慟哭編29話 思案のしどころ
「トロイ1からトロイ4まで市内に入りました。防衛部隊は偽装投降を信じたようです。」
倉庫街の一角に設営された司令部。オペレーターから報告を受けたアシタバは素っ気なく答えた。
「市長直々の命令が出てるんだ。信じるに決まっている。」
完全武装のロンダル兵を乗せた輸送船を先んじて市内に入れ、防衛施設を制圧する。"
首尾良くザドガトを占領しても、残る三つの前衛都市は健在で、ザインジャルガ地方を統べるテムルも軍を率いて出撃してくる。となれば、攻略戦の後は防衛戦に移行せねばならず、必然的に防壁と曲射砲が命綱となる。
防衛施設を抑えた後に、バドバヤルがロンダル王国への帰順を宣言し、帰順に応じない兵士はベルゼが鎮圧する。作戦は、今のところは順調に推移していた。
「問題は、バドバヤルの統率力だな。」
本作戦の不確定要素は、バドバヤルの帰順宣言にどのぐらいの兵が従うかが読めない事にあった。"蒼狼"の異名を持つテムル・カン・ジャダランは中原の英雄で、統治も上手く行っている。ザドガトはバドバヤル家の治めてきた街ではあったが、バドバヤルよりテムルに忠誠を誓う兵もいるに違いない。人間は、とりわけ兵士は、英雄が好きなのだ。
そして、バドバヤルの統率力が問題になる前に、切迫した問題が生じた。ザインジャルガ市に潜む密偵から、テムル師団出撃の報がもたらされたのである。
「アシタバ、どうするんだ!木馬はまだ半分しか市内に入っていない!」
司令部詰めの即応部隊を率いる"鷲鼻"ハモンドは、凶報への対応をアシタバに問うた。キリングクロウ連隊の副長はハモンドで、副官で大隊長のアシタバより位は上のはずなのだが、ハモンドはアシタバを参謀として評価していた。伊達に"同盟最強の兵"をサポートしてきた訳ではない、と。
「クソが!やっぱり千里眼の査察は不運の種だったんだ!」
情報漏れの原因はそれしか考えられない。おそらくバドバヤルがしくじったのだろう。アシタバはそう考えたが、実際にしくじったのはベルゼである。もっと早く、隠蔽作戦を切り上げて部下を高飛びさせておけば、もしくは誰かを犯人に仕立て上げて当局に発見させておけば、ケリコフ・クルーガーの介入を招かずに済んでいたのかもしれないのだ。
「俺が訊いているのは情報漏洩の原因じゃない!どう対処すべきかだ!」
だから言わん事じゃない、とハモンドは思った。鷲鼻の不満は"アギトの不在"である。ハモンドもアシタバもキリングクロウ連隊に所属し、直属の上官は"氷狼"アギトだ。ハモンドとしては、名は売れていても元S級のベルゼより、現SS級のアギトがザドガトで指揮を執るべきだと考え、そう主張した。
しかし、本作戦を統括するオルグレン伯リチャードは、アギトの先遣を認めず、自身が率いる後続部隊に同行させた。現場屋のハモンドにはわからない事だったが、リチャードは"アギトとベルゼが協力出来るはずがない"と考えていたのである。
完全適合者である氷狼は"自分が格上だ"と考えて高圧的に命令を下そうとする。だがアントホール作戦を考案し、手筈も整えた炯眼は"この作戦は俺が仕切る"と主導権を譲るまい。命令系統の混乱を嫌うリチャードにしてみれば、当然の判断であった。
「予定を前倒ししてバドバヤルに帰順宣言を出させる!多少の混乱はやむを得ん!」
市長に暗号電文を送りながら、アシタバはオペレーター達に次の指示を飛ばす。
「市内に入った木馬に"防衛施設の奪取を開始せよ"と伝達しろ!帰順宣言が発布されたら公営、民間を問わず、あらゆる通信施設を封鎖するんだ!」
全戦力が市内に入るのを待っていては、機を逸する。市外からテムルに演説されてもマズい。アシタバは非常事態に最善の対処を行った。人物評が極めて辛口のアギトが"ギリギリではあるが、巨大都市の首長が務まる器"と評価しているだけの事はあるのだ。
「やるじゃないか。俺は何をすればいい?」
ハモンドの褒め言葉を喜ぶ余裕はアシタバにはない。
「テムルに忠誠を誓う馬鹿が必ず出てくる。鍵になる施設はこちらが抑えておかねばならん。」
「了解だ。出撃地点がわかったら連絡してくれ。即応部隊はすぐ出られるようにしておく。」
任務を与えられればハモンドの行動は早い。参謀アシタバと実行隊長ハモンドは、悪い組み合わせではなかった。
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倉庫の中央に設置された大スクリーンに、現在の状況が表示される。青のマーカーが機構軍、赤のマーカーが同盟軍、緑のマーカーはどちらにつくかわからない部隊、及び防衛施設を示していた。
市内各所からもたらされる情報を分析チームが検討し、コンピューターにインプットを続ける。大まかな状況を把握したアシタバは、小さく舌打ちした。バドバヤルの帰順宣言に従った兵士は、期待していたよりかなり少なかったのだ。ザドガトだけではなく、ザインジャルガ地方は有力部族が大きな力を持っているとされている。ザドガト最大の氏族の長、バドバヤルが命じれば、半数以上はその命令に従うはずだと見込んでいただけに、失望は大きかった。
「バドバヤルに人望がないのか、テムルに人望があるのか。おそらく両方だろうが、厄介な事になりやがった。ハモンド、Bー9の曲射砲に向かえ。奪取が最良だが、手こずるようなら破壊してかまわん。そいつを黙らせないと、後続部隊が砲撃される。」
優先すべき防衛施設を選定したアシタバは、ハモンドと即応部隊を急行させる。
「わかった。沈黙させたら、次のターゲットを教えろ。要所をかけずり回る事になりそうだな。」
緊急連絡を受けたオペレーターが、叫ぶように報告する。
「アシタバ大尉、ベルゼ少佐から通信が入っています!」
「繋げ。」
「アシタバ、なぜ予定を早めた!」
ベルゼから詰問されたが、選択に自信のあるアシタバは動じない。アギトの参謀を務めてきたせいで、詰問慣れもしている。
「情報が漏れていたからだ。ベルゼ、既にテムル師団が出撃している。主な通信施設は抑えているが、完璧ではない。そのうちテムルが演説をぶつだろう。百億の身柄は拘束出来たのか?」
「タッチの差で逃げられた。忠誠バカが駐屯所にいやがってな。」
ここでも計算違いか。アシタバはげんなりしながら問い返す。
「忠誠バカの名は?」
「エルデニ曹長だ。アシタバ、すぐに…」
「エルデニが契約しているハンディコム会社を調べて通話記録を入手する。情報を手に入れ次第、通信施設は破壊しておこう。」
インフラは出来る限り無傷で手に入れたかったが、この調子では破壊しておかねば危ない。
「いい判断だ。百億は必ず、エルデニのハンディコムを使って外部と連絡を取っている。」
「何かわかったら、すぐに知らせる。それまではトロイの指揮を執ってくれ。」
アシタバはハンドサインで、現在の状況をベルゼの戦術タブレットに送るように指示した。
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「ほう。伊達にS級兵士ではないな。なかなかの手並みだ。」
押されてゆく赤のマーカーを眺めながら、アシタバは安堵した。ベルゼはロンダル兵を上手く指揮し、突然の市街戦に慌てふためくザドガト防衛部隊を切り崩してゆく。裏方慣れしたアシタバは通信妨害で敵の連携を阻止し、偽装情報で混乱させてアシストに回った。防衛司令で市長のバトバヤルが裏切り、指揮系統が混乱したザドガト防衛部隊は奮戦虚しく、急速に追い詰められつつあった。
「散発的に反撃しても、痛撃など喰らわない。この戦、勝てそうだな。」
アシタバが安堵したのも束の間、ザインジャルガ総督テムルが軍に対して演説を始めた。やはり、中規模とはいえ都市の通信施設を完全に抑えるのは無理があったのである。中原の狼は、アシタバ達が最も恐れていた作戦を実行させた。それは"曲射砲による街門の破壊"であった。占領後は籠城せねばならない機構軍にとって、街門が破壊されるのは非常にマズい。
「クソッタレ!アトルあたりの入れ知恵だな!」
当初の作戦計画では、曲射砲と街門詰め所を完全に手中にしてから、帰順宣言を出させる予定であった。不完全な状態で作戦を決行せざるを得なかった弱味に、まんまとつけ込まれたカタチになる。
苛立つアシタバにオペレーターが追い打ちをかけた。
「アシタバ大尉、タルタイ防衛軍が進軍速度を上げました!3時間後に到着します!」
「慌てるな!バダルは事務屋、仕掛けて来るのはテムルと合流してからだ!戦力の逐次投入が愚策なのは、事務屋でも知っているだろう!ベルゼ少佐に連絡して、西側の曲射砲の制圧を急がせろ!」
ザドガトから一番近い街であるタルタイから救援部隊が来る事は想定していた。想定外だったのはタルタイ市長のバダル大佐が、残る二都市の防衛部隊を待たずに単独で救援に駆け付けて来た事だ。
……もし、バダルが危険を顧みずに市内に突入してきたらどうなる? ザドガト防衛軍と違い、タルタイ防衛軍は命令系統が一本化されている……奴は野戦はそこそこ出来るが、市街戦は苦手。進軍速度を上げたのは十中八九、ブラフのはずだ……
「……ここは思案のしどころだな。」
アシタバは思わず呟いてしまっていた。タルタイ防衛軍が突入してこようが、本来ならば問題ない。なぜなら、オルグレン伯の率いる後続、ロンダル王国主力部隊が、ザドガトに接近しているからだ。
問題は、慎重屋のオルグレン伯が、この状況をどう考えるかだ。アシタバは懸命に知恵を絞った。
……ベルゼがどれだけ頑張っても、南側の街門のいくつかは破壊されるだろう。損切りの早いオルグレンが撤退を決断する可能性はある。
俺の欲するものは金と権力、そして永遠の命。金は……ベルゼを出し抜いて千里眼を拘束すれば、百億を独り占め出来る。権力は……まあ後回しでもいい。いや、百億もあれば、身分も買える。一番欲しい永遠の命……サラサ・ザハトの情報を兵団に売り、見返りに"体の乗り換え"を頂く手もあるな。煉獄だって、永遠の命は欲し…待てよ?
奴は"不死身の"ザハトを手駒にしている。ザハトなんてけったいな名がそうそうある筈がない。……そうか!不死身の秘密は、体の乗り換えだったのだ!煉獄の研究はアボットの先を行っている!
セツナ、アギト、ベルゼ、この状況なら誰に乗るかはよりどりみどり、千載一遇の好機を活かさない手はない。アシタバは含み笑いを堪えながら、さらに算盤を弾いた。
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