慟哭編12話 最後の任務



「重力磁場の範囲内でも足が抑えられんか。伊達に世界最速の看板を背負っておらんな!」


範囲を絞った重力磁場では、形成前に射程外に逃げられてしまう。閣下も最速忍者が相手では広範囲に磁場を展開して、負荷をかける以外に手がないようだ。


「アタイの足も炎も、抑え込むなんて無理なんだよ!」


緋眼のマリカは重力や念動力の影響を受けない火炎を操れる。閣下も炎術には石の壁で対抗するしかない。最強元帥と同盟のエースの力量は拮抗している。


幾度かタッチを繰り返しながら戦ってみたが、閣下もジェダも隙を見せない。齢百を超えるジェダのスタミナ切れに期待してみたが、持久力も人知を超えているのか、それともリング外にいる時に高速で回復させる術でも会得しているのか、息切れする様子は見えない。小細工が通用するような相手じゃねえし、腹を括って真っ向勝負するしかないようだな。


スタミナ切れは起こさないにしても、狙うべきはジェダだと思うが、オレの心情としては閣下と勝負したい。伝説を塗り替えて見せろと言ったこの男に、やれると証明したいんだ。


「ふんっ!せいっ!」


突きから払い、そっから斬り上げ。閣下の振るう斧槍は豪快かつ緻密だ。オレにカウンターを打たせないとは大したもんだぜ。


「剣狼よ、勿体ぶらずに切り札を見せろ。あの時に見せた"無双の至玉"とやらをな。」


このまま戦い続ければ、オレより先にマリカさんが一か八かの勝負に出るだろう。相手が相手だけに、賭けが裏目に出る可能性もある。エースに負けがつくぐらいならオレが……バカが!そんな心構えじゃ絶対に負けるぞ!


「いいだろう。天翔る狼の真の力、見せてやる!」


瞳に輝く"至魂の勾玉"と"夢見の勾玉"が一体となり、"無双の至玉"が顕現する。オレは勝つ!最強だの伝説だのに興味はない。だが……


"歴史は勝者が作る。残酷で理不尽だが、それが太古から変わらぬ人の世の理だ。だから父さんは勝たねばならない。天掛光平はこの国を変えたいのだからな!"


残酷な現実をオレは知っている。だから、誰が相手でも負ける訳にはいかないんだ!この狂った世界にまかり通る鉄則、"弱肉強食"だけはオレが変えてやる!人間が、人間らしくある為にな!


「……直に見るのは二度目だが……やはりアスラの"サイキックバースト"に似ておるな。」


閣下もオレもオーバードライブシステムをオンにする。出し惜しみしてる局面じゃない。


「同系統の能力はあるかもしれんが、無双の名に値するのは我が瞳のみだ。……ゆくぞ。」


「受けて立つ。参れ!」


金色の念真力を放つ刀と、漆黒の念真力を纏う斧槍が激突し、火花が散る。死神もそうだが、漆黒の念真力は人外の証みたいなもんだな!


「さすがは人間災害。よくぞ受け切ったな。」


速さも強さも申し分ない一撃だったが、ガッチリ受け止めやがったか。しかも斧の対面に付いたスパイクで刀を引っ掛けて連擊を打たせないとは……


「このワシを相手に力で真っ向勝負とはな。恐れ入ったぞ。」


念真力マシマシの状態なら力勝負で問題ない。力と技の集大成を見せるのは、最後の最後だ。


力と力をぶつけ合い、痛撃を浴びせ合って互いの息が上がる。閣下もあらゆる能力をフルパワーで使ってきやがるぜ。


「隙あり!喰らえい!」


丸太より太い足のキックを十字守鶴で受けたが、闘技場の角まで後退させられる。……これでお膳立ては整った。


「もらったぞ、剣狼!」


閣下、敢えてキックで飛ばされたんだ。土俵際で勝負を仕掛ける為にな。増幅された念真撃、磁力操作、手足の爆縮、さらにサイコキネシス、四つの力を一つに束ねた無双の一撃……剛撃夢幻刃を喰らえ!


「どりゃああああぁぁーー!!」


「ぬおおおおおおぉぉーー!!」


刀と斧槍が激突し、両者ともにリング外へ弾き飛ばされる。想定を超える人外以上のパワー、これが伝説軍人の底力か!


磁力操作で砂鉄のアンカーを作ってみたが、壁への激突は避けられねえな!閣下もサイコキネシスでブレーキをかけるはずだが……


オレと閣下は同時にリング外の壁に叩きつけられていた。壁への激突もリングアウトのルール、つまり勝負は引き分けだ。全力を尽くしたが、武器あり勝負でも勝てなかったな。


「見事な勝負だった!同盟将兵よ、これが兵士の頂点だ。諸君、惜しみない拍手で健闘を称えよう。」


貴賓席から立ち上がったカプラン元帥が手を叩き、固唾を飲んで勝負を見守っていた観衆から万雷の拍手が降り注ぐ。


「イテテ。化粧壁どころか、芯材のコンクリートにまで、おもっくそ亀裂が入ってんじゃねえか。」


コロッセオみたいな雰囲気を出す為に仕上げの壁材がトラバーチンで出来てるんだよな。こんなことになるならクッション材でも貼らせとくんだったぜ。


「カナタ、大丈夫かい?」


駆け寄ってきたマリカさんが、ヒビの入ったコンクリートを横目で眺めながら訊いてきた。


「頑丈に出来てるんでね。問題ないですよ。」


「ったく、アタイが勝負を賭けるつもりだったのに、先走りやがって。」


「負けなかったんだからヨシにしといてくださいよ。相手は戦場の伝説なんですから。」


その戦場の伝説様は引き分けたのが不満なのか、険しい表情のまま宙に浮き、貴賓席へと戻った。健闘を称え合って握手の一つでもしてくれりゃいいのに。ま、そういう気遣いが出来る男じゃないのはもうわかってるけどな。


──────────────────────


「キミは老いを知らないな。羨ましい限りだよ。」


ジョルジュ・カプランは論客ゆえに世辞は得意だが、珍しく本音で昔馴染みを称える。貴賓席に戻った"災害"は、顎をしゃくって"日和見"について来るように促した。席を立った二人は無言のまま廊下を歩く。周囲に人の気配がない事を確認したザラゾフはカプランに問うた。


「……今の勝負、どちらが勝ったのだ?」


「見ての通り、引き分けだよ。」


「おまえが異常に耳がいい事ぐらいは知っている。見ての通りではなく、聞いての通りではどうだった?」


「………」


カプランは最強元帥の顔色を読もうとしたが、百戦錬磨の論客の目を持ってしても、内心までは伺えなかった。わかった事は、"ザラゾフは事実を知りたがっている"という事だけである。


「答えろカプラン。どっちが勝った。」


「……カナタ君だ。極々僅か、時間にすればコンマ数秒だと思うが、キミの体が先に壁に叩きつけられた。」


ジョルジュ・カプランの鋭敏すぎる耳は、激突音のタイムラグを聞き分けていたのだ。


「……そうか。ワシは負けたのか。油断も慢心もせずに戦いに臨み、敗れたのだな。」


氷山の如く凍て付いたザラゾフの顔から氷塊が崩れ落ちた。相好を崩し、満足げに笑ったのだ。寂しげではあるが暖かい笑み。こんな優しい顔が出来る男だったのかと、カプランは驚いた。


カプランとザラゾフは決して仲が良い訳ではない。青年期からの知己なのに、合従連衡に同意したのはつい最近の事である。何かにつけて腕力を持ち出す暴勇男に手を焼かされ続けたカプランだったが、ザラゾフの強さは誰よりも認めていた。故に連衡相手への気遣いではなく、共に自由都市同盟を築き上げた同志として、擁護に似た持論を開陳する。


「キミの強さは生き死にを賭けた戦場でこそ発揮される。実戦にリングアウト勝ちなどあるまい?」


長身のカプランよりさらに背丈のあるザラゾフは目線を落とし、戦人らしい反論を述べた。


「やはりおまえは戦には不向きだな。カプラン、あらゆる戦争は"条件戦"なのだ。勝利条件を満たさんが為に戦略を考え、戦術を凝らし、戦闘に臨む。訓練や模擬戦の結果を実戦に反映させられてこそ本物なのだ。」


「確かにそうだ。でなければ教練の必要などないからね。」


「ワシも剣狼も緋眼も成就者も、勝利条件は頭に置いて戦った。実戦であれば……そんな仮定に意味はない。あるのは結果、"災害ザラゾフは剣狼カナタに敗れた"という結果だけだ。」


淡々と事実を述べるザラゾフ、胸に去来した感情の正体に気付いたカプランは苦笑した。


「……フフッ、そうか。私は口惜しいのだ。日和見カプランは災害ザラゾフに勝って欲しかったのだ。アスラ亡き今、我々の世代で最強の男はキミに他ならない。私は自分達の時代が終わるのを、認めたくなかったのだよ。」


子供じみた単純さが抜けない男、と思っていたザラゾフよりも、自分の方が世代交代を拒んでいたとはな。しかしカプランの長所は、"分が悪いと思えば即座に方針転換出来る柔軟さ"であった。もとより新時代の先鞭を付けたら引退しようと考えていたのである。予定を先倒しにしたカプランもザラゾフと想いを同じくした。


二人の元帥は"この戦争の終結に導くのが、我々のだ"と決意を固めたのだ。



老境に至って遂に、二人の英傑に共通の理念が芽生えた。それが友情の萌芽でもある事には、まだ気付いていない。

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