慟哭編30話 救出作戦
※今回のエピソードは空蝉修理ノ助視点です。
「ロケットランチャーだ!全速回避!」
レーダー手が叫び、パイロットが懸命にヘリを操る。間一髪でロケット弾を回避したけど、機体が大きく揺れる。一刻も早くランデブーポイントに向かいたいけれど、どこに敵兵が潜んでいるかわからない。空軍が敵に回っている可能性もある。
アトル中佐の話では、ホタルは自力で営倉を脱出し、今すぐ殺される状態ではない。だったら……
「全機、着陸せよ!目の前に公園がある!」
テムル総督は、僕に大事な部下を預けてくれた。救出部隊を一人も欠く事なく、ホタルとエルデニ曹長を連れて脱出する。それが僕の任務だ。急がば回れ、ここで撃墜されてしまったら、元も子もない。
公園に降り立った救出部隊は、ヘリを守る兵士を残してランデブーポイントに急行する。叛乱に呼応した部隊と二度ほど遭遇したけれど、難なく退ける事が出来た。遊牧民同士の戦いは悲しいけれど、これが戦争だ。
救出部隊80名は、無事に大型商業施設の立体駐車場3Fに到達した。学校や庁舎といった避難所から離れ、身を隠せる建物が多いこの場所を合流地点に選んだ。ホタルがもう到着しているのなら、どこかから様子を伺っているだろう。
「シュリ!!」
ピックアップトラックの荷台に身を隠していたホタルが現れ、駆け寄って来る。僕はみんなが見ているのに、思いっきり抱き締めてしまった。
「よかった!無事だったんだね!」
「もちろんよ!そう簡単に死んでたまるもんですか!」
返答しようとした口は、柔らかい唇で塞がれてしまった。今日のホタルは積極的だ。
「コホン。男爵夫妻、抱擁はそこまでにして脱出しましょう。」
ホタルの脱出を助けてくれたエルデニ曹長に促され、頭を戦闘モードに切り替える。
「エルデニ曹長、妻を助けてくれてありがとう。さて、ここにヘリを呼ぶか、それとも徒歩で公園に戻るか……」
立体駐車場を選んだもう一つの理由は、屋上をヘリポート代わりに使えるからだ。
!!……ヘリのローター音!それも複数だ!哨戒にあたっていた兵士が叫ぶ。
「男爵!ザドガドのヘリが接近してきます!数は12機!」 「こちらからもです!数も同じ!」
挟み撃ちか。どうやら合流地点がバレていたらしい。ハンディコムの通話記録を解析したんだろう。
「しまった!誰かから借りるか奪うかすべきだったわ!エルデニ曹長のハンディコムで連絡したせいで…」
ホタルも原因に気付いたみたいだけど、あの状況じゃやむを得ない。既に総督府が叛乱を察知していた事を知らなかったんだから、連絡を急ぐに決まっている。
「まずは迎撃だ!ロケットランチャーを貸してくれ!砲兵はホタルに続け!」
僕とホタルはロケットランチャーを受け取って左右に別れた。これが阿吽の呼吸さ。狙うのは前に出ている戦闘ヘリだ!
1機は撃墜したけど、もう1機に反撃される。
「総員、伏せろ!」
対人ミサイルの雨が着弾し、駐車車両を炎上させる。反対側のヘリもミサイルを放ったが、それは明後日の方向へ飛んでいった。ホタルはパルスジャマーシステムを搭載しているのだ。
「男爵!これを!」
ロケットランチャーのお代わりをトスしてもらって、残る1機に狙いを定める。ロケット弾とミサイルランチャーが同時に火を噴き、火線が交錯する。またミサイルの雨が飛んで来たが僕は焦らない。ホタルと砲兵は反対側の戦闘ヘリを仕留めた。つまり…
「脳波誘導ミサイルだったのはラッキーだったわね。」
ホタルが両腕をかざすとミサイルの雨は目標を見失った。カナタは試作型だと言っていたけど、十分な性能だ。欠点は、兵士の側に適性が求められる事かな。
残る20機の輸送ヘリは安全圏まで後退し、兵士の降下を開始した。あのヘリの積載人員は20人だから、82対400、しかも挟み撃ちだ。高所の利があっても、迎撃の選択はないね。まあ、こういう事態も想定して、ここを合流地点に選んだんだけど。
「総員、1Fに移動!」
対人ミサイルで負傷者は出たが、戦死者は出ていない。作戦遂行に問題なしだ。
───────────────────
1Fに降りた救出部隊は、数人で車を押して即興のバリケードを作る。追っ手は最速でこちらに向かってくるはずだ。下水道のマンホールを持ち上げ、突入してきた敵兵にプレゼントする。うん、見事に命中したね。
「
作戦前に任命しておいた射撃の名手10名が、左右に別れて重火器を構える。すぐさま始まる銃撃戦。殿が下がれば、追っ手は必ずバリケードを飛び越えて来るだろう。死角に隠れて赤外線センサー付きの爆薬をセット。起動タイマーは30秒後だ。
「
10名の兵士が下水道に飛び込んだのを確認して、僕も撤退する。ドブ臭い地下を進み始めてすぐに、爆発音が聞こえてきたので、また罠を仕掛ける。
赤外線センサーで酷い目にあった敵兵は、同じ罠を警戒するだろう。だから発見しやすいように全く同じ罠を設置する。そしてオトリの罠の前に本命の罠、極細のワイヤー爆弾を仕掛けておく。
"同じ手に引っ掛かるか!"と、罠を解除しようとすればドカンだ。
地下水路を進んでいると、二度目の爆発音が聞こえた。詐術の達人である友は"二度騙された人間は、疑心暗鬼の虜になる。もう手の込んだ罠は必要ない。相手が勝手に深読みしてくれるからな"と言っていた。僕はカナタのアドバイスに従い、適当にワイヤーだけ張りながら撤退している。
(ホタル、そろそろ地上に出てくれ。)
先頭にいるホタルにテレパス通信を飛ばすと、疑問符付きの答えが返ってきた。
(ヘリの傍まで行くんじゃないの?)
(いや、敵はそろそろ地下水路を封鎖するはずだ。)
叛乱の真っ只中なのにハンディコムを解析し、24機のヘリと空挺部隊を向かわせて来た。機構軍は何がなんでもホタルを捕らえたいんだ。だけどそうはさせないぞ!
(オーケー。インセクターさえあれば怖いモノなしよ。)
予備のインセクターは当然持ってきた。蟲使いが復活したなら、索敵は万全だ。
────────────────
防犯カメラの死角にあるマンホールから地上に出た救出部隊は、近くにあった物流倉庫に身を潜める。アタッシュケース型のPCを広げたホタルは、索敵しながら通信も傍受。現状の分析を始める。
「……あまり状況は良くないわね。大佐の寝返りでテムル派の兵士は個々に戦わざるを得なくなってるわ。偽装情報の出し方から見て、敵営にアシタバがいるのかも。」
アシタバが!? 今度はベルゼと組んだのか。
「亡命を装って市内に入ったのはロンダル兵だから、十分あり得るね。アギトは今、ロンダル王国の麾下にいる。」
「朗報もあるわよ。カナタと通信が繋がったわ。」
よしっ!カナタが来てくれれば、指揮系統を正常化して反撃出来るぞ!
「シュリ、ホタル、無事なんだな!」
僕はホタルと一緒にPCのカメラに向かって微笑んだ。
「無事に決まってるだろ。」 「カナタこそ気をつけて。高射砲は敵が抑えてるわ。空軍もよ。」
同盟軍空挺部隊の降下を嫌ったベルゼは、最優先で対空部隊を掌握したみたいだ。これは空路での脱出は危険かもしれない。
「そうか。ベルゼがバカでなければ、対空車両も街中に繰り出してるだろう。アトル中佐の命令で、南側の防壁と防衛施設はあらかた破壊されてる。そこからヘリで市内に入って、後はバイクで移動しよう。2時間、いや、1時間半あれば合流出来る。」
「了解。カナタが到着するまで、ここで潜伏する。24機もヘリを出してくるぐらいだ。ベルゼは僕らにご執心だよ。それとホタルの分析では、敵営にアシタバがいるぞ。」
戦場を突っ切るなんて危険極まりないけど、カナタは兵士の頂点だ。一騎当千の友と合流してから脱出、それが最善手だろう。
「アシタバが!? 行き掛けの駄賃で殺しておきたいところだが、脱出が優先だな。シュリ、ベルゼの執着が本物なら、あぶり出そうと手を打ってくるかもしれん。発見されない限り、そこを動くなよ?」
「敵の意図が見えてるのに引っ掛かったりしないさ。僕と合流しても抱き付かないでくれよ?」
「やっと沈静化したホモ疑惑を再燃させたかねえよ。抱き付くのはホタルにしとくさ。」
僕が結婚したからようやく迷惑な噂も下火になったらしい。
「僕の目の前でかい? いい度胸だね。」
「ハハハッ。シュリ、すぐに行くからな。」
友との通信を終えた僕は、発見された場合に備えて、倉庫に罠を仕掛ける事にした。脱出路の検討はホタルが行っている。手抜かりはない。
……後90分、カナタの来援まで息を潜めていれば、僕の勝ちだ。
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