慟哭編23話 猟奇事件に潜む闇
※前話から少し時間が遡ります。視点はカナタになっています。
「野郎ども、首都の夜に乾杯だ!」
リグリットにある居酒屋"わだつみ"で乾杯の音頭を取ったのは、いつも通りにダニーだった。オレとシュリにダニーとマットを加えたアスラの若手士官4人は、同期会ならぬ同年会を結成している。今夜は年少のオマケも付いてきてるけどな。
「ドレイクヒルの星付きレストランも悪かねえんだけどよぉ。やっぱ俺と兄貴は居酒屋のが性に合ってるよなぁ。」
リックは枝豆を食いながら大ジョッキのビールを瞬く間に飲み干した。
「それは俺もだ。」 「うん、僕もだね。」 「同じく。」
マット、シュリ、ダニーも庶民派らしい。シュリとダニーはいいとこの出のはずなんだけどな。
「カナタ、ジャスパー警部とボイル刑事は呼ばなかったのかい? 僕も会ってみたかったんだけど。」
「昼間に会ってきたんだけど、二人とも捜査で夜は時間が取れないんだ。名物刑事じゃなけりゃ手に負えないヤマの真っ最中らしくてね。」
長く話せた訳じゃないが、二人は首都を騒がせている猟奇事件を追っているようだ。若い女性ばかりを狙う連続殺人犯"ヴァンプ"とか報道されていたが……
「退役したら俺も刑事になろうかな。おいマット、俺とコンビでも組むか?」
ダニーの誘いにマットは即座に首を振った。
「やめておく。ダニーの尻拭いに奔走する未来が見えるからな。」
ダニーがポリスバッジを付けたら間違いなく暴走刑事か問題刑事だ。相棒は苦労するに決まっている。
「ああそうかい!おい妻帯者、嫁さんも首都に来てるってのに放っておいていいのかよ?」
ダニーはシュリに絡み出した。コイツは酒が入るとすぐ拗ねるんだよな。
「結婚は亭主の腐れ縁に理解のある相手とすべきだね。ご心配なく。ホタルはシオン&コトネと一緒に女子会さ。」
普通なら若い女性を狙う連続殺人犯がいる街で飲み会とかありえないが、あの三人ならなぁ。もしヴァンプが出たら返り討ちだろう。まあ手柄を横取りされても警部は気にしなさそうだ。
「そう、オレらよりおハイソな店でな。ソムリエやパティシエがいるとこだろ、たぶん。」
「ウチは大衆居酒屋ですけど、お味は負けていませんよ。クエ鍋10人前、お待ちどお!」
卓上コンロにお鍋を二つ設置したオバチャンが、ウィンクしながら火を点ける。
「……おや、誰かと思ったらカナタさんじゃありませんか。ほほう、クエ鍋ですか。高級魚のクエが
出たな、駄洒落坊主。首都にいるのは知ってたけど、生臭いものを食いに来ていいのかよ。
「せっかくだから和尚も座りなよ。バクラさんは一緒じゃないのかい?」
リックが席を勧めると、ジョニーさんは座敷席にどっかりと胡座をかいた。
「拙僧を色街などに誘うものですから、丁重にお断りしました。今頃はピンクのネオンが輝くお店にいるでしょうね。女将さん、拙僧には温燗の般若湯をお願いします。」
バクラさんは槍術の指南役として首都に招聘されている。ジョニーさんはお目付役のはずだが、さっそく任務を放棄したのか。しかし殺人鬼が徘徊してても色街は営業中なんだねえ。東京なら厳戒態勢だろうけど、リグリットはニューヨークに近いからなぁ……
殺人事件なんて珍しくもない、だから人命より営利、か。イヤな世の中だぜ。
「ったくよぉ。明日っからは俺とマットも首都のモヤシを相手に教導官だ。ンなもん、向いてねーっつーの。」
「まだ始まってもいないのにボヤくな。ザラゾフ元帥直々の要請では、イヤとは言えまい。」
ダニーは防御戦術、マットは拳法を明日からレクチャーする予定だ。リックはシュガーポットに行ってヒンクリー少将の特訓を受ける。親子だけにタイプの似た兵士だからな。
「ダニー、命令書はよく読め。相手は首都のモヤシじゃない。将校カリキュラムの合格者だ。格の差を見せつけねえと、アスラコマンドの沽券に関わるぞ?」
運ばれてきた般若湯をズズッと啜ったジョニーさんが重々しく頷いた。
「カナタさんの言う通りです。ダニーさん、マットさん、褌を締めてかかってください。あ、女将さん、般若湯のお代わりとカツオのタタキを。タタキにはニンニクとタマネギをたっぷり載せてくださいね。」
……カツオのタタキにニンニクとタマネギ。どんな宗派か知らないが、戒律を破ってねえか?
─────────────────
破戒僧と問題軍人五人(一人は委員長かもしれないが)は盛り場をうろつき、はしご酒に精を出す。日付が変わる頃にホテルに引き上げてきたオレとシュリは、ペントハウスでさらに飲む。
「19:00からわだつみにいたから、かれこれ5時間は飲み歩いてた事になるね。」
「そうなるな。しかし、まだ飲む。飲むんだぁ!」
オレはソファーに座って手足をジタバタさせてみた。
「わかったわかった、付き合うよ。……カナタ、どうしたんだい?」
ポケットのハンディコムが特殊なバイブレーションを繰り返してる。教授かケリーからだ。
「シュリ、飲むのは隠し部屋でだ。ブラックセクションから通信が入った。」
オレはシュリを伴って隠し部屋へ急ぎ、卓上PCで通信に応じた。
「カナタ、ホテルに戻っていたのか。親友も一緒とは好都合だな。」
画面に映ったのはケリーだった。
「何かあったのか?」
「あったから通信を入れた。
「おおかた、化外からの禁制品を捌く為の密輸団だろ?」
「ご名答。だがその密輸団ってのは既に撤収している。」
そりゃそうだろうな。ボスで仕入れ役の炯眼が本土に帰って来たんだから用済みだ。おそらく構成員は奴と一緒に機構軍に走ったはずだ。
「じゃあ密輸団の足取りを追っても無駄か。高飛びが終わった後ではな。」
「それがそうでもないんだ。今、リグリットを騒がせている連続殺人犯"ヴァンプ"なんだが、密輸団の構成員かもしれん。」
「なに!?」 「ケリーさん、どういう事ですか?」
「今起こってる連続殺人事件は
……カバーミッション。本来の作戦目標を隠す為の偽装工作のコトだ。
「犠牲者の中に、
「ああ。趣味と部下の訓練を兼ねて、シリアルキラーハンティングでもやってやろうと事件を探ったんだが、サイコ野郎の仕業ではなく、目的を持ったプロが猟奇事件に見せかけていると思った。密輸団のメンバーの中に鍵師でハッカーって奴がいる。セキュリティの厳しいマンション住まいの犠牲者がいたから、気になってな。」
「捜査にあたっているのは知り合いだから、事件の全資料を提供してもらおう。もし、真のターゲットがいるとすれば、初期段階で殺されていると思う。」
よほど余裕があるなら別だが、そうでないなら目的は早い段階で達成するはずだ。でなけりゃ隠蔽する意味がないからな。
「カバーミッションだとすればそうだろう。一番いいのは犯人を捕まえる事だ。容疑者の顔写真は入手済みだから今から送る。」
「頼む。すぐにジャスパー警部に知らせよう。」
「もし警部が犯人を見つけても手出しはさせるな。奴の経歴には"元特殊部隊でナイフの名手"もある。鍵師の息子が工科大学でコンピューター技術を学び、軍にスカウトされて実戦も経験したって事だ。」
「厄介だな。万能タイプの工作兵か。」
「だが俺ほどじゃない。違和感の発端ってのは昨晩の事件で、銃種を問わずに射撃にのめり込んでいた犠牲者が、一撃で頸動脈を断ち切られていた事なんだ。彼女は銃器マニアである事を内緒にしていたから、奴も知らなかったんだろう。他の犠牲者はいかにも切り刻んで血を啜りましたって感じなんだが、拳銃で思わぬ反撃を受けたので、咄嗟に身に付けた技が出てしまったのだと睨んでいる。殺した後に切り裂いてはいるが、今までとは手順が逆なのさ。」
訓練を積めば積むほど、そうなりやすい。考える前に動けてしまうからだ。ジャスパー警部は警官としてなら相当強い方だが、相手が"殺しのプロ"となれば危うい。刑事は逮捕を考えるが、テロリストは躊躇せずに殺しに来る。
「わかった。いい顔はしないと思うが、面子よりも事件を解決する道を選ぶはずだ。警部はオレが説得する。」
「任せたぞ。奴がホンボシなら俺が始末する。刑務官の手間が省けるだろう。」
ベルゼが隠蔽任務を任せるぐらいだから、容疑者はかなりの手練れだろう。しかし、処刑人のデッドリストに載ったら絶対に助からない。
「カナタ、急いでジャスパー警部から資料を入手して、刑事二人と御門グループの繋ぎをつけよう。」
「そうだな。捜査資料にはオレ達も目を通しておいた方がいい。明け方まで飲むつもりだったが、とんだツマミが増えちまったぜ。」
シリアルキラーなら門外漢は黙っておいた方がいいと思っていたが、隠蔽作戦だったとなればオレらの範疇だ。
「市民の命が懸かっている。出来る限りの事はすべきだよ。善は急げだ、さあ行こう。」
シュリは今日の夕刻にはカムランガムランに立たねばならない。秘密会合にも市民の命が、この星の未来が懸かっているんだ。
資料に目を通して意見を擦り合わせ、警部とケリーに連絡する。所要時間は2時間ってとこかな。
仕事を終えたらシュリと腐れ外道の死に乾杯しよう。夢を語るのはその後だ。
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