慟哭編26話 最悪のアクシデント



「兄貴がザインジャルガへ行くんなら俺もついて行くぜ。」


兵舎食堂で弟分とその舎弟二人を交えて朝食を摂りながら、ザインジャルガ行きを告げると、そんな答えが返ってきた。


「おまえらは砂糖壺に残れ。リックは少将から大規模戦術を習い、ウスラトンカチはエマーソン中佐から中規模戦術を習うんだ。」


リックはゆくゆくは佐官、最終的には将官を目指して欲しい。ウスラトンカチはリックの補佐だ。


「師団級戦術は俺にはまだ早えし、そもそも親父は戦術も兄貴から習えと言ってんだ。実際、師団級戦術でも兄貴は親父より上だろう。兵士としてだけではなく、指揮官としても兄貴から学び、成長した俺がウスラトンカチを指導する。それが理想ってモンだ。」


「そうッスよ。だから俺らも大兄貴について行くッス。」 「以下同文。置いてけぼりはゴメンだぜ。」


少将がそういう意向なら、そうすべきなんだろうな。


「わかった。四人で馬乳酒でも飲みに行くか。昼には出立するから準備しとけよ?」


「了解だ。」 「ラジャーッス!」 


パワーファイター二人は即答したが、技巧派兵士は急な出立に渋面になった。


「やれやれ、今夜はオペレーター姉ちゃんとデートの約束があったんだけどなぁ。」


ウスラこと、ウルスラ・ドーレ曹長は手が早い。女の子が欲しかった両親に女性名を付けられたからでもないのだろうが、どこか女性的な顔立ちをしている優男だ。


ガーデン色男の双璧、ダミアンとバイパーさんがいるから目立たないが、浮いた噂はチョイチョイ耳にする。ひょっとしたらモテ男を自称するトッドさんより、浮ついた生活をしているのかもしれない。


「ウスラ、女遊びもいいが、女の子を泣かせるなよ?」


「……隊長にだけは言われたくないぜ。俺は遊びと割り切ってるコしか相手にしない、バイパースタイルのプレイボーイだ。」


「そういや"俺は隊長みたいに火薬庫に飛び込んだりしねえよ"って言ってたッスね。」


……ほう。言ってくれるじゃねえか。陰でそんなコトをほざいてやがったんだな?


「トンカチ、余計な事言うな!あ、兄貴はそこらはどうなんだよ? そろそろ彼女でも作らないのかい?」


「彼女ねえ。……兄貴に妹はいねえのか?」


少し考えたリックは妙な質問をしてきた。唐突に何を言い出すのやら。


「残念ながらいないね。ゴツイ弟分ならいるんだが。」


「本当に残念だ。可愛い妹でもいれば、彼女の第一候補だったんだが……」


「リック、仮に妹がいたとしてもだ。門番はこのオレだぞ?」


「……兄貴、そりゃ大人げなさ過ぎだろ。自分が兵士の頂点だってわかってんのか?」


大人げなくて結構。姉さんに適用した基準は、妹にも適用されるのだ。


「オレに妹がいなくてよかったな。」


「ンなコタねえよ。兄貴に妹がいたらいいなって本当に思ってるんだ。だってそうだろ? 兄貴の妹を嫁に貰ったら、俺達は本物の義兄弟になれるんだ。」


コイツ、嬉しいコトを言ってくれるぜ。妹がいようがいまいが、おまえはオレの可愛い弟だよ。


「じゃあこうしよう。リックに彼女が出来て、結婚するコトになったら、オレはそのコを義妹にする。だからリックは生涯の伴侶に相応しいコを選べ。」


妹はいないが、例えいたとしても、オレと義兄弟になりたいからって理由で恋愛対象にされるのは、よろしくない。


「ホントか!約束だぜ、兄貴!」


「狼に二言はない。」


オレの好きなコ全員嫁計画が成就すれば、大家族になる。今さら義妹が一人や二人増えたところで関係ないさ。一途なリックは相手に問題がない限り、添い遂げるに決まってるしな。


────────────────

 

天狼ヘリに弟と、弟の弟分を乗せてザインジャルガを目指す。北エイジアが機構軍の手に落ちたせいで、グルッと迂回しなきゃならないのが面倒だったが、もう半日もかからないところまで来たな。


「兄貴、近くに基地がある。腹も減ったし、暖かいモンでも腹に入れようぜ。」


後部座席にいたリックにリクエストされる。冷たいレーションばっかじゃ飽きが来るよな。小休止がてら、基地に立ち寄るか。


「ウスラ、着陸要請を出してくれ。」


「ラジャー。」


副操縦席に座るウスラが基地と通信を始め、オレはヘリの針路を基地に向けた。


────────────────


一時間後、オレ達4人は久しぶりに地に足を付けた。大型のアンテナがいくつも基地中央にあるから、ここは通信の中継基地なのだろう。


基地司令に出迎えられて、司令棟に案内される。食事と小休止を済ませたら、目的地へ向かうとするか。


「……このフライドチキン、お味はイマイチッスね……」


口にしたのはトンカチだけだが、全員が同じコトを思っている。ガーデンマフィアのダメなところは、磯吉さんのお陰で無闇に舌が肥えてるところだ。


「辺鄙なとこにある基地で贅沢言うな。天然物の肉を出してくれてるんだ、これが最大限の歓待なんだよ。」


「公爵、失礼します!」


普段は人工肉を食べてるに違いない通信士官が入室してきた。ノックをすっとばしたってコトは急ぎの用だな。


「何があった?」


「本国から緊急の入電です!通信室に案内しますからお急ぎを!」


天狼の通信装置は陸上戦艦ほどの性能はない。だから立ち寄りそうな基地に入電したようだな。


「わかった、すぐに案内してくれ。リック達は天狼へ戻れ。おそらく緊急発進するコトになる。」


胸騒ぎを覚えながら、オレは通信室へ向かった。


───────────────────


人払いを済ませてから、本国との通信を開く。画面に映ったKの文字。ケリーからの連絡か!


「用心棒、何があった?」


「例の連続殺人の続報だ。下手人は始末した。やはりベルゼの部下だったよ。」


「それで?」


「被害者を調べて、わかった事がある。二番目に殺された女なんだが、殺される少し前まで、首都のザインジャルガ領事館に秘書官として勤務していた。仕事は主に、首都在住の要人とその家族の身の回りの世話だ。」


「彼女の担当していた要人は誰だ!」


「バートル・バトバヤル大佐だ。」


バトバヤル大佐!ザインジャルガ防衛戦の時、バダル大佐に一芝居打ってもらってテムル総督に臣従させた前衛四都市・ザドガドの市長だ!


「大佐の家族は首都在住なのか?」


「ああ。バトバヤル大佐の妻子は最前線のザドガド市から離れ、リグリットで暮らしていた。娘はセリス女学院に通っているが、一ヶ月前から学校を休んでいる。学院には"母親と一緒に極秘の外遊に出掛けている"と届けがあったそうだが…」


「極秘の外遊!? つまり一ヶ月もの間、誰も姿を見ていないんだな!」


殺された元秘書官は要人家族の情報を売ったか、拷問されて口を割った。彼女だけが殺害、もしくは行方不明になったら足跡を手繰られかねない。だから連続殺人の犠牲者に見せかけたんだ!


「そうなる。妻はもちろん、娘も外遊の経験などない。大佐の家族は拉致された可能性が濃厚だ。」


最前線の街のトップ、その妻子が拉致された。そして、大佐はその事実を隠している。家族を人質に取られて、ベルゼの言いなりになっていると考えるべきだ!


「至急、テムル総督に連絡してくれ!ザドガドが危ない!」


「もうやってる。教授がシュリに通信を…待て。シュリに代わる。」


Kの文字が消え、スクリーンに親友の姿が映った。


「カナタ!状況はわかった。僕はすぐにザドガドへ飛ぶ!」


「待つんだ!まずはザドガド以外の前衛都市に警告し、シュリはテムル総督と一緒に…」


「ホタルがザドガドにいるんだ!」


「なんだと!?」


「テムル総督に頼まれて、前衛都市群警戒網の視察に向かった!最初の視察都市がザドガドなんだ!教授から連絡を受けて、すぐにホタルに通信を入れたけど応答がない!それだけじゃない!ホタルに同行した総督の部下も、誰一人応答しないんだ!」


前衛四都市の警戒網を設計した索敵の第一人者、空蝉ホタルに調べられたらすぐに陰謀が発覚する。まさか殺され…いや!身柄を拘束されたに決まってる!


「ホタルはバトバヤル大佐に身柄を拘束されたんだろう。家族を人質に取られての裏切りなら、殺したりしないはずだ。」


「ああ。だけどベルゼはそうじゃない。機構軍はホタルの索敵能力でさんざん煮え湯を飲まされてきた。殺すか、機構領に拉致して固有能力"千里眼"の研究に使おうとするだろう。だから僕は行く、止めても無駄だ!」


灯火一族に顕現する邪眼、"複眼"。本来、片目にだけ宿り、人並み外れた動体視力を術者に与える複眼を、ホタルは両目に宿して生まれた。それだけではない。複眼の数だけインセクターを使役出来る異能まで与えられたのだ。索敵は軍事の初手、誰だって喉から手が出るほど欲しい。


「わかった。テムル総督から精鋭を借りて、救出作戦を決行していい。だけど、やるのは救出だけだぞ!ホタルを助け出したら速やかにザドガドから撤収し、オレの到着を待つんだ!」


止められるものなら止めたい。だけどシュリにとって、ホタルは世界の全てだ。オレだって、好きなコが囚われの身だったら、待つコトなんて出来ない。


「わかってる!撃滅はカナタが来てからさ!」


「シュリ、気をつけろよ!」


「ああ!カナタも急いでくれ!」


敬礼した親友の姿がスクリーンから消えた。



クソッタレ!オレの行く先々でトラブルが起こるのはいつものこったが、今回は最悪中の最悪だぜ!シュリ、待ってろよ!ホタル、頼むから無事でいてくれ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る