慟哭編32話 化外の軍団
※カナタ・サイド
「ウスラ、カーゴスペースに行って、サイドカーに輪入道を取り付けろ!」
「ラジャー!」
黒煙の上がる街並みが見えて来た。一刻も早く、友の元へと向かわなければ!
「トンカチ、南側から街へ入れ。空軍と対空車両は敵の手にある。奥まで飛ぶのは危険だ。」
「了解ッス。ホタルさんからの情報だと、敵さんは南門へ対空車両と自走式曲射砲を向かわせているみたいッスよ。」
リガーでもあるトンカチは、ヘリの操縦にも長けている。だが、単機で敵だらけの市内を飛ぶのはいくらなんでも不可能だ。
「バダル大佐の部隊がすぐ近くまで来てるからな。リック、偵察機を全部飛ばせ。バダル大佐はテムル総督を待たずに市内に突入する。」
大佐は指揮権をオレに移譲してくれた。テムル総督の来援前に、反乱軍を街から追い出してやるぞ!
「オーケー、兄貴。」
副操縦席に座ってるリックが格納している小型偵察機を射出する。送られてきた市内の情報をバダル大佐に転送しながら、最も深く侵入出来るポイントを探す。さほど時間が経ってないのに、偵察機の半数が堕とされたか。思ったよりも早く、防御態勢を整えたな。ベルゼの指揮力は並以上と考えるべきだ。
「トンカチ、この兵舎まで飛べそうか?」
オレは友軍が抑えている駐屯所を指差した。もう少し奥まで飛びたいところだが、リスクが高すぎる。
「余裕ッス。兄貴、後部警戒は任せたッスよ。」
「おう。」
トンカチの腕なら問題あるまい。ここは二人に任せて、オレは着陸地点から物量倉庫までのルートを検討するか。
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兵舎の屋上に着陸したヘリの後部デッキを開き、リックと二人で出撃する。
「ウスラとトンカチは駐屯兵に手を貸してやれ!オレとリックが戻るまで、ここを死守するんだ!」
この駐屯所を反撃の拠点にする。バダル大佐にも連絡済みだ。
「了解だ!」 「大兄貴と兄貴の武運を祈るッス!」
「おまえらもな。リック、行くぞ!」
「おう!機構軍も裏切り者も、蹴散らしてやらぁ!」
カブトGXのアクセルを吹かし、屋上から伸ばした砂鉄のスロープを駆け下りる。兵舎の隣のブロックには、もう敵の隊列が待ち構えていた。
「雑兵はすっ込んでろ!」 「オラオラオラ!そんな板切れで俺らを阻めるかよ!」
視線の合った敵兵をまとめて睨み殺し、サイドカーから立ち上がったリックが
バイクの通信機にレッドランプが灯り、剣戟音と聞き覚えのある声が聞こえた。確かこの声は総督親衛隊のホルロー大尉だ。
「怯むな!市民を守るのだ!剣狼殿、聞こえますか!私は救出部隊のホルロー大尉です!男爵夫妻と共に、機構軍と交戦中!」
「敵に発見されたようだな!シュリとホタルは無事か!」
「我々の指揮を執っておられます!機構軍は中心市街で、市民を虐殺しています!男爵は…」
「すぐに現在位置を教えろ!今そちらに向かっている!」
クソが!ベルゼの野郎、よくもそんなド汚い手を!シュリは罠だと知りつつ、出ざるを得なかった。空蝉修理ノ介は、そういう男なんだ。
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※ベルゼ・サイド
「やはり現れたな。隠れていれば良いものを、安っぽいヒューマニズムに囚われおって。」
ベルゼの戦術タブレットには、奮闘する幻影と千里眼の姿が映っていた。
「ボス、生け捕りにするのは千里眼だけでいいんですよね?」
軍服の尻から蠍の尾を生やした男が上官に確認した。男は化外人なのだ。彼に限らず、ベルゼの回りを固める三人の兵士は際だった異貌の持ち主ばかりである。一人は首から下が鱗に覆われ、もう一人は鳥のように膝の関節が逆に曲がっている。幹部だけではなく、ベルゼ大隊100名は全員が化外人で構成されていた。
「うむ。スコルピオ、スケイル、バードフット、俺に続け。鷲鼻と連携し、奴らを挟み撃ちにする。」
勝ったつもりで標的のいる戦場に急行するベルゼだったが、思惑通りにはいかなかった。中心市街で孤立していた同盟兵士が猛烈な反攻に打って出ただけではなく、市民までもが武器を手に取り、虐殺者に抵抗し始めたのだ。幻影の共用通信での呼びかけは、市民にも届いていたのである。
「これだからロードギャング上がりは信用ならんのだ!
嵩に掛かって攻める時は威勢のいいロードギャングだが、死に物狂いで反撃されると脆い。前指揮官で自身もロードギャング上がりのリードはそうならない用兵を心掛けていたが、後任のベルゼは着任したばかりで、連隊の特性を把握していなかった。
そのベルゼが"地味だ"と侮っていた"幻影"シュリは巧みな用兵で、点在する友軍の合流に成功しつつある。このままでは、戦況をひっくり返される。ベルゼは焦った。
「司令塔を潰すぞ!脱落者は放っておけ!」
"鷲鼻"の到着を待っていては間に合わない。化外人部隊だけで反攻の指揮を執る幻影を討つと決心したベルゼは進軍を加速させた。
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ベルゼガルト・ラームズドルフは恵まれた家に生まれたと言える。父も母も優秀な帝国騎士であり、名声を博していた。人生の転機、彼の表現では暗転したのは、自由と平等の理念を重んじた両親が同盟軍へ亡命した事だった。当然ながら両親は機構軍、とりわけリングヴォルト帝国にとっては"裏切り者"であり、多額の懸賞金をかけられる身となった。名のある兵士を差し向けられても退け続けた騎士夫婦であったが、遂に武運が尽き、二人揃って戦死してしまう。
同盟軍は功労者の遺児を手厚く遇した。もちろん、機構軍との違いをアピールする為の宣伝戦略でもあったに違いないが、他の孤児とは違い、英才教育を施されたのだ。ベルゼは父母以上の身体能力と、隔世遺伝なのか突然変異なのかは定かではないが、邪眼能力まで有していた。ただベルゼには、父母の抱いていた理念が欠けていた。そして不幸な事に、彼に理念を教える者もいなかったのだ。
成長し、軍に入隊したベルゼはすぐに頭角を現し、異名兵士と称えられるようになった。しかしベルゼは不満だった。名声を称えられはしても、領地が与えられる訳でもなく、自分より遥かに劣る名家の将校が幅を利かせる。野心を抱く異名兵士"炯眼"はトガ派に身を投じる事にした。自分よりも強い兵士は同派におらず、好きに振る舞えると算盤を弾いたのだ。
ベルゼの目論見通り、トガ元帥は強兵ベルゼを重用し、幾多の問題行動に目を瞑った。火種にガソリンをぶちまけたかの如く、独断専行が傍若無人に変貌するまで、さほど時間はかからない。ベルゼは"戦果を上げれば過程は問われない"と考えるようになり、元より希薄だった人間性はさらに失われ、いつしか完全に消え失せた。
しかしベルゼの傍若無人、残虐非道も遂に終わりを迎える。アスラ部隊が創設され、御堂イスカの命を受けた"緋眼の"マリカが、彼の悪行を暴いたのだ。蜥蜴の尻尾切りを決断したトガと、自分を日陰の身に追いやった緋眼を憎むベルゼは化外に逃亡し、復権の機会を窺っていた。
雌伏する事、六年。ようやく巡ってきたチャンスを逃す訳にはいかない。
「緋眼の眷族である千里眼を兵団に売り渡し、巨額の資金を得る。復讐とビジネスの一挙両得を成し遂げるのだ!」
目的地まで後1ブロックとなった時点で、ベルゼは部下に降車を命じた。化外大隊は全員無事であったが、他の部下はそうもいかなかった。脱落、もしくは撃破され、二個中隊ほどしかいない。それでも勝てると踏んだベルゼの脳裏に、テレパス通信が飛び込んできた。
(ベルゼ殿、俺が千里眼を捕らえる。そっちは幻影を始末してくれ。)
(アシタバ!なぜ司令部を離れた!)
(早いとこ幻影を黙らせないと、戦局がひっくり返されるからだ。四の五の言ってる場合じゃないぞ!)
アシタバはベルゼを出し抜いて、百億を独り占めするつもりであった。ベルゼもその危険性には気付いていたが、背に腹はかえられないと判断し、同時攻撃を許可する。
(わかった。すぐに仕掛けろ。)
ゴーサインを出してから、隣に立つスコルピオにも命令を下す。
「おまえは援護するフリをしながら、アシタバをマークしろ。奴は百億を持ち逃げする可能性がある。」
「任せてくれ。奴が妙な素振りを見せたら、すぐに殺す。」
「スケイルとバードフットは蛮人どもの殲滅だ。行くぞ!」
ベルゼは腹心の化外三人衆と化外の軍団を率い、決戦場へと突き進む。
……ザドガドの命運を決する戦いが、いよいよ始まる……
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