慟哭編8話 傲慢は許すが慢心は許さない



「この私が、こんなところで……」


敗れた雪豹はうなだれ、石畳に膝を着こうとしたが叶わなかった。見えざる巨大な手で掴まれたかのように体が宙に浮き、貴賓席まで引っ張り上げられる。あの距離までサイコキネシスが届くとは、さすが人外中の人外だ。


災害閣下は傷心の部下に労うどころか、追い打ちをかけた。


「フィオドラ、必ず優勝すると大見得を切ったが、予選も通過出来なかったな。」


「面目次第もありません。……私を信じて他の兵士を出場させなかった閣下の期待を裏切りました。」


「失ったのが面目だけで幸運だった。実戦であれば命も失っておる。」


「……はい。」


閣下は悄気しょげ返った雪豹の顎を掴んで上を向かせる。


「長所だけではなく、悪癖までクプリヤンに似おって。おまえに相手を見下すなど百年早い。かく言うワシも死神めを甘く見て、手酷い蹉跌を踏まされたがな。フィオドラ、ルシアの兵は傲慢であってもよい。だが、油断はするなよ?」


傲慢は許すが慢心は許さない、か。実に武闘派らしいポリシーだ。


「はいっ!!」


「結果に関しては咎めはせん。仮に慢心せずに挑んだとしても、おまえの負けであったろう。おい、そこの広報部!」


実況席にいたチッチ少尉は瞬時に立ち上がってピンと背筋を伸ばした。


「は、はいっ!」


「空蝉修理ノ介の異名は今後、"幻影"とせい!幻の如く影を踏ませぬ男、"幻影"修理ノ介に雪豹は敗れたのだ!」


「仰せのままに!」


戦場の伝説は闘技場から貴賓席を見上げる勝者に命令を下した。


「空蝉修理ノ介よ。我が師団の代表に勝った以上、トーナメント制覇を厳命する!」


「そのつもりです、閣下。」


幻影の称号を賜った男は敬礼し、万雷の拍手を受けながら闘技場から去ってゆく。ダークホースに完勝した男は本命馬に踊り出たのだ。


───────────────────


熱戦続きの試合が続き、トーナメント本戦に勝ち上がるベスト16が決定した。シュリ、リック、ビーチャム、キング兄弟、サクヤ、ダニー、マット、ボボカ、アシリレラ少尉、フィネル少尉、ランス少尉、残る4名は他師団からの参加者だ。本戦枠の3/4をアスラ派で占めたのだから、対面の貴賓席で試合を観戦していた司令も満足だろう。


武闘派であるルシア閥の代表が雪豹一人だったってのもあるが、それを言うならアスラ部隊だって00番隊だけではなく、3,8,10番隊は代表を出していない。


ヒサメさんとコトネは敗退したが、他隊に敗れたのではなく、アスラの仲間と戦った結果だ。ヒサメさんはバイパーさんに、コトネはボボカと当たってしまったのだから、運がないとしか言えない。


運がないと言えばグライリッヒ少尉もで、最も恐れていたキング兄弟の片割れ、一回戦を無傷で勝ち上がった"絞殺魔"パイソンと二回戦でぶつかってしまった。結果は、自分で組み上げた戦闘解析プログラムの指摘通り、"回避運動が鈍ったところを摑まれて、万事休す"であった。


"どうせアイツは打てねえ"、トーナメント前に絞殺魔はそう言っていたが、まさに結果もそうだった。いくら最善手を打たれようが、地力に優るなら押し切れる。むしろ、意外な一手がないと読み切られ、余裕を持たせてしまっていた。チェスと違って戦闘は、最善手を指し続ければ勝てるといったものではないのだ。


そして災害閣下の選ぶベストバウトは"レディサイボーグ"トリクシーVS"赤毛の"ビーチャム戦だった。本戦行きを賭けて戦った若き女性兵士二人は一進一退の攻防を繰り広げ、観客を大いに沸かせた。熱戦の最終局面、トリクシーは捨て身のローラーダッシュでビーチャムを場外に弾き飛ばしたが、体は地面に着かなかった。赤毛の曲者は、戦いながらコッソリと"背景に同色化させた念真髪"を場外に飛ばし、見えないネットを張っていたのだ。僅か数本の髪で作られたネットは恐るべき強度で、トランポリンのように小柄な体を闘技場内に弾き戻し、足による首締めをアシストした。


乾坤一擲の賭けに勝ったと歓喜したトリクシーの"心の落差"を突いたビーチャムの勝利。"腕に差がないなら、心の落差につけ込め"とはオレが教えたコトだが、なかなか実行出来るもんじゃない。


"相手に勝ったと思わせておいて、逆襲する"、キンバリー・ビーチャムは展開を予測しながら布石を打てる兵士に成長したのだ。


「あのソバカスは面白いな!"幻影"修理ノ介が"真っ直ぐな研鑽を積み上げてきた強者"なら、さしずめあの小娘は"捻くれた創意工夫を怠らない曲者"といったところか。愚直と狡猾の対決が本戦で実現すればいいが……」


閣下は気楽に言ってくれるが、オレにとっては悩ましいカードなんだぜ?


「親友と手塩にかけて育てた部下の対決なんて見たくありませんよ。」


「しかしカナタ君、ヒンクリーJrも本戦に勝ち進んだし、誰かしらが当たる可能性は高いよ?」


脳筋閣下は気楽なコトを言ってくれたが、現実主義者のカプラン元帥は、十分にあり得る好ましくない予測を口にしやがる。


「トーナメント表を見た時点でリックが勝ち上がるのはわかっていました。対戦相手には、親父譲りのタフネスを捻じ伏せられる火力がありませんでしたから。」


「なるほど。しかし……あの戦法はとても見習えとは言えないな。ダメージを覚悟で戦うとかいったレベルじゃない。有効打を喰らう代わりに致命打を喰らわせるなんて、無茶苦茶すぎる。」


「あれはヒンクリースタイルです。他の兵士が真似をしたら自滅するだけだ。」


ガタイが良くて極めてタフ。そしてヒンクリー家が持つ固有能力タレントスキル"超々再生"があってこそ成り立つ戦法だ。おそらく、リックの再生能力は親父さんよりも上だろう。"不屈の"ヒンクリーの闘法をより過激化させたのがリッキースタイルなんだ。


死兵の恐ろしさ、"死なば諸共もろとも"を生きたままやれるのが"鮮血のブラッディー"リック。極めて強く、有効なスタイルなんだが、見てる兄貴分としてはヒヤヒヤするぜ。


S級トーナメントの予選が終わったので、A級トーナメントの決勝戦が行われる。前日に行われたA級トーナメントだが、決勝戦だけはこの日に持ち越された。コムリン市長はイベントの盛り上げ方ってのがわかってるな。目の肥えた兵士からすれば、「レベルの高い試合の後に格落ちした試合」って感想になるかもしれないが、一般客はそこまでわからない者がほとんどだ。プロによるプレーオフ選出戦の後に高校リーグの決勝戦、みたいなものだな。


ただ、決勝で戦う二人は超高校級。目の肥えた兵士でも、満足させる熱戦になるだろう。ゲンゴが強いのはわかっていたが、素行がアレだから過小評価していた"小天狗"ガラクもかなり腕を上げていた。


「朱雀の門から登場するのは、天から舞い降りた羽!案山子軍団所属、"小天狗"天羽~ガ~ラ~ク~!!」


白い羽があしらわれたガウンを纏って颯爽と現れたガラクは、軽快なフットワークで歓声に応えながら歩を進める。八熾一族応援席から孫の勇姿を見守る爺様も誇らしげだ。


「続きまして、玄武の門から登場するのは、本物の玄武!案山子軍団所属、"玄武岩"田鼈~ゲ~ン~ゴ~!!」


小さく丸く、逞しい体でゆっくり歩んで来るのは田鼈一族のホープ。こちらも祖父のゲンさんが火隠衆応援席から見守っている。ガラクと違って派手なガウンなど身に付けずに、実戦スタイルだな。


小童こわっぱ最強決定戦か。どちらも剣狼の部下のようだが……丸いのが勝ちそうだな。」


二人をよく知らないはずの閣下だが、見立てはオレと同じだった。


「田鼈の姓にあの体毛。玄武岩はクリスタルウィドウ幹部、"殺し屋"ゲンの縁者かね?」


カプラン元帥の質問にオレは頷いた。


「田鼈源五郎の孫ですよ。祖父直伝の忍術を披露してくれるでしょう。」


性格も闘法も対照的な二人は広く四角いリングで相対し、スタジアムに緊張の輪が広がってゆく。けれん味たっぷりの仕草でガウンを脱ぎ捨てたガラクは自信たっぷりに宣言する。


「ゲンゴ、優勝は俺が頂く。ついでにトシの借りも返してやるぜ?」


ガラクとオレの上背はほぼ一緒だから、小兵のゲンゴを見下ろすカタチになる。問題は"心の視線"でも見下ろしているかどうかだ。……ガラク、格上だと思って戦わないと、おまえに勝ち目はないんだぞ? 閣下と同じで多少の傲慢さには目を瞑ってやるが、慢心は決して許さない。


「……カナタ隊長だったら"無理だと思うが頑張れ"とでも言うんだろうな。」


大言壮語が目立つガラクと、不言実行を信条とするゲンゴ。戦前の見立てではゲンゴが二歩先を行っていたが、ここまでの戦い振りを見る限り、ガラクだって成長している。一歩の差であれば、埋められなくはない。



さて、案山子軍団の若手二人の対決をじっくり見せてもらおうか。両者ともに才能は本物、A級トーナメントを制すまでもなく、実力はA級そのものなんだ。

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