慟哭編15話 点と線、浮かぶ図形



話が長引くと判断した双子執事は、トレイにオードブルや酒類各種を載せて運んできた。選手控室で密談はどうかとは思うが、並外れた聴力のカプラン元帥がいるから、立ち聞きされる恐れはない。


「SS級なら問題ないですが、S級ならベルゼとの相性を考えるべきですね。」


オレが意見を述べると閣下は頷いた。


「うむ。問題は奴のが不明という事だ。」


「ザラゾフ、それはどういう意味だね? ベルゼは炯眼以外の能力を持っているというのかい?」


忌憚なく話す時は敬称を省き始めたらしいな。合従連衡を結んでから、仲が良くなってきたのかもしれない。


「邪眼は複数の能力を持つ事がある。例を挙げれば黒騎士の黒眼が、念真抵抗力上昇とエナジードレインといった、防御と攻撃の能力を持っておるようにな。」


司令の聖鷹眼も邪眼反射と邪眼複製、二つの能力を持っている。オレの狼眼なんて殺戮能力と付与能力、さらに念真力増幅と、三つの力があるからな。


「しかし一つの能力しか持たない邪眼もあるのだろう? なぜベルゼが二つの能力を持っていると思うのだね?」


「邪眼能力がショボいからだ。カプラン、考えてもみろ。強烈な閃光を放てるぐらいで決定打になるか? そんなもの、フラッシュグレネードと大して変わらんではないか。サングラスを掛けてもよいし、戦術アプリで光量を絞ってもよい。奴が名のある機構軍兵士を討ち果たしてこれたのは、決め手になる能力を隠し持っておるか、それともラームズドルフ式とか抜かす我流剣法が極めて優れておるかのどちらかだ。」


厚切りパンの上にキャビアをたっぷり載せて閣下に差し出したホタルさんが、さらに悪い可能性に言及する。


「閣下、その両方というセンもあり得るのではありませんか?」


一口でパンを平らげた閣下は鷹揚に頷いた。


「無論、その可能性もある。幻影は気の利く嫁をもらっておるな。気立ては良いが天然気味の嫁をもらったアレックスは、過去に二度ほどベルゼと同じ戦線にいた事があるのだが、放出系のパイロキネシスはなさそうだと言っておった。倅の勘と観察力はなかなかのものだから、それらは考えから外していいだろう。」


烈震は炯眼を危険人物と見做していて、いずれ始末する事を想定していたってコトか。豪快な闘法と剛直な気質は父親譲りだけど、先を見据える賢明さも備わっている。やっぱり賢夫人の血も引いてるんだよなぁ。


父母のいいところを受け継いだってのは羨ましい話だ。オレなんざ、親父のズバ抜けた頭脳はこれっぽっちも受け継げず、母さんに至っては長所どころか、顔さえ知らない。


「ベルゼは軍にいる間にS級異名兵士を4人も斃しています。S級上位の実力があると考えて人選すべきですね。カプラン元帥、一つ頼み事をしていいですか?」


「なんだね? 言ってみたまえ。」


「望み薄ですが、トガ元帥はベルゼの能力を知っている可能性があります。」


アギトの同類なら上官にも能力を隠しているかもしれんがな。狼眼の使い手であるコトはもう白日の下に曝け出されたが、氷狼はまだ能力を隠し持っている。実際にアギトと戦ったトゼンさんも"奴はなんぞ隠し持ってやがるぜぇ。俺を相手に札を切るかどうか、迷ってるフシがあった。結局、札を切らずに逃げ出す道を選びやがったがな"と言っていたから、間違いないだろう。


「わかった。私が訊いてみよう。」


「お願いします。閣下、オレと司令の三人でリストを作りましょう。選抜の基準は…」


「S級上位で念真力が高く、不測の事態に対処可能な胆力のある兵だな。三つのリストに名前が重複した兵士が対処にあたる訳だ。」


「ええ。もし奴が能力を隠しているとしても、外傷を与えるようなものではありません。死体を見てもわからないような何か、でしょう。早急に候補者リストを作製し、カプラン元帥から追加の情報が入れば修正を加える。それでいいですね?」


「いいだろう。」


「それから、オレからも開示すべき情報があります。お二人が来られる前に、ビロン少将がお見えになったんですが、気になる事を教えてくれました。トガ元帥は何かを企んでいるようです。」


「奴が何かを企んでいるのはいつもの事だ。」


閣下は一刀両断したが、カプラン元帥はそこまで剛毅ではない。


「カナタ君、何がどう、気になったのかね?」


オレの呼び名も天掛特尉からファーストネームに変わったな。たぶん、これもいいコトだ。


「前回の戦役で大打撃を被ったビロン少将は当然、派閥のボスであるトガ元帥に資金援助を申し出た訳ですが、金を出し渋ったそうです。」


「彼の仇名はケチ兎だ。吝嗇なのもいつもの事だよ。おおかた、ビロン少将を見限ったのだろう。」


「ですがビロン少将は、トガ派で唯一まともな師団指揮官ですよ? 薔薇十字に惨敗した時は、惜しげもなく再建資金を出してるんです。二度目の惨敗で見限ったって可能性もあるんですが、ビロン少将はトガ元帥に"儂が失地を回復してやっても、旧領の全部をくれてやる訳にはいかんからな"とまで言われたそうです。閣下はトガ元帥から協力要請を受けていますか?」


「アレクシスから何も聞いておらぬから、何の要請も受けておるまい。」


ルシア閥の交渉窓口がザラゾフ夫人なら、アスラ派の交渉窓口は東雲中将だ。


「東雲中将に確認しましたが、アスラ派にも協力要請はありません。カプラン元帥は…」


「何の要請も受けていない。……ならばトガ元帥はどうやって失った領土を取り戻すつもりなのだろう?」


「少し前のコトですが、御門グループの情報セクションから"トガ閥は大型蓄電池バッテリーを量産している。用途は不明"と報告が上がっていました。」


オレも教授もケチ兎の意図を掴みかねていたが、ビロン師団への冷遇と無関係とは思えない。点が二つ生じれば、線の存在を疑うべきだ。


戦線以外の線には鈍感な閣下が、呆れたような声で怒鳴った。


「バッテリー? そんな時代遅れの動力源など量産してどうする!小型の炎素エンジンを使えば事足りるだろうが!」


閣下の言う通り、出力なら小型炎素エンジン>大型バッテリーなんだよな。


地球と違って、この世界ではエネルギー戦争は起きない。クリーンで半永久的に稼働可能な炎素が存在するからだ。だからバッテリーはハンディコムのような小型の機械にしか使われない。風力発電はおろか、電気自動車すら必要のない世界なのだ。


「だから意図を掴みかねていたんですよ。ですが閣下、これまで重用していた武官の冷遇に、バッテリーの量産。そして…」


カプラン元帥が台詞を引き継ぐ。


「この間、忠春クンは製鉄所を乗っ取ろうとしていたね。資金の出し惜しみは他に投資したい部門があるからとも考えられる。さらに時代遅れと見做されている大型バッテリーを量産している事実があって、思慮に欠ける孫は製鉄所を欲しがった。……偶然の一致とは思えないな。」


話を聞いていたシュリが、推論を述べた。


「カナタ、トガ元帥は新兵器を開発しているんじゃないかな? 超小型でも炎素エンジンはかなりの重さがある。歩兵が背負って歩くのは現実的じゃない。だけどバッテリーなら軽いだろう? 少なくとも生体金属兵にとっては、ね。」


バッテリーが炎素エンジンに優る点は重量の軽さだけだ。……軽い動力源が必要な新兵器とは何だ?


「その可能性が高い。かなり大掛かりな計画なのに、悟られないで準備を進めてきた。耄碌したと思っていたが、能吏の欠片は残っていたようだな。同じ陣営にいるオレ達ですら全貌が掴めないんだ。おそらく機構軍はまだ気付いていない。トガ派は利殖集団だと思ってるからマークも薄いはずだしな。」


携帯灰皿を取り出して、火の点く煙草を吸い始めたカプラン元帥に忠告される。


「老いたりとはいえ、トガ元帥を甘く見ない方がいい。電撃作戦に必要な物資を誰にも悟られないようにかき集める手腕に、我々はずいぶん助けられてきたのだ。」


物資の動きで作戦計画を悟らせない。軍神アスラの鮮やかな奇襲作戦を支えた手腕はまだ健在らしいな。だが今回は、トガと同等の能力を持つ権藤教授がいたから、兎の尻尾を掴めた。


「ケチ兎への認識は改めるとして……わからないのはその新兵器を誰に運用させるつもりなのか、ですね。」


「それなら心当たりがある。三年前なのだが、士官学校の首席卒業生がトガ派に入ったのだ。指揮官タイプの成績優秀者はアスラ派かルシア閥に属する事が多いから、珍しい事もあったものだと思ったのだが、これで話が繋がった。彼女が在学中に結成した"戦術理論研究会"のメンバーもトガ派入りしているらしいから、彼らの動向を探ってみよう。前線で目立った戦果は上げていない連中だけに、トガ元帥の秘密計画に加担している可能性が高い。」


点が一つ増え、三つの点になった。離れた位置にある三点を線で結べば、図形の姿が見えてくる。歪な二等辺三角形の姿が、な。


……なるほど。功績を立てさせるなら、外様の将官よりも、生え抜きの将校の方がいい。孫の忠春をお飾りの総指揮官に据え、子飼いの若手と一緒に昇進させようって腹だ。まさに二等辺三角形、戦術能力が細い孫を、無理矢理押し上げようってんだな。軍隊ってのは、下にいくほど厚みを増す正三角形であるべきなのに。二等辺三角形と正三角形の積み木、どちらが倒れやすいかは自明の理だ。


「頭でっかちの優等生が計画に加担ですか。……嫌な予感しかしませんよ。」


名目上でも、忠春が総指揮官ならヤバい。指揮シートに座ってるだけならいいが、アイツの性格的に黙ってられるかねえ。


「算盤屋に戦意があっただけ、マシなようにも思うがな。兎ヅラのお手並み拝見、ではいかんのか?」


閣下は意地でもトガ元帥を名前で呼びたくないらしい。


「その刃がコッチに向く可能性がありますからね。」


「フン!どんなオモチャをこしらえておるか知らぬが、戦争は生身の人間がやるものだ。ワシが10人おったら、戦争なんざとっくに終わっておる。」


5人でいいと思うなぁ。でも安全装置アレクシスは1つしかないから、1人で十分です。



……しかしトガ元帥の秘密計画、か。敵だったら頓挫させりゃあいいんだが、(一応)味方だけに、厄介だぜ。

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