慟哭編31話 軍人の責務



※ベルゼ・サイド


「下水道に張った網にはかからなかったか。どこかから地上に出たな。」


ベルゼは戦術タブレットを見ながら考え込んだ。市街戦の真っ只中でありながら、彼には余裕があった。伊達にS級兵士を張っていた訳ではない。


「そんな事は誰でもわかる!4個大隊も投入しておきながら、まんまと逃げられるとは間抜けな話だ。」


タブレットに映るアシタバは相当苛立っていた。それがベルゼになのか、ロンダル空挺部隊になのかはわからなかったが。


「網に接触しなかったという事は、標的は網の中にいるという事だ。」


「そうだとも!網の中にいるだろうさ!該当エリアにマンホールが幾つあるか知ってるか?」


「カメラはどうだ?」


「解析は済ませ、監視もしてる。連中はカメラに映らないマンホールから地上に出たんだろう。つまりお手上げって事だ。ベルゼ、百億は諦めて市街戦に集中するしかない。南側の防衛施設はあらかた破壊された。バダルが突入してきたら面倒だぞ。」


「諦めるのはまだ早い。俺の直衛部隊を使えば発見出来る。」


ベルゼに直属の部下として与えられたのは、戦死したアダム・リード連隊の残党であった。


「あいつらはロードギャング上がりだぞ!捜索能力なんてある訳がない。街中に火でも点けるってのか?」


「捜せないなら、向こうから出てきてもらえばいい。幻影も千里眼も"民間人を守る"なんておためごかしを信じているクチだ。」


「何をさせる気だ?」


「網の中で市民を虐殺させる。ロードギャングの得意技だ。」


アシタバも虐殺など屁とも思わない男であったが、戦後の追及には敏感だった。


「さすがにそれはマズいだろう。連隊規模で虐殺を行えば、隠蔽するのは不可能だ。」


おまえは虐殺行為が露見したせいで同盟軍から追われた身だろうに、とまではアシタバも言わなかったが、巻き添えは真っ平である。


「俺はそんな命令は出していない。ロードギャング上がりの不心得者が勝手にやった事だ。」


「なるほど。口封じに自信はあるんだろうな?」


命令を受けた大隊長だけ始末すればいい。それなら可能かもしれないとアシタバは考えた。


「化外から連れてきた連中は腕利きだ。しくじるものか。」


強兵を自任するベルゼにとって、ロードギャング上がりの部下など有難くなかった。いずれ口実をつけて、そっくり入れ替えるつもりでいたのだ。思ったより早く機会がやってきただけである。


「だったら問題ないな。奴らが姿を現したらすぐに知らせる。それまでは市街戦の指揮を執ってくれ。優位に立ってはいるが、バダルやテムルが接近中だ。」


「わかっている。アシタバ、オルグレン伯に市内の制圧状況を報告し、来援を急がせろ。テムルの出方によっては、師団規模の戦いになるかもしれん。」


「了解だ。」


こうして、長引く戦争の中でも例がない"前代未聞の蛮行"が開始された。


───────────────


※リチャード・サイド


ザドガド攻略戦の総指揮官・オルグレン伯リチャードの船に、アシタバから来援要請が届いたが、沈思黙考で知られる老伯爵はすぐに返信を行わなかった。暫し考える様子を見せてから、旗艦に同乗する氷狼に問いかける。


「……氷狼、どう思う?」


副艦長席に座るアギトは不機嫌そうに答えた。


「市内の制圧はそれなりに進んでいるようだが、南門付近の防衛施設はあらかた破壊されている。籠城は難しいだろう。」


「うむ。やはり予定を早めたのがマズかったのだろうな。」


「アシタバの判断は妥当だ。テムル師団出撃を察知した時には、もうトロイ部隊の半数がザドガドに入っていた。作戦開始には早過ぎたが、作戦中止には遅すぎる。」


「ほう。卿でも部下を庇う事があるのだな。」


「妥当なものを妥当と言っただけだ。それより何故、ロドニー師団を連れて来なかった。ジェダとの戦いで重傷を負ったにしても、ここに来るまで医療ポッドに入っていれば完治したはずだ。」


「ロードリック公の性格は知っているだろう。人質を取っての内応策だと知られれば激怒する。軍備増強を進めている南エイジアを牽制させる他ない。」


永遠の王国を作り上げ、王の右腕として世界を統治する夢を抱く老伯爵は心中で呟いた。


"ロードリック公が完全適合者となった事は、果たしてロンダル王国にとってプラスだろうか? 元より扱い辛かった将帥が、さらに扱いにくくなった。もう熱風公に一騎打ちで勝てる男は、王国には存在しない。陛下が完全適合者ではないと悟られれば、さらに厄介な事になるだろう"


「イベリア地方に向かった兵団が、上手くザラゾフをおびき寄せたとしても、アスラ部隊がこちらに向かって来るかもしれん。アスラの来援前にテムルを撃破するか? その為に俺を連れて来たのだろう?」


アギトはリチャードの戦略を読んでいた。野戦に強いテムルをリチャードが撃破するのは難しい。リチャードは防衛戦には手堅い手腕を発揮するが、その本分は参謀であり、政治家なのだ。


「ザドガドを無傷で手に入れ、野戦でテムルを撃破する。その後にザドガドで籠城し、本国からの増援を待つ。当初の目的は果たせそうにないな。」


南門と防衛施設を破壊された以上、籠城は難しい。しかし平原の雄、テムルを討ち取ってしまえば、他の部族はいくらでも切り崩しが可能だろう。氷狼が蒼狼を殺せるかが問題なのだ……


「伯爵、今すぐ進軍を早めなければ、バダルが先にザドガドに到着するぞ?」


アギトは焦る様子もなく、淡々と事実を告げた。


「タルタイ軍はテムルを待たずに突入すると思うか?」


リチャードは来援間近のタルタイ軍の動向も気になっていた。


「おそらくな。軍事的には戦力の逐次投入となるが、政治的には前衛四都市のイニシアチブを握る好機だ。」


バダル大佐はテムル師団の副師団長ではあるが外征には同行せず、専ら前衛四都市の防備を固めている。自身の所領は万全だが、残る三都市には市長という名の族長がいて、手綱を取る必要があるからだ。真っ先にザドガドに駆け付け、勇敢に戦ったとなれば、遊牧民を祖とする中原の兵士達から絶賛されるだろう。テムルから与えられた地位ではなく、実績で師団のナンバー2になれる。


アギトが軍事と政治を分けて考えられる男だと悟ったリチャードは、警戒のギアを一段上げながら決断する。

まだ賭けに出る局面ではない、と。


「進軍を停止する。全艦、第一種戦闘体制のまま、待機せよ。」


さしたる戦果を上げられないまま、王国軍主力が大打撃を受ける。それが最悪のシナリオであった。


もしそんな事態になれば、ノルド地方の独立を狙うサイラスが決起するかもしれない。陛下の政敵であるゴッドハルトは、ロンダル王国の分裂を積極的に後押しするだろう。版図を拡げたいのは山々であったが、王国内部に不安要素を抱えた状態で危ない橋は渡れない。合理主義者のリチャードは様子見を決め込む事にした。


「俺は自分の船フェンリルに戻る。ヒャッハー上がりはともかく、参戦した騎士を見捨てるのはマズかろう。」


リチャードに命じられる前に、アギトは席を立った。作戦続行なら先鋒、作戦中止なら撤退支援、どっちに転んでも最初に動くのはキリングクロウだとわかっていたからである。


─────────────────


※シュリ・サイド


「シュリ!大変よ!!コレを見て!!」


インセクターから送られてくる映像が、PCに転送される。そこにはベルゼ隊と思わしき兵士が家屋に侵入し、市民を虐殺。金品を略奪する様子が映し出されていた!


「男爵、すぐに移動を!我々はここを出て戦います!」


救出部隊の長、ホルロー大尉は部下に戦闘準備を命じた。土地勘があり、腕も立つという理由で選抜された救出部隊は全員、ザドガド出身なのだ。故郷での蛮行を見過ごせるはずがない。


「……僕も行く。ホタルはここを出て…」


「私達はいつも一緒よ。説得は無駄、絶対に離れないわ。」


退避して欲しいけど、翻意させるのは無理だとわかっている。戦うとなればホタルの索敵能力は戦局を左右するはずだ。


「男爵夫妻、いけません!これは夫妻をおびき出す為の罠です!」


ホルロー大尉は僕達を押し止めようとしたが、僕もホタルもこれが罠なのは知った上での決断だ。


「わかってる。だけど、虐殺される市民を見殺しにするなんて、僕には出来ない!」


どこの街であろうと市民を守る。それが軍人だ。


「し、しかし……」


「議論している時間はない!ホルロー大尉!共用通信で近隣の部隊に協力を呼びかけてくれ!」


「ハッ!この恩は忘れません!通信手、最大出力で友軍に打電しろ!内容は"この通信を聞いた全将兵に告ぐ、市民を守る任務を遂行せよ!幻影・修理ノ介が指揮を執る"だ!」


作戦計画を練る僕の脳裏に、友の忠告がよぎる。


"発見されない限り、そこを動くな"


……カナタ、すまない。だけど僕には出来ないんだ。目の前で虐殺されようとしている市民を見捨てるなんて……


物量倉庫のシャッターが上がり、傾きかけた日差しを浴びながら僕達は出撃する。ホルロー大尉から無線のマイクを渡されたので、僕は数も定かではない友軍に号令をかけた。



「みんな、聞いてくれ。現在、中心市街で機構軍による虐殺が行われている。我々軍人は民間人を守る為に存在する!今こそ責務を果たすんだ!僕と一緒に戦ってくれ!!」

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