慟哭編25話 親父は海賊、息子は狂戦士
「トンカチ、大振りが当たる相手じゃない!コンパクトに叩け!ウスラはもっと足を使え!数の理を活かして側面から背後を脅かすんだ!」
親父の戦斧をポールアームで受け止めながら、リックは舎弟二人に指示を飛ばす。兄貴分のオーダーを実行すべく、トンカチは大振りをやめて手数を重視し、ウスラは側面から背後に回ろうとするが、エマーソン中佐のカトラスと単分子鞭に阻まれる。"業師"の異名を持つエマーソン中佐の本領発揮だな。希少能力を持たない強者のお手本みたいな戦い振りだ。
「俺と戦いながら指示を飛ばせるとは、少しは成長したようだな。戦巧者の剣狼に預けた甲斐があった。」
ヒンクリー少将は息子の成長を素直ではない表現で認め、力強い斬擊を繰り出す。
「抜かせ!今日こそ俺は親父を超えてやらぁ!」
受けに回らず反撃で応じたリック、ぶつかり合った戦斧とポールアームが跳ね上がる。少将とリックはパワーファイター同士でファイトスタイルは噛み合ってる、すなわち流血は避けられない。
シュガーポットに先乗りしていたウスラトンカチは鍛えてくれたエマーソン中佐に、リックは親父に成長を認めてもらう為に、3対2の変則マッチを挑んだ。オレは審判で見届け人だ。
「ウスラ、左右をチェンジするッスよ!」 「おう!さっきから中佐はそれを避ける位置取りをしてっからな!」
エマーソン中佐は右手でカトラスを持ち、左手の爪が単分子鞭だ。トンカチはウスラを右手側に回らせたいようだな。スピードタイプの相棒の足でも、射程の長い単分子鞭をかいくぐるのは難しいと読んだのだ。
……いい考えではあるが、思わず口にしてしまうあたりがまだ青い。そういう時こそ、テレパス通信だろう。これが罠であれば大したもんだが、その域には到達しちゃいまい。
それに逆サイドに回す手には、リスクもあるんだぞ。エマーソン中佐は単分子鞭の達人であるコトを忘れるな?
「相手の嫌がる事をする、それが戦闘のセオリーだ。二人ともわかってきたようだね。」
単分子鞭でウスラの動きを封じながら、トンカチのハンマーにカウンターを合わせる中佐。一種の隙を見出したウスラは、トンカチを盾にして逆サイドに回ろうとする。それが罠だとも知らずに……
「これも教えておこう。手練れの敵は、隙を見せて誘いをかける事もある。」
ウスラトンカチが一直線上に並んだ瞬間をエマーソン中佐は見逃さなかった。鋭く踏み込み、トンカチの体で我が身を遮蔽しながら、左右に単分子鞭を広げる。懐に潜り込まれたトンカチは頭突き見舞ったが、中佐は瞬時にカトラスを地面に刺し、空いた右手で頭突きをいなした。ここらが腕の差、だな。
「しまった!」
ウスラは死角から飛んできた単分子鞭を躱し切れず、グルグル巻きにされて地面に転がる。
「まだ勝負は終わってないッスよ!」
トンカチは至近距離にいるエマーソン中佐に最後の勝負、ハンマーを捨てての組み付きを狙ったが、狙い澄ました足払いを食らって転倒。立ち上がる前に、カトラスの切っ先が首筋に突き付けられていた。
「ウスラ!トンカチ!」
リックは舎弟二人に駆け寄ろうとするが、それを許す少将ではない。
「まだ俺を仕留めていないぞ? エマーソン、手出しは無用だ。」
「もとより加勢する気はありません。心置きなく親子で勝負してください。」
胸ポケットから煙草を取り出したエマーソン中佐は、勝利の一服を吹かし始めた。
「ウスラトンカチは中佐に負けたが、俺が勝ったら1勝1敗の引き分けだ。兄貴分としてフォローはしとかねえとな。」
嘯くリックの筋肉がパンプアップする。気合いを入れ直したな。
「俺に勝とうだなんて、10年早い。古参兵の怖さを教えてやろう。」
挑戦に応じるヒンクリー少将の筋肉も膨れ上がる。
「剣狼、賭けるなら俺にしておけよ? リックも腕を上げているが、まだ及ばん。」
自信満々で少将は宣言したが、リックを甘く見ない方がいい。
「それはどうですかね。リック、おまえの全てを見せてやれ。」
1対1になったコトでリックは周囲を気にせず目の前の敵だけに集中出来る。オレの弟分は、当代一の
「おう!お上品な戦い方はここまでだ。……俺は案山子軍団の斬り込み隊長、"
剛擊、剛擊、また剛擊。合間を縫った戦斧の反撃は障壁と筋肉で弾く。相打ち上等のこのスタイルこそが、リッキー・ヒンクリーの本領だ。
「俺のスタイルを過激化させたような闘法だな!だが技巧がまだまだだ!」
応戦する少将は冷静に対処しているが、干戈を交える間に自分とリックの違いに気付いた。パワーと再生能力において、リックは自分より上なのだと。
「俺はまだ荒削りだ。だけど、パワーとタフさだけなら親父を超えた。"相手より勝る点で勝負しろ"ってのが兄貴の教えでね。」
手傷の数はリックのが多い。だが貯水量ならリッキーダムはクライドダムを上回る。技の比べ合いでは分が悪いと見切ったリックは、精神面でも成長している。
「……龍ノ島で言うところの"出藍の誉れ"だな。古参兵の怖さではなく、意地と底力を見せねばならんようだ。」
"不屈の闘将"クライド・ヒンクリーは、持ち前の粘り強さを発揮し、勝機を窺う。再生能力において自分を上回るリックとの長期戦は不利なはずだが、一気呵成に押し切れる相手ではないと判断したのだ。
どちらも正しく現状を認識している。これでますます勝負の行方がわからなくなったな。
「ぬおっ!まだパワーが上がるのか!」
ポールアームを戦斧で受けた少将の体がノックバックする。
「見たか!兄貴ほどの完成度じゃねえが、これが奥義"爆縮"だ!」
「大した技だ。だが連発は出来んと見た!やられっぱなしではないぞ!」
息子の気概と親父の意地がぶつかり合い、勝負の天秤は揺れ続ける。
「少将に勝って欲しいが、リック君の成長も見届けたい。複雑な気分だよ。」
携帯灰皿に吸い殻を入れながら歩み寄ってきたエマーソン中佐は、白熱する勝負を見学しながら呟いた。
「気持ちはわかります。そろそろ、※オーラスですね。」
ヒンクリー少将は猛攻を凌ぎながら、背面に念真障壁を形成している。古参兵だけに、何か奥の手を持っていたようだな。リック、気をつけろ。少将は攻撃のリズムを読み始めているぞ。
「親父、もらったぜ!!」
優位に立ったリックは渾身の一撃を繰り出す。有利さに驕って勝負を焦ったな。
「甘いっ!勝利には忍耐が必要だと学べ!」
身を翻した少将は背中に形成した念真障壁でポールアームを弾き、回転力を乗せた戦斧を見舞った。
「勝負あり!」
オレが宣言するまでもなく、リックは奥歯と一緒に敗北を噛み締めていた。刃を潰した訓練用の戦斧でなければ、胴体を両断されていたとわかっているのだ。
「負けたぜ。文字通り、"親父の背中"を見せてもらった。」
「バンデットターンを使ったのは久しぶりだ。強くなったな、リック。」
親父の手を借りて立ち上がったリックは、技名にツッコむ。
「なんで
確かに。ヒンクリー少将は
「細かい事を言うな。バンデットターンの方が語呂がカッコいいだろう。」
バンデットターンはおそらくパワーボールのテクニック、スピンムーブから着想を得た技だ。少将は
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親子対決を見届けたオレは、用意された官舎に戻った。今夜の夕食はコンビニ弁当だ。
「レンジでチンすると、漬け物まで暖まるのが問題だよな。この星のが科学は進んでるってのに、この難題だけは解決出来てないんだねえ。」
コンビニ弁当を食べていると、通信士官から電話が入った。
「天掛少尉、統合作戦本部から通信が入っております。」
「繋いでくれ。」
卓上PCに映ったのは、カプラン元帥だった。
「やあカナタ君。伝書鳩でも使おうかと思ったが、こちらの方が早いからね。」
「鳩は鳩小屋で休ませてあげるべきです。通信で問題ないでしょう。」
特に打ち合わせなどしていないが、この程度の腹芸は咄嗟にやれる。"瑞雲の青鳩は使えるのか?"と訊きたいカプラン元帥に、"問題ありません"と答えるだけ。
「そうだね。ところでカナタ君の予定はどうなっている?」
「必要があるのなら、スケジュールを空けますよ。」
「ではザインジャルガに飛んでくれないか?」
「構いませんが、何をすればいいんです?」
「テムル総督が娘を母都市に招待したのだよ。私は行かせてもいいと思っているのだが、ジゼルが旅立つ前に、総督を支える有力部族の本音を訊いておきたい。」
なるほど。カプラン元帥は娘をテムル総督に嫁がせてもいいと考えているが、ザインジャルガは部族社会だ。よそ者が総督夫人として歓迎されるのか、心配してるんだな。
「ちょうど戦友夫妻がかの地を訪れています。様子見がてら、オレもザインジャルガへ飛びましょう。」
秘密にしておきたかったのは、四者会合だけだ。そっちはもう済んでるから、何も問題はない。
「頼むよ。カナタ君はザインジャルガ市民のみならず、長老達からも信頼されている。テムル総督にそんな気はないのはわかっているが、有力総督と元帥令嬢の交際となれば、どうしても政治的な意味が出てしまうからね。」
「でしょうね。カプラン元帥、鍵になるのはジャルル・カン・ジャダラン前総督の意向です。隠居されたとはいえ、部族の長老衆に睨みが利くお方ですから。」
部族社会の厄介なところは、どんなに実力と声望を兼ね備えた指導者がいても、若いというだけで軽んじられる風潮があるコトだ。アトル中佐の表現を借りれば、"口だけは達者な老人会"ってところだな。
ここは一つ、カプラン元帥の親心の為に一肌脱いでみますかね。
※オーラスとは
麻雀における最後の一局の事
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