慟哭編9話 小天狗VS玄武岩
闘技場の中央にドッシリと構えたゲンゴに対し、ガラクは軽快な足捌きでサークリングする。一挙一動を見逃すまいと集中しているのが小天狗成長の証だな。田鼈一族の悲願であった"爆縮"を会得したゲンゴには、一瞬で距離を潰す足がある。
「見よう見まねの技ではあるが、とりあえず挨拶しとくぜ!」
ガラクは石畳に氷を這わせ、ゲンゴに向かって解き放った。さっき雪豹が使った地を這う氷擊を、一度見ただけで真似してのけたか。やはり素質があるな。
「オリジナルより速度が遅い。そんなんじゃ当たらないぜ。」
跳んで躱しても追ってくると知っているゲンゴは、左右に動いて氷擊を躱す。もちろん、凍り付いた石畳にも注意を怠らない。
「たぶん、こんな感じだろ!」
氷擊の先端を宙に伸ばして操ろうとするガラク。ゲンゴは腕毛を伸ばして刃と化し、伸びる氷擊を斬って捨てた。
ガラクは氷擊で牽制しつつも、円の動きを止めようとはしない。足を止めずに横移動、それがゲンゴの爆縮による爆速を封じる方法だとわかっているのだ。いくら爆縮で瞬間加速しようと、一足飛びの縦移動なら横の動きを加速すれば躱せる。高速サークリングに対抗するには、爆縮を使いながらジグザグダッシュをすればいいのだが、それが出来るのはオレとマリカさんだけだ。
「うろ覚えの技で仕留められるほど、あの毛深い小僧は甘くあるまい。」
閣下は牽制攻撃を続けるガラクの姿を見やりながら論評する。
「ガラクもそれはわかっているはず。何か考えがあるんでしょう。」
好戦的なガラクが仕掛けてくるゲンゴからフットワークで距離を取り、ひたすら牽制に徹している。通じない攻撃の繰り返し、何か意図がなければ念真力を無駄に消耗するだけだ。
碁盤の目のように縦横に氷擊を這わせたガラクは、ニヤリと笑った。
「やっと仕込みが完了したな。普通にやるよか、軸線があった方が早え。先輩方の戦いがいいヒントになったぜ。」
氷結能力を全開にしたガラクは、無数に走った地を這う氷擊を起点に、石畳の表面に氷を張った。狙いは即席のスケートリンクを作るコトだったのだ。
ゲンゴは凍った石畳を見回して感心しながら呟いた。
「何か企んでいるのだろうと思っていたが、ガラクにしては考えたな。」
「あたぼうよ。ほっ、と!さあ、ショータイムの始まりだぜ!」
軽く跳んだガラクの軍用ブーツの底から刃が飛び出す。仕込み靴を用意していたのだ。氷面を滑りながら加速するガラクが反撃に転じる。迎え撃つ側になったゲンゴは腰を低く落とし、腕毛の刃をさらに伸ばした。
小天狗はスピードを活かしてヒット&アウェイ、対するゲンゴは受けて反撃に転じようとするが、一擊離脱を徹底するガラクに刃は空を斬る。小柄だがパワーファイターのゲンゴと真正面から戦わないあたりにも成長が感じられる。滑走なら疾走よりもスタミナの消費も抑えられるから、長期戦になっても構わないって算段だな。
「なかなかいい手ね。だけど問題もありそうだわ。あのコの念真強度がどのぐらいかは知らないけど、あれだけ広範囲を凍り付かせたら、念真力が半分も残ってないんじゃない?」
人型災害の隣で正座し、試合を観戦していた雪豹は、同じ氷結能力者の戦法を褒めつつも、問題点を指摘した。
「一撃離脱の繰り返しだから、防御に使う念真力は抑えられる。そこを勘案しての戦法だろう。問題は滑る足場にゲンゴが対応してるってコトだ。」
ズボンの裾から伸びたスネ毛が軍用ブーツに巻き付いている。ゲンゴは体毛を使って、毛針のスパイクを履いているのだ。
「あれは田鼈一族に対しては悪手だろう。対応されるだけではなく、逆用されかねん。」
田鼈源五郎の活躍は、一族の名を閣下の耳にも届かせたようだ。
「逆用、ですか?」
「田鼈一族は水辺の戦いには無類の強さを誇ると聞く。極寒のリベリアで育ったワシからすれば、"冬場の湖は凍り付く"など常識。龍ノ島にも四季はあるのだろう?」
あっ!た、確かに!スケートリンクも水辺の一種と言えなくはない!
閣下の読み通り、ゲンゴは守勢から攻勢に転じた。毛針のスパイクを作れるのなら、毛針の刃だって作れる。スケート靴を履いたゲンゴは、アイスリンクと化した闘技場を滑走し始めた。しかも、スケートの技量がガラクよりも高い。
「こ、この野郎!」
追ってくるゲンゴと斬り結びながら、ガラクは呻く。自分の得意とするフィールドを作ったつもりが、相手の土俵だったのだ。焦らない訳がない。
ガラク、戦場に想定外は付き物だ。焦燥から立ち直り、次の手を考えろ。でないと本物の兵士にはなれんぞ。
「田鼈一族に水辺で喧嘩を売るなんて、無謀もいいとこだぜ?」
ガラクの履いてる軍用ブーツもエッジとスパイクの切り替えが可能なようだが、体毛変化のような早さはない。滑りながらも要所で瞬時に踏ん張れるゲンゴは優位に戦いを進め、順当にガラクを押し切った。
「チクショウ!勝てると思ったのに!」
リング外に蹴り出されたガラクは天を仰いで口惜しがる。オレは砂鉄のスロープを作って闘技場に滑り降り、仰向けに倒れた白狼の手を掴んで立ち上がらせる。
「よくやった。天狗鼻を伸ばした今までの負けとは違って、"価値ある敗北"だったぞ。」
「お館様、負けたら意味がありません。」
訓練では負けてもいい。オレも何度も先輩部隊長達に負けた。機構軍にデータを与えるコトになっても、こういう場を設ける意義があるのは、大舞台での真剣勝負は兵士を大きく育ててくれるからだ。ガラクはライバルに勝ちたい一心で、素質頼みの闘法から脱却出来た。課題を一つ、クリアしたんだ。新しい課題も生まれたが、成長とは、挫折と克服の繰り返しだ。
「実戦ならな。氷の陣は負荷も大きいが、汎用性も高い。おまえの創意工夫はきっと、生き死にを賭けた戦いで役に立つはずだ。」
砂鉄でスパイクを作りながら闘技場に上がったオレは、勝者の腕を取って天に掲げさせた。ゲンゴは晴れの舞台で胸を張り、観客の声援に体毛を使ったパフォーマンスで応えた。司令の一段下の席から見守っていたマリカさんも嬉しそうだな。隣に座っている成就者の表情はよくわから…
「ヒョオ!」
掛け声を上げて貴賓席から跳んだ成就者は、トーガを靡かせながら闘技場に降り立った。
「……勝者を称える為に降りてきたって訳じゃなさそうだな。」
「左様。集いし若人達に、武の行き着く先を見せてやるのも一興じゃろう。暴力の限界を知る為にも、のう。」
成就者らしい戦いの理由だが、啓蒙活動はオレのいないところでやってくれ。
「そういう事ならワシも混ぜい!」
サイコキネシスで巨体を浮かせた災害閣下はゆっくりと闘技場に降臨してくる。参ったね、閣下はこういう展開を黙って見ていられる男じゃないんだよなぁ。
「野郎ばっかりじゃ華がないねえ。アタイも噛んでやろうじゃないのさ。」
緋色の閃光と化したマリカさんがオレの隣に降り立ち、参戦を宣言した後に提案も行った。
「乱戦じゃ芸がない。ここはアタイとカナタVS爺ィコンビでタッグマッチと洒落こもうじゃないのさ。」
オレはバトるなんて言ってねえんだが、御三方はやる気満々っぽいよなぁ。ギャラリーも滅茶苦茶はしゃいでるし、逃げ道はなさそうだぞ。
「儂は構わぬ。閣下はどうじゃね?」
「おまえではワシと組むのは力不足だが、そのぐらいのハンディは必要だろう。」
引退しろだの力不足だの、成就者ジェダも散々な言われ様だな。
「決まりだね。じゃあ闘技場に立つのは一人だ。タッグパートナーは場外で待機。プロレス式のタッチで交代しようじゃないのさ。」
ルールを決めたマリカさんは、火炎で凍てつく石畳を掃除する。まさかの完全適合者によるタッグマッチの実現に、スタジアムは地鳴りのような歓声で満たされた。
「やれやれ、面倒なコトになりやがったな。」
ボヤくオレの背中をマリカさんが小突く。
「不景気なツラは引っ込めな。不本意なのはわかるが、舞台が整っちまったンだから諦めろ。」
「整えたのは誰だよ。」
急遽決まった試合だけに、武器カバーの手配が間に合わないかと思ったが、そうでもなかった。オレの預かる"光輪天舞"、マリカさんの愛刀"紅一文字"、閣下ご自慢の玄武鉄製ハルバード"
オレの闘争心に火を点けるべく、炎の女はテレパス通信で種火を差し出してきた。
(カナタ、勝ったら好きな体位でえっちさせてやンよ。ハードえっちもアリだ。)
不景気ヅラをした甲斐があったな。そういうコトならバトル上等だ。
勝ち筋を描く為に納豆菌をフル回転させろ。同盟のヤバいヤツ詰め合わせセットに勝たねえと、魅惑のご褒美はもらえねえぞ。
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