慟哭編33話 炯眼VS幻影



「ゆけっ!女以外は皆殺しでいいっ!」


アシタバは配下をけしかけ、自分はけんに回った。空蝉ホタルの剣腕が自分を上回るとは思っていなかったが、千里眼の戦闘記録はないに等しい。クリスタルウィドウ最弱の幹部とはいえ、それでも中隊長なのだ。迂闊に仕掛けるべきではないと、慎重屋らしい判断を下したのであった。


「誰ぞの陰に隠れなければ、戦場いくさばに立てないとは。みんな、迎え撃つわよ!」


対する空蝉ホタルは遊牧兵の陣頭に立ち、蟲を操りながら刀を振るう。


「ホタル、その外道は任せた!」


「ええ!いつぞやの借りを刃で返してやるわ!」


彼女の夫は反対側から来襲する化外の軍団を迎え撃つべく、陣形を整えた。アシタバを自分の手で始末したいのは山々であったが、アシタバ以上の敵が迫っている。私怨より市民、空蝉修理ノ介の信念は揺るがない。


「もらった!」


鏡面迷彩を使い、ビルの陰から忍び寄っていた化外の先鋒を一見もせず、シュリは斬って捨てた。石畳の上に両断された全裸の死体が転がる。


「忍者の不意を打てるとでも思ったのかい?」


手にする愛刀・紅蓮正宗を一振りし、付いた血糊を払った忍者の目に、化外の軍団が映る。


「おまえが"幻影"修理ノ介か。なかなかの腕前だと褒めてやろう。」


化外の軍団を率いる炯眼は、敵手の腕を称えたが、称えられた男は刀の切っ先を向けただけだった。


「S級兵士の俺が褒めてやったのだ。感想の一つでも言ったらどうだ?」


「感想? そうだね、"虐殺者に褒められても迷惑だ"かな。大物振るのはそこまでにして、かかってこい。」


「小物がつけ上がりおって!貴様と俺ではキャリアも才能も別次元なのだ!」


ベルゼは二本の長剣を構えて走り出す。疾走しながら炯眼は、その異名の由来となった能力を見せた。ギラつく目から、眩い閃光を放ったのだ。


「そんな宴会芸が通じるものか。瞳の光量は絞ってある。」


ベルゼの接近を察知していたシュリは、その対策を講じていた。


「暗闇での戦いに慣れた貴様は平気かもしれんが、平原の蛮人どもはそうもいくまい!」


「蛮人はおまえだ!法が裁く前に、僕が裁いてやる!」


信念の相剋する両雄、剣と刀が火花を散らし、苛烈な一騎打ちが始まった。


「貴様が俺を裁くだと? 圧倒的才能の前には、凡人の研鑽など無意味なのだ!」


ベルゼは長剣二本に二つの小盾を操る我流剣法に絶対の自信を持っていた。事実、白兵戦で劣勢になった事など、ただの一度もない。適合率97%の強靭な肉体と、父母から学んだ攻勢剣術と防御剣術を融合させた魔性の技が、彼を勝利に導いてきた。準SS級、もしくは超S級という格付けがあれば、ベルゼはそこに該当する強者なのだ。理屈から言っても、A級兵士の修理ノ介に負けるはずはない。


「ザラゾフ元帥や"死神"トーマが言うならともかく、が才能を誇ってもね。」


二本の長剣は、陽炎のように揺らめく忍者の体を捉えられないでいた。空蝉修理ノ介は、ベルゼを超える太刀筋を見てきた男である。剣速と剣圧なら盟友のカナタ、技量と魔性なら大蛇ト膳、体術と足技では里長のマリカに及ばない。タイプの違う"兵士の頂点"を仲間に持ったシュリは、いかなる強者にも臆さない男だった。


「抜かすな、凡人が!喰らえい!」


癇癪を起こしたツケは、すぐに返しの刃として取り立てられる。次元流仕込みの正確無比なカウンター、その切っ先がベルゼの頬を捉え、火傷を伴う手傷を負わせる。


"この男の適合率は、高く見積もっても90%。小技で誤魔化してはいるが、地力は俺が遥かに勝るはずだ"


火傷の熱さで冷静さを取り戻したベルゼは、小盾を駆使して引き気味に戦いながら、予測の裏付けを得るべく、シュリの身体能力を見極めにかかった。ベルゼの意図を察したシュリは、火炎を放って仲間を援護する。ベルゼ隊140名、アシタバ隊50名に対し、救出部隊80名、義勇兵40名の自軍は数的には不利。一人でも戦死者を減らす為に、為すべき事があった。


「螺旋業炎陣!!」


手傷を負いつつも放たれた地獄の業火は、後方から射撃支援を行っていた1個中隊を火だるまにする。


"弱兵を討つべし"の鉄則はこの場合も有効で、残る1個中隊は援護を止めて逃げ出した。ベルゼ大隊の化外人は精鋭だが、リードの部下だった2個中隊はビビらせれば逃げ散るだろうと読んでいたのである。


「手下の心配などしている場合か。その傷、浅くはあるまい?」


ベルゼはロードギャング上がりなど元よりアテにしていない。枯れ木も山の賑わい、程度に考えていた。枯れ木で有効打を得られたなら、上出来とも言える。蛮人どもは善戦しているが、化外の強者、スコルピオ、スケイル、バードフットを抑えられる者はいない。この数なら戦術よりも個の強さがモノを言う、大隊規模の戦いを熟知するベルゼに焦りはない。


「手下じゃない、仲間だ。」


左上腕部を切り裂かれたシュリにも焦りはない。覚悟を決めて、この場に臨んだからである。身の安全を望んだなら、いくらでも手はあった。しかし軍人として、いや、人として戦う男の心には、消せない炎と溶けない氷、情熱と冷静さが同居している。


身体能力の高さではなく、信念の強さが空蝉修理ノ介を支えているのだ。


────────────────────


「久しぶりだな、ホタルちゃん。体のどこにホクロがあるのか、蛮人どもにも教えてやろうか?」


部下任せでは大魚を逸する、そう考えたアシタバはやむなく参戦した。部下10人を人柱に、百億の技量も読めた。1対1でも勝てそうだが、化外三人衆で一番腕の立つスコルピオの援護もある。蠍の存在は百億を捕らえた後は邪魔になるが、出し抜けないなら分け前に預かれば良いだけだ。


「やっと出てきたわね、。腰の刀は抜けても、足の真ん中に付いてる刀は鞘被りだなんて笑っちゃうわ。口惜しかったら、そっちも抜いてみなさいよ。」


嘲弄するつもりが嘲弄されたアシタバは、憤怒で顔を赤くする。さらに遊牧兵の爆笑で追い打ちをかけられ、参謀インテリを自認する男は怒りを爆発させた。


「ほざくな雌ガキが!兵団に引き渡す前に、たっぷり嬲ってやるぜ!」


「アシタバ、余計な事を言うな!」


スコルピオはアシタバを窘めながら、ターゲットに接近する。百億を捕らえた瞬間に、返す刀でアシタバを殺す。信用ならない男ではあるが、局面によっては有能さも見せる。ベルゼ連隊ナンバー2の座を維持する為にも、ここで始末しておくべきだと考えたのだ。


"ザドガド攻略戦など、俺の出世街道の始まりに過ぎん!"


袂を別ったカメレオンは、レオン・ペペインと名を変え、今は皇女衛士隊で要職を務めている。スコルピオは海賊団の仲間だったカメレオンより上の地位を得たかった。かつて所属した化外海賊団の頭目・クラーケンは"跡目はカメレオンだ"と広言し、その海賊団を叩き潰したケリコフ・クルーガーも自分を選ばなかった。


ケリコフとの一騎打ちに完敗したクラーケンは、自分の首と引き換えに配下の助命を懇願した。処刑人は"海賊団を解散し、もう悪事に手を染めない事"と、"見所のある者を自分の部下にする事"を条件に助命を了承した。


"俺は完全適合者・処刑人の部下として、日の当たる場所に出られる!"そう期待したスコルピオだったが、ケリコフ・クルーガーは彼を選ばなかった。さらに屈辱だったのは、成長細胞がぶっ壊れ、図体だけが取り柄だったアンドレアスが選ばれた事だ。あんなウドの大木を選んで、この俺を選ばないだと!? スコルピオは愕然とした。


海賊を廃業したクラーケンは、ケリコフの仲介で真っ当な輸送船を営み始めた。実入りの激減したスコルピオ達は不満たらたらであったが、堅気の船長となったクラーケンはケリコフとの約束を律儀に守った。いくら不満を溜め込んでも、クラーケンには刃向かえない。ケリコフには完敗したが、化外の海で"八つ足の悪魔"と恐れられた男が衰えた訳ではなく、海賊稼業に戻ろうとした者は、吸盤のある足で圧殺されたのだ。


不遇を囲うスコルピオ達を救ったのは、ベルゼだった。化外に落ち延びてきた逃亡者はクラーケンを斃し、密輸団を結成した。"この男なら手段を問わずに高みへ引き上げてくれる"と考えたスコルピオ達は、ベルゼの忠実な配下となったのである。


「アシタバ!インセクターは俺が落とす!千里眼を仕留めろ!」


遊牧兵の援護に散っていたインセクターが蜂の群れのように集結し、アシタバとスコルピオに襲い掛かる。剣と尻尾、手足の全てを使って応戦しなければ、この数には対処出来ない。


「落とし切れてないだろうが!インセクターには限りがある!まずは羽虫を落とす事に集中するぞ!」


復讐の刃を懸命に防ぎながら、アシタバは叫んだ。剣術なら自分がかなり上だと思っていたが、それは擬態だった。ホタルはアシタバをおびき出す為に、全力を出してはいなかったのである。



シュリ対ベルゼ、ホタル対アシタバ、激化する戦いの帰趨はまだ見えない。

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