慟哭編14話 直言居士な夫と清廉潔白な妻
「シュリ、予選突破おめでとう!」
ホタルは親友の盃に甘口の銘酒を注ぐ。
「ありがとう。カナタ、祝杯ぐらい同じ酒でいいだろ。なんで悪代官の封を切るんだよ。」
「名奉行は甘すぎて口に合わないって知ってるだろ。なんで苦手な酒を飲まそうとすんだよ。」
価値のわからないヤツに飲ませるのは、お酒に失礼なんだぞ。
「お館様、ザラゾフ元帥とカプラン元帥がお見えになられました。すぐに参られますので、ご準備を。」
いつもの侘助なら"お通ししてよろしいですか?"なんだが、来客が両元帥なら通す以外の選択肢はない。
「わかった。ここへ案内してくれ。」
つってもここは、来賓室じゃなくて、出場選手の控室なんだけどな。返答した直後に寂助がドアを開き、同盟元帥二人が控室に入ってきた。
「邪魔するぞ。」 「祝勝会の最中らしい。これは本当に邪魔だったようだね。」
双子執事が素早く用意したパイプ椅子に腰掛ける閣下達。ザラゾフ元帥のような巨体の超重量を想定されたパイプ椅子だが、それでも軋む音がした。
「大変!盃を三つしか用意してないわ!」
ホタルさんが慌てたが、無頼の元帥は気にする風もなかった。サイコキネシスで給水サーバー備え付けの紙コップを浮遊させ、手元に引き寄せる。
「これでよい。おまえも飲むか?」
「頂こう。学生時代を思い出すね。」
前線大好きの閣下は慣れっこみたいだけど、カプラン元帥は紙コップで酒を飲むのは久しぶりなようだ。
「え、ええと……」
アルミ机を挟んで元帥二人と少尉二人が向かい合うシュールな構図。極めて常識人なホタルさんは所在なさ気にソワソワしている。
「取って食うたりせんから、千里眼も掛けろ。酌でもしてくれれば、なお良いがな。」
手酌で注いだ酒を飲み干した災害閣下は、空になった紙コップを差し出してニヤリと笑った。ガーデンのゴロツキどもと同じ扱いでいいとわかったホタルさんも落ち着きを取り戻したようだし、要件を訊いてみるか。
「閣下、まさか第二ラウンドを始めようってんじゃないでしょうね?」
「望みとあらば受けて立つぞ?」
ついさっき、あんだけバトったばっかじゃねえか。ホント、バッカじゃねえの?……戦闘バカではあるよな。
「もうお腹いっぱいです。たぶん悪い話だと思いますが、要件はなんですか?」
オレの質問は、カプラン元帥に質問で返された。
「カナタ君、なぜ悪い話だとわかったんだね?」
やっぱりかよ。オレっていつもこうだよなぁ。
「世界で二番目に運が悪い男なので。ああ、カプラン元帥はご存知ないでしょうから教えておきますが、一番運が悪いのは"オレの前に立った敵兵"です。」
「視界に入った敵兵、に訂正を勧めるよ。本題に入るが、とびきりの危険人物が中心領域へ帰って来た。化外でのバカンスに飽きたらしい。」
カプラン元帥だけならともかく、災害閣下まで一緒に来てるってコトは、そうとうヤバいヤツだな。で、化外から帰って来たってコトは……
「元軍人の賞金首。おそらくパブリックエネミー認定もされてますね?」
「うむ。千里眼、戦術タブレットは持っておるか?」
酌を終えたホタルは、ベルトポーチからタブレットを取り出し、検索モードに切り替えた。
「閣下、準備完了です。」
「ベルゼガルト・ラームズドルフで検索しろ。」
名前を聞いたシュリとホタルの顔色が変わる。検索するまでもなくご存知らしい。オレの記憶力じゃ名のある敵兵を覚えるのが手一杯で、公共の敵にまでは手が回んないんだよな。
「カナタ、これがデータよ。私とシュリは見ないでも知ってる男だから。」
どれどれ。……ベルゼガルト・ラームズドルフ。ガルム人で年齢は32歳。軍での最終階級は大尉。S級兵士として大きな戦果を上げたが、水攻めを行う為に水源地を破壊した事実が発覚し、軍を追放される。後に、同作戦において同盟市民を溺死させた蛮行も判明し、戦争犯罪者として指名手配された。
異名は"炯眼"、希少な邪眼系能力者で、フラッシュグレネードを凌ぐ強力な閃光を瞳から放てる。
世界統一機構(リングヴォルト帝国領)から両親と共に亡命し、同盟領で育つ。帝国騎士だった両親は同盟軍人として参戦し、既に戦死。
父からナイトレイド式剣術を、母からヴァンガード式剣術を習っており、小盾を付けた両腕で二本の剣を自在に操る。炯眼はこの我流剣術を"ラームズドルフ式"と名付けたが、習得難易度が高い為、極一部のエリート兵が模倣したに留まった。
自由都市同盟、世界統一機構からS級パブリックエネミーと認定された筋金入りの犯罪者。同盟情報部の調査の結果、アトラス大陸に逃亡したと思われる、か。
「……S級の賞金首で、SS級のクソ野郎だな。アウトサイドから帰って来た
敵兵を市民ごと溺死させようとする野郎だ。他にも何かやらかしてるに違いない。一般兵のほとんどは三世代型バイオメタル、水攻めが効かなくはないからって、無茶苦茶しやがるな。
「カナタ君、キミの考えを聞かせて欲しい。どんな裏があると思うかね?」
カプラン元帥って下の者にも丁寧な言葉遣いをするよなぁ。ピーコックも"偉ぶらないのが偉いところだよ"って言ってたし。
「トガ元帥と密約を結んだってコトはないですか? 表には出さない秘密部隊として運用するとか。」
「さんざん庇ってきたのに手を噛んだ狗を、猜疑心の塊が信用するとは思えないね。ついでに言えば、炯眼だってトガ元帥の言葉なんて信じないだろう。」
だよなぁ。おそらく双方が"裏切られた"って認識してるはずだ。と、なると……
「だったら機構軍と話がついたと考えるべきでしょうね。」
あり得ない可能性を排除すれば、残ったモノが真実だ。中立都市に"危険な厄介者"を抱え込むリスクを取る必然性が皆無な以上、残るは機構軍しかない。
「剣狼、ベルゼは機構軍にとってもお尋ね者なのだぞ。密約を提示されても信用するとは思えん。」
「閣下、無理が通れば道理が引っ込むって言うでしょ。密約を提示したのが自分と同じ、"許されざる者"であれば、炯眼だって一考するかもしれません。奴が赦免されてるなら俺だって、という理屈です。」
隣で話を聞いていたシュリが、陶器の盃を握り潰しながら憤慨する。
「アギトが手を回したのか!ド外道が外道と手を結んだって訳だ!」
「落ち着け、シュリ。今のはあくまで推論だ。機構軍と密約を結んだのは間違いないと思うが、アギトとは限らない。例えば、ロードリック公ロドニーや、マッキンタイア侯マーカスみたいな地位も金もある奴の差し金かもしれん。"おまえも第二のアギトにならないか?"って話を持ち掛けた可能性はあるだろ。」
機構領の市民を殺戮した容疑は冤罪だった、権力者がその気になれば、その程度の工作は容易い。同盟領でも言論の自由が保障されてるとは言い難いが、機構領では言論統制が敷かれているからな。
「フン!敵に回ったならスッキリするわ。ワシもカプランも有能であれば、多少の汚れには目を瞑ってやらぬでもないが、市民を巻き添えにする輩だけは許せん!」 「まったくだね。」
例え相手が元帥閣下であろうと、直言居士は怯まない。卓下で親友の膝を叩いて配慮を促したが、無駄なのはわかっている。
「閣下!有能であれば不正に目を瞑るなんて間違っています!権力の私的行使や公金の流用が絶えないのは、両元帥のそんな姿勢にも原因があるはずです!」
強打者二人に正論ストレートを投げ込むシュリ。オレだったら、絶対にカーブがフォークで勝負してるな。……いや、勝負を避けて敬遠してると思う。
「わかったわかった。そう怒るな。今後は襟を正してやろう。なあ、カプラン?」
「うむ。綱紀粛正に努めよう。タガが緩んでいるのはわかっている。」
カプラン元帥は元から柔軟な男だけど、災害閣下は丸くなったよなぁ。シュリの剣幕がスゲえのもあると思うけど。さすがガーデンの無法松どもをことごとく討ち取ってきたド直球だぜ。キレ味が違う。
「本当にお願いしますよ。軍とは市民を守り、市民の範となるべき公僕なんです。カナタもそう思うだろ?」
オレは白河公より、田沼意次を評価してる人間なんだよなぁ。"※白河の、清きに魚の住みかねて、元の濁りの田沼恋しき"ってのはよくわかる。
「あ~、うん。……だけどな、シュリ。ガーデンマフィアが市民の範になってるかってーと、相当微妙だと思うんだよなー……」
「ぐっ!……た、確かに……だけどね、カナタ!アスラコマンドだって、もうちょっと軍人らしく振る舞うべきなんだよ!僕が口を酸っぱくしても、みんなどこ吹く風で、聞く耳を持たないし!」
シュリが小言を言い始めた時にホタルがいると、絶対に加勢してくる。ホタルが説教を始めたら、もちろんシュリも加勢する。ゴロツキどもはこの現象を"耳タコ
「他人事みたいに言ってるけど、カナタも風紀紊乱に一役買ってるわよね!独身官舎でシオン達と同居してるし、おっぱい革新党なんてふざけた組織まで作って…」
「同居はしてません!隣の部屋と向かいの部屋に住んでるだけです!」
詭弁を弄して逃げを打つが、夫婦の口擊は止まらない。言葉のガトリングガンは装填弾数が桁違いなのだ。
「ザラゾフ元帥、委員長と風紀委員が所帯を持てばこうなるようだよ?」
「口煩くてかなわんな。剣狼、小言が終わったら炯眼の対処にあたる兵の選抜を手伝え。」
二人して面白そうに見てんじゃねえ!
「見物してないで助けてください!友軍が劣勢に陥ってるでしょーが!」
「我が軍に余剰戦力なし。奮戦を期待する、以上。」 「増援要請には応えられない。残念だけどね。」
左右から挟撃されている
……炯眼ベルゼの帰還。おそらくアギトか、アギトと連んだロドニーが絡んでいるのだろう。背景も気になるが、奴の実力はもっと気になる。アスラの部隊長クラスの腕を持っていると考えて対処にあたるべきだろうな……
※白河の清きに魚の住みかねて元の濁りの田沼恋しき
清すぎる河は魚には住み辛く、元の濁った沼が恋しい、の意。
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