慟哭編10話 ドリームマッチ
「アタイが出る!文句はないな!」
文句も何も、オレが返答する前に闘技場に立っちまったマリカさん。相変わらず気が早い。
「閣下、儂が先に出よう。暫し見物していなされ。」
向こうはジェダが出てきたか。忍術を極めた者とヨーガを極めし者の対決って訳だ。
この試合に審判はいない。ジャッジ出来るとすれば司令だけだが、貴賓席で腕組みしたままだ。出張ってくるかと思っていたが、見物に回るってコトなんだろう。
「電光石火が信条じゃろう。こんのか?」
ブレスレットみたいに腕に通したチャクラムをシャラシャラ鳴らして手招きする成就者。挑発されて黙ってるマリカさんではない。
「言われなくても見せてやンよ。爺ィ、これが世界最速の剣だ!」
マリカさんは稲妻のように疾走し、極端な前傾姿勢のジェダに先制攻撃を仕掛けた。矢継ぎ早の連擊を手脚に通したチャクラムで受ける老人。受けに徹したかに見せながら、刃の間を縫うように奇妙な蹴りで反撃する。挨拶代わりの攻防を終えた両雄は、少し距離を取って対峙する。
ジェダの見せる顎の下で交差させた腕と、M字に曲げた足の構え。おそらくは象形拳……インド武術のカラリパヤットに似てるような気がする。
「相変わらずケッタイな構えだ。蜘蛛でも模してンのかい?」
「女王蜘蛛に蜘蛛を模しても敵うまいて。これは"象の構え"じゃよ。そしてこれが……蛇の構え!」
インド人……じゃねえ。バラト人最強の男は関節など存在しないかのように両腕をしならせる。人蛇は見慣れちゃいるが、爺さんの腕は本物の蛇みてえだな。フリッカーどころではない曲がり幅、どうせ有名格闘ゲームのあの人ばりに手を伸ばしてきやがるんだろ。
シュルシュルと蛇のように前進した成就者の繰り出すパンチは案の定、かなりの伸びを見せた。
「どういう原理なのやら。それもヨーガの力なのかい?」
伸びる腕はマリカさんも予想していたか知っていたらしく、残像ステップで華麗に躱す。
「その通り、と言いたいが、これは科学の力じゃ。手脚の骨をの、伸縮素材に変えておるのよ。」
伝統を重んじているが、科学を軽んじてはいない、か。そういやこの爺さん、鏡面迷彩も装備してたよな。伝統一本槍じゃあ、SS級兵士にゃなれねえか。
「骨はともかく、肉はどうやってンだい?」
「そっちはヨーガじゃの。おヌシも習ってみんかね?」
襲い来る伸腕を左の手刀で叩き落としながらマリカさんはヨーガへの誘いを断った。
「必要ないね。闘争に必要なのは
「ほっほ、若いのう。」
伸びる手脚を駆使し、間合いに入れさせまいとするジェダ。しかし最速の足を持つニンジャは手脚の戻りに合わせて瞬時に間を詰める。並の兵士なら瞬殺間違いなしの連擊、しかし成就者はタコ顔負けの軟体で刃を躱す。成就者ジェダは"頭だけ入ればどこにでも潜り込む"って噂を聞いたが、こりゃ事実だな。
斬擊を捌きながら飛ばしたチャクラムが背後からマリカさんを襲ったが、命中寸前に跳躍で躱してのける。通じないとわかっていての自滅狙いだ。
「第三の目には開眼しておるようじゃな。ヨーガの心得はなくとも、そこまで階位を上っておるのか。なかなかどうして、武芸者も侮れんのう。」
躱されると予期していたジェダはチャクラムをキャッチし、宙に舞うマリカさんにまた投擲。しかもサイコキネシスで宙に貼り付けておいて、だ。
「小賢しい!」
念真衝撃球でチャクラムを弾き返したマリカさんは、念真力を集中してサイコキネシスの
「ほっ、速い速い!恐ろしく速いのう!」
紅一文字による攻撃に備えたジェダだったが、あろうことか、マリカさんは愛刀から手を離していた。普通に考えたらクロスレンジで得物を手放すなんてあり得ない。思いもしなかった好機、咄嗟に宙に浮いた得物を奪おうと手を伸ばしたジェダだったが、手よりも先にマリカさんの蹴りが、鶴のように細い体を捉えていた。
「歳を食ってる割りに、煩悩が捨て切れてないみたいだねえ。」
「……まったくじゃ。まだまだ修行が足りんわい。」
派手にすっ飛んだジェダだったが、有効打にはなっていない。当たった瞬間に体を軟体化し、自ら後方へ跳んでダメージを最小化したのだ。
「露払いはこんなものかのう。元帥、バトンタッチじゃ。」
計算づくで自軍のコーナー目がけて跳んだジェダは、リング外で仁王立ちしていた閣下と手を合わせた。
「よかろう。小娘に真の豪勇を見せてやろうではないか。」
戦場の伝説VS同盟のエースか。曲者感が強い成就者と違って、災害はストロングスタイルな強者。あらゆる能力がただただ高いってのが、一番厄介なんだよな。
「災害閣下、アンタの時代はもう終わったのさ。これからはアタイやカナタの時代だよ!」
ノーモーションで繰り出される猛火。受けて立つ閣下は腕組みしたままサイコキネシスで石畳を剥がし、猛火を阻む盾と為す。ジェダのサイコキネシスもかなりのモノだが、閣下はそれすらも凌ぐ。常識外の肉体に、最高強度のサイコキネシスと重力操作能力。これだけでも人外だってのに、抜群の戦闘センスまで持ってるんだから、そりゃ伝説にもなるわな。
「フフッ、誰の時代だと?」
石の兵隊を引き連れた閣下は威風堂々と闘技場を歩む。この場にいる誰もが"強者の風格"を感じているだろう。
「言っただろ。
腕組みを解いてハルバードを構えた戦場の伝説は、威厳を漂わせながら若きエースに語りかけた。
「……ワシの豪勇にもいずれ終わりが来よう。人の領域から多少はみ出たところで、人である事には変わりないのだからな。」
絶対強者の意外な言葉に場内は静まり返った。
「緋眼よ、よく聞け。伝説は誕生するものではなく、塗り替えられるものだ。ワシやおまえの父である火隠段蔵、それに御堂アスラは一つの時代を築いた。」
「………」
せっかちなマリカさんが大人しく閣下の言葉に耳を傾けている。半世紀に渡って戦い続けた英雄の訓戒には、万金の価値と重みがあるからだ。
「ワシは同盟創成期の生き残りとして、新たな世代に時代を託さねばならん。それが戦う事しか知らぬ、戦う事しか出来ぬ男の最後の仕事だ。同盟元帥ルスラーノヴィチ・ザラゾフは今、敗北を望んでおる。ワシと
場内どころか世界全土を震撼させる叫び。強すぎたが故に戦友達に先立たれてしまった男の慟哭と決意に、兵士も観客も涙する。
「同盟軍将兵よ!強き者はより強く、弱き者は強くなれ!力を得て、力に驕らず、力なき者を明日の、未来の強者として
災害ザラゾフが"強者を尊ぶ強者"であるコトは変わらない。だけど閣下は"弱者が強者になり得る可能性"を認めてくれた。何が閣下をそうさせたのかはわからない。大事なのは、嵐が過ぎ去った後は決まって晴天になるように、閣下自身が自らの時代の幕引きを望んでいるってコトだ。
……一時代を築いた男の想いに、オレ達は応えなくてはならない。オレ達が次の世代に意志を託す為にもだ!
「安心しな、閣下。創成期を支えた世代が守ってきたバトンはアタイらが受け取る。いや、もぎ取らなきゃならないンだよねえ?」
マリカさんは情熱を感じれば、より情熱を燃やす女だ。昂ぶらないはずがない。
「その通りだ!やってみせい!」
「やらいでか!アタイはもう、偉大な先代から、愛する親父から、心の炎を受け継いでるンだ!」
心に燃え盛る炎は愛刀にも伝播し、猛る炎を纏った刃が閣下の身に迫った。
「フフッ、猛き炎を宿すその姿。……段蔵を思い出させおるわ。だが、情熱だけではワシには勝てんぞ!」
石畳に亀裂が入る程の重力磁場を発生させた人型災害は、人外の豪腕にサイコキネシスまで上乗せしたハルバードを一閃、刀で受けたマリカさんの体をピンポン球みたいに吹っ飛ばした。クルクルと回転しながら宙を舞ったマリカさんはクナイを投げ付けたが、石畳の盾に弾かれる。
「大したパワーだねえ。最速VS豪腕と洒落込もうじゃ…おい!カナタ!」
炎の女がオレの傍まで飛ばされてきたので、空いてる左手にタッチしてリングに上がる。
「見てるだけじゃ退屈なんでね。タッチは成立した。リング外に出てなよ。」
「チッ!せっかく燃えてきたってのに、水を差しやがって!」
ブツクサ言いながらリング外に出るマリカさん。悪いな、時代を背負った男と戦いたいのはオレも同じでね。
その気になれば闘技場全体を重力磁場で覆うコトも出来る閣下だが、オレとマリカさんが相手じゃ、範囲を絞って強度を上げるしかねえよなぁ。だったら石畳の亀裂の前までは近付いても問題ナシだ。
「剣狼カナタよ、おまえが敵ではなかったのが少し残念だぞ。」
オレと生き死にを賭けて勝負したいってか。冗談じゃねえ。
「オレは閣下が味方で心底ホッとしてるよ。」
この男と会えただけでも、この世界に来た甲斐があった。心からそう思う。だが敬意は脇に置いて、我が剣、我が力の全てをぶつける。それが強者を尊ぶ強者への礼儀だ。
……体に流れる狼の血が
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