慟哭編18話 予期せぬ来訪者
同盟領のテレビ中継を視聴する事は機構軍では禁じられている。だけど、そんな決まりを馬鹿正直に守っている者は少ない。もちろんボクも薔薇十字の幹部も多数派に与している。だからみんな揃って勉強会だ。
「カナタ、頑張って!」
戦場の伝説に立ち向かうボクの想い人は、勇者らしい勇戦を見せてくれている。
「さしずめ、魔王対勇者と言ったところだな。しかしあのザラゾフと互角に渡り合うとは、恐ろしい奴だ。」
災害ザラゾフと戦った経験のあるアシェスは、カナタが一歩も引かずに立ち向かう姿に感嘆し、驚愕している。
「速くて強くて巧くて頑丈、さらに手札も多くて頭も良い。剣狼カナタはトータルファイターの理想像なのかもしれませんね。私とアシェスの二人掛かりでも勝てるかどうか……」
温厚かつ謙虚なクエスターは、カナタに最上級の賛辞を送った。だけど、勝ち気なアシェスには弱気とも取れる盟友の物言いが気に食わなかったらしい。
「クエスター!卿がそんな弱腰では皆の士気に影響するだろう!災害や剣狼が強者の頂点にいるのは確かだが、その災害にトーマは勝っている!我々薔薇十字が頂点の頂点、世界最強の兵を擁しているのだ。」
世界最強の兵と名指しされた男はソファーに寝そべったまま、死んだお魚さんみたいな目で試合を観戦している。武芸はド素人の少佐は、練達者が見せる駆け引きの妙などわからないから、熱の入りようがないのだ。……武芸のみならず、ほとんどの事象に対して、こういうスタンスの人なんだけど……
「あれは俺のあまりのド素人ぶりに災害が油断しちまったからだよ。マトモに殺り合ったら、ああはなってない。」
「そんな事はない!卿こそ世界最強の男だ!この私が認めたのだからな!」
バーバチカグラードの戦いが終わった後、少佐がボクにだけ教えてくれた事がある。死神トーマはわざと巨岩のピラミッドに閉じ込められて、勝ち誇ったザラゾフ元帥が近付いて来るのを待っていたのだと。
"災害ザラゾフは轟沈させた戦艦や陥落させた基地の傍で、勝利のポーズを決める癖がある。戦意高揚を狙ってもいるのだろうが、強者特有の傲慢さとも言える。その隙を突かない手はないんだよ"
少佐の読み通り、死体を確認した訳でもないのにトドメを刺したと早合点したザラゾフ元帥は、小型ピラミッドの前で無防備な背中を晒してしまった。戦いとは心理戦、慢心のすぐ傍には大穴が空いているのだと、少佐はボクに教えたかったのだ。
ボク自身は慢心出来るような強さを持っていない。だけど多くの強者を束ねる身だ。特に、勝ち気で負けず嫌いの姉には、自重と自制を促しておかないと!
「アシェスが認めた認めないは、世界の法則ではありません。過信はする側には心地よいものですが、される側には迷惑なものです。」
仲間を信頼するのはリーダーとして当然、だけど過信はしない。非力なボクは"将の将"にならなくては。
「し、しかしローゼ様!トーマが万夫不当の兵である事は事実でしょう!」
もちろんそうだよ。だけど、"少佐は世界最強だ"って安易に考えるのは危険なの。ただでさえ薔薇十字は戦略も戦術も謀略も、少佐頼みな組織なのだ。"特定の個人に依存する組織は瓦解も早い"、これも少佐から教わった事なんだけど、今のままではいけない。
「姫の仰る通りじゃよ。おヌシは現実よりも自分の願望に重きを置く悪癖がある。そもそもがじゃ、そこのぐうたらに頼り切りでは、儂らの価値などあるまいが。」
薔薇十字のご意見番、バクスウ老師がアシェスを叱責し、親友の辺境伯が言葉を引き取る。
「アシェスよ、我々が世界最強の兵を擁しておるとしてだ。それがどうしたのだ?」
「どうしたと言われましても…」
「武力で世界を制するのが目的であれば、それもよかろう。だが、姫の掲げた理想は"共存と融和"だ。"野薔薇の姫"の最側近と目される卿が、盟主の志を理解せぬようでどうする!」
過ぎたる薬は毒に転じる。辺境伯の処方した薬はあまりよろしくない。アシェスは想いを寄せている少佐を、世界最強だと誇りたいのだ。ボクがカナタを世界最強だと信じているように……
ボクとアシェスの違いは、それを広言するか否かだ。
「辺境伯、アシェスは武による覇業など考えていません。私の心をよく理解してくれています。私も含めていたらぬ若輩が多い薔薇十字ですが、想いは一つ。そこはご理解ください。」
「私モードに入られた姫には勝てませんな。年甲斐もなく、言葉が過ぎたようじゃ。アシェス、許せよ。」
「とんでもありません。私が浅慮なのがいけないのです。」
アシェスと辺境伯の間にいい空気が流れたのに、リットクが壊しにかかる。
「フン!どいつもこいつも、死神死神と小煩い。おい万年寝太郎、天から授かった才能だけで世を渡れて、さぞかしいい気分だろうな?」
古流剣術"鬼哭流"を極めた戦鬼リットクは、天賦の強者である少佐を目の仇にしている。自分の積み重ねてきた修練を否定されている気分なのだろう。
「だったら代わってやろうか?」
温和な少佐も、度重なる挑発に辟易しているようだ。いつもだったら、相手にしないのに。
「そこまで!リットク、私は薔薇十字を老壮青のバランスが取れた組織にしたいのです。壮を代表する貴方がそんな有り様では困るのですが?」
「ワシが壮の代表? クリフォードがいるだろう。ザップやヘルゲンも悪くはないがな。」
「戦鬼殿、新入りのワシもお忘れなく。ヘルゲンはまだ二十代で中年クラブに入っておりませんからな。」
捕虜交換で帰国したばかりのラッセル・ネヒテンマッハ中尉は、薔薇十字の門を叩いてくれた。面談したクリフォードが"以前のラッセル殿なら門前払いするところでしたが、傲慢さが鳴りを潜めて、マトモになったようです。どこかで漂白されたらしいですな"と言っていた通りに、ラッセル中尉は献身的に薔薇十字に尽くしてくれている。
少佐曰く、"元々、
そんな感じで少佐もクリフォードに同調してくれたので、ボクは安心して"殺人機関車"を仲間に迎える事が出来た。
カナタを暗殺しようとして返り討ちに遭い、罪を不問にして貰う代わりに薔薇十字入りする約束を交わしたという狙撃手と観測手、ケストナー兄妹も仲間に出来たし、人材が充実してきたよね!
あれ!? 少佐が虎の目になってる!
「少佐、どうかしたのですか?」
「皆、見たか? あれが"成長する怪物"の恐ろしさだ。」
ボクが試合を見ても少佐の言う"恐ろしさ"がわからない。カナタとザラゾフ元帥は二言三言、会話を交わしたようだけど、歓声が大きすぎて聞き取れないよ。
少佐の次に変化に気付いたのは辺境伯だった。
「……重量磁場の影響を受けておらぬようだが、なにゆえ……まさか!
同盟軍は"剣狼カナタは固有能力や希少能力をラーニングする異能の兵士だ"と謳っている。唯一無二とされていたケリーさんの磁力操作能力をコピーしたのだから、事実なのだろう。そして今度は、災害ザラゾフの重量操作能力まで会得してしまったらしい。
「バーンズ、驚くには値せぬよ。儂の捻転交差法を一度喰らっただけで真似してのけた男じゃ。技でも希少能力でもお構いなしに取り込みおるじゃろう。」
「……僕と同い年とは思えない。なんなんだ、この怪物は……」
祖父の隣で観戦していたバルツネッドが呻いた。バーンスタイン家の嫡孫も極めた優れた兵士だけに、驚きを禁じ得ないようだ。
伝説VS怪物の一騎打ちは、両者が同時にリング外の壁に叩き付けられ、引き分けに終わった。
「引き分けですね。凄まじい勝負でした。」
カナタは戦場の伝説と互角に戦える域に到達した。少佐と戦った時と違って、ザラゾフ元帥には油断も慢心もなかったはずだ。
「機構軍には痛し痒しですね。データは得られましたが、この勝負を見た機構兵は恐れおののくでしょう。剣狼を知る私ですら、身が震える。」
カナタと交戦した経験があるヘルゲンがしみじみと呟いた。
「だから自信満々で、こんな大会を催しているのさ。失うものより得られるものが大きいと判断して、な。派閥の面子に拘る機構軍には真似出来ないだろう。……キカ、どっちが勝った?」
寝そべる少佐に膝を貸していたキカちゃんが、あっさり答えた。
「カナタ。ザラゾフげんすいの体が先に壁にしょうとつしたよー。」
え!? 引き分けに見えたけど、カナタが勝ったの!……蝙蝠よりも耳のいいキカちゃんが聞き間違える筈はない。カナタは戦場の伝説に勝ったんだ!
だけどこの戦いには、勝敗よりも着目すべき点がある。試合の途中でザラゾフ元帥の行った演説だ。傲慢な強者に見えた災害ザラゾフが、次の世代に向けて贈ったメッセージにこそ、注目すべきだろう。同盟軍に大きな変化が起きているに違いない……
「辺境伯にお客様です。お通ししてよろしいですか?」
別館にいるマリアンから通信が入った。警護担当のギロチンカッター大隊は公館の四方に散っている。
「儂に客だと? 誰だ?」
「ロードリック公です。」
ロードリック公ロドニーが辺境伯を訪ねて来た。確か辺境伯とは遠縁になるはずだけど……
熱風公はあまり政治に関心があるようには見えないけれど、誰かの差し金で来訪したのかもしれない。辺境伯の籠絡が狙いだろうか?
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