慟哭編24話 青い鳩



空路でグラドサルに到着したオレはシュガーポットに向かうリックと別れ、先乗りしていた御門グループ技術班と合流する。顔も名前も見た事がない人間だが、網膜と指紋は知っている。正確にはオレのハンディコムが、だが。


本人確認を終えるとリーダーらしい男がオレに指示を仰いだ。


「公爵、すぐにドックへ向かいますか?」


「ああ。こんな短時間でよくアレを作れたな。」


「詳細な設計図を頂きましたから。機械工学にも明るいQの手にかかれば容易い事です。」


Qというのは九曜技師長のコードネームだ。彼は今、御門グループ極秘開発セクションの副所長に収まっているらしい。所長はSこと、佐渡佐和。オレにゼロ・オリジンを搭載した若き天才だ。


「では行こう。搭載にかかる日数は?」


「入れ替え作業だけですから半日もあれば。」


技術班のリーダーがハンディコムで連絡を入れると大型のステルス車両がヘリポートにやって来る。行き先はグラドサルの軍港だ。


─────────────────


軍港の厳しいチェックポイントを何カ所も抜けて、ステルス車両は最奥部に到着する。待ち合わせの時間よりかなり早く来たはずなのに、格納庫の前にはVIP用の軍用車両が駐まっていた。


二つの車両のドアが同時に開き、オレは東雲中将に敬礼した。


「東雲中将、お久しぶりです。」


「うむ。警護兵は最終チェックポイントの前で待機させている。言われた通り、この区画は即応部隊も含めて完全に無人にしておいたよ。」


「10分後に御門の即応部隊が到着しますから、通行許可をお願いします。」


「わかった。では行こうか。」


中将の後に続いて巨大な建屋に入る。ここは第二師団旗艦"瑞雲"の格納庫だ。


「お待ちしておりました。私は瑞雲の技術主任、樽戸たると大尉であります。」


無人と言ったが彼は例外だ。どうしても瑞雲クルーの中に新型暗号装置を運用出来る者が必要だからだ。


「よろしく。連れているのは御門の極秘開発セクションのメンバーだ。名前は教えられないが、信用してもらうしかない。」


「軍隊以上に秘密主義ですね。閣下と公爵のお墨付きがあるのなら問題ありません。」


「樽戸大尉、システムの運用はキミに任せる。意味不明の羅列のやりとりになるはずだが、私だけは解読可能な仕組みなのだよ。」


そう。新型暗号装置"青鳩ブルピジョン"は専用の変換装置がない限り文字にも音声にも変換不可能。そしてその変換装置を持っているのはオレ、東雲中将、ザラゾフ元帥、カプラン元帥の4人だけだ。さらに暗号をやりとりする青鳩が搭載されているのはこの4人の陸上戦艦のみ。


画期的な暗号装置を各々の陸上戦艦でのみ運用し、解析装置はオレと将官三名が直に持つ。三重のセキュリティが働いている以上、通信の秘匿性は万全と言えるだろう。たとえ青鳩を運用する通信士官が裏切ったとしても、解析装置がなければどうにも出来ない。失われた技術を知る男、Qが"フラム人にも天才がいるものですね。青鳩は時代を二歩は先取りしています"と感心したぐらいだから、相当な代物なのだ。


……格納庫周辺に人の気配がする。即応部隊が到着したな。


(セキュリティチーム、持ち場に付きました。)


(わかった。)


「樽戸大尉、取り付け作業を見学してくれ。作業が終わったら運用、整備の方法を技術班が説明する。予備パーツも持ってきているが厳重に管理し、大尉以外には触らせない事。」


「ハッ!」


「ではカナタ君、我々は総督府に行こうか。キミの大好きな歓迎式典が待っているからね。」


東雲中将は朗らかに笑ったが、オレの式典嫌いはご存知だろうに。


──────────────────


VIP用の軍用車両の後部座席は分厚い遮蔽ガラスで運転席と遮られている。手元のスイッチを操作してガラスにスモークを張った中将は、密談を始めた。


「カナタ君、青鳩をイスカにも渡す事は出来ないのかね? アレは本来、私ではなくイスカが持つべきものだろう。」


「……提供元の許可が出ません。」


「提供元……つまり青鳩は御門グループが開発したシステムではないという事か。※ブル・ピジョン……提供元とはカプラン元帥だね?」


「ええ。両元帥は司令を警戒していますから。」


中将は視線を落として溜息をついた。


「……両元帥とて、イスカに不信感を持たせるだけの事をしてきたはずだ。警戒する前に、歩み寄りを考えるべきだろう。」


「仰る通りです。ですが、人間関係は焼けた餅をくっつけるみたいにはいかないものです。」


「なるほど、だからキミが動いているのか。両元帥はカナタ君とだけ手を組むつもりだった。しかしそれではマズいと判断したキミは、折衷案として私も混ぜる事を提案したという訳だ。」


「はい。士官候補生の頃からの付き合いである中将には、両元帥も一定の信頼を置いています。東雲中将、オレはこの戦争を"機構軍の撃滅"ではなく"和平協定による共存"で終わらせるつもりです。」


「和平協定の樹立に私も協力しろというのかね? それは…」


「イスカ次第だ、ですか? 和平協定の樹立=同盟軍の勝利、なんですよ。考えてもみてください。戦争が終われば復興が始まる。政治力なら司令に敵う者などいません。両元帥はもちろん、ゴッドハルトだって司令には及ばない。御堂イスカが持ち前のリーダーシップで復興を手掛ければ、同盟の国力は飛躍的に増大するはずだ。戦争ってのは所詮、"資本の積み合い"です。機構軍が和平協定を破ったら、それこそ撃滅しちまえばいい。」


仕掛けたら潰される、これが現実的な和平であり共存だ。そして"国力に勝る側の自制"は、民意が促す。成熟した社会なら"勝てるから仕掛ける"という世論にはならない。司令なら社会が成熟するまでの理想的な独裁を行えるだろう。


「カナタ君は本当にそう考えているのかね? イスカを同盟の指導者として推戴しよう、本気でそう思っているのだね?」


「当たり前でしょう。他に誰がいるんです?」


創設者の娘で知勇を兼備し、カリスマ性があり、経済分野にも強い。誰がどう見たって、同盟のリーダーに相応しいのは司令だ。


「……キミだ。」


「え!?」


「天掛カナタこそ同盟の指導者になるべきだ、そう考えている者も多いのだよ。」


「冗談でしょう。オレはそんな器じゃない。」


「器は自分が決めるものではない。歴史を紐解けば、才気に秀でる天才型より、人を上手く使える放任型の指導者の統治が上手くいった例もある。新時代の礎になりたいと志す者は、一人で決めてしまう指導者よりも、仕事を任せてもらえる指導者を求めるものだ。思えば、アスラ元帥にあってイスカにないものは、それだったのだろう。」


「大丈夫です。司令はロックタウンの統治はコムリン市長に丸投げしていますし、ヒムノン室長を得てからは法務は室長任せだ。そもそもが、アスラ派だって渉外担当は中将が一手に引き受けてるじゃないですか。強い指導力を発揮しながら、任せられるところは任せる。御堂イスカは、閣下が手塩にかけて育てたリーダーなんですよ。」


親より深い愛情を注いできた東雲刑部が信じなくてどうするんだよ。御堂イスカは新時代を築く為に生まれてきた英雄なんだぞ。


「……カナタ君は本当に、自分が時代の先頭に立つ気はないのだね?」


「戦争が終わったらオレは引退しますよ。泰平の世で、捨て扶持を貰いながら気ままに暮らす自由人、それがオレの夢です。」


そう。これが偽らざる本音だ。好きなコ全員、嫁にもらって、のんびり暮らす。殿様稼業も返上したいが、それは難しいだろうなぁ……


「その言葉を信じるよ。イスカの意に反するかもしれんが、私も両元帥との協調と停戦を模索してみよう。イスカが同盟の指導者となる日を見届ける為にもね。」


「ありがとうございます。戦争が終わったら、仲良く引退しましょう。たぶん、ザラゾフ元帥とカプラン元帥も一緒ですよ?」


少なくとも、ザラゾフ元帥はそのつもりだろう。


「フフッ、老兵は死なず、消え去るのみ。それが理想だね。」


誰も死なせずに退役の日を迎える。その為にも今は戦わなければならない。



東雲中将が地ならしを終えたら、司令と両元帥を引き合わせよう。理想は両元帥から司令に共闘を持ち掛けてもらうコトだ。カプラン元帥ならやってくれそうだが、災害閣下が難しそうだな。


※ブル

ブルーのフランス語。東雲中将はそれで提供元がフラム閥の首魁、カプラン元帥だと気付きました。

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