慟哭編28話 100億の女



※前半の視点は、機構軍サイドになっています。


「命令した通り、千里眼を拘束したのだな? では約束通り、妻のいる場所を教えよう。」


炯眼ベルゼは上機嫌な素振りを隠そうともしない。ベルゼと一緒に市内に潜伏しているアシタバは不安を感じた。不安はバトバヤル大佐との通信を終えたベルゼに質問として向けられる。


「片方とはいえ人質を解放していいのか?」


「約束を守ると事は重要だ。問題ない、バトバヤルは娘を溺愛している。裏金を積んででもセリス女学院に入学させたがるぐらいにな。」


「裏口入学かよ。金持ちはこれだからイヤだね。」


人一倍、金と権力に執着するアシタバだったが、他人の不正は許せないらしかった。もちろん、やっかみも混じっている。


「普通に合格したから、金は必要なかったようだがな。これで百億は頂きだ。」


「百億クレジットだと!? 本当か!」


大金が絡むとなればアシタバのやる気に火が点く。


「もちろんだ。化外とのケチな密輸じゃ百億は稼げん。大きく稼ぐなら、やはり権力に近付かないとな。」


「ネヴィル陛下も気前がいいな。ベルゼ、いや、ベルゼ殿、俺にも分け前はあるんだろう?」


「おまえ次第だ。」


「なんでもやる。この街の奪取に成功すれば、報酬は百億。それで間違いないな?」


目の色が変わったアシタバを、ベルゼと化外人の部下が嘲笑う。


「もっとだ。百億はサブミッションに過ぎん。」


百億がサブミッション!アシタバの心音が早鐘のように打ち鳴らされる。


「絶対に他言しない。どういう事か教えてくれ!」


「おまえのボス、アギトにも秘密に出来るのか?」


「誰にも言わない!サブミッションが百億ってのは、どういう意味なんだ!」


「この街を攻略する報酬、"市長の椅子"はロッキンダム王国から保証されているが、サブミッションの百億は"最後の兵団"から出るのさ。」


違う依頼人から報酬を二重取りする。マトモな人間がやる事ではないが、ベルゼはマトモではないのだ。


「最後の兵団だと!?」


コイツ、機構軍に入ったばかりなのに、もう兵団とも接触していたのか!いや、兵団から接触してきたのかもしれない。アシタバは裏の事情を必死に考え始めた。どちらにせよ、危うい綱渡りなのは確かだからだ。


「おまえは空蝉ホタルの来訪を不運だと思ったようだが、逆だ。これは千載一遇の好機なんだよ。朧月セツナは、百億積んでも"蟲使い"を欲しがっているのさ。」


「あの女に百億の価値があるとでも? 殺された三人は名器だったと絶賛していたが……」


「阿呆が。あの女の価値は下の口ではなく、その両眼にある。世界最高の索敵能力を持つ邪眼"千里眼"に、煉獄は百億の値を付けたんだ。機構軍最強の兵というだけあって、朧月セツナは戦争をわかっている。バッドコピーであっても千里眼を戦術アプリ化出来れば、千億の市場になるだろうよ。奴がもっと賢ければ、兵団で独占するだろうがな。」


「な、なるほど。それなら何故、同盟軍は蟲使いをモルモットにしなかったんだ?」


「アシタバ、少しは頭を使え。眷族にそんな真似されて、里長の緋眼が黙ってるとでも思うのか?」


「納得だ。なら早速サイドビジネスに取り掛かろうぜ。生け捕りなら百億、死体なら五十億ってとこなんだろう?」


アシタバは金勘定は早い。儲け話は頭の潤滑油のようなものである。


「わかってきたじゃないか。俺は部下を連れて"百億の女"をここへ拉致って来る。」


「除け者はよしてくれ。俺だって分け前に預かりたい。」


「俺がいない間に、メインビジネスの準備を進めておけ。この作戦を成功させれば、俺達は権力者にして億万長者ミリオネアだ。」


軍人として優れた能力を持つベルゼは、アシタバの有用性に気付いていた。剣の腕もまあまあではあるが、その真価は作戦準備の手腕にあるのだと。化外から連れてきた部下は戦闘能力は申し分ないが、デスクワークは苦手であった。さらに上を目指すのなら、官僚型の部下も抱えておかねばならない。


「了解だ。本作戦が終わったら、ベルゼ殿に乗り換えたいぐらいだな。」


「働き次第で考えてやろう。俺は"部下にも稼がせてやれるボス"だぞ?」


現在のボス、アギトはアスラ部隊にいた頃から行動を共にした三人を捨て駒にして、戦場から撤退した。アシタバは四人組の中では最も頭が回る。明日は我が身、となる前にボスの乗り換えを考えられる程度にはだ。


ベルゼとてアシタバを捨て駒にする可能性はあるのだが、同じリスクなら実入りの良い方を取る。稼げるだけ稼いだら金で身分を買って、荒事はお仕舞い。それが、自分が最強でも最高でもない事を知る、アシタバの処世術であった。


─────────────────


※ここからはホタル視点で話が進みます。


……近付いてくる足音はひとつ。もし刺客だとすれば相当な手練れだろう。ここでの勝利は刺客の撃滅ではなく、私の脱出。勝利条件を頭に置いて、最善の行動を取るわよ。


「……男爵夫人、いらっしゃいますか?」


ドアの外から囁かれる声。刺客ではない可能性が出て来たわね。


「ええ。……貴方は誰?」


「ザドガド防衛部隊に所属するエルデニ曹長です。貴方の滞在されていたホテルに勤務する従兄弟から"市長が男爵夫人を拘束した!"と電話があったのです。電話を受けた時には従兄弟の勘違いだろうと思っていたのですが、この駐屯所に"正体不明の人物"が連れて来られたので、まさかと思い、確認に来ました。ドアを開けますよ?」


「どうぞ。」


拘束具を外してドアから下がる。嘘ではないと思うけれど、用心はしないとね。


「失礼します。」


カードキーでドアを開けたエルデニ曹長は、曲刀と拳銃を渡してくれた。


「ありがとう。エルデニ曹長、すぐにテムル総督に連絡を。この街に危機が迫っています。大佐は索敵網に穴を空けて、機構軍を迎え入れるつもりです。」


「なんて事を!すぐに総督府に…」


ポケットからハンディコムを取り出した軍曹を制止する。隠すつもりもない足音が複数、聞こえてくる!


「曹長、12時方向から足音がします!他に脱出路は?」


「こっちです!ついて来てください!」


部屋を出ると同時に銃弾が目の前をかすめる。曹長のブーツナイフを借りて床に刺し、外開きのドアを固定。頑丈なドアは弾除けには最適ね!


曹長に案内されて逃げ込んだのは、地下の貯蔵庫だった。あまり広くはない部屋には、所狭しと棚が並び、飲料水と缶詰類、小麦粉の袋が置かれている。


「あの天窓には格子がありません!ガラスを壊して地上に出ましょう!」


ドアに閂をかけながら、エルデニ曹長は天窓を指差した。


……包装用のガムテープがある。そして大量の小麦粉……


「エルデニ曹長、ライターは持ってる?」


「持っていますが、煙草は脱出してから…」


「いいから貸して!私がドアの目張りをしている間に、ありったけの小麦粉を室内にばら撒くの!」


「はいっ!」


私は素早くガムテープでドアを目張りし、細工したライターをドアノブに結束する。


「ここだ!貯蔵庫に逃げ込んでるぞ!」


追っ手がドアを蹴破ろうとしているが、準備は半分終わった。


「このドアを破ったら、外交問題になるわよ!それ以前に、反逆罪で銃殺かしらね!」


警告はしてあげたわよ? 唯々諾々と命令に従うだけが軍人ではない。自分の頭で考えなさい。


警告を終えた私は急いで脚立を天窓の下に置いて上り、形状記憶合金を使って南京錠を外す。空いた窓から地上に飛び出た私はエルデニ曹長に手を伸ばして引き上げ、閉めた天窓を外からも目張りする。


「男爵夫人、一体何を…」


「追っ手を始末するだけよ。さ、行きましょう!」


駐屯所の裏庭から路地に入った瞬間に、爆発音が鳴り響いた。彼らは警告を無視したようだ。


「貯蔵庫に爆薬なんて…」


走りながら首を傾げるエルデニ曹長に、タネ明かしをしてあげる。


「粉塵爆発よ。可燃性の粉塵が大気に浮遊した状態で発火すれば、あんな風に爆発するの。鉱山や穀物倉庫みたいに密閉された空間で起こりやすいけど、屋外ででも起こり得る。解説は終わり、テムル総督に連絡を。」


「はい!」


ハンディコムで総督府に連絡を入れたエルデニ曹長は思わぬ報告をしてきた。


「男爵夫人、テムル総督は軍を率いてこの街に向かっておられます!アトル中佐がお話したいと!」


総督は事態を把握していた!これは朗報だ!


渡されたハンディコムからは、アトル中佐の声が聞こえる。


「ホタル君、ホタル君!無事なのだね!」


「無事です!アトル中佐、テムル総督は既に出撃されたのですね!」


「うむ!ドラグラント連邦からザドガドの危機を知らせてもらった!シュリ君が選抜部隊を率いてそちらに先行している。合流ポイントを指示するからそこへ向かってくれ!」


「了解です!」


「サラーナ少尉と随員は無事か?」


「随員は大佐に騙され、痺れ薬を飲まされて拘束されました。サラーナ少尉は私を逃がそうとして重傷を負い、彼らに連行されてしまったんです……」


「……そうか。至急、救出作戦を発令しよう。ホタル君はランデブーポイントに向かってくれ。場所は…」


ランデブーポイントを暗記した私は、ハンディコムを石畳に投げ付けて破壊した。エルデニ曹長が同行しているのがバレている以上、居場所を教えてしまう事になる。



一刻も早くシュリと合流して、街から脱出しなければ。機構軍はテムル総督の出撃を察知し、計画を前倒しするはずだ。となれば、ここはすぐに戦場になる。

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