慟哭編7話 凡夫の鑑
「試合が始まったようですね。」
貴賓席に戻ったオレはミコトちゃん人形と席を入れ替わる。瞳に搭載された望遠機能を使って観客席を見やると、ポップコーンをポリポリ囓るギャバン少尉と、紙コップでビールを飲むのは初めてらしいビロン少将の姿が目に映った。
「戻ったか。世紀の凡戦など見ても仕方あるまいがな。」
災害閣下は酷評したが、防御型の兵士同士の戦いはどうしても長引くものだ。だが、定石通りに戦えばピエールに勝ち目はないだろう。急成長したとはいっても、軍に入ってからずっと、ダミアンの薫陶を受けてきたダニーとは地力が違う。
「ビロン師団代表"強堅"ピエールVSレイニーデビル大隊代表"炎壁"ダニー。カナタ君はどっちが勝つと思っているのかね?」
カプラン元帥の質問にオレは首を振った。
「どっちも関わりのある人間なんで、論評は控えておきますよ。」
「フランベルジュのような複雑な大剣にピッタリ一致するカバー材など、よう作ったな。よほど腕のいい鍛冶師がおるようだ。」
閣下は試合よりも武器カバーの出来映えに感心したようだ。最強中隊長決定トーナメントの時は訓練用の武器が用いられたが、今大会はカバー材で被覆すれば愛用の武器を持ち込めるルールに改定された。アスラ部隊からの出場選手は全員、鍛冶茂に専用カバーを注文したはずだ。
この新ルールで一番得をしたのは空蝉修理ノ介。友よ、追い風が吹いてるぞ。
「どりゃあ!!」
振り下ろされた馬鹿デカい戦斧を波打つ大剣がガッチリ受け止める。
「なんのっ!足元がお留守だぜ、坊ちゃん!」
ダニーの足払いが脛にヒットしたが、ピエールは転倒せずに踏み止まった。ガタイの良さに頼るのではなく、活かす術を身に付けているな。そして試合が始まったばかりだというのに、ピエールは思い切った賭けに打って出た。転倒するはずと読んだダニー。その思惑が外れ、ほんの僅かに生じた隙に、得物を捨ててタックルを見舞ったのだ。
「よしっ!それでいい!」
観客席でガッツポーズを決めるギャバン少尉。ピエールも腕を上げているが、戦闘技術においてはダニーに及ばない。長期戦になればなる程、テクニックの差でダニーが優位に立つ。序盤から勝負をかけないと勝ち目はない。頭のいい兄貴は弟にそうアドバイスしておいたのだろう。
「チッ!味な真似をっ!」
虚をつかれたダニーはタックルを喰らい、双差しのような体勢で仰向けに転倒した。組み合いになってしまえば大剣は使えない。ダニーも得物を捨てて、不完全ながらもヘッドロックをかけた。ピエールの鍛え上げた首がいくら太かろうと、ダニーの腕力も半端じゃない。長く締められると落とされるぞ。
「ぬりゃああー!!」
ヘッドロックをかけられたまま立ち上がったピエールは、ダニーを抱えて走り出した。狙いは得物からダニーを引き離すコトと……
四角い闘技場を猪のように疾走したピエールは、迷わず場外へ跳んだ。組み合いからのリングアウト勝ちを狙っていたのだ。
スタジアムの観客はアスラコマンド最初の敗退者はダニエル・スチュワートだと思ったに違いない。ピエールは九分九厘、勝っていたのだから。しかし、ダニーは冷静だった。タッチダウンされる寸前に念真障壁をサイドに形成し、渾身のキックで体勢をひっくり返したのだ。当然、先に地面に落ちたのは……
「勝負あり!勝者、ダニエル・スチュワート!」
リング外に背中が着いたのを確認したストリンガー大尉がジャッジを下し、勝敗は決した。
「クソッ!もうちょっと!もうちょっとだったのによぉ!」
ピエールは芝生を叩いて悔しがったが、これが経験の差だ。
「惜しかったな、坊ちゃ…"強堅"ピエール。次からは勝ちが見えても気を緩めんなよ。土俵際ではうっちゃりを警戒しないとこうなるぜ。」
勝負強さを見せたダニーは悠々と闘技場を後にした。あの顔、抱えて走り出した時点で狙いに気付いていたか。さすがだと褒めておこう。
─────────────────────
「未熟ながらも魅せてくれるではないか。守備型同士の対決など凡戦になると思っておったがな。」
バトル大好き元帥は満足そうに笑った。地味~な攻防を予想していたのだろう。
「次のカードは炎と氷の対決だね。ザラゾフ師団代表"雪豹"フィオドラVSクリスタルウィドウ代表"
カプラン元帥、それはどうですかね?
「ツイてないのは雪豹の方かもしれませんよ。」
「空蝉修理ノ介は工兵、フィオドラはガチガチの武闘派だぞ。負ける訳があるまい。」
「閣下、工兵は戦闘が不得手でなければならないなんてルールはありません。緋眼は強襲部隊の指揮官ですが、威力偵察を得意とする斥候兵でもあります。」
「むむ……」
やおら立ち上がった人型災害は、眼下の秘蔵っ子に向けて大声を張り上げた。
「フィオ!
「閣下、私は褌なんて履いていません。シルクのパンティーを愛用しています。」
「物の例えじゃアホウ!」
災害閣下にツッコませるとは、なかなかの大物だな。
「フフッ、冗談ですわ。油断などしていませんからご心配なく。私は優勝する為にここに来たのですから。」
「上ばかり見ていると足元が疎かになる、カナタの忠告を聞いてなかったのかい?」
「疎かになって丁度いいぐらいじゃないかしら? "業火の"ラセンならともかく、そのバッドコピーが相手ならね。」
「僕も人外じゃないけれど、キミも人外ではないんだよ。規格内での勝負なら負ける気がしないね。ま、論より証拠っていうから、実証してあげるよ。」
舌戦を遮るように間に入った尻アゴレフェリーが、闘技場の白線を指差す。
「両選手、開始線に立て。……準備よしだな。3,2,1,ファイッ!」
「とりあえず挨拶でもしておこうかしら!」
フィオドラが右手を振ると石畳に氷が張り出て、生き物のように走り出す。地を這う氷擊を跳んで躱したシュリだったが、氷の柱は空中の虫を捕らえる肉食魚のようにジャンプして追いかける。
「ここまでホーミング性能が高い氷結能力は初めて見たな。」
地面から伸びてくる氷の剣山を紅蓮正宗で砕くシュリ。
「足元ばかり見てると、上が見えないわよ!油断したわね。」
二の矢、三の矢として放たれた氷槍が忍者を仕留めたかに見えたが、貫かれたのは軍用コートだった。シュリの得意技"羽織空蝉"だ。
「そんな水遊びで勝てるとでも思ったのかい?」
変わり身を煙幕にしつつ、腕を回して予備動作を終えたシュリの前に、炎の螺旋が出現する。ラセンさんの十八番、火隠忍術奥義"螺旋業炎陣"が放たれ、渦巻く火炎が雪豹に襲い掛かった。
「渦巻く炎には渦巻く氷よ!見よ、お祖父様直伝のアイストルネードを!」
フィオドラは短槍を繋げて長槍に変え、高速で回転させる。おそらくあれが予備動作なのだろう。回転する槍に呼応するかのように現れた渦巻く氷が炎を迎え撃った。
「おおおおぉぉーーー!!」
「やあああぁぁーーー!!」
激突した炎と氷は押したり押されたりで、拮抗していた。紅蓮正宗があれば、シュリは最強クラスの炎術使い足り得るのだ。
炎を尊ぶ火隠忍者、極寒生まれの氷結使い、このせめぎ合いは譲れない。双方が死力を奮って術を繰り出し続ける。
均衡を破ったのは、オレの親友だった。根負けしたのか、念真力の持続限界がきたのか、フィオドラが回避行動に移り、炎の渦を躱したのだ。
「クッ!ここまでねっ!」
「勝負はこれからだけどね。」
炎と氷のせめぎ合いを制し、心理的に優位に立ったシュリは紅蓮正宗を構えて接近戦を挑んだ。
「望むところよ!かかってらっしゃい!」
両端に穂先がついた槍で迎撃する雪豹。長槍のリーチを活かして戦い、懐に飛び込まれたら短槍二刀流に切り替える、か。距離を問わずに戦えるいい戦法だが、あの特殊武器を使いこなすのは並大抵のセンスじゃ無理だろう。武器の一体化と分割、やれるコトが多いってのは、最適な選択を咄嗟に行える戦闘頭脳も必要だからな。
戦闘センスの塊に挑む親友。天才肌に引けを取らない腕前は、努力の積み重ねで身に付けたものだ。しかも、まだ全てを見せてはいない。
「……なるほど。あの若いのは"達人"トキサダが使う技を会得しておるのか。フィオドラでは緩急自在の体術を力で粉砕するのは不可能。ならば、狙うべきは緩から急に転ずる瞬間なのだが、見切れるかな?」
世界最高峰の戦闘センスを誇る災害閣下は、コトの本質を見抜いていた。たぶん、閣下かトゼンさんのどっちかが、世界最高だろう。
緩急のリズムに慣れ始めた雪豹に、空蝉の本領が立ちはだかる。シュリが陽炎雷霆を使い始めたのだ。
「特殊な念真障壁でプリズムみたいに姿を歪ませてるって訳ね!厄介だわ!」
的を絞らせない体術と幻術の前に、槍の穂先が空を切る。……シュリの呼法が変わったな。鏡水次元流・笹波の息吹から、夢幻一刀流・天狼の息吹へと……
陽光を背に高々と跳躍したシュリは、空中に形成した念真皿を蹴って猛禽のように襲い掛かる。
「いくぞっ!火隠忍術奥義、龍滅連舞剣!」
炎を纏った刃の超高速連擊。マリカさんなら素で繰り出せる技だが、シュリには出来ない。しかし、創意工夫を得意とする友は、身体能力を嵩上げする天狼の息吹で練気した力を利用し、神速の連擊を我が物としたのだ。
短槍二本で懸命に防御する雪豹、防御の綻びが出るのが早いか、シュリの練気が切れるのが早いか……
「生まれついての人外、人を極めし者、そして……己を克する者、か。見事である!剣狼、おまえの友は、"凡夫の鑑"だな。」
閣下が述懐した直後に、親友の炎刃が雪豹の首筋に突き付けられていた。
「勝負あり!勝者、空蝉修理ノ介!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます