そうもいかぬ。剣狼がザドガドに現れたようだ。」


「なにっ!? それは事実なのか!」


「市内に潜伏させた工作員が目撃した。間違いあるまい。」


"あの狼め、狙ったように修羅場に飛び込んで来やがる!"、ハモンドは心中で悪態をついた。


「マズいぜ、ボス。炯眼は幻影には勝てるだろうが、剣狼は無理だ。」


「だから連絡したのだ。ハモンド、千里眼の確保を最優先しろ。を出しても構わん。」


鷲鼻は侮られない程度に力を発揮し戦果を上げ、そして警戒されないように、その実力を隠してきた。元同僚の"天才ジニアス"ユエルンと"イカレ女クレイジービッチ"ドーラは、機構軍でも名だたる強兵として高名と悪名を博していたが、"鷲鼻"ハモンドも彼らに匹敵する実力者なのだ。計算尽くで、二人の陰に隠れていただけなのである。


「了解だ。ボス、場合によっては炯眼も捨て駒に使うが、構わないな?」


真の実力を見せてしまえば警戒を招き、もう密偵兼、調略要員としての任務は果たせない。"俺に行灯あんどんを捨てさせる。それだけの価値があの女にはあるという事だ"と、ハモンドは考え、ベルゼの調略を断念した。


、と言ったはずだ。千里眼を略取し、戻ってこい。おまえに相応しい席を用意しておく。」


「お任せあれ。アギトのツラはもう見飽きた。マードックの方がいくらかマシだったよ。」


「フッ、だろうな。ハモンド、私は災害とその小倅を適当にあしらってから、白夜城へ戻る。以上だ。」


"……早期の撤退、ボスは慎重屋リチャードは動かない、と読んでいるのか。俺も長居は無用だな"


用済みになった通信機を念真擊で木っ端微塵に粉砕した鷲鼻は、首を鳴らしながら口笛を吹いた。もう三味線を弾く必要もない。殺し合いの場で力をセーブしながら戦うのは、全力を出すよりも骨が折れるのだ。


「……行き掛けの駄賃にアシタバも始末しておくか。あの男、参謀としては結構有能だからな。アギトと連まれたままでは厄介だ。」


イボだらけの鼻を猟犬のようにヒクつかせながら、ハモンドは最前線へと走る。全力を出しても良いなら、敵中を突破し、ベルゼの元に急行するのは難しくない。部下は半分も付いてこれないだろうが、一向に構わぬ。千里眼を連れて白夜城に戻れば、自分に相応しい席が用意されているのだから……


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※シュリ・サイド


「俺が上だ!上のはずなんだ!」


才能と経験で空蝉修理ノ介を遥かに凌駕する自分が、苦戦するなどあり得ない。しかし、そのあり得ない事が現実に起きているのである。


「武器か!武器の差なのか!? 貴様が俺に勝る点は、至宝刀だけだ!」


何合となく打ち合い、どちらも手傷を負ってはいるが、自分の傷がより深い。意識でいくら否定しても、軍人としての経験が、ベルゼに現実逃避を許さなかった。


「いい武器を持つのも実力の内だよ。まだ奥の手を隠してるんだろう? 早く使わないと、温存したまま死ぬ事になる。」


激昂するベルゼの二本の長剣をかい潜りながら返しの刃を入れるが、小盾に阻まれダメージを与えられない。炯眼ベルゼが思考ではなく、本能で鍛えた技を再現出来る男である事も確かであった。


剣術、盾術の師である父母との修練以外で劣勢に立った事がないベルゼ。格上に囲まれ、非力非才に悩みながらも己を鍛え続けたシュリ。両者の違いは得物の優劣のみにあらず、逆境への強さにあった。


勝ち易き道しか歩んだ事のない男は、やはり易き勝利を模索する。目的の為なら市民の虐殺を厭わないベルゼだったが、最も容易き道、"数で囲む"を命じるのは躊躇われた。なせなら"1対1では分が悪い"と認めるようなものだからだ。


「この若僧は嬲り殺しの刑にする!三人衆、集まれ!」


勝利の為ではなく、自分に刃向かった者への罰として、という名目でベルゼは腹心を呼び寄せた。2対1の状況だったスコルピオ、異常な脚力と脚質を誇るバードフットはベルゼの元に駆け付けられたが、スケイルだけはそうはいかなかった。救出部隊一の剣の使い手、ホルロー大尉と戦っていたからである。


「手空きの者は…誰でもいい!男爵を援護するんだ!」


硬い鱗に手こずりながら、ホルローは必死に叫んだ。化外の軍団は数で勝り、練度は互角。ホルローの部下に手空きの者などいない。魔境を故郷とする化外の軍団は、蒼狼の誇る精鋭部隊の行く手を遮り、突破を許さなかった。この質の高さ、個としての強さを、朧月セツナは欲したのである。


「幻影、ここまでだな!」


3対1となったベルゼは、勝利を確信した。化外に落ち延びてからずっと、三人衆と共に戦ってきた。すなわち、コンビネーションも磨き上げてある。一人欠けてはいるが、大勢に影響などあるまい。


「勝ち誇るのは早いと思うよ?」


3対1になっても幻影は怯まない。空蝉修理ノ介の友、天掛彼方は乱戦に滅法強い男だった。友の背中を追い続けた男は、乱戦を制する秘訣も学んでいる。脚力のあるバードフットに広範囲の火炎を放ち、二本の剣と蠍の尾は体術で躱す。


「ペッ!陽炎を纏ってやがるのが厄介だぜ!」


顔面に蹴りを喰らったスコルピオは、赤い唾と台詞を石畳に吐き捨てた。鋏の手シザーハンズも蠍の尾も、揺らめく体を捉えられない。


血煙が渦巻く戦場に耳障りな音が鳴り響き、スコルピオの目に業火に包まれる仲間の姿が映る。耳を抑えてうずくまってしまった男を見逃す程、"幻影"シュリは甘くはなかった。


「バードフット!……お、おのれ……」


呻くスコルピオ。鳥類に近い耳を持つバードフットは特定の音域を大の苦手としていた。※携帯型EMP爆弾の爆音は、彼の弱点を突いてしまったのである。


「アシタバァ!貴様、よくも余計な真似を!」


スコルピオは爆弾を炸裂させたアシタバを責めたが、アシタバはバードフットの弱点を知らされていなかったのだから、決して故意ではない。


「文句は後で聞く!手足をもがれた女を仕留めるのが先だ!だいたい、おまえが俺の援護を放棄したからこうなったんだぞ!」


機械の蟲による攻撃を凌ぎ切れないと判断したアシタバは、用意しておいた切り札を使ったのだ。部隊の電装兵器を失うのは痛手であったが、自分の命には代えられない。


「…………」


インセクターを失った"蟲使い"は黙ったまま刀を構え、アシタバと向き合った。


「怖い目で睨むなよ。恨むんなら知恵の回るお友達だぜぇ。コイツは※狼狩り部隊ウルフバスターズを葬った時に、剣狼が使った手なんだからよぉ。」


仲間を三人殺されたアシタバは、空蝉ホタルの復讐に備えて、インセクター対策を講じておいたのである。復讐者が彼女自身なら、蟲さえ封じれば勝てると考えていたのだ。


「能書きはそこまでにして、かかって来たら? 剣の勝負なら勝てると思ってるんでしょう?」


最大の武器を封じられたはずの女が、まるで動揺していない事にアシタバは苛立った。"このアマ、俺に剣の勝負で勝てると思ってやがるのか!"と苛立ちが怒りに変わる。


「言われなくとも、遊んでやらぁ!あの時みてえに泣き叫んでも、旦那は助けにゃ来れねえぜぇ!」


なかなか使うようになってはいるが、剣術だけなら俺が上。荒ぶりながら距離を詰めるアシタバの足が止まった。


「な…んだと!?」


アシタバの足の甲は、インセクターの長針によって地面に縫い付けられていた。力任せに引き抜こうにも、足止め専用の針は上部が傘のように開き、地中では根のように刺を張り出していた。


「カナタを恨む? 冗談でしょう。カナタは自分の考案した手が、※私に使われた時の事まで考えてくれていたのよ。今使っているのは、インセクター。電磁パルス攻撃で、常備品が無力化された場合に備えての、ね。」


バドバヤルに没収された常備インセクターなら、対EMP被覆を施された蟲は10機で済んでいた。しかし、予備インセクターは、全て対EMP被覆を施されている。運動性能は被覆のない機体にやや劣るものの、備えとしては正しいであろう。


「ま、待て!待ってくれ!」


両足を縫い付けられたアシタバは、その場から動けない。死んだふりをやめた機械の蟲達は、羽音と共にアシタバを取り囲む。


「※80機の蟲に串刺しにされる。外道には、そんな末路が相応しいわ。」


「頼む!見逃してくれ!あの時、俺は見てただけ…グベッ!!」


命乞いをするアシタバの頬に無数の針が突き刺さり、全身が蚊柱に包まれる。蚊柱が去った後に残されたのは、無惨な針鼠だった。主に代わって復讐を終えた蟲達は、新たな針を尾から出して命令を待っている。


「私が相手よ、蠍男!」


愛する夫を援護すべく、妻は蟲達に命令を下した。



ベルゼVSシュリ、スコルピオVSホタル、スケイルVSホルロー、マッチアップは完成した。……猟犬と天狼は戦場に向かってひた走る。


※携帯型EMP爆弾

電磁パルスでコンピューター等を破壊する兵器。


※狼狩り部隊

今作の覚醒編1話に登場。特殊なゴーグルで狼眼を無効化しましたが、カナタに携帯型EMP爆弾を使われてディスプレイがダウン。視界を奪われ、返り討ちにされています。


※前作の再会編10話で、カナタはホタルに自分が開発を命じた小型EMP爆弾への対策を教えています。


※カナタと出会った頃のホタルは60機のインセクターを使役していましたが、成長して80機に増えています。

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