慟哭編16話 元帥印付き安全装置



閣下は新兵器を軽んじている風だけど、それは兵器によりけりだ。注意を喚起しておいた方がいいな。


「新兵器の開発は侮れませんよ。バイオメタルユニットは、戦争の質を変えました。さらに時代を遡れば、攻撃衛星群もです。」


攻撃衛星群によって空軍がほぼ無力化し、超人兵士は装甲車両を脇役へと追いやった。歴史に新たな一頁が加わったところで、なんら不思議はない。


「おまえは心配性だな。ワシが予言しておいてやろう。兎忠うさちゅうに歴史を変えるなど無理だ。」


兎忠……鬼平犯科帳にいたな、そんな同心が。彼と違って可愛げはないが。


「なんにせよ、色々とキナ臭い情勢になってきました。派閥間の連絡を密にする必要があります。」


本来ならばこの場にいるべきなのは、オレではなく司令だ。親父が「政治は利害と打算、そしてで動く」と言っていたが、本当にそうらしい。手を組むべきなのはわかっているのに、過去のいざこざが尾を引いて"アイツとだけは組めない"って議員は永田町にもかなりいて、司令もその轍を踏みかけている。


……いや。オレが両元帥と手を組むって選択が出来るのは、"アスラ元帥暗殺の真相"を知っているからだ。司令にしてみりゃ、お二方はまだ有力容疑者。警戒するのが当たり前だ。


「では私から連絡用のツールを提供しよう。私の所有するIT企業が新式の暗号装置を開発したのだ。かなり画期的な代物で、現行のあらゆる暗号解読機コードブレイカーを無効化出来る。オマケに既存の電波欺瞞装置をすり抜ける事も可能な優れモノだ。これをそれぞれの旗艦に搭載し、連絡を取り合うというのはどうかね?」


「カプランよ。その新型装置には傍受機能がついていて、ワシらの通信を筒抜けに出来るのではなかろうな?」


「もっともな懸念だ。では全てのプログラムと送信・受信機の設計図を公開しよう。自分達で作ったモノなら安心だろう? ただし、搭載するのは"偉大なる獅子ヴィリーキィ・リェフ"と"眼旗魚ソードフィッシュ"に留めておいてくれたまえ。」


白蓮には認めない、か。司令への警戒心を解いていないな。しかしオレだけだと、暗号装置の存在が明るみに出た場合、造反を疑われかねない。


「剣狼、ワシの旗艦に搭載する装置は御門の技術班で作れ。ルシア閥はそっち系の技術は不得意だ。」


「了解です。カプラン元帥、瑞雲も加えてはいけませんか?」


「……わかった。だがカナタ君、暗号装置はあくまでもキミからの提供、というカタチを取ってくれたまえ。そうでなければ瑞雲への搭載を東雲中将は認めないだろう。時期に関しても、少し遅らせる必要がある。我々、三者間の結束が固まってからでないといけない。意味はわかるはずだ。」


「……はい。今すぐであれば、中将は暗号装置の製法を司令に伝えてしまいます。ドラグラント連邦、フラム閥、ルシア閥の共闘路線に司令が乗ってきそうな状況を作り、東雲中将を窓口に本格交渉に移行する。首尾良くいった場合は、ザラゾフ元帥とカプラン元帥、それからウチの司令で三頭体制を構築してください。オレはそれまでの繋ぎです。」


派内派閥みたいなコトはしたくない。だけど、両元帥が司令への警戒を解いていない以上、オレがやるしかないんだ。……派を割る覚悟で司令と話をするべきなんだろうか?


「悪いが繋ぎは認めないよ。キミが自分の存在をどう考えているのかはわかっているつもりだが、天掛カナタはアスラ派ではなく、帝派だ。世間はそう思っているし、我々もそう思っている。」


「カプラン元帥、オレは…」


「カプランの言う通りだ。御堂イスカが連衡に加わるのは構わんが、おまえが抜けるのなら白紙に戻す。以前にアレクシスがワシの安全装置だと抜かしおったが、御堂イスカの安全装置はおまえだ。」


「………」


東雲中将は司令に忠実過ぎるがゆえに、主従一体と見做されて両元帥からは警戒される。問題は、オレも司令から警戒され始めてるってコトだ。我龍時代にないがしろにされてきた雲水代表と、先代総督だった実父が冷戦状態だった月花総督は、司令と対立とまではいかないが、毛嫌いはしている。代表や総督が司令の意向を無視して連邦の方針を定めるコトに歯止めはかけてきたつもりだが、さりとて司令の側に立つ訳でもない。


オレがドラグラント連邦の要人から"蝙蝠野郎"と呼ばれずに済んでいるのは、姉さんが王弟の立場を支持し、理解を得られるように動いてくれているからだ。


「返事をせい!おまえの返答次第では話はご破算だ。」 「カナタ君、キミの参画は連携の大前提なのだよ。」


「……わかりました。司令が加わってもオレは連衡に残ります。」


執拗に合従連衡から抜けないように念押ししてくる両元帥に、オレは頷くしかなかった。確約を得た二人は退席し、控室にはオレと親友夫妻が残される。


「ここまで来てご破算にする訳にゃいかねえから、他に方法がねえ。だけどオレはそんな…」


「"大層な人間じゃない"は、よせよ。カナタは現状打破の鍵を握っている。両元帥を動かしたのはカナタなんだ。」


「シュリ、決裂を覚悟して司令と話を付けるべきだと思うか?」


「どうかな。決裂を覚悟、であればいいけれど、僕の考えではよ。今わかったんだけど、司令が両元帥と上手くいかなかったのは、アスラ元帥の死だけが原因じゃない。」


「なに!?」


「もう一つの原因は、司令が"三元帥より、自分が上だ"と思っているからだ。お二人とも、特にザラゾフ元帥が顕著だけど、見下す者とは距離を取るだろう。強者にも弱者にも、同じ目線で話すカナタだから、両元帥から信用されたんだ。アスラ元帥が三大将を上手く使えていたのは、手足ではなく盟友、というスタンスを貫いていたからだと思う。」


冷静な友にホタルが異論を唱える。


「だけどシュリ、三元帥のこれまでの振る舞いを考えれば、司令の気持ちだって理解出来るわ!アスラ元帥の死が衝撃だったにしても、いがみ合わずに協力する事だって出来たんだから!なのに"俺が俺が"で派閥争いを繰り広げたせいで軍の綱紀は乱れ、不正が横行したのよ!」


ダミアンの恋人が惨殺されたのはルシア閥のクズどもが原因だし、魔術師が哀しき復讐者になったのはフラム閥のモランが元凶だ。ホタルの言うコトもよくわかる。


「じゃあ三元帥を失脚させて、司令と帝の両頭体制にすればいいのかい? 誰が? どうやって?」


シュリの質問にホタルは口ごもった。三元帥を簡単に失脚させられるのなら、司令がとっくにやっていただろう。


「そ、それは……」


「よせよ。二人が言い争うところなんて見たくない。シュリの言い分ももっともだし、ホタルの言い分もよくわかる。人間には各々の事情も言い分もあるもんさ。それは司令や両元帥だって同じだろう。……シュリ、決裂するって根拠はなんだ?」


司令は越権行為や法の逸脱はあったが、クズや無能を重用せず、最もマトモに派閥を運営してきた。対して、三元帥のこれまでの行動が同盟軍を腐らせてきたのは否めない。だけど今の両元帥なら、自派閥の有り様を改めてくれるはずだ。清濁併せ呑む人間は、濁も認める。オレにとって両元帥は許容可能な濁だ。


気になるのは慎重なシュリが、今の段階で司令と直談判に臨めば決裂するとしたコトだ。


「司令は"自分で決めた事"でなければ納得しない人だ。今、カナタが決裂も厭わずって覚悟で臨めば、司令は"協力を強要される事"になる。強要されたら意地でも突っぱねる、それが御堂イスカだ。だから司令に"両元帥と手を結ぶのが得策だ"と思わせる状況を作り、動いてもらわないといけない。もちろん、そうなったらカナタが両元帥と司令の間を取り持てばいい。」


提案では司令を動かせない。直談判だと司令は突っぱねる。破局を避けつつ合従連衡に参加させる為には、自発的に動いてもらうしかない。なるほどな、これはシュリの意見が正しそうだ。頼りになる男だぜ。


「大龍君、司令、ザラゾフ元帥、カプラン元帥の四頭体制で戦争を終わらせる。そして両元帥が引退した後に、帝が権威を、司令が権力を分担するカタチを取るのが良さそうだな。」


権威と権力の分割が政治に対する防腐剤になるってのがオレの持論だ。独裁者のお定まりのパターンは"己の神格化"だからな。


「そう。それで丸く収まる。僕達も協力するから、カナタも頑張ってくれ。」


「わかった。頼むぜ、お二人さん。」


「任せてくれ。」 「もちろんよ。」


人が歴史を紡いでゆけば、もつれて絡み合うコトだってある。それぞれの思惑は錯綜しているが、解決の糸口は見えてきた。



……しかし、この複雑に絡み合う糸をオレがほどけるだろうか……

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